
一人法務でも大丈夫!
先回りして助け合い、攻めと守りを築く法務とは?
- この記事について
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各業界の第一線で法務・総務・労務などを担うみなさまにお集まりいただき、法務を中心とした実務の「今」を読み解く座談会を開催しました!
属人化しがちなバックオフィス業務について、「これ、みんなの会社はどうやっている?」という疑問は誰もが持っていますが、お互いに話し合うことで、答え合わせだけでなく、その先の展望や軸などを見つけることができます。
第3回は、多様な企業の法務・管理業務を担当されているみなさまにお集まりいただき、「攻め」と「守り」の両面から、法務がどのように事業部と関係を築き、自社の成長を支えているのかを語っていただきました。一人法務の悩みにも寄り添います!
■登壇者
・弁護士法人咲くやこの花法律事務所 パートナー弁護士 池内康裕先生(モデレーター)
・株式会社ビザスク 法務・コンプライアンス室 石井智子さま
・株式会社メイホーホールディングス 執行役員 総務部 部長 伊藤英樹さま
・株式会社Looop 管理本部 総務法務部 部長代理 岩間優介さま
・株式会社ナ・デックス 法務部 林﨑 滉さま
・株式会社フィットクルー 管理部 部長 松本奈緒さま
・石井食品株式会社 コーポレート総務部法務チーム 望月天翔さま
・株式会社LegalOn Technologies 丸山航司(総合司会)

目次
1|事業成長に貢献するための”攻めの法務”、どんな取り組みに力を入れている?
丸山 本日は、「事業成長に貢献する」というテーマのもと、3つの観点からお話を伺っていきます。まずは“攻め”の法務、次に“守り”の法務、そして後半ではテクノロジーの活用について、皆さまの実務の工夫を共有いただきます。
池内 はじめに、いわゆる「攻めの法務」について、皆さまの取り組みをお聞かせください。
ここで言う「攻めの法務」とは、経営や他部門と連携し、法律の専門性を活かして、会社の業務を戦略的かつ効率的に進めていく役割を指します。戦略法務に加えて、公共政策法務といった領域も含めて、自社でどのような工夫や注力している点があるか、ぜひ教えてください。

伊藤 自社の増収増益を支援するため、私たちは「法務プラットフォーム」を提供しています。当社はM&Aで事業を拡大していますが、M&A仲介会社の料金には契約書の提供サービスも含まれています。自社で契約書を管理するしくみを整えることで、M&Aにかかるコストを直接下げることができます。
また、オリジナルの企業法務マニュアルも作成しました。370ページほどあるマニュアルの内容は、労働紛争から許認可まで、項目別に優先度や重要度を視覚的に理解できます。これを見れば対応方法がある程度分かるように仕上げ、グループ全社に備え付けています。

岩間 当社では新しい取り組みとして「リーガルリスクマネジメント」を導入し始めています。もしも法令違反をしてしまった場合に、罰則が課されるリスクの大きさと、起こってしまったときの影響度を分析して、それらを可視化し、どうすればそのリスクを低減できるか、客観的な数値を持って事業部と対話するようにしています。
もう一つ、「公共政策分野」での関係構築です。当社は電力小売などの事業を展開しており、各種規制も多いので、環境省や経産省などの法政策情報の積極的な発信、審議会に社員を派遣したり、補助金事業へ積極的に応募したり、積極的にパブリックコメントに意見を出すなど、行政との関係作りを重視しています。

望月 私は、当社の行動規範である「去年と同じことは原則禁止」「評論家になるな、挑戦し続けよう」を挙げました。
一番大事にしているのは、事業部メンバーが何をやりたいのか、どのようなことを目指したいのかを、対面やオンラインで直接聞くことです。そのうえで、例えば製造委託契約の受託側になる場合、計画的な発注を必ずもらえる内容の契約書にアップデートしていくことができれば、一定の売上を確保できますし、生産現場の残業も減らせます。施策がうまくいけば「全体の5%くらいは法務の売上」くらいは言ってもよいのではないかと思っています。
また、株主施策・SR(シェアホルダー・リレーションズ)施策も重視しています。弊社の株主数全体の9割を占める個人株主との関係を深く構築していくことで、安定株主が増えて株価が維持されますし、弊社のファンになって商品を購入していただくことで、業績も伸びると考えています。

松本 当社は、「想像力」と「先まわり」ですね。トレーニングジムを運営する当社は、設立からまだ10年で、スタッフの平均年齢も27歳と勢いがあるだけに、事業部が予想もしないことを思いついて、突き進みそうになることもあります。だからこそ、法務が想像力を働かせて、先まわりして「ここにはこんなリスクがありますよ」と丁寧に拾って説明することを意識しています。

林﨑 私は「経営戦略に資する情報提供」としました。当社の法務では知財に関する業務も行っていますが、過去には自社の技術情報や他社の動向を分析してパテントマップ(特定の技術分野に係る出願動向等をマップ状に一覧化した図表)で可視化し、事業部に展開する「IPランドスケープ(知財を生かして市場の可能性や注力分野を検討すること)」を実施しました。
また、社内ノウハウ等の無形資産については、技術承継のための体制・仕組みを整備する支援活動にも取り組んでいます。今後は、自社の強みやナ・デックスらしさを社内外にPRするため「デザイン経営」の考え方を取り入れたいと思っています。法務部は日々の事業部からの相談対応の積み重ねにより、事業に関する重要な情報が自然と集約される部門であると認識しています。法的観点から事業活動の障害を取り除くことで、確実な事業運営を支援し、スムーズな事業活動を促進する潤滑油のような役割を果たしたいと考えています。

石井 私は「世の中の動きにアンテナを張る」です。法務からすると、リスクが気になってアクセルを踏めないことが多いですが、それは私たちが世の中の新しいことをよく分かっていないからだと感じることがあります。
例えば、事業部が新しい技術を使って何かにチャレンジしたいというときに、その技術のことを研究し、法的リスクやリスクの回避策を分析します。そうして前向きな答えができるように準備しておけば、事業部も「相談してみようかな」となるのかなと思います。
新しいものや便利なものが、事業の成長や効率化にどうつながるかという視点を持ち、自分なりの答えを準備するよう心がける。そのことが私にとっての攻めの法務だと思っています。
2|事業成長に貢献するための”守りの法務”、どんな取り組みに力を入れている?

池内 ありがとうございます。次に、「攻めの法務」と表裏一体の関係にある「守りの法務」について、どのような取り組みをされているかを伺っていきます。私自身は、リスクを最小化し、企業価値の毀損を防ぐという「守りの法務」が、いまなお法務機能の中核をなすものと考えています。
岩間 私は4つありまして、まずは「とにかく話す」。事業部とは、できるだけ対面やWebミーティングで、話し声を聞きながら本音を引き出すようにしています。短いミーティングをアジャイル的に繰り返すことが多いですね。その際、事業部の「こうしたい」という思いを汲み取って交通整理をする「適切な事案の整理」も大切です。
次に「事実と意見の整理」。トラブルが起きたとき、事実と意見がごちゃごちゃになって報告が上がってくることが少なくありません。まずどういう事実があって、どういう意見があるのかを整理することは必須です。
それと、「顧問事務所との連携」。当社は週1回のミーティングで事案を相談したり、会社の状況を話したりして、顧問事務所をうまく使うようにしています。

望月 これも当社の行動規範ですが「ルールを守る、なければ創る、なぜあるのか考える」「関わる全ての地域・お取引先・パートナー・同僚に敬意を持ち、信頼の絆を広げる」です。
大事にしているのは「正論で人を殴らない」ということ。「なぜそのルールがあるか」「それが当社にとってどんな意味があるか」を、具体的な事例を交えつつ、行動規範に結びつけて話をすることを意識しています。
自分の顔を社内へ積極的に出すことも心がけています。例えば全社の朝会では、毎月1回程度、15分ほど法務に関する身近なトピックスを話しますし、すぐ相談してもらえるよう、Slack等での素早いリアクションや親しみやすい発信も意識しています。
そうして社内のメンバーに信頼してもらった上で、ダメなときには絶対に折れない。たとえそれが社長であっても、「絶対ダメなものはダメ」と言い続けなければなりません。
松本 私は「関連法規制の共有」ですね。当社は現在、IPOを目指していますので、業界を取り巻く法規についても整理してまとめ、「関連する法律がこれだけあります」と経営会議で共有しています。その上で、困ったことや気になることは必ず相談してもらえる環境を作っているところです。
岩間 相談しやすい環境作りは当社も取り組んでいます。フリーアドレス制なので、その日に近くに座った事業部メンバーと話して、質問を受けたりしていますよ。
松本 自分の顔を売るというのは大切ですよね。コミュニケーションを取る際は、とにかく難しい言葉は使わずに、柔らかくわかりやすい言葉で伝えることも意識しています。

林﨑 私は「法的リスクの啓発」としました。当社は契約関係知識に関する法務研修に注力しています。事業部向けに自社でテーマ別の研修動画を制作し配信しています。研修動画では、契約書の必要性から主要な取引条件等、契約書において確認すべき事項を解説し、併せて理解度を測れる確認テストを実施しています。
大切にしていることは、「事業部に契約上のリスクを正しく認識してもらう」ことです。契約上のリスクを理解してもらうことで、実務において見積文言で手当てしたり、価格に転嫁したりと別の手段で補うことができると思います。
伊藤 当社はたくさんのグループ企業があり、企業法務についての理解度がさまざまであるため、対話して腹落ちしてもらうのに創意工夫をこらしています。
林﨑 私たちは、関係会社については対面の勉強会を開催しています。下請法等の法令についての説明や事前に日常業務に関するお悩みや質問を伺い、それに対するフィードバックを行っています。また、法務に限らず事業の話題を交えながら、相互に情報共有を行い、気軽に相談できる関係作りに努めています。

石井 私は「ナレッジの共有」を通じた「全体の底上げ」を考えました。当社では、全社的な取り組みとして、Slack上で自社の定義に当てはまるインシデントを共有しています。そこでは、「将来のみんなの知見のために、今回どう気をつければよかったか」を法務もサポートしながら検討するようにしています。
あとは、事業部メンバーがトラブルを経験したり、研修やレビューを通じてこちらが伝えたことの意味を理解したりすると、いつの間にか取引先に対してあるべき交渉をきちんとしてくれるようになります。社内でそういう人たちが多数派になれば、結果的に全社に正しい認識が浸透していくと思っています。
伊藤 私は「グループ会社の『法務ドクター』」を標榜しています。守りの法務には、東洋医学的な未然にトラブルを防止する「予防法務」と、西洋医学的なトラブルに対処する「臨床法務」がありますよね。このうち臨床法務は「対症法務」だと思っています。時間とコストをいかに最小限にして、それを解決していくのかっていうところに重きを置いて動くことを意識しています。
3|事業成長に貢献するため、法務業務でどのようにテクノロジーを活用している?
池内 ここからは、テクノロジーの活用についてお伺いします。人手不足や法務の役割の高度化が進む中で、法務も変化を求められていると思います。皆さんが日々の実務の中で、どのようにAIやデジタルツールを活用し、業務の効率化に取り組まれているのか、ぜひ教えてください。
望月 「AIの積極的な活用で『作業』を一層効率化する」としました。テクノロジーはまだ使いこなせてないのが現状ですが、一人法務ということもあり、価値を生まない作業をなくしていくという観点で、ネットで調べてまとめるくらいのことは、AIを活用していきたいと思っています。
あとは、電子契約100%を目指すということですね。原則、印紙代と郵送費がかからない電子契約にしてもらうよう、社内に伝えています。

松本 私は、「e-ラーニングの活用」「契約書のチェックで利用したい」です。なかなかテクノロジーに資源を投入できておらず、e-ラーニングくらいしか取り入れていませんが、手作業で行っている契約書のチェックはテクノロジーを活用して、業務の負荷を低減していきたいと思っています。
林﨑 私は「契約レビュー支援」・「契約案件の一元管理」を挙げました。「契約レビュー支援」は差分チェックなどの効率化や、リスク検知の抜け漏れ防止にテクノロジーを活用しています。契約書が実務内容を適切に反映しているか、自社にとって必要な範囲を確保できているかという、人が見るべきところを見る時間を作っていくことが大事だと思っています。「契約案件の一元管理」はTeamsのPlannerアプリを活用して、案件依頼から締結まで管理しており、事業部との相談内容や、お客さまとの交渉内容を振り返ることのできる体制を整備しています。
石井 今は「社内業務の効率化」です。また、英文契約を扱うときに「翻訳」の機能を用いるなど、「情報集約」にもテクノロジーを活用しています。
社内では、「お客さまに提供するサービスの中にAIを組み込みたい」という声も出てきていますが、そのリスクをまだ十分に検証できていないのが実情です。将来、AIがもっと賢くなれば使い方が変わると思いますが、今のところはそこまで達していないという印象を持っています。
伊藤 私は、RAG(検索拡張生成)などの機能を活用した、「『一人法務』から『つながる法務』へ」ということを考えています。RAGとは、社内外の情報をAIで検索し、それをもとに回答を生成できる仕組みで、ナレッジを共有しやすくなると感じています。
私たちは管理部門なので、直接売上をつくることができない部分があると思います。そのような中で先ほど述べた当社の「法務プラットフォーム」のようなものを、将来的にはグループ企業以外にも提供できるようにして、事業成長につながる法務の仕組みを作っていければと考えています。

岩間 当社は「AIを活用した研修、QA集、リーガルチェックポイントの作成」を挙げました。ファクトチェックは必ずしますが、研修資料や社内QA集はChatGPTで作っています。法務部の後の世代のためのリーガルチェックポイントの作成も行っていて、例えばNDAなら、売買契約とシステム開発では中身が違いますから、そういったチェックポイントはAIを使ってまとめています。
今後やっていきたいのは「契約書管理の自動化」ですね。契約書の管理を法務で全て巻き取って、最終的にはAPI連携で「依頼から締結まで一気通貫の仕組み作り」を進めたいと考えているところです。
読者へのメッセージとエール
池内 みなさんのお話を通して、「一人法務」でも孤立せず、つながりながら前に進む姿勢が印象的でした。テクノロジー、ナレッジ共有、 「顔を出す」「わかりやすく話す」といった姿勢など、すぐに活かせる実践が多かったと思います。それでは最後に、読者のみなさまへのメッセージをお願いいたします。
松本 私は法務的なバックボーンがなく、人事労務や総務の全般的なところを実務で吸収しながら学んできました。読者の中には、同じように1人で悩みながら働いている方も多いと思うんです。私も、悩みながら、足掻きながらやってきたので、それでも「何とかなる」ということはお伝えしたいです。
林﨑 この座談会を通じて、業種や体制によって企業法務のあり方が本当に多様であることを実感しました。やるべきことは数多くありますが、捉え方を変えれば、あらゆる業務の根底には法律が関わっており、法務はどんな分野にも携われる可能性を持っていると思います。だからこそ、現状をより良くするには何ができるのか、今はできないことをどうすれば実現できるのかをしっかり思考していきたいと思います。
石井 座談会を通して共感する内容が多く、世の中の法務パーソンは同じようなところで悩みを持っていると感じましたし、自分と違うアプローチをされている方のお話はとても参考になりました。読者の方にも、ぜひ色々な記事を読んでいただきたいですね。

伊藤 私は、法務という場所を、いつでも何でも相談できて、帰って来られる、英語の「Home」のようなものにしていきたいと思っています。社員にそう思ってもらえるように、仲間を増やしながら、日々業務をしていきたいと思います。
岩間 私自身、紙文化の時代に一人法務も経験して、大変さは身に沁みて分かります。だからこそ今、一人法務は積極的に外に出てほしいです。例えば営業メンバーに同行したり、会社との色々な接点を持つということをおすすめしたいと思います。
もうある程度経験を積んでいる方なら、今度は経営者目線で、自分の業務がどんな利益を生み出すかを考えてみてください。法務で上に立とうという方には、ぜひ会社全体の利益という視座を持っていただきたいと思っています。

望月 私は、「法務って楽しい」ということを伝えたいと思います。企業の規模や事業内容によって考え方も異なりますし、日々ベストな解決策がパッと出てくるわけではないのですが、だからこそ法務はやりがいがあると思っています。
岩間さんの一人法務のお話も本当にその通りで、「一人法務は、実は一人じゃない」ということをぜひお伝えしたいと思います。
丸山 一人でも、攻めも守りもできる、そんな法務の可能性を私自身もあらためて実感いたしました。みなさま、本日は本当にありがとうございました!
(2025年2月21日収録)