第3回:これからの法務を担う人材の育成と評価
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企業において法務が担う役割については、従来の守りの法務機能とともに、攻めや戦略的な観点からの法務機能の強化が求められるようになってきました。
この特集では、改めて事業の推進に資する法務機能を考えるとともに、
✅ コーポレートガバナンス・グローバルグループガバナンスを実現する体制の整備
✅ 組織全体をコントロールする本社機能・法務機能の強化
✅ 組織を支える法務人材の育成・評価
など、成長を続ける企業において、企業価値の維持・創出を支える法務の1つの姿を提示することを目的としています。第3回は、これからの法務を担う人材の育成と評価について、全社戦略から法務組織のミッションを見出し、具体的な体制やスキル・成果に落とし込んでいくまでを解説します。
目次
はじめに
法務機能を具体的に発揮する法務人材の確保や育成というテーマは、改めて重要な課題として指摘されています(法務機能の担い手の育成・獲得を重要テーマとするものとして、経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」2019年11月19日。以下「経産省報告書」という)。
また、企業経営と法務人材の関係について、以下のような視点も示されています。
✅ 経営者は、“経営法務”を遂行できる高度な人材を経営陣の一員、かつ、法務部門の責任者として登用しているか?
経済産業省「経営者が法務機能を使いこなすための7つの行動指針」2019年11月19日
✅ 経営者は、“経営法務”人材の獲得・育成活用について戦略的な方針を示しているか?
その一方で、法務人材の活用方法等については多方面からの検討や具体的な実装における実務的な難しさもあり、法務人材の組織内での位置付けや活用に関し、多くの企業において必ずしも十分な対応ができているとはいえない現状があります。
なお、企業における法務機能は、法務部等の特定の部門のみが担っているものではなく、事業部門から営業・開発部門等まで、会社全体によって発揮されるものです。多くの企業では、この中でも特に法務部門等の部署が中核的に法務機能を担う部署として設置され活動しています。
終身雇用を前提とする従来からの総合職採用の中でローテーション人事や年功序列制度を採用する多くの企業においては、法務人材の評価についても全従業員統一の評価制度が適用されることになりますが、法務人材をはじめとする専門家人材に画一的・統一的な評価制度が必ずしもなじまないこともあり、法務組織の在り方を念頭に置き、人事評価・育成制度を個別に設定していくことを検討していかなければなりません。
今回は法務人材の育成と評価という観点からこれからの法務組織における人材の在り方を検討していきます。
法務人材の育成と評価の前提
法務人材に求められるもの
企業において法務機能を中核的に担う部門・部署等(以下「法務組織」という)における人材(以下「法務人材」という)の育成や評価を検討するに当たり、まず前提として、各企業における法務人材に求められるものが何かを考える必要があります。経産省報告書においても、以下のような指摘があります。
人材を内部で育てる際には、まず指標がなければ、どのような人を育てればいいのか、又は自分が何を目指してどのように経験を積んでいけばいいのかがわかず、業務に合致した人材(適材)を育てることが困難となる。また、人材を外部から獲得する際にも、指標がなければ、どのような人材を獲ればいいのか、又は自分は何を求められて入社するのかがわからず、これもミスマッチが生じる原因となる。したがって、適材を育て、又は獲得するためには、まずは企業の側がどのようなポスト・業務にどのような人材を求めているのかを明確に示す必要がある。
経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」2019年11月19日
法務人材に求められるものについては、企業の経営目標や全社戦略、事業戦略から法務組織または法務機能に求める役割を明確にし、場合によっては再定義することを通じて、法務組織のミッションを打ち出すことから考えていく必要があります。なぜなら、組織目標と個人の育成や評価は関連性を有しており、法務組織のミッションや目標に向けて法務人材を育成し、その活動の成果を評価する必要があるからです(下記参考図参照)。
この点は、「企業は『この人をどう処遇するか』と人基準の発想ではなく、『自社の法務機能のあるべき姿から必要な能力と配分を逆算し、それを担える適材を業務に充てる』という、業務基準の発想」(経産省報告書)とも整合しています。
法務組織の目標・ミッション
法務組織のミッションは、企業によって異なるものですが、法務組織の存在意義または土台にある役割は、適切なリーガルリスクマネジメントを実施しながら、企業価値の毀損防止に向けて取り組みつつ、同時に企業価値の向上のための積極的な役割を果たすことにあるといえます。
そこで、経営目標を前提として法務組織の存在意義を発揮できるようなミッションや組織目標を策定し、これに応じて必要となる法務人材の育成や評価の方法を具体化していくべきといえます。もちろん、法務組織も企業の一部署であり、他部署と同様に限られた予算や人的リソースの中で最大限の効果を発揮しなければならないため、現実的な範囲で適切に法務機能を発揮するための組織、人材や内部構造(ルールや業務フロー)をバランス良く構築していくことになります。
(参考図)
なお、法務組織の目標やミッションを検討するに際し、法務機能に求められる役割について、一般的な法務機能の分類に触れておきます。まず、経営判断や経営戦略・事業戦略を前提として、これらに基づき実施された事業から生じた法的紛争やトラブルを事後的に解決する法務機能があります(いわゆる臨床法務)。ここでの法務機能はあくまで紛争や問題発生時に適切な解決を志向する役割を担っています。
次に、そもそも紛争や法的トラブルの発生自体を未然に防止し、事業の安定性を確保することや、事後的な対応にかかるコストを減少させることを志向したリスク回避または予防的な法務機能があります(いわゆる予防法務)。契約書のレビューなどの個々の取引レベルにおける対応から、取引のスキームや事業の実施自体の適否などのレベルにおける対応まで、予防法務には幅広い内容が含まれます。
また、予防法務から一歩進んで、経営判断や経営上重要な意思決定、戦略を構築するレベルにまで法務機能が関与して、企業価値の向上に貢献するといった役割もまた求められることがあります(いわゆる戦略法務)。なお、戦略法務の意義については、「企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けて、人的資本や知財・無形資産をコアにした企業経営を実現する経営法務」とする考え方もあります。
このような分類はあくまで法務機能の整理のための一例であり、各企業において法務組織に求められる役割を明らかにする必要がありますが、いずれにしても法務機能軸を起点とした人材戦略が重要となります。
法務人材の育成と評価の在り方
法務人材の育成・評価をどう設計するか
法務人材の育成と評価の在り方については、当然ながら経営目標、経営戦略および事業戦略に基づき設定された法務組織の目標を達成することができるよう検討していく必要があります。
同時に、法務人材側からの視点に立つと、それぞれが進むべきキャリアパスや、それについての選択肢の種類や内容、実際にキャリアパスを進めていく際にどのようなスキルのアップグレードが求められ、どのように評価されるのか、さらにはどのような育成プランが用意されているのかなど、これら法務人材にとっては重要な関心事の対象であることはいうまでもありません。そうすると、企業側からしても、法務人材の育成や評価の方法などを明確にして、その内容を示す必要があるといえます。
もっとも、法務人材の育成や評価の内容は、一旦策定すれば完結するものではなく、経営環境や事業環境の変化に伴う経営戦略や事業戦略の変更があれば、当然にその内容を見直す必要があります。また、このような外部環境の変化に伴い、法務人材に求められるマインドセット、スキルおよび法務組織に求められる役割にも変化が見られます。
法務人材のスキル・成果の範囲の広がり
法務組織に求められる役割は、従来のように典型的なリーガルイシューへの対応やコンプライアンス面への対応のみならず、サステナビリティ課題やESG、経済安全保障問題への対応、グローバルやグループでの事業も見据えた対応、さらには経営上の意思決定への関与などにも発展しています。
法務人材は、自社のビジネスを理解し、変化に対応できる能力や全社的な取り組みの一環として他部署との横断的な取り組みや新規領域にも果敢にチャレンジするマインドセットを持つことに加えて、そのための高度なコミュニケーションスキルやプロジェクトマネジメントスキルも習得する必要が出てきました。
企業における法務人材は法律事務所に所属する弁護士とは異なり、企業の当事者として経営上または事業上の判断に深く関与することができるという強みを有していることの裏返しとして、戦略やビジネスについての深い見識、取引慣習への理解、バランス感覚、問題解決のためのアイディア創出力などを備えることが求められているといえます。
以上の法務組織または法務人材に求められる役割からすると、法務人材の育成や評価の基準となる指標を策定するに当たっては、従来のような法的専門性や法的知識の獲得を中心とした基準では必ずしも期待される法務組織の役割を果たすことができず、むしろ、法務人材には法務以外の経営的なスキルや、全社的な取り組みを推進していくコミュニケーションスキル・プロジェクトマネジメントスキルなども対象としていく必要がありそうです。
また、当然のことながら法務人材の中でも法務に関する経験年数や職位、責任の度合などで差異があり、その段階に応じたスキルの獲得や仕事の成果を区別する必要もあります。
このような事情を踏まえると、法務人材の育成や評価の在り方については、法務組織の組織目標やミッションを前提として、それぞれの立場に応じたスキルマップを策定すべきといえます。
参考: 経済産業省「経営法務人材スキルマップ」 |
スキルマップの内容については、対象者に説明するとともに、組織目標に貢献する個人ごとの目標を個別に設定して目標管理の対象とするなど、組織目標・法務組織に期待される役割・法務組織の業務内容といった事項を法務組織内でしっかりと議論した上で可視化していく作業が重要になります。
ただ、法務人材の評価に関しては、法務組織による成果の定量化は容易ではないため、無理に成果を策定して評価を実施したとしても、評価の納得感や公平感にも支障が生じるおそれがあります。このような場合には、組織目標と個々の業務の紐づけや関係性を法務組織の構成員全員で認識することから始め、その上で業務プロセスに応じた評価項目を設定して定量化を図ることや、定期的な個人面談を通じて目標の遂行状況や内容の変更・修正を随時実施することなどを検討して、創意工夫することも有効といえます。
さらに、法務組織も企業における一組織であることを踏まえると、法務人材の育成やキャリア形成について、所属員の全員が必ずしも法務のスペシャリストになることを目指す必要はなく、法務+αの専門性をもった人材の育成や、他のコーポレート部門や事業部門、その他海外拠点等でグローバルに法務能力を発揮することができる人材など、会社全体の企業価値の向上への貢献を意識したキャリアパスも含めて法務人材の在り方を検討することを意識することも有効といえます。
法務組織の責任者(CLO・GC)
なお、法務人材のキャリアパスとして、ジェネラルカウンセル(GC)やチーフリーガルオフィサー(CLO)のポストの設置も1つの有効なアイディアといえます。
CLOなどの法務責任者のミッションとしては、以下のような定義の例があります。
✅ 企業経営における法務 (legal affairs) を担当する ✅ 経営に不可欠な当該企業の法務リテラシーを有する ✅ 経営陣のPartnerとして能動的な法的支援を提供して事業を適切に案件形成し,実施させる ✅ Guardianとして積極的に経営の意思決定に関与して会社を守る 参考元|平野温郎「制度的存在ないし機関としての Chief Legal Officer」東京大学法科大学院ローレビュー Vol.17、2022年参照 |
これはまさに法務組織の役割に根差した職務であり、1つのキャリアパスとして設置することは、法務人材が目指すべき姿が明確となり、有益であるといえます。
おわりに
法務人材の育成・評価は法務機能の組織設計・ガバナンスの観点においても、重要な役割を担っています。例えば、グループ内の拠点(法人格)ごとにそれぞれ法務機能を抱える企業にとって、各法務機能に機能軸共通の人事評価や育成制度を適用制定することで、ガバナンスの強化やグループ全体の法務機能の水準の維持および強化を図ることが可能となります。
特に海外の法務機能とどのような連携を図るかということは日本企業における一つの大きな課題となっていますが、グローバルで統一の人材育成・評価基準や育成制度を策定し、これらを上手に活用することも有効な手段の一つとなります。
言うまでもなく組織を支えるのは人材であり、いかに優れた目標や戦略を打ち立て、合理的な業務フローを構築したとしても、人材の育成や評価を誤ると実行すべき戦略を経常的に実現していくことはできません。また、属人的な個人のスキルに依存した状況が続いてしまうと、法務組織のナレッジが共有化できない上に組織全体としてのパフォーマンスを上げることもできず、そもそもサステナブルな組織とは到底言えません。法務人材個人にとっても、常に法務組織における業務を企業価値の向上につなげる意識を持ち、そのために果たすべき法務組織ひいては自らの役割を改めて考えていくことも必要です。
法務組織の在り方の検討は、会社の全社戦略から事業戦略、そして機能別戦略としての法務戦略を整えることから始まります。これらを前提として今回の法務人材の育成と評価というテーマをきっかけに、法務組織内で目標やミッションを策定するとともに、現に担当する業務を可視化し、業務の効率化や、質の向上、より適切なリーガルリスクマネジメント体制の構築などを検討することができます。そして、企業価値向上に資する、高付加価値業務は何であるのかを改めて検討し、法務組織の担当領域を広げていくなど、これからの法務組織と法務人材を改めて検討してみてはいかがでしょうか。