CORE 8の具体的な活用と実践!
異業種でも共感する法務の悩みとは
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「日本版リーガルオペレーションズ研究会」が2021年に公表した「Legal Operations CORE 8(リーガルオペレーションズ コアエイト)」は、米国のLegal Operations(CORE 12)を参考に、日本の法務部門を専門家の「職人芸」でなく、8つのフレームワークで運営するという考え方をとるものです。
特集の第4回は、Legal Operations CORE 8から「予算」「人材」「テクノロジー」の3つのトピックをピックアップ。金融からITまで、多様な業界で共通して、法務リーダーたちが課題と感じるポイントとは?
■登壇者
・NISSHA株式会社 法務部長 佐々木毅尚さま(モデレーター)
・株式会社ティーネットジャパン コーポレート本部 法務リスクマネジメント部 部長 重村瑞唯さま
・株式会社七十七銀行 コンプライアンス統轄部 調査役 三橋春奈さま
・吉積ホールディングス株式会社 経営管理本部 法務部 部長 荒川良子さま
・株式会社LegalOn Technologies 法務部 松丸夏希
・株式会社LegalOn Technologies 法務部 ゼネラルマネージャー 弁護士 吹野加奈(CORE 8説明)
・株式会社LegalOn Technologies 酒井舞雪美(総合司会)
目次
「Legal Operations CORE 8」における「レベル」とは?
酒井 総合司会を務めます酒井です。本日はお集まりいただきありがとうございます。
佐々木 最初に、Legal Operations CORE 8(以下、CORE 8)について、吹野さんからご説明いただきます。
吹野 はい。まずLegal Operationsは、法務部門が効果的・効率的にその機能を発揮するため、幅広い知識を活用する取り組みです。これはアメリカで発祥した概念ですが、日本では法務パーソンの方々が「リーガルオペレーションズ研究会」を立ち上げ、研究・議論を重ねました。
その結果、とくに日本の法務部門で重要な分野として整理されたのが「CORE 8」です。「戦略」「予算」「マネジメント」「人材」「業務フロー」「ナレッジマネジメント」「外部リソースの活用」「テクノロジー活用」の8つからなるフレームワークで、どこから始めても良いということになります。
このCORE 8はそれぞれ3段階にレベル分けされ、「レベル1」は最初に取り組むべきステップ、その次の「レベル2」を経た「レベル3」が最も高度な取り組みとして構成されています。このフレームワークを参考に、法務部門が自社で取り組むべき課題・項目を選んで実践していくことが期待されています。
1|「予算・人材・テクノロジー活用」どの項目を重点的に運用している?
佐々木 今日は、CORE 8のうち「予算」「人材」「テクノロジー」の3つを取り上げます。この中で、みなさまの企業で重点的に運用されているものについて伺いたいと思います。
重村 当社は「人材」ですね。少し前に、「知の深化」と「知の探索」を両立させることによりイノベーションを促進しようという「両利きの経営」という言葉が注目されましたが、これは法務にも言えると考えています。法律の知識を「深化」させていくのに加えて、自社の事業部門や業界、担当以外の領域についても「探索」する。ここに抵抗のない方を採用することを目指しています。社会人経験の浅い方を採用したときには入社後は、事業部門の現場を数日経験いただいて、意識の変化をレポートしてもらうという試みを実施する等、法律知識に偏らない育成を行っています。
当社は法務が立ち上がって間もないので、他部門の方全員が法務業務に理解があるわけではありません。そのような環境で業務を行っていただかなければなりませんので、採用に当たっては、固定観念にとらわれず柔軟にものごとを考えられる方かを重視しています。面接のときは、30分ほど、事業や業務の内容と法務業務に関する私の考えを話す場を設け、これらに興味や共感を示してしてくれる方を採用しています。
三橋 私も「人材」です。当行の法務部門において一番大事な能力は、バランス感覚です。法律や判例など法務の知識は調べればわかりますが、「これがこの事案の落としどころ」という点は、やはり人の成せる業です。
当行では、一般的に2~3年程度のサイクルで定期異動があるため、法務のバックグラウンドがなくても、例えば昨日まで支店でお客さまに金融商品を販売していた方が法務担当になることも少なくありません。そうすると、課員間でお互いに知らない分野の理解を深められますし、刺激になるのが良い点です。現在の課員は6人ですが、難題にぶつかったときは、全員で議論をする時間を惜しまず、経験を積んでバランス感覚を身に着けてもらえるよう心がけています。
松丸 当社もちょうど今、「人材」に注力しているところです。法務メンバーは全員が中途採用で、さまざまなバックグラウンドを持っているため、どう「当社としての」法務部として人材を育てていくかを考えています。
採用の面で言えば、当社が関わるAIの分野は、法規制がまだ進んでいないため、正解のない論点について柔軟に考えて議論できる方かを重視しています。
佐々木 そういうコミュニケーション力の有無を、面接で見抜くのは難しいですよね。
重村 当社の場合は、一次面接の段階で「半分カジュアル面談なので、ざっくばらんに話しましょう」とお伝えしています。まず私が30分間話すので、それを聞いたうえで興味を持って質問をしてくれるかを見ていますね。
荒川 用意された回答を聞くより、雑談ベースで拾っていく感じですよね。そこから日常の業務への取り組み方などが垣間見えるので、それが今のメンバーと合うのか合わないのか、分かったりもします。
佐々木 そして荒川さんは、「予算」を重点項目に挙げてくださいました。
荒川 弊社はIPO準備会社ということもあり、厳しく予実管理をしています。法務部では、予算取りの際にはできるだけ予算を細かく設定し、余剰分はなくしたうえで「ここは前回これだけ減らしたから、もう減らせる余地はない」という材料を用意して交渉しています。また、何かインシデントが起きたとき、法律事務所への委託などが発生することも考えて予算を組んでいます。もちろん、インシデント等の発生やその規模は法務部でコントロールできません。そのため、前年にインシデントを想定して予算を策定するのですが、乖離が極力ない形で進めていくのはかなり難しいですね。
佐々木 やはり予算はロジックです。「案件が年間これくらいあって、それを人数で割るとこのくらい。だから、1人足りないんです」といったストーリー作りも必要ですね。
2|「予算・人材・テクノロジー活用」は、現在どのレベルにある?
佐々木 次は、「予算」「人材」「テクノロジー活用」について、みなさんの法務組織は3段階のどのレベルにあるかという話題です。
三橋 「予算」については、「2」くらいだと思います。計画を立てて進捗管理をしていますし、急なインシデント発生時の弁護士費用など、追加の予算申請も可能で、ある程度裁量もあります。
逆に「人材」は、「1~2」ぐらいです。求める人材はある程度明確になっているものの、地方企業で、法務という専門分野を希望する人はなかなか見つかりません。研修プログラムもありますが、育てる人材がいないというのが実情です。
「テクノロジー活用」は、「1」。例えば、当行の契約書チェックは年間1,000件を超えるため、AIに任せた方が効率も上がりますが、銀行という業種の性質上、AIだけで全てを網羅できるのかという費用対効果の問題やセキュリティ上の問題で、導入が進んでいません。テクノロジーの活用には、それらをどう乗り越えて、行内のコンセンサスを得るかが課題です。
松丸 当社も、「予算」に関しては「2」です。基本は法務部としての予算があり、週次のミーティングでこまめに支出予定などを確認しています。逆に言うと、人の力に頼ってしまっているので、ここをある程度システマティックにできないか検討しています。
「人材」も「2」。お話ししたように、採用後の育成についてまだ弱い部分があります。とくに、既に在籍しているシニア層の研修計画などについて模索しているところです。
最後の「テクノロジー活用」も、「2」です。自社のテクノロジーをフル活用するのはもちろん、効率化につながるそれ以外の製品も導入していますが、法務部ができてまだ3年ほどなので、テクノロジーの運用自体がようやく1年を超えたくらいのものが多く、導入効果を数値として見える化して評価することが今後の課題になっています。
荒川 弊グループは海外にも拠点があるのですが、現地でのリーガルコストは私たちホールディングスの法務部が管理しているわけではありません。あくまで日本国内の予算管理にとどまっているため、「予算」については「2」としました。
「人材」も、「2」。弊グループの法務は、海外拠点からの相談対応などがあるため英語力が求められる部分がありますが、メンバーの語学力をどう育てていけばいいのか、頭を悩ませているところです。英語でのコミュニケーションや英文契約書は「今から挑戦すれば、5年後には必ず成長が感じられるから、やってごらん」とメンバーには伝えることを日常的に心がけています。
佐々木 英語に関してはなかなか難しいですよね。でも、日本人は高校まで英語を履修しているから、使ってないだけで案外英語ができる。たとえば、海外からお客さんが来たら、事前に準備したうえで会社紹介を英語でやってもらうとか。恥をかくかもしれないけれど、コミュニケーションが取れれば自信がついて、第一歩になりますよ。
荒川 なるほど。海外拠点のスタッフとちょっと会話するのもいいかもしれないですね。
残る「テクノロジー活用」ですが、こちらは厳しめに「1」としたいです。弊グループのミッションは「すべての人が先端技術を活用し、想い描いた夢を実現できる世界」ですから、自社のテクノロジー活用にも積極的で、効率化のためのツールを積極的に導入しています。しかし、それぞれがリンクしていないという課題があります。
もし法務で部分最適のために契約書管理システムなどを導入しても、ほかのシステムとうまく連携できず、現状だと全体最適にならないのです。こういった背景から、案件管理に関しては新規ツールの導入は控え、都度手入力にはなりますが複数人での同時編集が可能なGoogle Workspaceのスプレッドシートで記録するしくみを整えています。
重村 当社は、「予算」は「2」。毎年弁護士費用の部分はバッファを積ませてもらっています。最近は早い段階で弁護士に相談をして事件化を防いだり、専門性の高い案件は顧問以外の事務所を活用する方針を取っていまして、結果的に費用が抑えられて、社内の理解も得られるようになってきました。
「人材」については「1.5」ですね。採用する人物像は固まっているものの、先ほどお話しした方針で採用を進めた結果、メンバーの経歴や持っているスキルがバラバラになりまして、スキルマップも一律で作るのが難しくなっています。ただ、メンバーには、自分ができたこと、経験したことを書き溜めていくように伝えていまして、それを1年後に確認することで、少しずつ会社として求めるスキルを抽出したいと思っています。
「テクノロジー活用」は「2」としました。電子署名のサービスを法務主導で導入し、稟議システムと連携。一方で、使っていないツールは契約を止めてフォルダ管理に戻すこともしていまして、どの形が最適なのか模索しています。契約審査補助ツールも導入はしましたが、活用方法を現在検討している最中です。
3|他社に共有したい自社のベストプラクティスは?
佐々木 最後は、自社のオペレーションで「成功しているな」「他社に紹介したいな」と思うベストプラクティスを教えてください。
荒川 毎日、部内で定例ミーティングを実施していることですね。当社はリモートメインで「ちょっと隣の人に聞く」ということができないので、毎日決まった時間に必ずオンラインで顔を合わせます。すると、「こんな案件、この前もなかったっけ」「ああ、あの時はこういう感じで対応して…」とナレッジシェアが始まります。その場で他の人に聞けるので、メンバーが問題をひとりで抱え込む時間も少なくなります。
重村 当社では、自分の描く理想のキャリアをメンバーに考えてもらっています。今までのキャリアを振り返ったうえで、5年後、10年後にどうなっていたいかを書いてもらって、そのうえで1年の目標設定をするんです。理想のキャリアには、当社で長く勤めることを前提としておらず、他社に転職することも考えてよいとしています。すると目先の業務以外のことを考えられ、「自分の売りって何だろう」「これを勉強しなきゃいけない」と、目標が見えやすくなります。
同時に、キャリアアンカーと言うんですが、メンバーが働くうえで大切にしている価値観についてもデータを取って、それを尊重したマネジメントを目指しています。どちらも「法務だったらこういう価値観を持たなければならないということはない」と示してメンバーに楽しんでやってもらっているので、こうした取り組みが業務のモチベーション維持になればと思っています。
三橋 法務部門のメンバーに伝えているのが「決して相手の話を否定しない」ということ。他部署から「こういうことをやりたい」と相談されて、ただ否定するだけでは二度と相談してもらえなくなります。そうではなく、「法律上、原則はこうなんだけど、やるとしたらこうすればできますね」と、解決策を一緒に考えてあげる。それを続けることで相談されやすくなりましたし、リスク管理に必要な情報も上がってくるようになりました。
松丸 私は、法務の仕事の見える化です。「誰が何件、どのくらいのスピードで契約書を審査した」「何月が繁忙で、依頼部署はここが多い」など、きちんと法務を対外的に評価してもらえる客観的な材料として、また、改善すれば大きな効果が見込める業務をデータ化しました。メンバーがつくってくれたExcelのシートで、法務のパフォーマンスを可視化できたのは誇るべきところです。
リーダーたちのメッセージ
佐々木 ありがとうございます。最後に、読者のみなさまにメッセージをお願いしたいと思います。
重村 私は今回、CORE 8に自分が今やっていることを当てはめて振り返ることで、すごく頭の中が整理されました。レベル判断の項目は時代の変化によって変化していくことが予定されていると思われますので、時代の変化にも対応していく指標だと思います。ですから、とくに「職人芸」の時代から法務をやっている方におすすめしたいです。
荒川 今回、みなさんが共通した課題感や悩みを持っていると知りました。「自分の悩みって、自社特有のものじゃなかったんだ」という安心感を持てましたし、明日から活かせるナレッジも得られてよかったです。読者のみなさんにとっても、こういう記事を見ることで、得られるヒントはすごくあるんじゃないかなと思いました。
三橋 私も今日お話をして、法務の仕事は横のつながり、とくに他業種・異業種の法務の方とお話しすることは非常に大事だなと思いました。今後、そういったつながりを持てるプラットフォームができたらいいなと思っています。
松丸 やはり法務の業務における「見える化」は非常に難しいと思っているんですが、CORE 8はまさにそれができるツールです。CORE 8は公表されているので、読者のみなさんにも取り組んでいただけると、自社の法務の立ち位置が分かりやすくなると思います。
酒井 おっしゃる通り、CORE 8について議論することで、法務のポジションを経営層や事業部門にも説明しやすくなるはずです。今日はお時間をいただきありがとうございました。
(2024年10月22日収録)