【2024年4月施行】化学物質管理者とは?
選任義務・役割・資格要件などを
分かりやすく解説!
- この記事のまとめ
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「化学物質管理者」とは、事業場における化学物質の管理に係る技術的事項を管理するものをいいます。
2024年4月からは、新たな化学物質規制の体系が定められ、以下の内容が企業に対して義務付けられることとなりました。
・化学物質管理者によるリスクアセスメントの実施
・その結果に基づく措置
・化学物質管理者の選任この記事では「化学物質管理者」について、基本から分かりやすく解説します。
※この記事は、2023年10月10日時点の法令等に基づいて作成されています。
※この記事では、法令名等を次のように記載しています。
- 安衛法…労働安全衛生法
- 改正安衛則…令和4年厚生労働省令第91号による改正後の労働安全衛生規則
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目次
「化学物質管理者」選任の義務化とその時代背景
「化学物質管理者」とは
「化学物質管理者」とは、事業場における化学物質の管理に係る技術的事項を管理するものをいいます。
「化学物質管理者」は、従前より、労働安全衛生法57条の3第1項に規定されるリスクアセスメントを行うに当たって適用される「化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(平成27年9月18日付け指針公示第3号)の中に定義されていました。
しかし、今般の改正により、新たな化学物質規制の新体系の下に、この「化学物質管理者」が事業場の化学物質管理の技術的事項の管理を行う者として位置付けられることとなりました。
選任の義務化
令和4年5月に労働安全衛生規則が改正され、新たな化学物質規制の体系が示されることとなりました(その概要と背景は後述「選任義務の時代背景」)。その新体系では、
✅ 化学物質管理者によるリスクアセスメントの実施
✅ その結果に基づく措置
が求められることとなり、化学物質管理者の選任が企業に対して義務付けられることとなりました。
選任義務の時代背景
時代の進展と共に化学物質数は増加の一途を辿り、現在の日本で工業的に使用されている物質の数は約7万と言われています。
しかし、労働者へのばく露を少なくするために管理濃度が定められている物質数は97、容器・包装等のラベルへの危険性・有害性の記載、安全データシート(SDS)の交付およびリスクアセスメントの実施が義務付けられている物質数は674物質(2022年12月時点)にとどまるとされており、その中で、化学物質による休業4日以上の労働災害の多くが規制対象外の物質によるものとなっているのが現状です。
その原因の一つとして、労働災害防止を目的とした措置が規定されている物質の数が限られているため、事業者はこれらの物質の対策に注力し、それ以外の物質への対策がおろそかになっていること、あるいは危険・有害性が不明であるものの措置等が規定されていない物質へ切り替えて使用していることが指摘されています。
このような現状に鑑みて、職場の化学物質管理の対象となる物質を大幅に拡大し、より合理的にリスクアセスメントを実施するために政省令改正が行われ、従来の「個別規制型」から事業主による「自律的な管理」への移行を促進することとされました。
厚生労働省「~リスクアセスメント対象物製造事業場向け~化学物質管理者講習テキスト」
そのための制度改革の重要な柱として、安衛法57条の3でリスクアセスメント等が義務付けられている危険性・有害性のある化学物質(以下、「リスクアセスメント対象物」)を取り扱う全ての事業場ではその規模にかかわらず「化学物質管理者」を選任することが義務付けられたのです。
この「自律的な管理」においては、特に労働者に対する取扱い物質の危険性・有害性に関する情報伝達およびリスクアセスメントに係る事項が重要となります。これらは「個別規制型」においては十分に整備・活用されてこなかったとされており、「自律的な管理」においてはこれらについて改正が行われたことから、より広範・柔軟に活用されることが期待されているところです。
リスクアセスメントとは
化学物質の危険性・有害性によって起こり得る労働災害を未然に防止するため、各事業所において「リスクアセスメント」を行うことが求められます。
リスクアセスメントとは、化学物質の危険性や有害性を認識し、事業者において労働者への危険または健康障害を生じるおそれの程度を見積もり、リスクの低減対策を検討する一連のプロセスです。以下の5つのステップにより実施すべきものとされています。
- リスクアセスメントのステップ
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① 化学物質などによる危険性または有害性の特定
リスクアセスメント等の対象業務を洗い出した上で、 安全データシート(SDS)に記載されているGHS分類などに即して危険性または有害性を特定します。② リスクの見積もり
危険や健康障害の発生可能性と重篤度、または有害性の程度等を考慮して、化学物質に関するリスクを見積もります。③ リスク低減措置の内容の検討
見積もったリスクに応じて、労働者の危険または健康障害を防止するための措置の内容を検討します。④ リスク低減措置の実施
策定したリスク低減措置を速やかに実施するよう努めます。⑤ リスクアセスメント結果の労働者への周知
化学物質の名称、対象業務の内容、特定した危険性・有害性およびそのリスク、ならびに実施するリスク低減措置の内容を、労働者に対して周知します。
化学物質責任者は、統括安全衛生管理者などによる統括管理の下で、リスクアセスメントにおける技術的業務を実施します。
リスクアセスメントの手順等に関する詳細については、厚生労働省のリーフレットも併せてご参照ください。
【2024年4月施行】化学物質管理者選任義務化の法令改正の具体的内容
今回の「化学物質管理者」選任義務化に直接に関する法令等について付言すれば、まず、労働安全衛生規則等の一部を改正する省令(令和4年厚生労働省令第91号〔令和4年5月31日公布〕)において、リスクアセスメント対象物の製造、取扱いまたは譲渡提供を行う事業場ごとに、化学物質管理者を選任することが義務付けられました。
更に、通達には化学物質管理者の選任について、以下のように記載されています。
令和4年5月31日付け基発0531第9号
「労働安全衛生規則等の一部を改正する省令等の施行について」第4 細部事項
令和4年5月31日付け基発0531第9号「労働安全衛生規則等の一部を改正する省令等の施行について」第4 細部事項 1 化学物質管理者の選任、管理すべき事項等(1)ア
1 化学物質管理者の選任、管理すべき事項等
(1)
ア 化学物質管理者は、ラベル・SDS 等の作成の管理、リスクアセスメント実施等、化学物質の管理に関わるもので、リスクアセスメント対象物に対する対策を適切に進める上で不可欠な職務を管理するものであることから、事業場の労働者数によらず、リスクアセスメント対象物を製造し、又は取り扱う全ての事業場において選任することを義務付けたこと。
化学物質管理者の法的な位置付け・資格要件・教育
法的な位置付け
前述の通り、化学物質管理者は、事業場における化学物質の管理に係る技術的事項を管理するものと位置付けられており、具体的には、
✅ 表示および通知に関する事項
✅ リスクアセスメントの実施および記録の保存
✅ ばく露低減対策
✅ 労働災害発生時の対応
✅ 労働者の教育
などに携わるものとされています。
化学物質管理者は、リスクアセスメント対象物を扱う全ての事業場(事業場の規模にかかわらず)で選任されなければならなりませんが、一般消費者の生活の用に供される製品のみを扱う事業場は選任の対象外とされています(告示第4 1(1)オ)。
また、事業者は化学物質管理者を選任したときは、当該化学物質管理者の氏名を事業場の見やすい箇所に掲示すること等により関係労働者に周知する必要があります(改正安衛則12条の5第5項)。
更に、事業者は、化学物質管理者を選任したときは、当該化学物質管理者に対し、後述「化学物質管理者の役割・職務」の職務をなしうる権限を与えなければならなりません(同条4項)。
なお、化学物質管理者を複数人選任し、業務を分担することもできます。その場合には、業務に抜け落ちが発生しないよう、業務を分担する化学物質管理者や実務を担う者との間で十分な連携を図る必要があるとされています(告示第4 1(1)ウ)。
選任資格・講習
化学物質管理者は、いわゆる国家資格ではなく、その選任要件は「化学物質の管理に係る技術的事項(後述「化学物質管理者の役割・職務」)を担当するために必要な能力を有すると認められる者」であり、原則として選任は、事業者の裁量によります。
ただし、リスクアセスメント対象物を製造する事業場においては形式的要件として、選任すべき事由が発生した日から14日以内に、厚生労働大臣が定める化学物質の管理に関する講習を修了した者等のうちから選任しなければなりません(改正安衛則第12条の5第3項。一部表現を修正)。
つまり、リスクアセスメント対象物を製造する事業場においては、化学物質管理者に選任される者は厚生労働大臣が示す内容(同項第2号イ)に従った専門的講習を受けていなければならないとされており、当該講習は各種団体が開催しています。
厚生労働省「~リスクアセスメント対象物製造事業場向け~化学物質管理者講習テキスト」
一方、リスクアセスメント対象物の製造事業場以外の事業場では、専門的講習受講等の資格要件はありません。
したがって、化学物質管理者の候補としては、事業場の特性を十分に考慮したうえで、既存の労働安全衛生法の枠組みで規定されている衛生管理者、安全管理者、安全衛生推進者、衛生推進者、作業環境測定士、作業主任者などから、さらに化学物質について専門的な知識を有する者が候補となるとされています。
化学物質管理者の役割・職務
はじめに
化学物質管理者の職務の概要は、事業場における化学物質の管理に係る技術的事項を管理することです。その職務には、大きく分けて以下の2つです。
✅ 自社製品の譲渡・提供先への危険有害性の情報伝達に関する職務
✅ 自社の労働者の安全衛生確保に関する職務
さらにこれらの職務を具体的に記載すると以下の通りとなります(改正安衛則12条の5。一部表現を修正)。
- 化学物質管理者の職務
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① ラベル表示および安全データシート(SDS)交付に関すること
② リスクアセスメントの実施に関すること
③ リスクアセスメント結果に基づくばく露防止措置の内容および実施に関すること
④ リスクアセスメント対象物を原因とする労働災害が発生した場合の対応に関すること
⑤ リスクアセスメントの結果等の記録の作成および保存ならびに労働者への周知に関すること
⑥ リスクアセスメントの結果に基づくばく露防止措置が適切に施されていることの確認、労働者のばく露状況、労働者の作業の記録、ばく露防止措置に関する労働者の意見聴取に関する記録・保存ならびに労働者への周知に関すること
⑦ 労働者への周知、教育に関すること
リスクアセスメント対象物を製造しまたは取り扱う事業場
「自社製品の譲渡・提供先への危険有害性の情報伝達に関する職務」
①ラベル表示および安全データシート(SDS)交付に関すること
化学物質管理者は、リスクアセスメント対象物を含む製品をGHS(国連勧告「化学品の分類および表示に関する世界調和システム」に基づく分類)に従って分類し、ラベル表示および安全データシート(SDS)交付を行う作業の管理(ラベル表示およびSDS の内容の適切性の確認等)を行います。
化学物質管理者にGHS分類の知識・経験が乏しければ、内部の担当者または外部の事業者に委託する等により実施することでもよいとされています。ただし、分類結果が正しく、それに従ったラベル表示およびSDSの内容に間違いがないかどうかは、製品を製造(譲渡・提供)する事業者が判断する必要があります。
「自社の労働者の安全衛生確保に関する職務」
②リスクアセスメントの実施に関すること
化学物質管理者は、リスクアセスメントの推進および実施状況の管理を行います。
具体的には、以下のことなどを行います。
- リスクアセスメントを実施すべき物質の確認
- 取扱い作業場の状況確認(当該物質の取扱量、作業者数、作業方法、作業場の状況等)
- リスクアセスメント手法(測定、推定、業界・作業別リスクアセスメント・マニュアルの参照など)の決定および評価
- 労働者へのリスクアセスメントの実施およびその結果の周知等
リスクアセスメントの技術的な部分については、内部または外部専門家・機関等を活用し、相談・助言・指導を受けてもよいとされています。
③リスクアセスメント結果に基づくばく露防止措置の内容および実施に関すること
化学物質管理者は、ばく露防止措置(代替物の使用、装置等の密閉化、局所排気装置または全体換気装置の設置、作業方法の改善、保護具の使用など)の選択および実施についての管理を行います。
事業者は、リスクアセスメントの結果、作業場あるいは作業について改善が必要と判断された場合には、当該物質の労働者へのばく露を最小限度にするために対策を講じなければなりません。また、全ての労働者のばく露が濃度基準値以下となるような措置を取らなければなりません。
これは労働者の個人ばく露濃度に関する規定であり、工学的な対策等が直ちにできない場合には、個人用保護具の着用が必要になります。この職務に関しては内部または外部専門家の相談・助言・指導を受けることが有効とされています。
④リスクアセスメント対象物を原因とする労働災害が発生した場合の対応
化学物質管理者は、実際にリスクアセスメント対象物を原因とする労働災害が発生した場合の適切な対応を行います。
具体的には、実際に労働災害が発生した場合の対応、労働災害が発生した場合を想定した応急措置等の訓練の内容および計画を定めることの管理が該当します。
そのためには、労働災害が発生した場合または発生が懸念される場合(死傷病者の発生、有害物質への高濃度ばく露あるいは汚染など)の対応をマニュアル化し、化学物質管理者および他の担当者の職務分担を明確にする必要があります。また、マニュアル化した内容について、適切に訓練を行うことが望ましいとされています。
マニュアルに定めるべき具体的な対応の例は以下の通りです。
・避難経路確保
・救急措置および担当者の手配
・危険有害物の除去および除染作業
・連絡網の整備
・搬送先病院との連携
・労働基準監督署長による指示が出された場合の対応
など
⑤リスクアセスメントの結果等の記録の作成および保存ならびに労働者への周知に関すること
化学物質管理者は、以下の「化学物質管理者が行う記録・保存のための様式(例)」などを参考にして、①~④の事項等を記録・保存します。また、リスクアセスメント結果の労働者への周知の管理も行います。
厚生労働省「~リスクアセスメント対象物製造事業場向け~化学物質管理者講習テキスト」
⑥リスクアセスメントの結果に基づくばく露防止措置が適切に施されていることの確認、労働者のばく露状況、労働者の作業の記録、ばく露防止措置に関する労働者の意見聴取に関する記録・保存ならびに労働者への周知に関すること
化学物質管理者は、ばく露防止措置等について1年を超えない期間ごとに定期的に記録を作成し、3年間(リスクアセスメント対象物であり、かつがん原性物質の場合には30年間)保存し、労働者に周知します。
⑦労働者への周知、教育に関すること
化学物質管理者は、上記①~④を実施するに当たっての労働者に対する必要な教育(雇入れ時教育を含む)の実施における計画の策定や教育効果の確認等の管理を行います。教育の実施は、外部の教育機関等を活用することもできます。
おわりに|考察と今後の課題
本稿では、今回の改正で選任が義務化される化学物質管理者につき、主にその位置付けと職務を概観しましたが、その期待される役割は多岐にわたり、しかも、職務遂行には(殊に千差万別の化学物質の特質を踏まえた)専門的な知識を必要とします。したがって、個々の化学物質管理者が、その職務を自らにおいて全て遂行するのは容易ではありません。
また、化学物質管理者の役割は、事業場規模、業種、業態、沿革によって多様なものになると思われます。
例えば規模の大きい事業場では、化学物質管理者の職務を複数の部署の人材が分担して、化学物質の自律的な管理を推進し、充実化させることも可能でしょう。一方、企業規模が小さいほど、法令の遵守状況が不十分であり、労働者のリスクアセスメントに対する理解が低い傾向にありますが、小規模事業場の場合、化学物質管理者は単独で役割を担わなければならないことも多いと思われます。
このようなリスクアセスメントの実施が十分でなかった事業場では、そもそもの化学物質の危険性や有害性を労働者に伝え、労働者と共に作業場に合ったリスクアセスメントおよび対策について考えることから始めなければならないことが予想されます。
こうした諸要素より、化学物質管理者は、作業環境測定士に物質の作業環境濃度やばく露濃度の測定を委託したり、リスク低減対策について労働衛生コンサルタントに相談する等、その期待される役割を果たすために、外部の専門家を活用することも必要になると思われますが、この判断を的確に行うことも、化学物質管理者にとって重要になるとされているところです。
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参考文献
厚生労働省「~リスクアセスメント対象物製造事業場向け~化学物質管理者講習テキスト 第1版」2023年3月