知的財産戦略の立案とは?
経営戦略との関係・知財管理体制の構築・
活用事例を分かりやすく解説!
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- この記事のまとめ
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知的財産戦略は、知財ありきではなく、最初に経営戦略があり、その実行のために知財をどう効果的に活用していくかを考えるもので、事業を成功に導き、企業価値を向上させるためには、知財を利用して何をすべきか、何ができるのかを検討します。
この記事では、経営戦略との関係・知財管理体制の構築・活用事例など、知的財産戦略の立案における留意点について解説します。
※この記事は、2023年6月29日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。
目次
知的財産戦略とは
「知的財産」とは、人間の創作的活動などにより生み出される財産的な価値がある情報であって、有形的な存在ではない無体物(形を持たないもの)です。近年、企業価値全体における無形資産の占める割合が高まっており、「知的財産」の活用が企業経営にとって重要になっています。
特許庁「経営における知的財産戦略事例集」
知的財産戦略の目的
知的財産戦略(知財戦略)とは、企業が自身の知的財産を活用し、経営戦略に組み込むためのアプローチです。事業環境が大きく変化する時代において、企業の重要な資産の一つである知的財産を活用することで、事業を成功に導き、企業価値を高めることを目的とします。
- 知的財産戦略の実行によって得られるもの
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✅ 市場優位性の確保:独自技術に基づく知的財産権の取得により、他社の参入を阻止し、市場優位性を確保します。
✅ ブランド価値の向上:企業のブランド価値を向上させることで、消費者からの信頼を高め、市場シェアの拡大につなげます。
✅ 収益の増大:ライセンス契約や権利譲渡により収益の増大が見込めます。
✅ 投資やM&Aに対するアピール:知的財産権によって企業の独自性を可視化することで、企業全体の価値を評価することが容易になります。
✅ リスク管理:他社の知的財産権を正確に把握することで、他社からの攻撃に対する的確な対応ができ、円滑に事業が遂行できます。
経営戦略との関係
最適な知財戦略は、その企業が置かれた経営環境や経営戦略に応じて異なります。知財戦略は、知財ありき、ではなく、最初に経営戦略があり、その実行のために、知財をどう効果的に利用するか、を考えるものです。
知財戦略と経営戦略とは、企業の持続的な発展に向けて密接に関連します。知財戦略は、経営戦略の一部として位置付けられますが、経営戦略において各機能別戦略の方向性を決定する重要な役割を果たします。
経営戦略 | 研究開発戦略 | 先行技術調査や出願戦略の決定 | 知財部門と他部門との連携が必要 |
マーケティング戦略 | 競合知財動向分析による市場での位置付け | ||
人事戦略 | 発明報奨規定などのインセンティブ、知財スキル開発 | ||
財務戦略 | 経営資産としての知財価値評価 | ||
生産戦略 | 製造ノウハウや生産プロセスの知財管理 |
知的財産戦略の立案のポイント
知財戦略のあり方は、企業の業種、規模、成長ステージなどによってさまざまです。知財戦略は、知財単独では成立しません。経営環境、経営戦略などのバックグラウンドを把握し、経営課題に対して成果を挙げられる知財戦略を練る必要があります。
経営環境の現状を分析する
企業が置かれている経営環境との関係で知的財産による競争力強化の可能性を把握します。
自社の現状の立ち位置・課題を把握する
事業内容、経営情報などから、自社の現状分析を行います。
例えば、「SWOT分析」などのフレームワークを用いて、自社事業の状況を把握してもよいでしょう。SWOT分析は、自社の事業の状況等を、強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)の4つの項目で整理して、分析する方法です。このようなフレームワークを用いることにより、自社の強み、弱みなどの現状を明確な根拠とともに把握することができます。
経済産業省 中小企業庁 ミラサポplus「マンガでわかる『SWOT分析』」
知的財産の調査と評価を広く行う
自社が保有している知的財産について、総体的な評価を行います。例えば、自社の製品、サービスやノウハウに関する知的財産が、市場でどのような位置付けなのか、また、競合他社がどのような知的財産を保有しているのか調査を行います。
複数の知的財産を何らかの観点に基づいた集合体と認識して管理することを目的とした知財ポートフォリオを作成することで、保有知財の相対価値や、他社との差異が可視化され、自社の市場でのポジションを把握しやすくなります。
知財ポートフォリオの例:
独立行政法人工業所有権・研修館「特許情報分析支援事業2021年度支援事例集」
パテントマップ(特許情報を調査・整理・分析し、最近の動向等をグラフや表などでビジュアル化したもの)
また、経営・事業情報に知財情報を組み込んだ分析を行うIPランドスケープを活用することも有効です。知財情報を組み込んだ経営・事業情報の分析を行うことにより、自社の強みをより客観的・相対的に捉えることができます。
IPランドスケープのイメージ
独立行政法人工業所有権・研修館「特許情報分析支援事業2021年度支援事例集」
知的財産戦略の策定
自社の経営課題を明確化し、重点分野を決定
自社の経営環境の現状分析から、経営課題を明確化し、投資すべき重点分野を決定します。経営資源には限りがあるため、メリハリを付けた知財活動を行う必要があります。自社の価値観や価値創造の方針を踏まえたビジネスモデルを検討し、その中で、知財・無形資産が果たす機能・役割を明らかにします。
オープン&クローズ戦略を検討する
どのような知財・無形資産に投資を行う必要があるのか、自社の知財・無形資産が支えるビジネスモデルを守るためにどのような方策をとるべきかについて戦略的な知財マネジメントの実施が求められます。
知財マネジメントの基本は、知的財産の公開、秘匿、権利化を使い分ける「オープン&クローズ戦略」です。「オープン&クローズ戦略」とは、製品等について、コア領域を特定した上で、市場拡大のためのオープンな領域と、自社の利益を確保するためのクローズな領域を構築する戦略をいいます。
クローズ化する領域では、自社の強み(独自技術)を秘匿化したり、情報そのものは特許出願等により公開するものの、権利化によって独占排他権を確保したりします。
一方、オープン化する領域では、自社技術を標準化、規格化等し、他社に自社技術の使用を積極的に許すもので、特許権等の知的財産権の無償実施や低額ライセンスなど行います。
このように、オープン化により製品を広く普及させるとともに、クローズ化により自社の独自技術を守る戦略をとることで、製品市場の拡大と競争力の確保を同時に実現することを目指します。
経済産業省「2013年版ものづくり白書」第1部第1章第3節(その3)
知的財産戦略のための体制整備
体制作りにおける留意点
知財戦略を効果的に実行していくためには、社内全体で知的財産の重要性を意識した体制作りが必要となります。
✅ 知的財産の発掘体制
新技術、新製品等の企画から研究開発、試作、量産化までの各段階で、発明、デザイン等の知的財産の発掘体制を整えます。
✅ 知的財産の出願体制、弁理士との対応体制
発掘した知的財産について的確な権利を取得するためには、専門性の高い外部の弁理士との連携も欠かせません。自社技術分野に精通した信頼できる弁理士を探しておきましょう。
✅ 他社知財対応体制
他社知的財産の動向は、企画、研究開発等の各段階からウォッチングしておく必要があります。権利侵害等の問題が発見された場合は、速やかに経営層、関係部署と共有し対応を検討できるようにします。
✅ 戦略策定体制
知財戦略の策定は、事業戦略や研究開発戦略等と互いに密接に連携を取りながら策定しなければ実効のある戦略になりません。知財部門は、事業戦略のベースを作る事業の企画部門や、企画に基づき研究開発の戦略を練る研究開発部門とうまく連携できる体制を構築する必要があります。
知的財産権に関する手続き・費用・期間を把握する
特許等、知的財産の出願から権利化、それ以降の権利維持の管理体制は、自社の知的財産権を的確に保護するために重要です。知的財産権に関する手続き・費用・期間等について把握しておきましょう。
ここでは、特許に関する管理について説明します。
※①~⑤は筆者追記
特許庁「2022年度知的財産権制度入門テキスト」第2章第1節[7]出願から特許権取得までの流れ
① 出願から1年間までの管理
出願から1年経過までに、優先権主張を伴う出願をするかどうかを検討します。
改良発明がある場合などは、国内優先権(特許法41条)を利用して1件にとりまとめて出願することができます。また、海外での権利化を目指す場合は、1年間の優先権主張期間(パリ条約4条C)を利用して、外国出願するかを検討します。
② 公開になるまでの管理
特許出願の内容は、出願から1年6月経過後に公開されます(特許法64条1項)。公開されると、自社の発明であっても公知となってしまうため、改良発明がある場合は、公開前に出願すべきかどうか検討します。
③ 審査請求までの管理
出願から3年以内に審査請求(特許法48条の3)をするかどうか、また、審査請求をする場合は、いつ手続をするかを決めます。競合他社の動向や、自社の事業の進展に基づいて判断するとよいでしょう。
権利化を急ぐ場合は、審査を通常よりも早く行う早期審査制度を利用することもできます。請求期限までに審査請求をしない場合は、出願が取り下げられたものとみなされ(同条4項)、権利化することができなくなります。審査請求期限の管理は、実務上極めて重要です。
④ 審査請求から権利化までの管理
審査請求がされると、出願内容について審査官による審査が行われます。審査において、特許をすることができない理由(拒絶理由)が発見されると、特許庁から拒絶理由通知が送られてきます。この場合、拒絶理由通知に対する応答書類の提出期限(通常60日)が指定されますので、この期限管理も重要です。
また、審査にパスすると、特許権を発生させるために登録料を支払う必要があります(特許法66条)。登録料の納付についても納付期限(30日)がありますので、権利を確保するためにも、納付期限管理は重要です。
⑤ 権利化後の管理
特許権の存続期間は、出願から20年間です(特許法67条1項)。権利を維持するためには、特許の維持年金を特許庁に納付する必要があり、納付期限を過ぎると特許権は消滅します(特許法112条4項)。維持年金を忘れていたため権利が消滅し、権利行使ができないということになりかねません。一方、維持する必要がなくなった権利については、維持年金を納付しないという選択もあります。権利が必要かどうか、定期的に検討する仕組みを構築するとよいでしょう。
特許、実用新案、意匠、商標の権利化に必要な費用は、それぞれ異なります。また、権利化までの期間、権利化後の期間などで、費用が発生するタイミングも異なります。費用が発生する時期も考慮して知財予算を立てましょう。
東京都知的財産総合センター「中小企業経営者のための知的財産戦略マニュアル」
社内教育・啓蒙を行う
社内体制の整備とあわせ、全ての社員が知的財産の重要性を理解し、また必要な知識を獲得し、意識を高めていくことが重要となります。
知財意識の徹底は、知財部門の担当者がやるよりも、経営者自らがやる方が効果的なことが多いです。
また、社内における発明の補償制度や、実施実績に伴う褒賞制度を充実させるなどの、社員のモチベーションを向上させる取り組みも有効でしょう。
知的財産戦略の事例
知的財産戦略の立案には他社事例も参考になります。業種の枠を超えて、多くのヒントや学びを得ることができます。
例えば、知的財産戦略については以下のような事例が紹介されています。
特許庁「企業価値向上に資する知的財産活用事例集―無形資産を活用した経営戦略の実践に向けてー」
また、経営層や関係部門と知財部門との間での円滑なコミュニケーションを形成する事例についても紹介されています。
特許庁「知財経営の実践に向けたコミュニケーションガイドブック~経営層と知財部門が連携し企業価値向上を実現する実践事例集~」
さまざまな事例を参考に、自社の状況や体制に合った知財戦略を策定しましょう。
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参考文献
東京都知的財産総合センターウェブサイト「中小企業経営者のための知的財産戦略マニュアル」
特許庁ウェブサイト「企業価値向上に資する知的財産活用事例集-無形資産を活用した経営戦略の実践に向けて-」
特許庁ウェブサイト「2022年度知的財産権制度入門テキスト」第2章第1節
特許庁ウェブサイト「知財経営の実践に向けたコミュニケーションガイドブック~経営層と知財部門が連携し企業価値向上を実現する実践事例集~」
独立行政法人工業所有権・研修館「特許情報分析支援事業2021年度支援事例集」
内閣府ウェブサイト「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン(略称:知財・無形資産ガバナンスガイドライン)Ver.2.0の策定」