時季変更権とは?
認められるケース・認められないケース・
強制力の有無・注意点などを分かりやすく解説!

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この記事のまとめ

時季変更権」とは、労働者が申請した有給休暇の取得時季(時期)を、使用者側の都合によって変更する権利です。

時季変更権の行使は、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合に限って認められています。具体的には、以下のような場合に時季変更権の行使が認められます。
・代替人員を確保できない場合
・同じ時期に有給休暇の取得希望者が重なった場合
・本人の参加が欠かせない業務がある場合
・有給休暇が長期間にわたる場合
など

これに対して、時季変更の理由が漠然としている場合や、有給休暇の取得時季が退職直前である場合などには、時季変更権の行使は認められません。

企業が時季変更権を行使する際には、行使が認められるケースであるかどうかを、労働基準法の要件に照らして慎重に検討することが大切です。時季変更権を濫用すると、労働者とのトラブルに発展するリスクがあるのでご注意ください。

この記事では時季変更権について、認められるケースと認められないケース、行使時の注意点などを解説します。

ヒー

ある社員から3週間の有給休暇取得の申し出がありました。これって、会社は認めないといけないのでしょうか? 期間中には、社内唯一の資格者として対応してほしい業務もあるのですが…。

ムートン

その場合は、会社が有給休暇取得について「時季変更権」を行使できるかもしれません。ルールを理解するとともに、なにより丁寧にコミュニケーションすべきですね。

※この記事は、2025年2月6日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

時季変更権とは

時季変更権」とは、労働者が申請した有給休暇取得時季(時期)を、使用者側の都合によって変更する権利です(労働基準法39条5項但し書き)。

時季変更権の目的

時季変更権の目的は、労働者の有給休暇を取得する権利と、使用者における事業運営上の都合を適切に調整することです。

労働者は原則として、有給休暇を取得する時期(日付・期間など)を自由に決められます

しかし使用者にとっては、労働者に有給休暇を取得されてはどうしても困ってしまうケースがあります。
例えば、多くの労働者が一斉に有給休暇を取得したら人員不足に陥ってしまうでしょう。また、労働者本人が必ず現場に立ち会わなければならない日に、有給休暇で休まれたら困ります。

このようなケースにおいては、使用者が時季変更権を行使し、労働者が指定した日とは別の日に有給休暇を与えられます
時季変更権の行使により、労働者が有給休暇を取得できる日を確保しつつ、使用者の事業運営にも支障を来さないような調整を行うことができます。

時季変更権と時季指定権・時季指定義務の違い

使用者は原則として、有給休暇を労働者が請求する時季に与えなければなりません(労働基準法39条5項本文)。これは、労働基準法の定めるルールで、労働者が有給休暇の「時季指定権」を有することを意味します。
労働者が有給休暇の時季指定を行った場合に、ごく限られたケースにおいて、使用者が時季変更権を行使して取得時季を変更できるという建付けになっています。

また、労働者が有給休暇を取得する時季については、時季変更権や時季指定権のほかに「時季指定義務」が定められています(労働基準法39条7項・8項)。
使用者は、1年間に付与される有給休暇の日数が10日以上である労働者に対し、最低でもそのうち5日間の有給休暇を与えなければなりません
労働者が自ら請求して取得した日数、および労使協定によって時季が指定された日数の合計が5日に満たない場合は、使用者が時季を指定して不足日数分の有給休暇を与えることが義務付けられています。

時季変更権の行使が認められるケース・判例

使用者による時季変更権の行使が認められるのは、労働者が請求した時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合に限られます。

具体的には、以下のようなケースで時季変更権の行使が認められます。

  • 代替人員を確保できない場合
  • 同じ時期に有給休暇の取得希望者が重なった場合
  • 本人の参加が欠かせない業務がある場合
  • 有給休暇が長期間にわたる場合

代替人員を確保できない場合

労働者が有給休暇を取得するときは、その人が担っていた業務を、別の労働者が代わりに行う必要が生じることがあります。特に緊急性が高い業務を抱えていた場合は、代替人員の確保は必須となるでしょう。

しかし、労働者が有給休暇の請求を直前に行った場合は、他の労働者の業務やスケジュールの調整が間に合わず、代替人員を確保できないことがあります。
この場合、使用者は時季変更権を行使して、別の日に有給休暇を与えることができると考えられます。

なお、労働者が十分な時間的余裕を確保して、前もって有給休暇の取得を請求した場合には、代替人員を確保できないという理由による時季変更権の行使は認められにくくなります。

同じ時期に有給休暇の取得希望者が重なった場合

同じ日期間にたくさんの労働者が一斉に有給休暇を取ると、業務を担当する人がいなくなり、使用者の事業が滞ってしまいます。
このような場合には、使用者は時季変更権を行使することが可能です。

また、人員が少ない部署では、部署内で有給休暇の取得時季を調整すべきです。
例えば、労働者が2人しかいない部署において、2人とも同じ日に有給休暇を取得しようとした場合には、使用者は時季変更権を行使できる可能性があります。

本人の参加が欠かせない業務がある場合

別の人でもできる業務については、有給休暇を取得する日には代替人員を確保すれば問題ありません。

これに対して、労働者本人にしかできない業務については、代替人員を確保することが不可能です。そのため、本人しかできない業務が発生する日には、必ず本人に出勤してもらわなければなりません。
例えば、従業員研修の講師をする、責任者として担当していたプロジェクトが重大局面を迎えているなどの事情がある場合は、本人の出勤が事実上必須と言えるでしょう。

このような場合には、使用者は時季変更権を行使して、労働者本人の出勤が必須ではない日に有給休暇を与えることができます。

有給休暇が長期間にわたる場合

労働者が取得を請求した有給休暇が長期間にわたる場合は、使用者側で代替人員を確保したり、業務の割当てを調整したりすることが難しいケースがあります。

労働者が相当長期間にわたる有給休暇の取得を希望する場合は、それなりの時間的余裕を確保したうえで、前もって上司などに相談して調整を行うべきです。
事前の調整を適切に行うことなく、労働者が一方的に長期間の有給休暇を申請してきた場合には、使用者は時季変更権を行使できる可能性が高いと考えられます。

時季変更権の行使が認められた判例

最高裁平成4年6月23日判決(時事通信社事件)では、科学技術庁(当時)の記者クラブに単独配置されている通信社の社会部記者が、約1カ月間にわたる長期かつ連続の有給休暇を申請した事案が問題になりました。

使用者は、専門記者が不在では取材報道に支障を来すおそれがあること、および代替記者を配置する人員の余裕もないことを理由に、2週間ずつ2回に分けて有給休暇を取得することを求め、1カ月のうち後半部分について時季変更権を行使しました。

最高裁は、労働者が長期かつ連続の有給休暇の取得を申請した場合は、使用者において代替勤務者を確保することが難しくなるなど、事業の正常な運営に支障を来す蓋然性が高くなることを指摘しました。そのうえで、使用者には時季変更権の行使について裁量的判断の余地が認められるとしました。

本件について最高裁は、取材の対象が専門性の高い事柄(原発事故の原因や安全規制問題などについての技術的解説)であったことや、記者が通信社側と十分な調整を行わなかったことなどを踏まえて、通信社による時季変更権の行使が適法であったと結論付けました。

参考:裁判所ウェブサイト「最高裁平成4年6月23日判決」

時季変更権の行使が認められないケース・判例

使用者による時季変更権の行使は、無制限に認められるわけではありません。

例えば以下のようなケースでは、時季変更権の行使は認められないと考えられます。

  • 時季変更の理由が漠然としている場合|「繁忙期のため」など
  • 退職直前の時期である場合

時季変更の理由が漠然としている場合|「繁忙期のため」など

時季変更権の行使が認められるのは、事業の正常な運営を妨げる具体的な事情がある場合に限られます。
例えば「繁忙期だから」「仕事が多くなりそうだから」などの漠然とした理由では、時季変更権の行使は認められません。

退職直前の時期である場合

労働者が退職する際には、残っている有給休暇を全て消化する権利があります。

労働者は、退職日より後に有給休暇を取得することができません。
したがって、退職直前における有給休暇の取得申請に対して時季変更権を行使することは、事実上有給休暇の取得を妨害するに等しい行為です。このような時季変更権の行使は認められません。

時季変更権の行使が認められなかった判例

最高裁昭和62年7月10日判決(弘前電報電話局事件)では、電報電話局の運営会社が、労働者の成田空港反対デモへの参加を阻止しようとして、有給休暇の取得申請に対して時季変更権を行使した事案が問題となりました。
電報電話局の運営会社は、労働者が当日は出勤せずにデモへ参加したため、戒告処分を行ったうえで1日分の賃金を差し引きました。

原審の仙台高裁は、労働者が成田空港反対デモに参加すれば、過激派の違法行為に参加する可能性が高く、会社がこれを未然に防止するために、勤務割の変更等をしなかったことには合理的な理由があるなどと指摘し、時季変更権の行使を適法と判示しました。

しかし最高裁は、使用者としての通常の配慮をすれば、勤務割を変更して代替勤務者を配置することが客観的に可能であるにもかかわらず、そのための配慮をせずに代替勤務者を配置しないときは、事業の正常な運営を妨げる場合に当たるとはいえないと指摘しました。
また、有給休暇の利用目的は労働基準法の関知しないところであり、利用目的を理由に時季変更権を行使することは許されないとも指摘しました。

結論として、最高裁は原審判決を破棄し、労働者が欠勤した日を有給休暇扱いとして賃金を支払うよう会社に命じました。

参考:裁判所ウェブサイト「最高裁昭和62年7月10日判決」

企業が時季変更権を行使する際の注意点

企業が時季変更権を行使する際に、注意すべきポイントについて解説します。

  • 時季変更権の行使を労働者に対して通知する方法
  • 時季変更権を濫用した場合のリスク
  • 時季変更権を行使したにもかかわらず、労働者が欠勤した場合の対処法

時季変更権の行使を労働者に対して通知する方法

時季変更権を行使する際に、使用者がどのような方法で労働者に通知するかについては、労働基準法において特にルールは定められていません。
したがって、口頭で通知してもよいですし、書面で通知しても構いません。

ただし、どのような方法で通知するとしても、時季変更権を行使する理由明確化しておくべきです。事業の正常な運営の妨げにつながる具体的な理由が必要となります。

時季変更権を濫用した場合のリスク

時季変更権を濫用すると、労働者との間でトラブルに発展するおそれがあります。

特に強く懸念されるのは、労働者が労働基準監督署に対して申告を行うリスクです。
時季変更権の濫用は労働基準法違反であるため、労働基準監督官から是正勧告を受けるおそれがあります。是正勧告に従わないと、刑事訴追をされてしまいかねません。

また、精神的苦痛に対する慰謝料や、欠勤分として控除した賃金などの支払いを労働者から請求される可能性もあります。
労働者とのトラブルが複雑化すると、労働審判訴訟に発展して多大な労力を要してしまいます。

このようなリスクを避けるためにも、時季変更権を濫用しないように、法律上の要件(=事業の正常な運営を妨げること)を満たしているかどうかを慎重に検討しましょう。

時季変更権を行使したにもかかわらず、労働者が欠勤した場合の対処法

使用者が時季変更権を行使したにもかかわらず、労働者が欠勤した場合には、以下のような対処をすることが考えられます。

  • 欠勤した日の賃金を控除する
  • 懲戒処分を行う など

ただし上記の対応はいずれも、時季変更権の行使が有効であることが前提となります。合理的な理由がないにもかかわらず時季変更権を行使すると、労働者が反発した際に、会社が不利な立場に置かれてしまいます。
欠勤した労働者について、会社が合理性を主張できるか、どこまで厳格に対応するか、総合的な観点から考慮して判断しましょう。

ムートン

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