【最判令和5年7月20日】
正職員と再雇用された嘱託職員の基本給の差が、
同一労働同一賃金に反するとした
原審判決が破棄差戻しされた事例

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この記事のまとめ

最高裁令和5年7月20日判決の事案では、定年退職後嘱託職員として再雇用されていた自動車学校の教習指導員2名の基本給と賞与につき、同一労働同一賃金」に違反するかどうかが問題になりました。

最高裁は、低く抑えられた嘱託職員の基本給と賞与が同一労働同一賃金に違反するかどうかは、その性質や支給の目的を十分に検討したうえで判断すべき旨を強調しました。
そのうえで、これらの点をほとんど検討していなかった原審判決を破棄し、名古屋高裁に審理を差し戻しました。

各企業においては、定年後に再雇用する労働者の賃金水準を決めるに当たり、単に「定年退職時の○%」などの数字に着目するのではなく、その性質や支給の目的を慎重に検討する必要があります。

裁判例情報
最高裁令和5年7月20日判決(集民270号133頁)

※この記事は、2025年4月8日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

※この記事では、法令名を次のように記載しています。

  • パートタイム・有期雇用労働法…短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律

事案の概要

自動車学校において、定年退職後嘱託職員として再雇用されていた教習指導員2名(X1・X2)の基本給と賞与につき、同一労働同一賃金」に違反するかどうかが問題となった事案です。
「同一労働同一賃金」とは、正職員(正社員)と嘱託職員(契約社員)の間で不合理な待遇差を設けることを禁止するルールをいいます。

自動車学校を運営するY社は、定年を60歳とする一方で、定年退職者のうち希望する者については、嘱託職員として原則65歳まで再雇用することとしていました。
Y社に勤務する教習指導員であったX1とX2は、上記の再雇用制度を利用して、定年退職後もY社に勤務しました。

X1とX2の基本給および賞与は、定年退職の前後を比較すると、下表のとおり大幅に減少しました。

定年退職前(正職員)定年退職後(嘱託職員)
X1の基本給(月額)18万1640円当初1年間:8万1738円
その後:7万4677円
X1の賞与(1回当たり)約23万3000円
※定年退職前3年間の平均値
8万1427円~10万5877円
X2の基本給(月額)16万7250円当初1年間:8万1700円
その後:7万2700円
X2の賞与(1回当たり)約22万5000円
※定年退職前3年間の平均値
7万3164円~10万7500円

X1とX2は、定年退職に伴って正職員から嘱託職員に変わったことにより、上記のような基本給と賞与の大幅な減額がなされたのは「同一労働同一賃金」に違反すると主張し、Y社に対して損害賠償を請求する訴訟を提起しました。

原審である名古屋高裁は、主任の役職を退任したことを除いて、業務の内容や責任の程度、配置転換の範囲に違いがないことなどを指摘しました。
そのうえで、X1とX2の基本給は定年退職時の60%が相当であり、それを下回る部分は同一労働同一賃金に違反するとして、X1とX2の損害賠償請求の一部を認容しました。

Y社は名古屋高裁の判断を不服として、最高裁判所に上告しました。

判決の要旨

最高裁は、原審の判断には同一労働同一賃金に関する規定の解釈適用を誤った違法があるとして、原審判決を破棄して名古屋高裁に審理を差し戻しました。

最高裁は、基本給や賞与の額の違いが同一労働同一賃金に違反するかどうかの判断に当たっては、基本給と賞与の性質や支給目的を踏まえて、違いが不合理と評価できるか否かを検討する必要があるとしました。

……正職員と嘱託職員であるXらとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について、各基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある。

引用元|最高裁令和5年7月20日判決(集民270号133頁)

上記の前提の下で、最高裁は原審において、以下の事情が適切に考慮されていないことを指摘しました。

① 基本給や賞与を支給する目的
原審は正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無や内容、支給の目的を検討していないことを指摘しました。
また、嘱託職員の基本給については、その性質や目的を何ら検討していないことを指摘しました。

また、賞与についても、正職員に対して支給される賞与と、X1とX2に支給された嘱託職員一時金につき、性質や支給の目的が原審では何ら検討されていないことを指摘しました。

② 労使交渉の具体的な経緯
労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきであるとしました。

ア ……正職員の基本給は、勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質のみを有するということはできず、職務の内容に応じて額が定められる職務給としての性質をも有するものとみる余地がある。他方で、正職員……の基本給は、職務遂行能力に応じて額が定められる職能給としての性質を有するものとみる余地もある。そして、前記事実関係からは、正職員に対して、上記のように様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的を確定することもできない。……嘱託職員は定年退職後再雇用された者であって、役職に就くことが想定されていないことに加え、その基本給が正職員の基本給とは異なる基準の下で支給され、Xらの嘱託職員としての基本給が勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等からすると、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するものとみるべきである。
しかるに、原審は、正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない。

イ また、労使交渉に関する事情を……考慮するに当たっては、労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきものと解される。
……Yは、X1及びその所属する労働組合との間で、……労使交渉を行っていたところ、原審は、上記労使交渉につき、その結果に着目するにとどまり、上記見直しの要求等に対するYの回答やこれに対する上記労働組合等の反応の有無及び内容といった具体的な経緯を勘案していない。

引用元|最高裁令和5年7月20日判決(集民270号133頁)

判断のポイント

最高裁は、低く抑えられた嘱託職員の基本給と賞与が同一労働同一賃金に違反するかどうかを判断するに当たり、基本給と賞与の性質や支給目的を十分に検討すべきであると再三強調し、その視点から原審判決を検証しています。

その結果、原審では基本給と賞与の性質や支給目的について表面的な検討しか行われていなかった点を問題視し、最高裁は破棄差戻しの判決を言い渡しました。

本判決が実務に及ぼす影響

本件については、第一審・原審が「60%」基準を示して同一労働同一賃金違反を認定していました。
これらの判決を受け、定年後に再雇用する労働者については、基本給や賞与を定年前の60%程度に設定する企業が散見されました。

最高裁はこうした傾向に警鐘を鳴らし、「60%」などの数字だけに着目するのではなく、基本給や賞与の性質や支給目的を十分に検討すべきであることを示しました。
本判決を踏まえ、各企業が定年後に再雇用する労働者の待遇を決める際には、その待遇の性質や支給目的を慎重に検討することが求められます

なお、本件が発生した当時において労働契約法に置かれていた「同一労働同一賃金」の規定は、現在ではパートタイム・有期雇用労働法において定められており、待遇差が不合理であるか否かを判断するに当たり、当該待遇の性質や目的を考慮すべき旨が明記されています(同法8条)。

ムートン

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