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企業法務担当者が押さえておきたい重要法令まとめ
この記事について

企業で仕事をしていると、大学院で学ぶことはとても縁遠いことのように感じますが、意外にも身近なところに研究の種は落ちているとか…。

法務の仕事に行き詰ったとき、調べても明確な答えが見つからないとき、解決しない疑問をずっと抱えているとき。その問題は、社会人大学院で学び、研究するテーマとなるかもしれません

本特集では、法務に携わる方が通える社会人大学院について、先生や在学生・修了生へのインタビューを行い、ご紹介します!

第1回は、伝統ある社会人大学院「筑波大学大学院」の岡本裕樹教授にお話を伺いました。先生、普通の会社員でも、大学院に通うことができるのでしょうか?

■インタビュイー
筑波大学大学院 筑波大学大学院法学学位プログラムリーダー 岡本 裕樹(おかもと ひろき)教授
民法(契約法)が専門。好きな言葉は「仰高」。愛車はMSアクセラ。著作に『「契約は他人を害さない」ことの今日的意義』(日本評論社、2024年)、『契約法〔第2版〕』(日本評論社、2024年、共著)、「AIによる契約の締結」(法律時報94巻9号、2022年)など。

社会人大学院ってどんなところ?

――まず、筑波大学の社会人大学院とはどんなところか教えてください。

岡本教授:筑波大学大学院の岡本です。専門は民法で、契約法を中心に研究をしています。今日はよろしくお願いします。

筑波大学大学院・岡本裕樹教授

社会人大学院というのは、民間企業や官公庁に勤務する方、弁護士・公認会計士・税理士などの士業として活躍されている方、あるいは有職経験がある方を対象とした大学院です。社会人向けにさまざまな学び直しの機会としてリカレント教育を実施し、キャリアアップや能力開発を推進することを目的としています。

筑波大学の社会人大学院は「社会人の再教育」という社会的ニーズをいち早く把握し、1989年に社会人夜間大学院として国内で初めて設立され、先駆的な役割を果たしてきた伝統のある大学院で、修了生も数多くいます。

社会人大学院の学生はどんな人?

――在学生の年齢層や職種はどんな方が多いですか?

岡本教授:年齢層は20代から70代と幅広く、30代から50代が8割ほどとなっています。社会人としての経験を積むなかで課題感を持ち、研究に来られるイメージですね。
法学学位プログラムの博士前期課程(修士課程)では企業勤務の方は79名中35名(44%)、業種は商社・小売業・製造業・金融機関など多種多様です。

――法務業務を担当されている方や、インハウスの弁護士などは学生にいますか?

岡本教授法務出身の方も毎年数名います。ここ数年はインハウス(企業内弁護士)の方も少しずつ増えています。

――普通の大学院は昼間に授業があり、社会人が通う場合は、会社を辞めたり、休職して行くイメージがあります。夜間の社会人大学院は勤めながら通う方が多いのでしょうか?

岡本教授講義は平日夜間・土曜日に開講しており、ほとんどの在学生が企業や官公庁で勤務しながら、仕事が終わった後に、授業に出席しています

――仕事の後に授業を受けているのですね。両立の難しさもありそうです。

岡本教授:演習科目は議論を重視するため対面授業が多いですが、座学的な授業はPCやスマホからリモートで受講されている方もいます。他にも、仕事が長引いての遅刻などは大学院側も当然あり得ると考えており、柔軟に対応しています。

――企業に勤務していると、大学院や研究にはハードルを感じます。社会人が大学院に興味を持つきっかけにできるようなことはありますか?

岡本教授:おすすめとしては、「科目等履修生制度」というものがあり、お試し的に大学院の授業だけをまず受けてみることができます
興味のある領域の科目があれば、まずは授業に参加してみて、授業で得られる知識がご自身の職務上のニーズを満たすかを確認していただくのもよいですね。

企業法務に関連する教育課程と研究テーマは?

――社会人大学院の教育課程やコースについて教えてください。

主に経営系法学系の学位に分かれ、法学系は法学学位プログラムという教育課程に以下の5つのコースがあります。

  • 企業関係法コース
  • 国際ビジネスコース
  • 知的財産法コース
  • 社会経済法コース
  • 税法コース

コースは厳格なものではなく、在学生は自身の研究テーマや職務上のニーズに合わせて、授業科目を自由に選択して履修しています。

――企業法務出身の方はどのコースで研究をしていますか?

岡本教授:企業法務に関心を持つ方は企業関係法コースを選択されることが多く、修了生の研究テーマは以下のとおりです。

企業関係法コース修了者の最近の研究テーマ

「SPACにおける構造的利益相反と取締役の責任」
「任務懈怠責任と損益相殺」
「監視と監督における取締役の義務と責任」
「会社法に基づく開示の在り方」
「建設工事請負契約の契約不適合責任に基づく契約解除の範囲」
「超高齢社会における民事信託活用に向けた提言」
「暗号資産カストディ契約における暗号資産の入出庫に係る法律問題」 など

法務担当者・企業内弁護士の最近の研究テーマ

「解雇紛争の金銭解決制度」
「少数株式の取得に関する研究」
「集合動産譲渡担保と所有権留保の優劣」
「自動運転システムにおける責任」 など

――明確な研究テーマを決めて入学する方が多いのでしょうか?

岡本教授:入試では研究計画の提出を求めて口述試験を行いますが、入学後にその研究計画に厳格に拘束されるわけではなく、授業を受講したり研究を進めるなかで、当初の研究テーマから修正したり、隣接する研究テーマに関心が高くなってその論文を書くということもあります

企業に勤務されていると在学中も部署異動職務環境の変化などがあり、当初の研究テーマとは異なるテーマの方が職務でも有意義となるなど、入学後も研究テーマの変更は柔軟に行われています。

――受験に当たって、法学や法令について、法学部卒業レベルの勉強が事前に必要ですか?

岡本教授:法学学位プログラム(博士前期課程)の特色として、入試では法学の知識を問う試験は課しておらず、必ずしも履修経験や知識は必要ありません。
学問的な知識よりも、実際の職務経験業務上の課題に対して、どのような法的課題を感じているのか、どのような問題意識を持っているのか、ということがより重要です。

実務上の問題意識が「どの法律に関する課題であるか」、「どの学問分野として捉えられているか」などについては、教員も協力して、法学の観点からの分析検討に繋げられるようにアドバイスをしています。

――「こういう方にぜひ来てほしい」という学生像を教えてください!

岡本教授:やはり問題意識を持っていることですね。現状に何か引っかかるところがあるときに、「まあ、そんなものか」と流すのではなく、「やっぱりこれはおかしいんじゃないか」という問題意識や健全な批判的態度を持つことは社会的な発展に繋がります。そういう方に入学していただけると、私たちも非常に刺激を受けて、お互いの研究を高められると感じています。

社会人大学院で身に付く実務能力とは?

――大学院で学ぶことは、アカデミックな知的能力を高めるだけでなく、実務能力を高めることに繋がりますか?

岡本教授:その点はまさに、私たちの教育の目指す点です。先ほどもお話ししたように、大学院では最初に研究テーマを設定して研究計画を立てます。研究テーマの設定は、「職務上で何らかの課題がある」という「生の問題」に対して、そこにどのような法的課題があるのかということを分析・検討する作業です。

その問題が「何法のどの条文の解釈問題なのか」とか、「解釈の中のどのような理論のどこに限界があるのか」ということ、あるいは「どのような判例法理があり、時代遅れになっているものはないのか」といったことを分析していくわけです。

こうした分析を習得すると、何か職務上の問題が生じたときに、「どんな法的課題があるのか」という分析のノウハウやメソッドを応用できることが非常に重要かと思います。そして、法的課題を見つけた後、どの資料に当たるかという段階でも資料探索の技術や知識が役立ちます。

――確かに資料を探すのは難しいです。具体的にどんな能力でしょうか?

岡本教授文献資料や裁判例を読んで理解できる専門的な読解力を身につけることで、自分の修士論文のテーマだけではなく、隣接する分野の裁判例や学説上の議論を理解する素地ができます。
仕事の中で直面した別の問題でも、関連する裁判例を探したり、どの先生がこの分野の第一人者で、どの本を読めば基本的な知識を得られるかといったことも身に付きます。

社会人大学院は、このような法的課題に対する汎用性のある対応力を習得してもらう場であると思っています。それらが最終的には課題の解決へと繋がってきます。

――課題の設定や分析だけでなく、課題解決もできるようになりますか?

岡本教授修士論文を書くということは、解決策を提示することです。まずは裁判例や文献を十分に読解・分析する力を身に付け、それらをエビデンスとして示しながら、説得力を持つ解決策を提示する。そしてそれを明確に説明できるといった能力に繋がるカリキュラムとなっています。

――特化したスキルというよりも、応用力のある方法論が身に付く?

岡本教授:研究対象だけを深めるというよりは、学問としての作法説得力を強化するイメージですね。特に、修了生からは「行政文書の読み方が分かるようになった」とか「裁判例が何を言っているか分かるようになった」という声をよく聞きます。

過去は「よく分からないけど、行政がこう言ってるんだからこうしなきゃいけない」という説明しかできなかった人が、法律的な根拠がどこにあり、どのような解釈が現在主流で、さらにはどんな裁判例があるかといったことを示しながら説明ができるようになるというわけです。

「なんでこんなことしなければいけないの?」と感じることについて、納得できて誤解もない、そんな説明に変わってきたという声を多く聞きます。

これからのビジネスと社会人大学院の関係

――社会人大学院はビジネスや法務にどのように関係してくるでしょうか?

岡本教授:筑波大学大学院に限らない話ですが、現在、法律学をめぐる社会環境は、変動の大きい時代に入っています。

1つは、法改正が多くの領域で行われており、民法でも2017年に債権法で、明治以来の大改正が行われました。そのため、過去に法学部で学んだ方も、その知識を上書きしなければいけない、そんな時代になっています。

もう1つは、最近『不適切にもほどがある!』というドラマが話題になったかと思いますが、社会的に共有されるべき価値観が大きく変動し、かつ多様化しています。個人が社会活動を行うために、共有すべき価値観や、多様な価値観を受け容れる必要があり、旧来の価値観に固執した対応をすると問題が生じてしまう。そういった場面も増えています。

ドラマのようなコンプライアンスの話だけではなく、BtoBやBtoCの取引通念にも変化を与えています。取引通念や社会的価値観が変化すると、今度は裁判例の考え方、つまり裁判官が判断する際の基準にも影響を及ぼすのですね。

この2つの要素から、今、法律学をめぐる状況には大変動が起きています。

――他にはどんな変化に対応すべきですか?

岡本教授AIが社会に実装されてきたということもあります。AIは過去のデータを基にした判断に非常に強いのですけれども、過去に事例がないような問題、あるいは過去の事例に対する判断が変化してしまったような場合、例えば、法改正があったり、判例法理が変わったりした場合には、その直後はAIではうまく対応ができません。

つまり、最前線の問題に対しては、人間が解決策を考えなければいけない。法学に関するリカレント教育を受けることで、AIに頼れない問題への解決策を提案できる能力を磨くことが望めます。

(2024年5月8日収録)

修了生のコメント

加藤 崇司さん
J.フロントリテイリング株式会社 法務部長
全国株懇連合会理事・東京株式懇話会評議員兼常任幹事
2010年:司法書士試験・行政書士試験合格(未登録)
2014年:筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業法学専攻修了 (法学修士)

Q. 社会人大学院に進学した理由は?
A. 大学で(一応)法学部には通ってはいたものの、卒論もなく自由を謳歌し過ぎました(笑)。当然ながらその代償として、社会人になってから、特に30代前半で法務部門へ異動になってからというもの、自らの浅学菲才を思い知らされました。その後ほどなくして東京に単身赴任となり時間の使い方には自由があったことから、一念発起して大学院に通うことを決意し、準備をし始めました。その3年後、晴れて茗荷谷のキャンパスに通う日々が始まりました。

Q. 大学院生活で大変だったことは?
A. 今になって思い返すと、本当に大変だったのだろうと思います。40歳前後だった2年間、気力も体力も今より遥かに充実していたのか(苦笑)、勤務時間と睡眠時間以外のほとんどの時間を修学に充てていたように記憶しています。さりとて、講義の予習・復習、ゼミの準備、レポート・修論の作成に追い回されて「苦しかった・大変だった」という思い出はありません。むしろ、その当時は見るもの聞くものの全てが新鮮で興味深く、充実したとても楽しい修学の毎日でした。

Q. 大学院で学んでよかったと思うポイントは?
A. ①基本法(民法・商法(会社法)・民事訴訟法など)を再確認することで、日々の実務を進める上での「基礎力の向上・足腰の強さ」に繋がりました。
②ビジネスに直結する法領域(消費者法・不動産法・金商法・M&A法・労働法・租税法・競争法・経済刑事法・個人情報保護法・金融法など)を専門的に修学することができました。
③「書く」ことが億劫にならなくなりました。企業法務の使命の一つは、味方・相手を問わずロジックをもって関係者の皆さんに納得してもらうことです。ロジックを見える化するためには書くしかありませんので。

Q. 大学院での研究は実務に活きた?
A. 近年の企業法務部門にあっては、訴訟・係争対応や契約審査・コンプライアンスといった伝統的な領域に留まらず、経営法務・戦略法務といった新しい領域も併せてカバーすることを当然のように求められています。法律専門知識そのものは言うに及ばず、筑波大学大学院での修学を通じて獲得できた「法的思考体系を用いた多角的かつ高度な視点からの問題解決能力」こそ、ビジネスの実務、特に新領域での実務に活用できている最大の収穫物です。