法曹に進まなかった私がITベンチャーの一人法務になって。
壁の乗り越え方と、いま目指すもの
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- この記事について
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若手のうちは、誰もが課題に直面し、乗り越えることで成長します。でも、乗り越え方は人それぞれ。さまざまな若手法務に、成長の軌跡を聞く「Progress ー若手法務の歩き方ー」。
今回インタビューしたのは、ITベンチャーのLAPRAS株式会社で法務部門責任者を務める飯田裕子さん。大学では法曹を目指しますが、その道ではなく一般企業の営業として社会人スタート。
社会人7年目で法務としてのキャリアを歩みはじめ、会社として最初の法務責任者になりました。
法務キャリアを選択したわけや、法務体制の構築方法、法務としての理想像とは…。
インタビュイー
飯田裕子
LAPRAS株式会社 法務部門責任者
SIer営業、司法書士補助者、士業コンサルグループ勤務を経て、Legal&HRとして2020年4月にLAPRAS入社。現在は一人法務として業務を行いつつ、働く環境づくりや新入社員オンボーディングなどバックオフィスも幅広く担当している。
目次
法曹目指した大学時代「この人たちと戦うんだ…」
―――法律に関わる仕事につくきっかけを教えてください。
もともと文章を読むのも書くのも好きで、「書く仕事」がしたいと思っていました。大学では法曹を目指して勉強していました。
ただ4年生のときに、周囲で司法試験の予備試験に受かり始める人が出てきて、「(弁護士になったら)この人たちと私、戦うんだ」と。この世界では勝てない、と思って挫折してしまったというか。あきらめて就職活動に舵を切ったという経緯があります。
―――新卒で入った会社での仕事内容を教えてください。
最初に就職したのはSIer※でした。ただ当時の私はブラウザが何かも知らないレベル。「どうせなりたい仕事に就けないんだ」と、少しやけになっていた部分もありましたが、どうせなら苦手な分野に飛び込んでみようと思い、IT業界を選びました。
※クライアントのシステム開発業務を請け負う企業
「いつかは法務になりたい」という意思をもって入社しましたが、新卒の選択肢は営業かSE。営業を選び、システム改修や保守などを受注していました。
法務へキャリアチェンジ「責任者」へ
―――法務を目指したのはなぜですか。
社会人2年目になると、今度は司法試験の本試験に受かり始める人が出てきました。友人との飲み会に行っても、自分だけ話についていけない。「法律を4年間勉強したのに、大学の勉強って何だったんだろう」って。
「やっぱり今からでも法務をやりたい」という思いが強まりました。
この会社で頑張っていつか法務になるより、キャリアチェンジして「法務」として会社に入る方がやりたいことができると思い、転職活動を決意しました。
司法書士のアシスタントや士業向けのコンサルグループで幅広い職種を経験したのち、LAPRAS株式会社に入ったのは2020年4月のことです。
―――法務としての入社がかなったということですか。
LAPRASに内定をもらった職種は「人事」でした。当時社会人7年目。人事の経験を活かしていくか、法務としてやっていくか悩んでいた時期です。
ただ弊社組織が複数の職種を兼ねることができる制度になっており、入社後すぐに法務にも携わることができました。法務のキャリアはそこからがスタートです。
入社当時は「法務部」といった組織はなく、知財の知識があるエンジニアや、経理や労務を担当する社員が他の業務と兼務で担当していました。
私も人事としてオンボーディングの見直しをやりながら、少しずつ法務の仕事もしているうちに、同僚が「生き生きしている。法務の仕事、楽しいんじゃないの」と言ってくれて。
2020年8月末に「法務部責任者」として軸足を法務に移すことになりました。
「法務部責任者」として初めに取り組んだこと
―――責任者に就いて初めに取り組んだことを教えてください。
会社がまず法務に求めていたことは、時間のかかっていた契約審査の納期を早くすることでした。それまで法律知識に強いメンバーがおらず、全員が兼任法務のため審査が後回しになってしまうことが多々ありました。
そこで「契約審査依頼は遅くとも1週間で返すこと」を目標に取り組みました。「法務専任者が入ってよかった」と社員にも思ってもらいたかったこともあります。
―――契約審査の時間短縮のために取り組んだことを具体的に知りたいです。
取り組んでよかった、と思うことを二つ紹介します。
自社のひな形などの内容をすべて把握すること
まず、自社のひな形、利用規約、プライバシーポリシーの内容をすべて把握すること。
すべての文章を読み、一つひとつの条文に解説をつけるようなイメージで、「この条文はなぜ必要か」とコメントをつけていく時間を設けました。
これにより、先方から修正依頼が来た際は「削除してよいか」「どこまで交渉するべきか」などをすばやく判断することができます。また事業部への返事も、理由や根拠条文を示して迅速にすることができるようになりました。
読み込む時間を確保する必要があるので他業務が一時的に圧迫されますが、長期的にみてメリットが上回ると思います。
書籍を読むときは「どこに何が書いてあるのか把握」を優先する
契約知識のインプットのために必要な勉強のやり方も変えました。
それまで本は最初から最後まで通読していましたが、今は斜め読みするようにしています。ポイントにしていることは、
「目次だけを読み、何を調べられるのかを把握する」
「本が扱っているテーマについて書かれた第一章を読む」
「興味がある、もしくはさっと読めそうな項目だけを読む」
です。「何に困ったらどこを読めば解決するか」をつかむことを重視しています。
この結果、リサーチにかかる時間が短くなり、返答も速くなりました。
「いまさら作り直し?」という雰囲気で法務がかけたストップ
―――壁にぶつかった経験はありましたか。
新サービス開発のときのことです。
法務として法令にふれるものがないかチェックを求められ、「法律的にグレーだからここを直して」など具体的に意見したつもりだったのですが、ふたを開けてみると「グレー」の部分が対応されずに開発が進んでいて、もうデバッグ※の段階まで来ていました。
※製品のリリース前に不具合がないか点検する作業のこと
法務としてはリリース(サービス展開)させられないのですが、エンジニアには意図が伝わっておらず、「今さら作り直し?」という感じでした。
―――なぜ認識のずれが起きたのでしょうか。
「やるべきこと」と「やった方が良いこと」の温度感が、法務とエンジニアの間で伝言ゲームのようになってしまい、ずれてしまっていたことが原因です。
また、私自身も法務としての説明資料を渡した後、どういった実装になるのかまでは追っていませんでした。そのため、「法務が突然ダメって言ってきた」ような印象になってしまいました。
また、当時法務専任者がいなかったこともあり、「法務がやるべきと言ったことは守らなければいけない」という認識が伝わっていなかったことも原因だと思います。
最終的にエンジニア部門の責任者に話を持っていって、最低限の改修をしてもらいました。
コミュニケーションを「取りに行く」
―――これを経てどのように改善しましたか。
まずはエンジニアに法務を信頼してもらわないといけないと、積極的にコミュニケーションをとるようになりました。
エンジニアが毎週行う定例に出席したり、エンジニアだけの集まりに参加させてもらったり、総務も兼任しているので、会社の情報システム系の分からないことがあったら聞きに行ったり。定例では、5分ほどもらって、法務関連の時事ネタを解説したりもしています。
また情報も、こちらから取りにいくようにしています。
エンジニアや社員は、法務にあげるべき問題が何か認識するのは難しいので。
Slack(社内チャットツール)でチャットをのぞいて「法務に関わる内容だ」と思ったら、「次のミーティングに呼んでくれませんか?」とこちらから入っていき、時には法務として意見を言うようにしていました。
―――多くの会議に出ると作業時間が減ってしまうと思います。どのように調整していますか。
たとえば定例でも、集中して聞くべきパートとそうではないパートがあるので、適宜作業しながら参加することもあります。また作業時間を2時間なりブロックしてしまってそこでめちゃめちゃ集中して取り組むようにしています。たまに仕事終わって充電が切れて30分くらい動けなくなることもあるくらいです(笑)。
飯田さんの一週間のスケジュール。作業時間は「ブロック」で確保している
―――ベンチャー企業だと残業も結構多いのですか。
残業は極力したくないです。疲れますし、本を読んだり外部の人と交流する時間がなくなってしまいますから。法律が好きなので、休みの日でも法律の本を読みますが、気の持ちようが業務とは違います。
昔は、始発出社終電帰社のような仕事のやり方をしていた時期もありましたが、長く続かず体調を崩してしまったこともあったため、今のような短期集中・極力残業はしない形に落ち着きました。
―――実践しているおすすめの勉強法をおしえてください。
寄り道している余裕がなく、実務に必要な情報に最短でたどり着きたいので、勉強を始める前に「この法律を勉強したいけどおすすめの本はないか」と知り合いの弁護士や法務に詳しい人に聞くようにしています。
法務を立ち上げる前に読んだ本は一般的な法務の方より少ないと思いますが、最低限のポイントはおさえた状態でスタートできると思います。
最近は業務に直接関係する分野だけでなく、「情報法」「企業法務」等テーマの広い本を読んで、そこから基本書や判例集で知識を深掘りしています。また、SNSや法務の仲間内で話題になっている本は、一旦買って目次だけでも目を通すようにしています。
信頼獲得に必要なのは「文化にあわせる」こと
―――法務として信頼を獲得するために、大事なことは何でしょうか。
弊社でいうと、エンジニア文化にあわせていくことだと思います。たとえば言葉遣いも、みんなが使っているような言葉や表現を使うようにしていますし、ツール等も法務独自のものではなく、社内でみんなが使っているものに合わせるようにしています。
文化を取り入れることはたしかに大変ですが、そこは責任感が勝つので、頑張っています。法務責任者は私です。私が信頼を失うと法務機能は止まる、場合によっては会社が止まってしまいます。
―――大変さを上回るやりがいはどんなところにありますか。
「法務が同じ目線に立ってくれるのが初めてだ」「こんなにレスが早いのは初めてだ」というのをいろいろな職種の方が言ってくれたのはうれしいことです。
一方で、だれからも褒められなくても、法律的に止めないとまずいことをちゃんと差し止められて問題にならなかったり、お客さまに迷惑がかかることがなかったりすることは、自分自身で「よっしゃ」と思うポイントです。
0から作られるサービスにこそリスク
―――いま振り返って、「もっとこうしておけば良かった」ということはありますか。
私は「ファーストカスタマー」を営業部だと思って積極的に交流していましたが、もっと幅広い部署と交流しておけばさまざまな調整がうまくいっていたかなと思います。
法務になった際には、やはり売り上げが立たないと会社の存続に関わると思ったので、営業部を先にケアするべきだと思っていました。
ただ考えてみると営業部が扱う「契約書」は、ひな形としての形にはなっているので、大事故にはなりにくい。それよりも、エンジニアが0から作っているサービスの方が、リスクが高いことに気づきました。
例えば、新機能を開発する前に計画時点でレビューして指摘していれば問題なかったものをスルーしてしまうと、実装後に大幅な手戻りが出て、リリースの時期がずれてしまいます。
マーケティングでいえば、たとえば企画の広告を出す際に、法律的に使えない表現が含まれたものが、公開直前にレビューに回ってきてしまうと、そこまでのみんなの検討時間が無駄になってしまう。
限界はあると思いますが、みんなが法務に相談に来るタイミングよりもっと前、企画段階から会議に参加していれば、そのような社内の「法務による手戻り」を防ぐことができます。そのため、いまもよくSlackで「徘徊」して情報を取るようにしています。
「実践できそう」と思える記事を書く
―――Noteでも「法務のいいださん」として執筆されています。
きっかけは「法務系アドベントカレンダー」という、2020年12月にあったイベントです。さまざまな会社の法務部員が法務トピックを1日1投稿するというもので、私も参加しました。
アドベントカレンダーの投稿の前に、自己紹介的な記事を投稿したのが初めての執筆です。
その後、アドベントカレンダーに投稿する記事を書いたのですが、そこはもう社名も出しているので、雑なこと書けないなと必死に書きました。法務業界は、間違いやウソにとてもきびしいですし。
「法務のいいださん」の初投稿
それから、様々なトピックを月1本ペースで記事を書いています。今では20本以上になりました。
―――どのような思いで執筆を続けていますか。
過去の自分が読んだときに、「これなら私でも実践できそう」と思えるような記事を書こうと意識しています。
法務責任者に就いた当時はすごく不安でした。経験も浅いし、法務という仕事を全部経験できていたわけでもない。たとえば上場するぞとなって、基準に達していない。法務がいる意味ないじゃないかと言われると想像したらすごく怖かったです。
こういう人は多分ほかにもいると思いました。
また、一人法務がいつどんなことを考えて行動して、結果はどうだったのかの記録、「ログ」を取るためでもあります。
「仮説検証」に参加している法務としてのやりがい
―――飯田さんの理想の法務像を100としたとき、いまどのくらいまで到達しましたか。
でもまだ「3」くらいですね。
法務としては、「この法律を現場で運用したときにこういう齟齬がある。技術を生かすためには、こんなアプローチで解決できるのではないか」といった解釈と判断を、将来的にはするべきだと思っています。そうでなければ、いくら良い技術が生まれても、社会に存在できないことになってしまいますから。
―――これからどのように法務の専門家として仕事をしていきたいですか。
最近すごく法務が楽しくて。法務は、長い歴史の中で壮大な仮説検証をしていると思っています。
「この時代、この社会背景で人を動かすにはこういうルールが必要だ」ということで法律ができ、それが状況によって修正されていく。
技術と法律の間で、どこで妥協するのか。技術があって、ルールがついてきていない状態がでたとき、現時点でのルールと、我々が描きたい未来のどの位置に落とし込むのがベストなのか。たとえば個人情報などが分かりやすいですが、どう扱うのが人類の発展にベストなのか。
法律に関わるからには、この仮説検証にもっと自分自身も参加したいと思っています。
私の一品
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