第2回:企業価値の共創を実現する法務の機能

この記事を書いた人
アバター画像
EY弁護士法人弁護士
法務機能コンサルティングおよびリーガル・マネージド・サービスとして、法務機能の強化・向上をテーマとして、日本の企業の持続的な企業価値の向上に関する支援を実施している。戦略法務・ガバナンス研究会共同代表幹事、日本組織内弁護士協会理事、国際取引法学会理事、第二東京弁護士会常議員等を務める。
この記事を書いた人
アバター画像
EY弁護士法人弁護士
EY弁護士法人所属 法務機能コンサルティング、リーガルマネージドサービスを取り扱う
この記事について

企業において法務が担う役割については、従来の守りの法務機能とともに、攻めや戦略的な観点からの法務機能の強化が求められるようになってきました。

この特集では、改めて事業の推進に資する法務機能を考えるとともに、
✅ コーポレートガバナンス・グローバルグループガバナンスを実現する体制の整備
✅ 組織全体をコントロールする本社機能・法務機能の強化
✅ 組織を支える法務人材の育成・評価
など、成長を続ける企業において、企業価値の維持・創出を支える法務の1つの姿を提示することを目的としています。

第2回は、企業価値の共創を実現する法務の機能について、定義や役割を確認しつつ、取り組みにも着目します。

※この記事は、2023年11月1日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

企業価値と法務機能の関係について

変化が求められる企業法務の役割

企業における法務機能は、時代の推移の中で求められる役割が変容または高度化してきたといえます。実際に発生した訴訟・紛争や個別の法的問題に対処するといったいわゆる臨床的な法務の役割から、そもそも各種の法的問題の発生を未然に防止することを目的とした予防的な法務の時代を経て、今では戦略的な観点から経営にも関与することが求められる時代となっています。

また、現在の企業法務の役割の中には、コーポレート・ガバナンスの体制構築および運用、内部統制マネジメントや実効的なコンプライアンスプログラムの実施など、全社の業務に目配せをしながら進めていかなければならない難しい課題への対処が求められる場合も出てきています。

このようなときには、市場環境や事業環境の変化に応じつつ、適切な目的を設定したうえでこれらの事項のPDCAサイクルを進めていかなければならず、何から手を付けていくべきか、どのように進めていけば良いのか、定型的な答えが無い中で企業法務における創意工夫が求められることになります。

(EY弁護士法人作成)

「企業価値を共創する」法務とは

もっとも、企業法務において新しい役割や課題への対応が求められるとはいっても、さまざまな取り組みの中で企業価値をいかにして維持・向上させていくのかといった観点を抜きに進めることはできず、企業価値の実現ないしは向上ということが共通のテーマになっているともいえます。このテーマにおいては、これまでの法務機能というとどうしても企業価値を「守る」存在として意識されてきたといえます。

もちろん今日においても、企業価値を守る存在という側面は法務が果たすべき重要な役割として機能しており、期待されている役割でもあります。他方で、最近では企業における法務機能において、企業価値を「創出する」という視点を意識する必要性も指摘されるようになり、リーガルリスクへの対処を踏まえた攻めの経営判断を支える法務機能という役割も求められています。

(EY弁護士法人作成)

なお、法務機能の具体的な役割から考えると、法務機能単独で企業価値を創出するということは通常想定されないことから、他のコーポレート機能との連携を図りつつ、攻めの経営判断や個別の事業戦略の実現を支えることが期待されるといえ、この結果として企業全体の価値を共創することにつながります。

企業価値の実現に向けた法務機能の役割について

「企業価値」の「守り」と「攻め」

一般的な企業価値の意義については「会社の財産、収益力、安定性、効率性、成長力等株主の利益に資する会社の属性又はその程度をいう。」(経済産業省・法務省「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」2005年5月27日)とされ、概念的には、「企業が生み出すキャッシュフローの割引現在価値」とされています(企業価値研究会「近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策の在り方」2008年6月30日)。

この前提を踏まえたときに、企業の法務機能として企業価値の実現に対してどのような役割や関与があり得るのでしょうか。前記のとおり、企業価値との関係において、企業の法務機能は、「企業価値を守る」という役割とともに、他部門や他のコーポレート機能との連携を通じて攻めの経営判断およびこれに基づく個別の事業を支えることが求められます。

これらの役割については、「守り(ガーディアン機能)」「攻め(パートナー機能)」、さらにはビジネスの拡大や企業価値の向上のサポート役として「ビジネスの『ナビゲーター』」(経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書~令和時代に必要な法務機能・法務人材とは~」2019年11月19日。以下「経産省報告書」という)という表現も用いられています。

リーガルリスクとどう向き合うか

こうした法務機能に期待される役割の在り方に関する用語はさまざまあり得るところですが、シンプルに整理すると、企業法務には企業活動に伴うあらゆる事象に関してさまざまなステークホルダー等との間で生起しうるリーガルリスクを適切にマネージリスクヘッジリスクコントロールリスクテイク)することが期待されているといえます。

すなわち、あるときはビジネス遂行を可能とすべくリーガルリスクを適切にマネージし、企業価値を向上するためのパートナーとしての役割(攻めの法務)であり、またあるときには、適用となる法規制への対応や実際に生起した規制当局による執行や紛争・争訟への対応という、企業価値の毀損防止のためのガーディアンとしての役割(守りの法務)です。

なお、企業価値の毀損防止についても消極的な意味において企業価値の創造に貢献しているといえますので(前掲経産省報告書参照)、攻めの法務と守りの法務は、相対的な整理でもあります。具体的な役割を詳細に考えると、攻めでもあり、同時に守りでもあるという場合として、例えば、契約書のレビュー審査という典型的な法務業務をみても、

✅ リーガルリスクの発生を防止するという観点→守りの法務
✅ 新規事業の推進に向けた効果的な取引スキームの構築という観点→攻めの法務

ともいえます。

戦略性をもった法務機能の確立について

自社の法務機能を見直す

多くの企業において、部署や部門の名称は必ずしも共通ではないですが、法務機能は組織内に存在しています。法務機能を組織内において集権的に設置するか、分散されて設置するのかという課題を有する企業もあるかと思いますが、法務部やコンプライアンス部、知的財産部や契約部などの部署を設置したり、これらの部署とは別に事業部ごとに法務機能を一部設置したりといった場合があります。

いずれにしても、こうした法務機能は、契約書のレビューや法律相談、コンプライアンスプログラムの策定と研修など、日常的に実施する対象の業務を抱えているといえます。こうした定型的、日常的な法務業務をオペレーショナル法務機能と位置付けることができます。

同時に、前記のとおり、現在の企業法務には戦略的な観点から経営上の判断や事業運営に関与することも求められており、戦略性をもった法務機能を創出し、企業内で活用することが期待されます。

すなわち、定型的な業務ではないものの、全社戦略の立案への関与や経営上の意思決定(全社的な判断および業務遂行上の判断のいずれも含みます)への関与といった経営判断に影響を及ぼす業務や、事業戦略の構築、組織のガバナンス体制の構築や整備などの戦略的法務機能ともいい得る機能が求められつつあります。

戦略的法務機能のためにすべきこと

このような戦略的法務機能を発揮することは、経営判断を支える役割を果たすものであり、また、会社の事業に多大な影響を及ぼすものであることから、企業価値の創出に資する活動といえます。もっとも、法務機能を有する自部門・部署内の判断だけでこうした戦略的な業務を実施することは困難であり、また現実的ではありません。そこでどのように戦略的法務機能を発揮していけば良いのかが問題となります。

当然ながら定型的な答えがあるものではなく、それぞれの企業が置かれている状況に左右されるものですが、例えば、まずは法務機能のミッションビジョン、組織の方針を意識して具体的な業務の範囲や内容を設定することにより、組織内の認識を統一することから始めるということも考えられます。また、法務機能としての支援の前提には、他のコーポレート機能から期待されている役割や関与の在り方を理解する必要があり、組織内の一層のコミュニケーションを図りつつ、積極的にリーガルサービスを提供することも1つの方法といえます。

もちろん、いくら法務機能のミッションやビジョン、具体的な業務の範囲や内容を策定したり、積極的なリーガルサービスを提供したりする環境を整えたとしても、これらを具体的に実現する法務人材の確保、育成を抜きにすることはできません。法務機能の戦略性を高めるとしても、組織人材内部構造(ルールや業務フロー)をバランス良く構築していかなければならないのです。

その他法務機能の在り方を検討する際の留意点

企業グループを構成する場合に関する留意点

これまでの説明は、1つの企業や組織内における法務機能の役割や在り方についての議論が中心でした。しかし、現在多くの日本企業では、国内外を問わず、多くの関連会社を構成するグループとしての企業体であることも少なくありません。この場合、自社が親会社(持株会社または事業会社の区別もあります)であるとき、自社が子会社や孫会社であるとき、さらには上場子会社が含まれているとき、子会社や孫会社が国外にあるとき、地域統括会社があるときなど、さまざまな組織設計や資本関係の種類があり得ます。

また、グループを形成する過程についても、新たに関連する会社を設立する場合や事業部門を切り離して会社として設立する場合もあれば、買収等により外部の組織を新たにグループの内部に取り込む場合などもあり、組織設計の成り立ちについてもさまざまな経緯があります。このようなグループガバナンスまたはグローバルグループガバナンスの要請が求められる状況にあっては、企業価値の向上に向けた取り組みとして、グループ全体で整合した、また実効的なガバナンス体制やコンプライアンス体制等を構築する必要が出てきます。

中小企業の場合に関する留意点

中小企業においては、法務機能を担う部門や部署または責任を設置しているということは多くありません。中小企業における法務対応について調べた調査結果によると、「法務担当者(兼任を含む)を『設置していない』」と回答した中小企業が67.2%であったと報告されており、法務担当を設置しない最大の理由は「担当者を置くほどの問題がない」(53.0%)という結果でした(東京商工会議所 経済法規委員会「中小企業の法務対応に関する調査 結果報告書」2019年3月)。

もっとも、法務に関して抱える課題として一番多い回答が「人材不足」(47.6%)という結果も出ており(同上)、実際に経営に影響する法的課題が生じた場合には、中小企業内部の法務機能が十分に発揮されないリスクがあります。

中小企業における法務機能に関しては、大企業との比較において、予算や人員数との関係で専属あるいは兼任・兼務の法務担当者を置くことも現実的に難しいということがいえます。一方で、中小企業では、法務の担当者を置かずとも、社長や営業担当者が契約書レビューといった日常的な対応から実際のトラブル対応まで対応しているということや、外部の専門家や機関に相談等をして解決できているということもあります。

会社の規模に関わらず、リーガルリスクは経営に大きな影響を与えるものであることは変わりありません。また、マネジメントを実践する経営者と法的判断を支える法務機能の役割分担により、企業価値の向上に向けた経営を効率的に実施することも可能になります。

✅ 自社のリーガルリスクの特定
✅ 評価・分析による優先順位を付けた個別の対応
✅ 業務や作業の棚卸による業務効率化の推進
✅ ノウハウの蓄積や専門人材の育成
✅ 法務DXの導入
✅ アウトソーシングや外部機関の有効活用

など、限られたリソースの中で、法務機能を実効的に機能させることが重要になります。

おわりに

企業における法務機能は、リーガルリスクを適切にマネージすることを通じて企業価値の維持・向上や毀損防止という目的に貢献するものであり、同時にこのような役割や具体的な業務を果たしていくことが求められているといえます。具体的な体制構築、役割の明確化や運用の設計は、それぞれの企業が置かれている外部および内部の状況に応じながら、適切なバランスを取りながら各社で決めていくことになりますが、当然ながらこの場合に法務部門の立場からだけで決められるものではありません。

実際に具体的な内容を検討するに当たっては、企業の全社戦略の中の本社機能戦略を前提としたグループ全体における法務機能の役割を明確にしつつ、法務部門にとってのインターナルクライアントでもある自社の他部署・他部門から期待される法務機能の具体的な業務範囲を定めながら検討していくことが必要となります。