取引基本契約とは
―作成すべき理由・債権回収にあたって
記載すべき条項を解説―

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三浦法律事務所弁護士
慶應義塾大学法科大学院法務研究科中退 2016年弁護士登録(東京弁護士会所属)、2016年~18年三宅・今井・池田法律事務所において倒産・事業再生や一般企業法務の経験を積み、2019年1月より現職。
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この記事のまとめ

取引基本契約とは、企業間の継続的取引において、反復継続される個々の取引に対し共通して適用される基本的な契約条件をあらかじめ企業間で合意しておくものです。

取引基本契約に設けるべき条項は多々ありますが、その中でも、債権回収(売掛金や貸付金の回収)に関する条項は非常に重要です。

一般的に、債権回収を行うためには、内容証明郵便を送付したり、任意交渉を行ったり、最終的には訴訟提起や強制執行申立てを行ったりしなければなりませんが、これらの手続を行うためには弁護士に依頼するのが通常であり、弁護士費用がかかります。

こうした事態に陥らないためには、取引基本契約において、債権回収に関する条項を設けたうえで、締結するのが望ましいです。

取引先との関係から、相手方から提示された取引基本契約で締結してしまっている場合も多いかもしれませんが、あらかじめいくつかの条項を設けたり、自社に有利なように契約交渉したりすることによって、自社の債権の保全・回収を図ることができます。

そこで、この記事では、そもそも取引基本契約とは何かを解説したうえで、債権保全・回収にあたって検討すべき契約条項について解説します。

契約書の意義

契約」というと、契約書のことをイメージする人が多いと思いますが、契約とは当事者間の合意があればよく、契約書を作成しなくとも(口頭でも)成立します。それにもかかわらず、企業間で取引を行う場合には、取引基本契約書等の契約書を締結することが通常です。なぜでしょうか。

売買契約を例にとって考えてみると、企業間の取引においては、売買の商品に必要な機能や性能、金額等について、当事者間の協議を経て決定されることがしばしばあります。

また、企業間の取引では、消費者が店舗で食事やドリンクを購入するのとは異なり、取引金額が大きくなったり、商品の引渡しまでに時間を要したり、代金が後払いになったりすることもあります。

このような場合、商品の引渡しまでの間や代金の支払いまでの間に、当事者間でトラブルが生じる、一方の企業が倒産してしまうこともあります。「あの時こう言った」「そんなことは言っていない」等、言った言わないという争いが生じることもあり得るでしょう。

そのため、企業間の取引の場合には、後日の紛争防止の観点から、契約書を作成してあらかじめ取引条件やトラブルが生じた場合の対応方法等を明確にしておく必要があります。

企業間の取引には、売買や業務委託、ライセンス契約等の様々な契約がありますが、この記事では、企業間の取引で特に重要性が高い契約類型である取引基本契約につき、債権回収との関係から重要なポイントを解説します。

取引基本契約とは

取引基本契約とは、企業間の継続的取引において、反復継続される個々の取引に対し共通して適用される基本的な契約条件をあらかじめ企業間で合意しておくものです。

取引基本契約を締結する理由

企業間の取引において、このような取引基本契約が用いられる理由として、以下の2点が挙げられます。

取引基本契約の意義

① 取引の迅速性
② 取引の簡便化

同じ相手と継続的に取引を行うことになった場合、取引のたびに詳細な契約書を作成することはいずれの当事者にとっても、煩わしいことです。

そのため、取引を開始する時点で、毎回共通する契約条件は継続的取引のすべてに適用される契約書で決定してしまえば、個別の取引では、そのつど異なる事項だけを決めることで済みます。これによって、企業は、取引のたびに共通して適用される契約条件を改めて協議・交渉する必要がなくなり、簡便かつ迅速に取引を開始することができます。

また、取引基本契約を締結しておき、これに紐づいて個別の取引を管理することで、個々の取引を全体として管理できるようになります。

この取引基本契約においては、例えば売買契約の場合であれば、適用範囲、売買代金の支払条件、商品の検査方法、納品・引渡し方法、危険負担、契約不適合責任、有効期限等の基本的事項を定めておくことが考えられます。

そして、日々の個別取引については、物品名、数量、単価、納期等を記載した注文書や注文請書をやり取りすることによって、進めることが考えられます。

取引基本契約で定める事項や取引基本契約と個別の取引との関係については、以下の記事もご参照ください。

取引基本契約は、債権回収においても重要

債権保全・債権回収との関係でも、取引基本契約の存在や条項は重要となります。

例えば売買契約の場合、売主は買主に対して、売買代金を支払ってもらうための権利(売買代金請求権)を有しています。しかしながら、売主が買主に対して商品を引き渡した後、買主が夜逃げしてしまったり、倒産してしまったりしたら、売主は売買代金を支払ってもらうことができなくなってしまいます。

この際、引き渡した商品を返してもらいたいとか、反対に自ら支払うべき金銭を支払わずに済ませたいと考えることはないでしょうか。

特に、債権保全・債権回収は、取引開始前の段階から始まり、取引先が倒産する段階に進むにつれて難しくなっていき、取引先が倒産してしまっては、売買代金全額の回収は事実上不可能になります。

そのため、このような金銭債権を確実に回収するためには、取引開始前の段階において、あらかじめ取引基本契約の中に債権の保全・回収を意識した条項を設けておくことが重要です。

具体的な条項としては、所有権留保特約、相殺予約、約定解除、期限の利益喪失、保証金、連帯保証等を設けておくことが考えられます。なお、債権回収にあたっては、抵当権等の物的担保を設定することも考えられますが、この記事では割愛します。

債権回収にあたり、取引基本契約に設けるべき条項

所有権留保特約に関する条項

債権回収の方法は、売主の買主に対する売買代金の回収だけではなく、売り渡した商品を取り戻す方法によっても考えられます。そのため、売買契約によって商品を引き渡した後であっても、その代金全額が支払われるまで、商品の「所有権」を売主の元に置いておくことが考えられます。

契約書に所有権の移転時期が何も規定されていない場合、商品の所有権は、代金の支払いの有無とは関係がなく、売主が商品を買主に引き渡した時点で、売主から買主に移転します。

そうすると、仮に、商品を納めた後、売買代金の支払いを受けるまでの間に、買主が倒産してしまった場合、商品を取り戻すこともできなければ、売買代金の支払いを受けることもできなくなってしまいます。

このような事態が生じないように、買主に万が一の事態が生じた場合に備えて、所有権に基づいて商品を取り戻すことができるようにしておくことが考えられ、その方法が所有権留保特約を定めることです。

この条項例では、2項において、一度買主に引き渡した商品について、さらに占有改定の方法(買主が商品を手元に置いたまま、以後売主のために商品を保管する意思を表示すること)で売主に引き渡すことを認める旨を定めています。

これは、売主に所有権を留保したとしても、買主が法的倒産手続に入った場合には、実務上、留保所有権に基づいて商品を取り戻すには、対抗要件を備えている必要があるからです。売主側としては、買主に万が一の事態が生じた場合に備えて、上記の点に注意して、契約交渉を行う必要があります。

相殺予約に関する条項

相殺とは、取引当事者間でお互いに同種の債権・債務を有している場合、それらの債権・債務を対当額で消滅させることができるものです。取引の相手方から債務の履行がない場合や、相手方の信用状態が悪化しており任意の履行が期待できない場合には、相殺による債権回収を考える必要があります。

相殺を行うためには、相手方に対して有する債権の弁済期が到来していること等の相殺が認められるために必要な条件を満たす必要があります。これを相殺適状といいます。

しかしながら、契約書にあらかじめ相殺予約の特約を定めることによって、当事者がそれぞれ相手方に債権・債務関係を有している場合には、いつでも対当額で相殺することができるようになります。

この際、売主は、買主に対して、「相殺する」という意思表示を伝えるだけで足り、裁判所への申立て等の煩雑な手続を行うことはなく、簡便に債権回収を行うことができます。

約定解除に関する条項

約定解除とは、あらかじめ取引基本契約書において、取引先に経営危機や信用不安等の一定の事由が発生した場合には、取引先の承諾や事前通知を行うことなく、一方的に取引を終了させる権利を定めておくことです。

契約は、本来、両当事者の合意によって締結され、取引が行われます。しかしながら、取引先の経営状況が危なくなっているにもかかわらず、いつまでも取引を継続しなければならなくなってしまうと、売主の立場から見れば、回収不可能となる売買代金が大きくなってしまう一方です。

そのため、買主からの債権回収の見込みがないと判断した場合には、早めに契約を解除して、商品の販売を停止するべきです。

上記については、取引基本契約において一般的に定められている解除事由であり、期限の利益喪失条項とおおむね同様です。もっとも、当事者間で発生する問題は、取引当事者ごとに異なります。そのため、取引相手ごとに解除できる条件をできる限り多く定め、これらの条件に該当した場合には、催告することなく、直ちに解除できるようにしておくことが望まれます。

期限の利益喪失に関する条項

期限の利益喪失とは、取引先に経営危機や信用不安等の一定の事由が発生した場合に、相手方の期限の利益を喪失させて、支払期限前であっても、直ちに支払を請求できるようにするためのものです。

この記事で対象としている売買契約では、通常、売買代金の支払期限が定められており、買主は定められた支払期限までに売買代金を支払えば足り、仮に支払期限より前に代金を支払うように請求を受けたとしても、これを拒否する権利を有しています。これを期限の利益と言います。

例えば、売主と買主との間の個別契約で、売主が商品を引き渡した後、買主の代金支払期限が2022年3月31日であったとします。しかしながら、買主が、2022年2月28日に他の取引先への支払を遅滞して経営危機に陥っていることが判明した場合、売主としては、2022年3月31日を待たずに、できる限り早く自らの売買代金も請求したいと考えるでしょう。

このような場合に、買主から、「支払期限は2022年3月31日だから、まだ支払わない。」と言われてしまうと、売主は、買主から売買代金を回収できなくなってしまう可能性があります。

このような場合に、買主側に認められた権利(期限の利益)を剝奪し、直ちに代金の支払を求めることができるようにするために、期限の利益喪失条項を盛り込んでおく必要があります。

2項では、期限の利益喪失事由を定めていますが、約定解除事由と重複する場合が多いため、約定解除事由を準用する形で期限の利益喪失事由が定められることが一般的です。

保証金に関する条項

保証金とは、取引の開始前に、あらかじめ買主から一定の金銭を担保として預かる金銭のことです。万が一、買主が代金を支払えなくなった場合には、預かった金銭を自らの債権に充当して、債権回収を図ることができます。

そのため、買主に対する売掛債権の額が保証金の範囲内にとどまる限り、仮に買主が倒産したとしても、売掛債権の全額を保証金から充当して回収することができます。

保証金の金額の定め方としては、今後の取引の頻度や取引量を想定して、その量に見合った金額を設定する必要があります。

そして、売主は、買主に対する売掛債権の金額が当該保証金の金額を超えないように、日々、債権管理を行っておくことが必要です。なお、保証金は、あくまでも担保として預かっている金銭にすぎませんので、取引が終了した場合には、買主に返還する必要があります。

このような保証金条項は、簡便かつ確実な債権回収手段であると言えます。しかしながら、買主にとっては、自らのみが取引に先立って、売主に保証金を差し入れることはなかなか受け入れ難いものでしょう。したがって、このような保証金条項を定めることができる場合は、実際には売主の方が買主よりもかなり優位な立場にある場合に限られます。

連帯保証に関する条項

売主は、買主の信用状態に不安がある場合には、売掛債権の回収を確実なものとするため、買主の債務の弁済につき連帯保証する保証人を確保することが考えられます。

民法上、保証契約は、保証人がその契約内容を明確に確認して、保証意思を外部的に明らかにするため、書面による必要があるとされています(民法446条2項)。

そのため、取引基本契約には、以下のような保証条項を規定して、連帯保証人にも契約当事者として署名・押印してもらう必要があります。なお、一般的に、相手方の会社の代表取締役等が連帯保証人になるケースが多いです。

上記の条項例はあくまでも例示ですが、改正民法において保証人に関する定めに大きな変更が生じています。そのため、契約内容や相手方の信用情報、連帯保証人の性質等も踏まえて、適切な条項を設ける必要があります。

終わりに

以上にて解説するとおり、取引基本契約を締結するにあたっても、特に売主の立場からすると、自らの売買代金を確実に保全・回収することができるように、慎重に検討する必要があります。

一般的に、企業間の契約交渉では、買主側から取引基本契約のひな型が提供されることが多いと思いますが、売主側としては、自らの立場のニーズを反映した条項を盛り込み、交渉し、自社にとって有利となる取引基本契約を締結することが望まれます。

契約書の締結にあたっては、修正や交渉姿勢について専門家のアドバイスも受けて、企業ごとに適切な契約を締結することが大切です。

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