
経験知とテクノロジーを駆使して考える、
リスクを減らす法務の取り組みとは?
- この記事について
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各業界の第一線で法務・総務・労務などを担うみなさまにお集まりいただき、法務の「今」を読み解く座談会を開催しました!
属人化しがちなバックオフィス業務について、「これ、みんなの会社はどうやっている?」という疑問は誰もが持っていますが、お互いに話し合うことで、答え合わせだけでなく、その先の展望や軸などを見つけることができます。第6回の今回も、「守りの法務」「攻めの法務」の観点で、自社の企業成長に法務がどのように貢献していくのか、そして法務のテクノロジー活用について語っていただきました。
■登壇者
・株式会社サイバード コーポレート統括本部 業務統括部 法務部 坂田明文さま
・株式会社TENTIAL コーポレート本部 経営企画部 法務グループ グループマネージャー 田嶋允博さま
・株式会社APパートナーズ 管理部 法務課 課長 兼 管理部 管理課 GL 湯之上亮さま
・株式会社ACNホールディングス 取締役上席執行役員/グループ代表室室長/CLO/リスク管理戦略室担当/デジタル戦略本部管掌/弁護士 高橋俊輔さま(モデレーター)
・株式会社LegalOn Technologies 丸山 航司(総合司会)

目次
1|自社の事業成長へ貢献するために”攻めの法務”の観点でどのような取り組みに力を入れている?
丸山 みなさま、このたびはお集まりいただきありがとうございます。本日は「法務は事業成長にどう貢献をしていくのか」というテーマで、業界の最前線で活躍されているみなさまと議論してまいります。議論に入る前に、まず前提知識として一般的に言われている企業法務の分類についてご説明いたします。
企業の法務部門の業務は数種類あり、1つ目が法的な紛争の発生を未然に防ぐ「予防法務」、2つ目は発生した法的紛争の解決のための「臨床法務」、そして3つ目が、企業の事業戦略立案などに法務の専門家としてコミットする「戦略法務」です。近年では、予防法務と臨床法務を「守りの法務」、戦略法務を「攻めの法務」と表現し、これらを両軸で取り組むことが事業成長への貢献につながると言われています。

本日は、「事業成長に貢献する」というテーマのもと、3つの観点からお話を伺っていきます。まずは「攻めの法務」、次に「守りの法務」、そして後半ではテクノロジーの活用について、みなさまの実務の工夫を共有いただきます。
高橋 さっそく、「攻めの法務」におけるみなさまの取り組みについてお伺いします。

田嶋 私は「ルールメイキング」としました。例えば当社では機能性製品を展開しています。製品の機能性については薬機法や景表法にてルールが設けられています。一方で、機能性とエビデンスは日々進化している中で、「このエビデンスだとこういう表現もできるのではないか」といった形で範囲を広げていくことが大切になります。当社の公共政策担当部署と連携して取り組んでいるところです。法務が直接関わっているわけではありませんが、同業他社と組織した業界団体を通じて、官公庁と交渉を行うこともありますね。

湯之上 私は「知る」を挙げさせていただきました。当社の場合は、あまり法務が直接ネゴシエーションに入らないこともあり、自社の営業担当者の思いや、お取引先さまの気持ちを知ることを重要視しています。
例えばM&Aの案件で、当社が事業譲受する際、引継ぎ期間がかなり短いケースがありました。営業担当者に確認したところ、先方の譲渡理由が主に体調面にあり、早く引継ぐことでシナジーを拡大させたいという思いをお持ちということで、そこから、私たちが譲歩できる点、先方に譲歩してもらう点をうまく整理できました。
私を介することでより摩擦が小さくなって、みんながスムーズに動けるようになれば、会社に推進力をもたらすことができる、そう意識しています。
高橋 情報を取りに行くためのコツはありますか?
湯之上 私が専属の一人法務で、情報が集約されるのもありますが、あえて雑談する時間を作ることは意識しています。事業部から相談の電話を受けるときも、お取引先さまの法務の方とお話しするときも、あえてアイスブレイクを入れることで、相手がどんなマインドやポリシーを持っているかなどを捉えることができます。

坂田 私は「道なき原野に道を作る」です。当社はIT系の事業を展開しているため、先進技術を取り入れていく必要がありますが、例えば暗号資産のように、技術ができてから後追いで規制ができる分野もあります。絶対の正解がない中で、会社が決断を下すための材料をどれだけ提供できるかは、まさに攻めの法務です。自社の戦略や方針を深く理解した上で、世の中や業界の流れなどを総合的に加味してリスク評価をしています。
高橋 「道なきところ」でのリスク評価はチャレンジングな領域ですよね。どういったところを心がけてらっしゃるんですか?
坂田 新規事業はある程度リスクテイクをしなければなりませんから、発生確率や影響度を考え、リスクを過大評価しすぎないという点でしょうか。そのためには視野を広く持ち、会社の内外にアンテナを張って、感覚を鋭敏にしていく必要があります。またその過程で、「この事業は、何のためにやるんだろう?」という本質を事業部と話すことで、課題が具体化したり、気づきが得られたりするメリットもありますね。

丸山 自社の事業や経営方針については、みなさんどのようにキャッチアップしていますか?
湯之上 私は代表との距離が近いので、経営側のリスク許容度を肌感で捉えられている部分はありますね。
田嶋 当社は、法務が事業戦略会議に参加しています。経営陣や管理職が参加する会で、事業の進捗や業績などをキャッチアップしています。
坂田 当社の場合、稟議が必ず法務を通る仕組みで、決裁に必要な事項が記載されているか、様式チェックを行っています。そこでキャッチアップができている面はあると思います。
2|自社の事業成長へ貢献するために”守りの法務”の観点でどのような取り組みに力を入れていますか?

高橋 続いて、守りの法務の観点からお話を伺いたいと思います。まず湯之上さん、いかがでしょうか。
湯之上 先ほどの「知る」と対になっていますが、「伝える」と書きました。「その考え方だと、ここで行き詰まる可能性がある」というリスクの部分を事業部に伝えるようにしています。
しっかり伝えるための取り組みの一つが、全国の事業所の所長とのグループチャットです。なかなか見えにくい法務の業務を、実際の事業部の業務と直結させて伝えています。
例えば本社に労働局からの定期調査が入るとしたら、「他拠点でも定期的に調査が入ることになるので、日々の管理・チェックする力を育てるべく、しっかり今の自分たちに必要なものを吟味して、改めて自己点検してください」と前置きした上で、私がどんな対応をしたかを全て見てもらいます。そうしてナレッジを共有しておくことで、各拠点が調査対象になるたびに、対応がブラッシュアップされていきます。
高橋 所長などよりも下のレイヤーのみなさんに伝えるための工夫はありますか?

湯之上 レイヤーが下がると、そもそもの経験が足りていない面があるので、むしろ失敗してもらいます。最終的には私が責任を持つので、「ここだけはダメ」という部分はグリップしつつ、大きな傷にならない形で経験をしてもらうようにしています。
坂田 私も湯之上さんと似ていますが、「浸透」としました。「守り」の場合、既にある会社のルールや規定、稟議の仕組みなどを可視化した上で浸透させ、円滑に回していく部分を法務が担うべきだと思います。
特に難しいのは、新たに入社した従業員にルールや仕組みを理解してもらうことです。テキストで送っただけではなかなか全文を理解してもらうのは難しいのですが、ルールがあることを認識して、必要なときに参照できる程度に浸透していれば十分ですね。あとは「何かあったら法務に聞けばいい」と思ってくれれば最低限は大丈夫かなと思っています。
高橋 おっしゃるとおり、「困ったときには相談」を最低限目標としておけば事故は防げますし、基準を高く持ちすぎないことは大切ですね。田嶋さんはいかがでしょうか。

田嶋 私は「インテグリティ」です。事業部には「自分たちが誇りを持って事業を進められるかという観点で仕事をしてください」と伝えるように心がけています。
間違いやミスの多くは、ただ「知らなかった」ということが原因で、法やルールの趣旨など、「なぜそうするのか」を一人ひとりが考えて行動することである程度防げるはずです。法務に相談してもらえる環境を作るためにも、インテグリティという考え方を事業部に伝えています。
高橋 方法としては、研修などになりますか?
田嶋 研修だけだと浸透しませんので、日々相談を受けたときの回答のしかたが重要です。例えば下請法なら、工数がかかっても改正の背景などをきちんと説明するほうが、研修として話すよりも効果があります。
坂田 下請法で言うと、当社は決まったフォームからしか発注ができない仕組みで、必ず法務がチェックして違反が起きないようにしています。
田嶋 工数を削減するには、仕組み化は重要ですよね。
湯之上 リスクが高いもの、例えば契約書のひな形であれば、「法務が作ったもの以外は使用しないでください」など運用で仕組み化して制御しつつ、その中で「相手が大切にしているものを尊重する」といった根源的な法の趣旨を伝えていくということになるかもしれませんね。
3|事業成長に貢献するため、法務業務においてどのようにテクノロジーを活用していますか、または今後していきたいですか?
高橋 最後のトピックは、攻めと守りの両方に関わるテクノロジーの活用です。坂田さん、お願いします。

坂田 まず、当社はクラウドサービスの活用を進めています。コロナ禍以降のリモートワーク化に伴い、SlackやGoogleドライブなど、意思決定や情報参照に役立つさまざまなサービスを導入しました。稟議・決裁や、規程管理に関してもクラウド化し、リモート環境からのアクセス性を高めています。
次は電子化で、特許庁への電子申請などのほか、契約書の電子契約も推進し、現在は8割程度が電子契約になっています。
高橋 ツール導入にあたって注意されているポイントなどはありますか?
坂田 一番はコストパフォーマンスです、社員数約200人という当社の規模で、そのツールを導入してコスト以上にメリットが得られるかどうかという点を、まず第一に検討していますね。生かしきれないものであれば、既存のツールでの代替手段を検討するようにしています。
加えて、今後取り組みたいこととして挙げたのが、AIの事業活用です。事業においてどのようなルールでどの程度AIを使うべきかはさまざまな意見・議論があります。社内外での意見・議論を集約させた上で、会社としてのスタンスを決めていきたいと考えています。
田嶋 私もAIを挙げました。先ほど触れたように、当社が販売する一般医療機器は、お客さまに伝えられること・伝えられないことが細かく決まっています。そこで、各商品の概要や各種通達・ガイドラインをNotebookLMにアップロードし、「NGワード」「OKワード」が分かるような形で事業部に公開しています。また、社内ルールへの質問に回答してくれるチャットボットを、AIアプリ開発ツールを使って社内のエンジニアと作ろうとしているところです。
DXで言えば、電子サインや、契約書管理クラウドサービスを導入していますね。書籍読み放題や、セミナーを視聴できるサービスも利用しています。

高橋 そうしたツールの導入効果を、会社に説明するのは難しいところですよね。
田嶋 やはり、事業部がどれだけ楽になったか、喜ぶかという観点で説明することだと思います。例えば契約書管理クラウドサービスであれば、「事業部が直接アクセスして契約書をすぐ見られる」「契約もワンクリックで締結できる」と説明して、納得してもらっています。
湯之上 当社も多くのテクノロジーを使っていますが、常に私の中にあるテーマは「一元化」です。
例えば契約法務のフローでは全てがペーパーレスになっています。締結も電子契約ですし、契約書レビューのサービスも使っていて、一切紙を使わないようにしています。ただ、各フローでいろいろなサービスを使っていて、あれこれ開くのは面倒ですし、ツール同士の「スキマ」は漏れや事故を誘発します。そこで、生成AIやGAS(Google Apps Script)などを使って、API連携のように各サービスを少しずつつなげているところです。
高橋 社内のみなさんも協力的なんですね。

湯之上 私が今やっている業務は可視化できている状態ですし、「リーガルチェックの依頼は3営業日はほしい」などの目安も示しています。事業部からも法務の状況が分かるので、「忙しそうだからこれは来月に回そう」などの調整もしやすいようです。まだまだ過渡期ではあるので、一元化に向けてこれからもっと良いツールができればと思っています。
坂田 可視化については、「この会社とこんな取引を行おうとしている」「今この契約書の依頼案件を受けている」のような内容を、事業部が見られるということなんですね。
湯之上 おっしゃる通りです。依頼はGoogle フォームを活用していて、会社名と案件の内容などを入れてもらい、進捗状況などを含めてスプレッドシートに展開しています。ただ、機密性の高い案件に関しては、抽象的な記載にとどめていますね。
読者に伝えたいメッセージ
高橋 最後に、読者のみなさんへのメッセージをお願いいたします。

田嶋 読者のみなさんには、「法務からはみ出せ」とお伝えしたいと思います。法務にとって大事なのは、やはり事業や会社の成長です。法務が複数の部門にまたがる課題解決をリードしマネジメントをすることに、大きな価値があります。そのためには、法務からはみ出して、財務や経理、マーケティングなどを含め、自社の事業を理解していくことが重要だと思っています。
湯之上 私は、法務のみなさんには自分たちの業務について一層誇りに思ってほしいですね。売上のように数字として現れやすいものでもなく、本当に地道にコツコツ土台を積み重ねるのが法務の仕事。「何も起きてない」ことは決して当たり前などではなく、先を見据えたり、見えないところで情報を集めたりして、積み重ねてきたものによって事故やトラブルが「何も起きてない」状態が保たれているんですね。これら積み重ねてきたものは絶対にムダにはなりませんし、誇りを持って続けていけば、事業部のみんなが信頼という形で自分たちに返してくれると思っています。
坂田 今感じているのは、法務は正解のない仕事だということです。法務として行った仕事が「正しかった」「良い仕事だった」と評価できるのは、自分ではなく事業部など周囲の人々です。あるいは、世間の会社に対する評価のような形で決まることもあるかもしれません。だからこそ、「今、自分が法務として何をしていかなければならないか」を常に考え、更新していくことが重要です。こういった座談会もそうですし、他の契約ウォッチのページも含めて、業務に生かしていただければと思います。
丸山 みなさま、改めて本日はありがとうございました!
(2025年5月26日収録)












