【最判令和3年5月17日】
アスベストを含む建材により
健康被害を生じた作業従事者に対する
国とメーカーの損害賠償責任
- この記事のまとめ
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令和3年5月17日には、いわゆる「建設アスベスト訴訟」の最高裁判決が相次いで言い渡されました。
一連の最高裁判決では、屋内作業場においてアスベスト含有建材を取り扱った作業従事者の損害賠償請求が認められた一方で、屋外作業場のケースでは損害賠償請求が棄却されました。
同最高裁判決を受けて、屋内作業場での建設作業中にアスベスト関連疾患を発症した人を対象とする「建設アスベスト給付金制度」が設けられ、現在に至るまで運用されています。
※この記事は、2025年4月30日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。
目次
事案の概要
「建設アスベスト訴訟」とは、アスベストを含有する建材を用いた建設作業に従事した結果、中皮腫や肺がんなどの健康被害を受けた人やその遺族が、国や建材メーカーを相手に起こした損害賠償請求訴訟です。
従来から、アスベスト工場の作業従事者の健康被害については、規制権限を適切に行使しなかったことを理由に、最高裁で国の国家賠償責任が認められていました。
建設アスベスト訴訟はその後発として、アスベスト工場以外の建設現場で発生したアスベスト由来の健康被害につき、国や建材メーカーの損害賠償責任を追及したものです。
判決の要旨
建設アスベスト訴訟に関する最高裁判決では、アスベスト関連疾患を発症した者の作業場が屋内であったか、それとも屋外であったかによって判断が分かれています。
屋内作業場|国と建材メーカーの損害賠償責任を肯定
屋内作業場でアスベスト含有建材を取り扱った作業従事者が疾患を発症したケースにおいて、最高裁は国および建材メーカーの損害賠償責任を認定しました。
最高裁は、労働大臣が昭和50年10月1日以降、アスベスト含有建材の粉じんの吸入により生じる重篤な疾患を防止するため、事業者に対して指導監督や呼吸用保護具の使用義務付けを行うべきであったことを指摘しました。
労働大臣がその規制権限の行使を怠ったことを理由に、最高裁は国の国家賠償責任を認定しました。
本件における以上の事情を総合すると、労働大臣は、石綿に係る規制を強化する昭和50年の改正後の特化則が一部を除き施行された同年10月1日には、安衛法に基づく規制権限を行使して、通達を発出するなどして、石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として、石綿含有建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿含有建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督するとともに、安衛法に基づく省令制定権限を行使して、事業者に対し、屋内建設現場において上記各作業に労働者を従事させる場合に呼吸用保護具を使用させることを義務付けるべきであったのであり、同日以降、労働大臣が安衛法に基づく上記の各権限を行使しなかったことは、屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した労働者との関係において、安衛法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。
さらに建材メーカーにも、アスベスト含有建材の粉じんを吸入すると重篤な疾患を発症する危険があることを、当該建材に表示する義務を怠ったことを理由に、疾患を発症した大工ら(一人親方を含む)に対する損害賠償が命じられています。
屋外作業場|国と建材メーカーの損害賠償責任を否定
屋外作業場でアスベスト含有建材を取り扱った作業従事者が疾患を発症したケースにおいて、最高裁は国および建材メーカーの損害賠償責任を否定しました。
上告人国において、平成13年から平成16年9月30日までの期間に、屋外建設作業に従事する者に石綿関連疾患にり患する危険が生じていることを認識することができたということはできない。したがって、厚生労働大臣が、平成14年1月1日から平成16年9月30日までの期間に、安衛法に基づく規制権限を行使して、石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として、石綿含有建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患にり患する危険がある旨を示すこと等を義務付けなかったことは、屋外建設作業に従事する者との関係において、安衛法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものとはいえず、国家賠償法1条1項の適用上違法であるということはできない。
被告S社が、昭和50年から平成2年までの期間に、自らの製造販売する石綿含有建材を使用する屋外建設作業に従事する者に石綿関連疾患にり患する危険が生じていることを認識することができたということはできない。したがって、被告S社が、上記の期間に、上記の者に対し、上記石綿含有建材に前記の内容の表示をすべき義務を負っていたということはできない。
判断のポイント
最高裁はアスベスト関連疾患のうち、石綿肺については昭和33年3月頃に医学的知見が確立していたことを認定しました。また肺がんと中皮腫については、昭和47年にはアスベスト粉じんへの曝露との関連性などが明らかとなっていたことを認定しています。
さらに最高裁は、国が昭和48年から昭和50年にかけて、アスベスト粉じん対策の指導や規制を大幅に強化したことを認定しました。
これらの医学的知見や国による規制の状況から、昭和50年10月1日の時点において、国が屋内作業場でアスベスト含有建材を取り扱うことの健康リスクを認識していたことは明らかです。そのため最高裁は、屋内作業場のケースでは国の国家賠償責任を肯定しました。
他方で、最高裁は屋外作業場のケースにつき、屋内作業場とは異なり、風などにより自然に換気がされ、石綿粉じん濃度が薄められることなどを指摘しました。そのため、作業従事者がアスベスト関連疾患を発症する危険を国が認識可能だったということはできないとして、屋内作業場のケースでは国の国家賠償責任を否定しました。
建材メーカーについても、上記で述べた屋内作業場と屋外作業場の違いが、損害賠償責任の有無の判断を分けるポイントとなりました。
判決が実務に及ぼす影響
建設アスベスト訴訟は全国各地で争われていたところ、令和3年5月17日に言い渡された一連の最高裁判決によって統一的な規範が示されました。同最高裁判決を受け、議員立法により「建設アスベスト給付金制度」が成立し、現在に至るまで運用されています。
給付金制度を設けた国とは異なり、建材メーカーが損害賠償に応じるかどうかは、各メーカーの判断に委ねられています。判決が確定した場合のみ損害賠償を行う姿勢をとっている建材メーカーが多いため、現在でも各地で訴訟が起こされている状況です。
建材メーカーとの建設アスベスト訴訟においては、最高裁判決によって示された屋内作業場と屋外作業場の区別が大きな影響力を持つと考えられます。