グローバル企業の法務リーダーが語る
国内外のコンプライアンス体制構築

この記事について

法務組織のリーダーたちにお集まりいただき、不確定な未来に向かって成長戦略を描くにはどのようなアプローチをすればよいのか、知見・経験を詳しくお聞きしていく座談会特集をお届けします。

社会のグローバル化が進み、企業が守るべきルールが目まぐるしく変化する中、ハラスメントや情報漏洩、データ改ざんなど、企業に求められるコンプライアンスへの取り組みは多岐にわたります。こうした社会情勢において、海外拠点を含めたコンプライアンス体制をいかに構築・強化していくかは、大きな課題です。

今回は、グローバルに事業を展開する企業の法務リーダーをお招きし、4つのトピックについて議論していただきました。

■登壇者
日建レンタコム株式会社 法務部 部長 牛田裕二さま
株式会社ヨコオ SCI本部 法務部 部長 兼 コーポレート・セクレタリー部 部長 高柳真由子さま
日本軽金属株式会社 法務部 課長 森本大介さま
株式会社LegalOn Technologies酒井舞雪美(総合司会)
・One Thought合同会社 代表社員 佐々木毅尚さま(モデレーター)

1|コンプライアンス体制の現状と課題

酒井 近年、働き方の多様化や社会の価値観の変化が急速に進み、企業を見る目はますます厳しくなっています。遵守すべき法令や社会的要請は広範かつ複雑化しており、その全体像を正確に捉え続けることは容易ではありません。

本ディスカッションでは、コンプライアンス体制をいかに構築・強化していくかについて、グローバルな視点も交えながらみなさまと考えたいと思います。

佐々木 はじめに、みなさまの企業のコンプライアンス体制の現状と課題についてお伺いします。

株式会社ヨコオ 高柳さま

高柳 当社は、コンプライアンス委員会を設置しており、法務部・人事部・総務部で事務局を構成しています。
法令違反に関する内部通報窓口は、海外グループ会社も含めてグローバルに展開しており、グループ会社のコンプライアンス規程については、当社で規程整備を支援しています。

海外拠点では、国ごとに異なる法体系やリスクに応じた規程整備が課題です。

現在は、当社事業部・本部のみコンプライアンス推進者を選任していますが、将来的には、各グループ会社にコンプライアンス推進者を置けるような体制を築いていきたいと考えています。

当社では、年1回、贈収賄や不正会計などをテーマにして、グローバルにコンプライアンス研修を実施しています。社員が当事者意識を持って考えられるよう、工夫が必要と考えています。

日本軽金属株式会社 森本さま

森本 当社は、法務とは別に設置されたコンプライアンス室が、グループ全体のコンプライアンス推進を統括しています。加えて、各子会社1~2名のCSRリーダー・推進者が、コンプライアンスを推し進める役割を担っています。

また、持ち株会社の社長を委員長とするグループコンプライアンス委員会もあります。グループ全体のコンプライアンスの課題や浸透策を議論するほか、各社・各部門が年度ごとに立案するコンプライアンス推進計画の実行状況についても管理しています。最近の具体的な取り組みとしては、グリーバンス・メカニズム(人権侵害の救済制度)の整備や役員・従業員のコンプライアンス教育の受講率などをKPIに設定し達成率を確認したりしています。

課題は、グループ各社のCSRリーダー推進者が、必ずしもコンプライアンスの専門知識を有しているわけではない点です。実効性のあるコンプライアンスを進めてもらうために、今後はサポート体制を構築していく必要があります。

日建レンタコム株式会社 牛田さま

牛田 当社では30年近く前、法務部が主導してコンプライアンス委員会を立ち上げ、ハンドブック制作などを行いました。現在はタレントパワー事業本部という人事部署がコンプライアンスを担当しています。

当社の場合、各拠点にコンプライアンス担当者を配置しているわけではないため、海外拠点を含めてどうコンプライアンスの意識を浸透させていくかが課題です。また、コンプライアンスに関わる情報を一元化したり、各部署からの情報発信を2次審査できるような組織体系の構築も必要と考えています。

2|コンプライアンスの根幹となる、社内ルールの整備と管理

One Thought合同会社 佐々木さま(モデレーター)

佐々木 続いて、コンプライアンスの根幹である社内のルール整備や、管理の方法についてお伺いしていきます。

森本 まず社内ルールに関しては、当社グループの経営方針に基づく行動規範として、全部で50個のグループコンプライアンスコードを設定しています。海外各拠点の言語にも翻訳してハンドブック化しており、従業員はこのコードを参照して、行動をチェックできるようにしています。

また、法令改正については各担当部署が社内規程を改定し周知する仕組みを整備しました。当社は約3年前に品質面での不適切行為があり、第三者を委員とする特別調査委員会の調査も受けたため、重点的に取り組んでいるところです。従業員が適切なタイミングでルールを閲覧し、中身をきちんと理解できるよう、取り組みを継続していきます。

牛田 当社でもイントラネットに社内規程を掲載し、周知しています。掲載している規程が現在の法律に即しているかが重要なので、法務部主体でチェックを進めているところです。森本さんのお話にもありましたが、掲載した内容を理解してもらうための施策も必要ですね。現在は、AIを使った規程の検索ツール導入を進めています。また、ルールの管理体制については年2回のCSA(統制自己評価)チェックを実施して、各拠点の結果をモニタリングしています。

私たちの課題は、社内ルールを統括して整備する主管部署がない点です。さまざまな業種の会社が合併してグループを形成してきた経緯があり、各社・各部署間でルールが異なる場合もあります。海外を含めて100%子会社ではない企業もあるため、完全にコントロールすることは難しい面もありますが、法務部が旗を振る形で仕組みを作っていければと考えています。

高柳 当社では昨年、規程改定にあわせて、法令改正に伴う業務・規程への影響を迅速に把握・対応するための「法改正自主点検制度」を創設しました。
同制度では、法務部以外の各部門・委員会の協力を得て、主管する法令を明確化し、各部門・委員会に法改正の自主点検担当者を任命しています。
四半期ごとに法務部が提供する法改正情報に関するリストを基に、各部門・委員会において関連規程および業務プロセスの見直し要否を確認し、必要に応じて対応を実施しています。

海外グループ会社を新設する際は、現在は事業内容や規模感などに応じて都度規程を整備していますが、今後は一定の基準やコンプライアンス・ガバナンスの観点で必須の規程を整備し、ルール化・パッケージ化を進めることで、効率性と統一性を高めていきたいと考えています。

佐々木 海外拠点を含めた規程の見える化は大事ですよね。

高柳 そうですね。海外グループ会社の規程はこれからですが、当社では、SharePointを活用して、規程の見える化にも取り組んでいます。

森本 最新バージョンだけあっても、従業員からすると「どこがどう変わったんですか?」となりますから、改訂の履歴も残る形がベストですよね。

3|整備したルールを浸透させる、社員への教育

佐々木 さて、「作ったルールをどう周知していくのか」も重要になります。みなさんの企業では社員へどのような教育をされていますか?

牛田 当社は人事主導で、コンプライアンスや内部統制に関するeラーニングを約100ツール導入しました。5~10分程度の動画を閲覧した後、簡単なテストに回答するものです。例えば新入社員なら「この5本のうち2本は必ず受けて」というように、中堅・管理職・役員など6層に分けて受講してもらっています。受講率・回答率に基づいて評価し、昇給・昇格にも結び付くため、上を目指したいという社員は率先して受講しているようです。

高柳 当社では、これまで複数のeラーニングを実施していましたが、負担感が蓄積し、いわゆる「eラーニング疲れ」から、結果として受講率の低下が見られたため、現在は年1回、贈収賄や不正関連などをテーマにしたeラーニング研修をグローバルで実施する方法に集約しています。

今期のコンプライアンス委員会総会では、コンプライアンス推進者を対象に、他社で実際に発生した事例を題材としたオンラインでの集合研修を実施しました。
研修後、コンプライアンス推進者に「ハラスメント防止・人権尊重のために私たち一人一人にどんなことができるか」と意見を募ったところ、職場におけるハラスメント防止や人権尊重の文化づくりに向けた、重要な視点や具体的な提案が数多く寄せられました。これらの意見を社内ポータルで共有したところ、社員からもポジティブな反響がありました。

佐々木 実際の事例を使った研修は、準備は大変ですが、一人ひとりがコンプライアンスについて考えるきっかけになりますよね。

高柳 そうですね。社員の当事者意識を高めるにはe-ラーニングだけでは難しいと感じています。

森本 当社では、グループ従業員全員参加のコンプライアンスミーティングを年2回実施しています。ミーティング自体は各職場単位で行い、設定したコンプライアンスに関するテーマについて議論して、その結果をグループ全体に共有します。その後、私を含めた管理職が集まり、挙がってきた課題の解決策について話し合っています。

佐々木 職場単位でスピークアップできるのは非常によい取り組みですね。

森本 「あの行動はコンプライアンス違反かもしれない」「これだけ残業が多いのは問題じゃないか」など、率直な意見が出てきます。

また、階層別のコンプライアンス研修も実施しています。ラーニングマネジメントシステムを使って、オンラインでどこでも受講できる仕組みの構築を進めています。直近では、マンガを使ったコミックラーニングを導入しました。製造現場などのメンバーも学習しやすいように工夫しています。

佐々木 工場は夜勤の方もいて、ラインを止められない中でどう教育を行うかは難しいですね。

高柳 製造現場では、PCでの受講が困難な場合もあり、受講方法も考える必要がありますよね。

森本 そうなんです。現場では、朝礼などの機会を使って実施する形を取っています。

4|内部通報制度など、モニタリング体制の構築・運用

佐々木 最後に、内部通報をはじめとしたモニタリング体制の構築・運用について議論していきます。

高柳 当社では、社内・社外に複数の通報窓口を設け、ハラスメント・苦情・不正・法令違反・人権侵害など幅広い事案に対応しています。
法令違反に関する通報については、外部にグローバル通報窓口も設置しています。2024年度における内部通報件数は13件でした。

佐々木 海外から不正などの通報があったときなどは、どう対応されていますか?

高柳 不正の内容や規模感に応じてケースバイケースにはなりますが、本社にて調査チームを編成するとともに、現地の弁護士事務所とも連携しています。

森本 当社の内部通報制度としては、グループ従業員であれば誰でも利用できる「グループホットライン」を設置しています。ハラスメント・法令違反など、事案の内容に応じて複数の窓口を設け、海外拠点からの通報については外部に委託して多言語対応しています。通報の件数は年間20~30件程度で、近年は件数が増えています。これは、先ほど触れた3年前の品質不適切行為の発生以降、より通報しやすいように周知活動を行ったことが影響していると考えています。

内部監査についても、監査室の人員を増やす形で体制を強化しました。特に3線ディフェンスの考え方を周知しています。

牛田 社内監査は、ガバナンス部が監査法人を伴ってグループの各拠点に赴いて実施しています。当社の場合、海外拠点については通報などの仕組みが確立されておらず、この社内監査を2年に一度、現地で実施している状況です。

内部通報制度としては、24時間365日利用できる「なんでも相談室」を外部に委託する形で設置しています。そこで受けた通報については、内容に応じてタレントパワー事業本部やガバナンス部で調査を実施します。最終的には法務や顧問弁護士が対応する「3段構え」の体制になっています。これまであまり手をつけていなかった領域ですが、啓蒙活動を積極的に進めており、ハラスメント事案を中心に年間10件ほどの通報があります。

高柳 当社は、ハラスメントが通報の半分以上を占めています。やはり感覚が人によって違いますからね。

酒井 研修を受けて理解はするけれど、それぞれが「これくらいはいいよね」と自分流の解釈に落とし込んでしまうからかもしれません。ハラスメントへの認識をどう浸透させ、高いレベルへ引き上げるかは本当に難しいですよね。

読者に伝えたいメッセージ

株式会社LegalOn Technologies 酒井(総合司会)

酒井 座談会の終わりに、読者のみなさまにメッセージをお願いします。

牛田 企業が社会から信頼され、持続的に成長していくためには、コンプライアンス体制の構築と強化は不可欠です。私たちも契約レビューをはじめとする法務支援を通じてルールを整備し、それが現場で生きるような仕組み作りに取り組んでいます。企業の健全な意思決定と透明性ある組織運営を支える存在として、これからも「現場とともに歩む法務」を目指していきたいと思います。

森本 コンプライアンスが企業価値を高める取り組みであることは、読者のみなさまもよく認識されていると思いますが、「具体的に何をすればいいのか」という方も多いのではないでしょうか。コンプライアンスに法務が果たす役割は、リスク分析や社内ルールの整備、教育支援などですが、それは一側面に過ぎません。

コンプライアンスは全社的な連携が非常に重要です。社員一人ひとりがコンプライアンス重視の意識を持てるような企業風土を醸成し、信頼される企業作りに貢献したいと思っています。

高柳 行動規範のお話でもあったように、全社的な連携は大切ですね。法務部単独では完結し得ない課題においては、事業部や他の管理部門との協働が重要です。法務が積極的に情報発信を行い、事業部の共感を得ながら、共に解決していくことが、問題解決型組織としての法務の価値向上につながると考えています。
今後もぜひ、皆さまと情報交換をさせていただきながら、より良い連携の在り方を模索していければと思います。

酒井 みなさま、実りあるお話をありがとうございました。

(2025年8月26日収録)