【民法改正(2020年4月施行)に対応】
危険負担とは?
改正ポイントを分かりやすく解説!

この記事のまとめ

改正民法(2020年4月1日施行)に対応した危険負担のレビューポイントを解説!!

売買などの目的物を引渡すことを予定している契約書には、危険負担の条項が定められていることが多くあります。 危険負担の条項に関係のある主な改正点は、3つあります。

・ポイント1│債権者主義を廃止した
・ポイント2│危険負担の効果として、反対給付債務の履行拒絶権が与えられた
・ポイント3│危険の移転時期が「引渡し時」となった

これらの改正点を分かりやすく解説したうえで、 危険負担の条項をレビューするときに、どのようなポイントに気を付けたらよいのか、売主と買主のそれぞれの立場から解説します。

※この記事は、2020年8月19日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

※この記事では、法令名を次のように記載しています。

  • 民法…2020年4月施行後の民法(明治29年法律第89号)
  • 旧民法…2020年4月施行前の民法(明治29年法律第89号)
ヒー

先生、とうとう民法が改正されましたね。今までどおり危険負担条項をレビューして大丈夫でしょうか?

ムートン

今回、改正された事項は、その性質に応じて、次の2つに分けることができます。
①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの
とくに、②の事項は、実務上、従来とは異なる運用がなされますので、しっかり理解しておく必要があります。 危険負担のレビューにも影響しますよ。

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危険負担とは

危険負担とは、双務契約(2つの債務が対価関係にある契約)が成立した後に、債務者の帰責性(責任)がない事由で目的物が滅失・毀損等したことによって履行不能(後発的履行不能)となった場合に、そのリスクを当事者のどちらが負担するのかという問題のことです。

たとえば、売主が、買主に、手作りの陶器を100万円で売ることになり、陶器(目的物)の引渡しと引き換えに、代金を支払うものとします。 このとき、引渡し前に、大地震により陶器(目的物)が粉々になってしまったとき、売主の引渡し債務は履行不能となり消滅します。 では、買主は、代金を支払う必要があるのでしょうか?

すなわち、消滅しなかった他方の債務(代金の支払い債務)も、消滅するのかどうか、というのが危険負担の問題です。

債権者主義とは?

このとき、 消滅しなかった他方の債務(代金の支払い債務)は消滅しない、という考え方を「債権者主義」といいます。 消滅した債務(目的物の引渡し債務)の債権者が危険を負担するという意味です。 この場合、買主は、陶器(目的物)を入手できないにもかかわらず、代金を支払わなければなりません。

債務者主義とは?

他方で、消滅しなかった他方の債務(代金の支払い債務)も消滅する、という考え方を「債務者主義」といいます。 消滅した債務(目的物の引渡し債務)の債務者が危険を負担するという意味です。 この場合、買主も、代金を支払う必要はありません。

まとめると、債権者主義と債務者主義は、それぞれ次のような意味となります。

債権者主義と債務者主義とは?

債権者主義
消滅しなかった他方の債務は消滅せず、債権者が危険を負担する。

債務者主義
消滅しなかった他方の債務も消滅し、債務者が危険を負担する。

危険負担に関する主要改正ポイント

危険負担に関する主要な改正ポイントは以下3点です。

危険負担に関する主な改正ポイント

・ポイント1│債権者主義を廃止した
・ポイント2│危険負担の効果として、反対給付債務の履行拒絶権が与えられた
・ポイント3│危険の移転時期が「引渡し時」となった

以下、それぞれ解説します。

今回、改正された事項は、その性質に応じて、次の2つに分けることができます。

①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの

すなわち、①は、実質的には、今までと同じ運用となるため、実務には大きな影響はないものと考えられます。そのため、従来の民法を理解されていた方にとっては、あまり気にされなくてもよい改正といえるでしょう。 他方で、②は、実務上、従来とは異なる運用がなされますので、しっかり理解しておく必要があります。 改正点とあわせて、①と②のいずれの性質の改正であるか(改正の性質)を記載します。

ポイント1│債権者主義を廃止した

【改正の性質】
 
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの

旧民法は、債権者主義を採用していました(旧民法534条・535条)。 しかしながら、引渡し前に、債権者が危険を負担しなければならないという考え方に対しては、学説からの批判が多くありました。 すなわち、買主が、目的物の引き渡しを受けていない(=現実的な支配下に入っていない)うちから、目的物の滅失という大きなリスクを負わされるのは不公平だ、という考え方です。

そのため、実務では、当事者間の合意により、契約で、「引渡し時」や「代金の支払い時」といった基準時点を定めて、その基準時以降、売主から買主に危険が移転する、と定めて、民法のルールとは異なる運用が行われていました。 たとえば、「危険の移転時期は、目的物の引渡しまで売主に留保する」といったものです。

このような学説と実務の取扱いをふまえて、今回の改正では、債権者主義を廃止するに至りました。

特定物の危険負担も債務者主義となった

債権者主義の廃止に伴い、旧民法では債権者主義が採用されていた特定物の引渡債務に関する危険負担も、債務者主義に統一されました(旧民法534条、535条の削除)。

「特定物」とは、売買等の目的物として具体的に特定された物を意味します。例えば、「りんご1個」とのみ指定されている場合は不特定物ですが、「(陳列されているりんごを指して)そのりんご1個」と具体的な指定が行われた場合は特定物となります。

旧民法では、特定物の引渡債務に関する危険負担については、債権者主義が採用されていました。債権者主義に従うと、目的物が引渡し前に滅失した場合でも、引渡債務の「債権者」である買主が危険を負担します。この場合、買主は目的物の引渡しを受けられないにもかかわらず、売主に代金を支払わなければなりません。

これに対して(改正後)民法では、特定物の引渡債務に関する危険負担についても債務者主義が適用されます。債務者主義に従うと、目的物が引渡し前に滅失した場合には、引渡債務の「債務者」である売主が危険を負担します。この場合、目的物の引渡しを受けられない買主は、売主に対して代金を支払う必要がありません。

このように、特定物の引渡債務については、旧民法と(改正後)民法の間で、危険負担に関する取扱いが真逆になっている点に注意が必要です。

ポイント2│危険負担の効果として、反対給付債務の履行拒絶権が与えられた

【改正の性質】
 
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの

では、一方の債務が債務者の帰責性(責任)なく履行できなくなった場合、他方の債務も消滅するのでしょうか?
冒頭でご紹介した例でいえば、引渡し前に陶器(目的物)が滅失した場合、買主は代金の支払い義務を負う必要はないのでしょうか?

今回の改正では、「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる」と定められました。

(債務者の危険負担等)
第536条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2(略)

民法 – e-Gov法令検索 – 電子政府の総合窓口e-Gov イーガブ

すなわち、消滅しなかった他方の債務(代金の支払い債務)は、 当然に消滅するわけではないのです。 しかしながら、 債権者(買主)は、代金の支払いを拒むことができる、と定められたのです。

ヒー

買主(債権者)の代金支払債務が、当然に消滅するわけではないのですね。なぜ、当然に消滅する、と改正されなかったのでしょうか?

ムートン

これは、解除の要件を見直したことと関係しています。 改正によって、売主(債務者)の帰責性(責任)なく物件が滅失したようなときは、債務不履行に基づく解除権を行使することができるようになりました。 つまり、買主(債権者)としては、代金支払い債務を消滅させたいのであれば、解除権を行使してください、というルールに変更されています。

つまり、債権者(買主)としては、代金の支払い債務を消滅させたいのであれば、契約を解除すればよいのです。

ポイント3│危険の移転時期が、「引渡し時」となった

【改正の性質】
 
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの

旧民法では、売買契約の締結後に、いつの時点で、危険(目的物の滅失から生じる責任)が移転するのかについて明文化されていませんでした。 すなわち、当事者双方の帰責性(責任)なく、目的物が滅失したときに、その滅失がいつの時点で生じたものであれば、買主は、目的物について履行追完請求権などの権利を行使できるのかといった点について明確ではありませんでした。

今回の改正では、危険の移転時期が「引渡し時」であることが明文化されました。

(目的物の滅失等についての危険の移転)
第567条 売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。
2(略)

民法 – e-Gov法令検索 – 電子政府の総合窓口e-Gov イーガブ

危険負担条項のレビューで見直すべきポイント

上述の改正点をふまえて、危険負担条項のレビューで見直すべきポイントについて、売主と買主のそれぞれの立場から解説します。

売主の立場でレビューする場合

売主の立場でレビューする場合、旧民法のルールである「債権者主義」を維持した方が有利です。 しかしながら、「債権者主義」に対しては、学説から多くの批判がされており、買主側から強い抵抗を示されるでしょう。それをきっかけに契約が破断となる可能性もあります。 そのため、このような一方的に有利な条項を提示することは、慎重な検討が必要です。

そこで、売主としては、基本的には、「引渡しをもって危険が移転する」という民法の原則的なルールを採用するのがよいでしょう。 売主としては、目的物を納入した以上、代金を支払ってもらえなければ不利益であるため、「納入前に目的物が滅失・毀損したときは、買主は代金を支払わなくてもよいが、納入後に目的物が滅失・毀損したときは、買主は代金を支払うべき」と定めるのが安心でしょう

記載例

(危険負担)
本件商品について生じた滅失、毀損その他の損害は、納入前に生じたものは買主の責めに帰すべき事由がある場合を除き売主の、納入後に生じたものは売主の責めに帰すべき事由がある場合を除き買主の負担とする。

買主の立場でレビューするとき

買主の立場でレビューするときは、「債権者主義」が定められていないか、をよく注意しましょう。 基本的には、買主も「引渡しをもって危険が移転する」という民法の原則的なルールを採用するのがよいでしょう。

さらに、買主に有利に定める場合は、 「検査の合格時」を危険の移転時期とするのがよいでしょう。 すなわち、買主側で、納品後に検査を予定しているときは、検査を実施する前に、目的物が滅失・損傷してしまっては、滅失・損傷の原因が分からずに、買主が危険を負担することになりかねません。

そこで、次のように定めることで、危険の移転時期を「検査の合格時」に後ろ倒すことができます。

記載例

(危険負担)
本件商品について生じた滅失、毀損その他の危険は、引渡し前に生じたものは買主の責めに帰すべき事由がある場合を除き売主の、引渡し後に生じたものは売主の責めに帰すべき事由がある場合を除き買主の負担とする。なお、本件商品が買主による検査に合格した旨を買主が売主に対して通知した時点で、本件商品の引渡しが完了するものとする。

改正後民法でも労働者は解雇期間中の賃金請求権を有するか

法改正によって変更された民法536条2項の規定については、不当解雇期間中の賃金請求権について法解釈上の論点が残されています。

<改正前>
第536条 略
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

<改正後>
(債務者の危険負担等)
第536条 略
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

民法の一部を改正する法律案新旧対照条文 – 法務省 –

改正前民法536条2項は、通説・判例によって、不当解雇によって就労不能となった場合に、労働者が使用者に対して解雇期間中の賃金全額を請求できる根拠とされていました。

民法改正により、「債務者は、反対給付を受ける権利を失わない」という表現が「債権者は、反対給付の履行を拒むことができない」という表現に改められたことで、不当解雇期間中の賃金請求権の発生根拠を民法536条2項に求めるのは困難になったとの議論がなされています。

ただし改正民法立案担当者としては、民法536条2項の改正によって通説・判例の解釈を変更するものではないとの立場をとっています。そのため、改正後民法(現行民法)の下でも引き続き、不当解雇によって就労不能となった労働者に対して、使用者は解雇期間中の賃金全額を支払わなければならない可能性が高い点にご注意ください。

まとめ

民法改正(2020年4月1日施行)に対応した危険負担条項のレビューポイントは以上です。
実際の業務でお役立ちいただけると嬉しいです。

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ムートン

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〈サンプル〉

参考文献

法務省『民法の一部を改正する法律(債権法改正)について

筒井健夫・松村秀樹編著『【一問一答】一問一答・民法(債権関係)改正』商事法務、2019