忘れられる権利とは?
EUや日本の状況・認めるメリットとデメリット・
最高裁判例などを分かりやすく解説!

この記事のまとめ

忘れられる権利」とは、他人に知られたくない自己の情報について削除や消去などを求める権利です。Googleなどの検索エンジンにおける検索結果の削除を求める場合などに、忘れられる権利が認められるかどうかが問題となります。

EUでは、「EU一般データ保護規則(GDPR)」によって忘れられる権利が明文で認められています。これに対して日本では、忘れられる権利を認める法律上の規定はありません

忘れられる権利が認められると、プライバシー保護が強化されるとともに、不祥事などを起こした人が再出発しやすくなります。
その一方で、国民の「知る権利」が制約されること、正当な批判がしにくくなること、危険な人物や組織を回避しにくくなるなどが懸念されます。

最高裁平成29年1月31日決定では、Googleにおける検索結果の削除に関して、忘れられる権利が認められるかどうかが実質的に問題となりました。
最高裁は、事実を公表されない法的利益が、検索結果として提供する理由よりも優越する場合に削除を認めるとする比較衡量の基準を示しています。

この記事では忘れられる権利について、EUや日本の状況・認めるメリットとデメリット・最高裁判例などを解説します。

ヒー

「黒歴史」ってありますよね…ちょっとした恥ずかしい過去から、不祥事や犯罪まで、全部インターネットには残ってしまいますが、古いものは検索結果から削除することはできないのでしょうか?

ムートン

それは「忘れられる権利」として、EUでは認められていますが、日本ではルールなどは定められていません。どんな場合なら認められる可能性があるか、解説します。

※この記事は、2024年9月12日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

忘れられる権利とは

忘れられる権利」とは、他人に知られたくない自己の情報について削除や消去などを求める権利です。

EUではGDPRで忘れられる権利(削除権)が保障されている

EU圏内で適用される「EU一般データ保護規則(GDPR)」では、個人情報保護に関するルールが定められています。

GDPR17条では「消去の権利(忘れられる権利)」を認めています(Right to erasure(right to be forgotten))。以下のいずれかに該当する場合には、本人は個人データの管理者に対して、当該データを遅滞なく消去することを請求できるとされています。

GDPRにおける「忘れられる権利」行使の要件

① その個人データが、それが収集された目的またはその他の取扱いの目的との関係で、必要のないものとなっている場合。

② 本人が、個人データの取扱いの根拠である同意を撤回し、かつ、その取扱いのための法的根拠が他に存在しない場合。

③ 本人が、個人データの取扱いに対する異議を述べ、かつ、その取扱いのための優先する法的根拠が存在しない場合、またはダイレクトマーケティングの目的のために個人データが取り扱われることについて異議を述べた場合。

④ その個人データが違法に取り扱われた場合。

⑤ その個人データが、管理者が服するEU法または加盟国の国内法の法的義務を遵守するために消去されなければならない場合。

⑥ その個人データが、情報社会サービスの提供との関係において収集された場合。

日本では、忘れられる権利を認める法律上の規定はない

日本においては、忘れられる権利を直接認めた法律上の規定は存在しません

ただし、インターネットが広く普及したことに伴い、忘れられる権利の重要性は高まっています
後述するように、忘れられる権利について判断を示した最高裁判例も出現しています。今後は判例法理や法改正によって、忘れられる権利が実質的に認められるようになることがあるかもしれません。

忘れられる権利が問題となる場面の例

忘れられる権利は、Googleなどの検索エンジンにおける検索結果の削除を求める場合などに問題となります。

検索結果に過去の不祥事犯罪歴などが残っていると、それが半永久的に多くの人に閲覧される状態になってしまいます。
忘れられる権利が認められるならば、検索エンジンの運営会社に対して、自分にとって都合の悪い検索結果の削除などを請求することができます。

忘れられる権利を認めることによるメリット

忘れられる権利を認めることによるメリットとしては、主に以下の2点が挙げられます。

① プライバシー保護に資する
② 不祥事などから再出発しやすくなる

プライバシー保護に資する

インターネット上の検索結果には、さまざまな人が無秩序に作成したウェブサイトや、SNS・掲示板などに投稿した内容が表示されます。
そのため、個人のプライバシーに関する情報が投稿されるケースも多い状況です。それが半永久的に残ってしまうとすれば、本人のプライバシーが侵害される状態がずっと続いてしまいます。

忘れられる権利が認められ、インターネット上の検索結果からプライバシー情報を削除できるようになれば、無秩序に投稿されたプライバシー情報にアクセスする人が減ります。その結果、本人の知られたくない情報が多数の人に知られてしまうことを防ぐことができ、プライバシー保護の強化につながります

不祥事などから再出発しやすくなる

不祥事犯罪などを起こしてしまうと、その情報が大量にインターネット上に投稿されてしまうことが多いです。「デジタル・タトゥー」という言葉に象徴されるように、不祥事や犯罪などに関する情報を、インターネット用から完全に削除することはできません。

しかし、忘れられる権利に基づき、主要な検索エンジンから検索結果が削除されれば、過去の不祥事や犯罪などに関する情報にアクセスする人は減ります。更生して人生をやり直したいと考えている人にとっては、仕事や生活の面で拒絶されるケースが少なくなり、再出発がしやすくなるでしょう。

忘れられる権利を認めることによるデメリット

忘れられる権利を認めることにはメリットがある一方で、以下のようなデメリットも懸念されます。

① 国民の「知る権利」が制約される
② 正当な批判がしにくくなる
③ 危険な人物や組織を回避しにくくなる

国民の「知る権利」が制約される

日本国憲法では、表現の自由と表裏の関係にあるものとして「知る権利」が保障されていると解されています。

知る権利」とは、国や地方公共団体に関する情報を知ることができる国民の権利です。
表現行為をする際には、その前提となる情報を十分に得ることが必要であり、情報を得ることで表現行為の幅も広がります。そのため、表現の自由に資する本質的な権利として、知る権利が保障されています。

忘れられる権利が広範に認められると、国や地方公共団体に関する情報についても検索結果から削除できるようになる可能性があります。そうなると、国民が情報にアクセスしにくくなり、知る権利が不当に制約されてしまうことが懸念されます。

正当な批判がしにくくなる

国や地方公共団体とは関係がない事柄についても、私人同士で言論を戦わせる際には、相手の過去の言動などについての情報を互いに得た上で、状況によっては批判をすることも許容されるべきです。

忘れられる権利が幅広く認められると、検索結果から削除された情報へのアクセスが困難となります。その結果、言論の相手方に関する情報を十分に得ることができず、正当な批判がしにくくなることが懸念されます。

危険な人物や組織を回避しにくくなる

本人を信用できるかどうか、取引をしても問題ないかなどを判断するに当たって、過去の不祥事や犯罪などに関する情報は重要な意味を持ちます。
取引の相手方は自由に選べるわけですから、過去の経歴から相手方が危険な人物や組織である可能性が疑われる場合には、取引を回避するのも自由なはずです。

忘れられる権利が幅広く認められた場合、過去の不祥事や犯罪に関する情報が検索結果から削除され、本人と取引をしようとする人は、その情報を事前に入手することが難しくなります。
もし本人が更生していなかった場合には、相手方は不本意に危険な人物や組織と取引をしてしまうことになりかねません。

忘れられる権利が問題となった判例

最高裁平成29年1月31日決定では、Googleの検索結果の削除を求める仮処分事件において、忘れられる権利が認められるかどうかが問題となりました。
以下では、同最高裁判例における事案の概要や、最高裁が示した判断基準と結論などを解説します。

事案の概要

最高裁平成29年1月31日決定で問題となったのは、過去に児童買春等の罪で逮捕されて罰金刑に処せられた事実が、Googleの検索結果に表示されていたことです。

本人はGoogle社を債務者として、裁判所に対して検索結果削除の仮処分申立てを行いました。その根拠として、本人は検索結果の表示によって人格権または人格的利益が侵害され、著しい損害または急迫の危険が生じ得ることを主張しました。

最高裁の決定文において「忘れられる権利」という言葉は用いられていませんが、本事案は実質的に、忘れられる権利に基づく検索結果の削除請求の可否が問題になったものと評価できます。

忘れられる権利の判断基準

最高裁は、従来の判例の枠組みに沿って、プライバシー権と表現の自由の対立関係を念頭に置き、両者の比較衡量によって検索結果の削除請求を認めるかどうかを判断するという規範を示しました。

プライバシー権に関して、最高裁は従来の判例を引用し、個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は法的保護の対象となると述べています。

その一方で、検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為の側面を有するほか、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしているとしました。
そして、特定の検索結果の提供行為が違法とされ、その削除を余儀なくされるということは、検索事業者自身による表現行為や、情報流通基盤としての役割を制約するものであることを指摘しました。

最高裁は上記の各点を踏まえて、公表されない法的利益と検索結果を提供する理由に関する諸事情を比較衡量し、公表されない法的利益が優越することが明らかな場合は、プライバシー情報に関する検索結果の提供行為が違法になるとしました。
比較衡量に当たって考慮すべき事情として、最高裁は以下の各点を例示しています。

忘れられる権利に関する比較衡量の考慮要素

・プライバシーに属する事実の性質および内容
・検索結果が提供されることによって、本人のプライバシーに属する事実が伝達される範囲
・検索結果が提供されることによって、本人が被る具体的被害の程度
・本人の社会的地位や影響力
・検索結果を通じてアクセスされる記事等の目的や意義
・検索結果を通じてアクセスされる記事等が掲載された時の社会的状況と、その後の変化
・検索結果を通じてアクセスされる記事等において、プライバシーに属する事実を記載する必要性
など

結論|検索結果の削除は認められず

最高裁は結論として、児童買春等の罪で逮捕されて罰金刑に処せられた事実に関する検索結果の削除請求を認めませんでした

最高裁は、上記事実が本人のプライバシーに属するものであることを認めつつ、検索結果を提供する理由に関して以下の事情を指摘しました。

  • 児童買春が児童に対する性的搾取および性的虐待と位置付けられており、社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに鑑みると、今なお公共の利害に関する事項であること
  • 本人の居住する県の名称および氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると、検索結果を通じて上記事実が伝達される範囲は、ある程度限られたものであるといえること

最高裁は上記の各事情を踏まえて、公表されない法的利益と検索結果を提供する理由を比較衡量した上で、公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえないとして、仮処分申立てを却下した原審の判断を支持しました。

忘れられる権利が認められる可能性があるケース

最高裁が示している基準を踏まえると、以下のようなケースにおいては、忘れられる権利(あるいはそれに準じた法的利益)に基づき、検索結果の削除請求が認められる可能性があると考えられます。

(例)
・比較的軽微な犯罪歴が、処罰を受け終わってから数年以上も検索結果に残っている場合
・特に著名人とは言えない人が過去に起こした軽微な不祥事が、解決してから数年以上も検索結果に残っている場合
・それほど悪質とは言えない軽微な不祥事について、悪意のあるゴシップ記事ばかりが検索結果に表示されており、それがきわめて多数の人々に閲覧されている場合
など

ムートン

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参考文献

最高裁平成29年1月31日決定