法務組織のグローバルマネジメントを考える
各国子会社とのリアルな連携と工夫

この記事について

法務組織のリーダーたちにお集まりいただき、不確定な未来に向かって成長戦略を描くにはどのようなアプローチをすればよいのか、知見・経験を詳しくお聞きしていく座談会特集をお届けします。

グローバルに事業を展開する企業にとって、海外のグループ企業や子会社と連携して法務リスクを管理していくことはきわめて重要な課題です。

国や地域によって異なる法体系や地政学リスクなどに対応しながら、法務組織のグループマネジメントをどう進めていくべきか。今回は、法務部門のリーダーとしてグローバル法務に携わる方々をお招きし、4つのトピックを議論していただきました。

■登壇者
花王株式会社 執行役員 法務部門統括 法務部長 米国ニューヨーク州弁護士 長谷川亜希子さま
AGC株式会社 法務部長 米国ニューヨーク州弁護士 松山雅幸さま
キリンホールディングス株式会社 執行役員 法務部長 弁護士/米国ニューヨーク州弁護士 村上玄純さま
株式会社JERA 法務・秘書統括部 法務部 リーガルオペレーションユニット ユニット長 オーサチ ダリルさま
株式会社LegalOn Technologies 酒井舞雪美(総合司会)
・One Thought合同会社 代表社員 佐々木毅尚さま(モデレーター)

1|レポーティングラインと現地法務部門の実態把握

酒井 お集まりいただきありがとうございます。本日は「グローバルコンプライアンス」をテーマに、ディスカッションを進めてまいります。

グローバルな法務管理体制を構築するにあたっては、各国・地域の法制度やビジネス環境を踏まえた柔軟な設計が求められます。本ディスカッションでは、各国の法務責任者とのレポーティングラインの構築や定期的な情報共有のあり方、グローバル会議の運営、人材配置やスキルの把握、さらにはスタッフ間の交流・育成など、グローバルマネジメントの具体的な実践についてご意見をお伺いします。

また、子会社法務への影響力の持ち方や、不安定さを増す国際情勢の中で法務として注視すべきリスクなど、これからのグローバル法務が直面する課題についても、議論を深めてまいります。

佐々木 まず、法務部門のグローバルマネジメントにおいて最も重要なレポーティングラインを各国の法務責任者とどう構築しているかについてお伺いします。

花王株式会社 長谷川さま

長谷川 当社は、グローバル法務をASEAN・中華圏・欧州・米州と4つのリージョンに分け、それぞれに子会社の法的案件を管轄するVP(ヴァイスプレジデント)を置いています。各子会社のうち、大きな組織には法務の専門家が在籍していますが、小さな会社は総務や人事などとの兼務となっています。法務専任のスタッフに限ると、海外で約50名、日本で約30名が働いています。

レポーティングラインとしては、各リージョンのVPと月1回~四半期に1回程度のオンライン報告会議を行っているほか、重要な訴訟については四半期に1回の進捗レポートを提出してもらっています。また、各国のVPが日本に集まる全体会議も1年に1回実施しています。リージョンごとの法務担当者を集めた会議も実施しており、毎年、欧州・米州・アジアのいずれかのリージョンでメンバーが集まって課題を共有しています。

AGC株式会社 松山さま

松山 当社の法務は、日本が約40名、海外を含むグループ全体で70名弱という体制です。北米・欧州には各地域を統括するリージョナルゼネラルカウンセルがおり、全体を統括する立場として、私がグループゼネラルカウンセルを務めています。それ以外にグループ各社が独自に採用した法務専任者が20名弱います。

グループ各社の法務担当者に対する任命・評価権限は持っていないものの、月報のほか、重要な訴訟やコンプライアンスに関わるレポートを定期的に受け取っています。また、グローバル法務会議を日本で年1回、グローバルコンプライアンス会議を日本と海外拠点(持ち回り)で年2回開催しています。リージョナルゼネラルカウンセルなどハイクラスのメンバーと会議を通して情報交換を行うほか、1on1ミーティングの時間を設けて、個別にコミュニケーションを取っています。

キリンホールディングス株式会社 村上さま

村上 キリン・グループは、上場子会社である協和キリン・グループの法務担当が全世界で約50名、キリンホールディングスを含むそれ以外のグループ会社に全世界で約60名の法務担当者がいます(合計約110名)。地域別では日本が60名弱と一番多く、米国約25名、豪州約15名と続きます。

事業会社スタッフの人事権は事業部門が持っていますので、各事業会社の法務スタッフに関する人事や評価の権限は私にはありません。個別事案も基本的には現地の法務スタッフに任せていることから、ともすると没交渉になってしまうため、私が着任した2023年ごろから、グローバルでの法務部門間の連携を推進しています。チームリーダーが各事業会社の法務部長とつながるような仕組みを作り、重要な訴訟案件に関するメールでのレポートや、四半期に1回ほどのオンライン会議、Teamsによる情報交換などを行っています。

昨年は、人のつながりを広げて心理的なハードルを下げる目的で、グローバルリーガルカンファレンスを初めてオーストラリアで開催しました。結果、コミュニケーションがかなり活性化し、今年は日本で開催予定です。今後は隔年で日本⇔海外という感じで続けていければと考えています。

株式会社JERA ダリルさま

ダリル 当社の法務は、本社が8名体制です。子会社はアメリカ・オーストラリア・シンガポール、それにロンドンにあり、それらを含めると75名程度のメンバーがいます。インフォーマルなものを含め、各国の法務とはさまざまなチャネルでつながっていて、グループレベルの課題については特に密にコミュニケーションを取っています。

レポーティングラインについては、法務部長や法務・秘書統括部長が、各子会社の法務チームリーダーと3週間に1回ほど1on1を実施しています。加えて、各子会社と本社の法務で会議をして、意見交換を行っています。

グローバル会議は年1回実施しており、今年で4回目の約60名が日本に集まる大規模なイベントになっています。オンライン会議ではアジェンダやテーマがある程度限られてしまうので、対面の情報交換は重要です。

2|法務スタッフの人材交流、グローバルプロジェクト運用

One Thought合同会社 佐々木さま(モデレーター)

佐々木 続いて、日本と海外の法務スタッフの人材交流や、法務スタッフを巻き込んだグローバルなプロジェクトを展開しているかについてお伺いします。

村上 海外に駐在員がいると得られる情報の濃さや現地との関係性が格段に変わりますが、当社にはまだ法務担当駐在員がいません。その代わりにトレーニーを本社のコストで派遣しています。「長期の駐在は家族の都合で行きづらいけれど、海外で仕事をしたい」というスタッフにとっては、半年~1年の滞在となるトレーニーは使いやすい制度で、うまく回っていきそうです。

ダリル 当社には、法務に特化した定期的なグローバル交換プログラムは設けていません。しかし、個人またはチームの研修・育成ニーズに基づき、各国の子会社との協議を経て、長期の交換プログラムを実施した事例があります。これまでに、オーストラリアやアメリカのチームとの間で実施したことがあります。このような個別に調整するプロセスには時間がかかってしまうため、手続きやプログラムを制度化し、よりスムーズに対応できる仕組みづくりを進めていきたいと考えています。 

長谷川 スタッフレベルの交流で言えば、リージョンごとの法務担当者会議にはあえて若手やジュニアの意欲的なスタッフを同席させるほか、日本でのVP会議ではスタッフ全員との懇親会を開いて、顔を覚えてもらっています。

あとは、若手メンバーのアイディアで、グローバルのリーガルメンバーが入れるTeamsチャンネルを昨年から始めました。SNS感覚で「こんなビジネスが始まりました」「会社でこんなイベントがありました」などの投稿で盛り上がっていますね。

また今年から、トレーニングプログラムを15年ぶりに復活させました。1週間と期間は短いですが、海外の次世代リーダーを日本に呼んで、本社としてのルールや部署ごとの業務を理解してもらっています。エンゲージメントにも一定の効果はあり、日本からも1年に1回くらいは海外へメンバーを送りたいと考えています。

松山 恵まれたことに当社は、欧州と北米、中国にそれぞれマネージャークラスの駐在員を置けており、事業部からの相談を受けたり、一緒に交渉に行くなど、現地の業務を行っています。海外からのトレーニー受け入れについても、しばらく中断していましたが近々再開したいと考えています。

グローバルでの法務主導のプロジェクト展開はありませんが、クロスボーダーのM&A訴訟など案件ベースでは他地域の法務と協力して対応している他、各国の法務と連携して貿易管理体制作りを行っています。例えばロシアによるウクライナ侵攻では、さまざまな制裁への対応がグループにとっての課題となったため、各国・地域での制裁・規制情報を共有する仕組みを作りました。また、本社で契約した制裁リストのチェックソフトを海外拠点でも使えるようにして、使い方もレクチャーしました。各地域でのリーガルテックの活用状況につき情報交換するなどの、業務改善活動にも継続的に取り組んでいます

3|子会社の法務部門に対する影響力

佐々木 続いての話題は、子会社への影響力についてです。みなさんは、各地域の法務に対してどのような権限をお持ちですか?

ダリル 評価や予算の権限は持っていません。CoE(Center of Excellence)のやり方と近いですが、私をはじめとした法律事務所での経験を持ったメンバーの経験を生かして、各子会社の社外法律事務所費用の分析などを進めているところです。

長谷川 当社の場合は、海外の各リージョンのVPに対しては評価の権限があります。何か質問するとすぐ返事がもらえますし、「これを優先してほしい」という指示も尊重してもらえますね。予算については、一定のモニタリングはしていますが、やはりコントロールが難しいこともあり、こちらで権限は持っていません。

松山 当社は各地域の統括会社が法務部門の予算権限を持っており、本社法務部は予算のチェックについて権限がある程度です。例外として、事業部門やグループ各社が予算にしづらいコンプライアンスなどの本社施策については、本社法務部で予算化し、具体的な予算の使い方につき口出しもさせてもらうことはあります。

村上 残念ながら当社は、評価権限も予算権限もありません。以前、海外の事業会社が現地の法務部長を退任させた際、こちらへの事前の説明が全くなかったために、強く抗議したところ、それ以降は前もって報告や説明をしてくれるようになりました。納得いかないときには、きちんと意見することも大切だと思います。

4|これからの時代、最も警戒しているリスク

佐々木 続いてのテーマとして、法務責任者として今一番気をつけているリスクについてお話しいただけますでしょうか。

長谷川 私はグローバルガバナンスです。各子会社を隅から隅まで見られているわけではないので、「実はこういう案件が発生していたのに報告がなかった」「グローバルで適用しているポリシーの一部が守られていなかった」などの事案が発生するリスクがあります。効果的かつ効率的な体制構築が必要だと感じています。

松山 私はやはり地政学リスクですね。紛争などが起こった場合に、従業員の安全確保や事業継続、サプライチェーン維持などに各事業部門が取り組むための情報収集は重要です。

ロシアのウクライナ侵攻の際は、私たち法務が「欧米では、ロシアでの事業を続けているとレピュテーション上の問題がある」「現地で不用意な発信をするとロシア政府からプレッシャーがかかる」などの情報を得て、法的リスクを抑えるために奔走しました。何か起こったときのための情報ネットワークや、頼りになる専門家を見つけておくことも大事だと思いました。

村上 先ほどお話ししたように当社のグローバル法務体制は地方分権です。何か起こったときに、現地の法務部長がきちんと私のところにレポートをしてくれるよう、レポートラインの整理や人間関係を構築しておかなければなりません。あとは、東アジア地域における地政学リスクが心配です。

ダリル 私は次世代の人材獲得と、彼らの能力をどうサポートするかです。例えば、生成AIの活用が進むと、資格やスキルを持っているかよりも、コミュニケーション能力などが本当にある人材かどうかが重要になっていくでしょう。そうした人材を確保できなければ、やがてチームを構成できなくなってしまいます。

佐々木 ありがとうございます。最後に少し視点を現場の業務に戻したいと思います。みなさまは契約管理についてどのような考え方をお持ちでしょうか?

長谷川 保管した契約書を活用して、リスク管理につなげていくことは大切です。そして管理するプロセスはどうしても手間がかかるので、システム化できれば会社にとってのメリットになります。ただ、これをグローバルレベルで行うには、膨大な契約書の中から、グローバルで管理する意味があるものに対象を絞りこまなければならないですね。

松山 当社は契約管理システムを導入しておらず、各事業部が契約書の更新や管理を行っています。もしシステムを入れるとしたら、「その手間よりも、得られるメリットのほうが大きい」と法務からきちんと発信しなければならないと思っています。

村上 「リーガルテックで効率化」ということを社内で強調すると、「じゃあ法務部員はいらないね」という話になりがちです。法務に求められるのは、AIでは生み出せない価値を自分たちで作り、「私たちはコストセンターではない」とプロモーションしていくことだと思います。

ダリル 契約書はただの文章ではなくて、生かせる「武器」です。その武器が、きちんと使われているか、管理されているかどうかは重要ですよね。

佐々木 おっしゃるとおり、契約書はビジネスにおける武器になり得るため、各グループ会社で締結された契約のうち、どの範囲をHQでしっかり管理するべきか定める必要がありますね。

読者に伝えたいメッセージ

株式会社LegalOn Technologies 酒井(総合司会)

酒井 最後に、読者のみなさまにメッセージをお願いしたいと思います。

村上 先日、英文の契約書を受け取って数時間後に打ち合わせをしなければならなくなり、生成AIに「論点を出して」と投げたら意外と良いものが出力されました。そんな生成AI時代に法務部員がどうバリューを出していくべきかを考えながら仕事していきたいと思っています。

ダリル 繰り返しになりますが、生成AI時代の法務は、単に資格やスキルを持っていることだけではなく、それをどう使うかが重要です。その部分にいかに投資していくかが鍵になると思っています。

長谷川 「日本で考えたものを世界へ展開する」だけではなく、グローバルで先行している分野や、進んでいる事業体から取り入れる発想も大事だと思います。例えばAIの法規制は欧州が進んでいますし、日本だけで考えるのではなく、海外に協力を仰いでグローバルポリシーを固めてもよいはずです。そんなグローバル法務のあり方について、これからもいろいろな方と議論を深められればと思います。

松山 私は、一番大事なのは現場での課題解決力だと思っています。ドメスティックでもグローバルでも、目の前の課題をどう解決するかという「知恵出し」に法務の価値があります。AIがそれをやってくれれば法務は用済みですが、そうはならないはず。逆に言うと、AIが与えてくれるヒントを使いこなして、よりよい回答を出せるかが、これからの法務パーソンの価値です。私もまだ模索中ですが、ぜひ読者のみなさまと一緒に考えながら、よりよい法務パーソンを目指していきたいと思っています。

酒井 みなさま、本日はありがとうございました。

(2025年7月29日収録)