特許権が認められなかった場合の対応方法は?
拒絶査定不服審判の流れなどを
分かりやすく解説!

この記事を書いた人
アバター画像
インハウスハブ東京法律事務所弁理士
大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程修了 2007~17年 特許庁審査第四部にて、情報処理(情報セキュリティ)、インターフェース分野の特許審査に従事。2017年弁理士登録。特許事務所勤務を経て2020年4月より現職。2019~22年 特許庁審判部における法律相談などの業務を弁護士とともに携わる。専門分野は、ソフトウェア、ビジネスモデル、セキュリティ、AI、UIなど。
おすすめ資料を無料でダウンロードできます
知財担当者が押さえておきたい法令のまとめ
この記事のまとめ

特許権が認められるためには、特許庁での審査にパスする必要がありますが、審査にパスしなかったからといって、権利化することが完全にできなくなったわけではありません。審査の結果に納得できない場合は、拒絶査定不服審判を請求することができます。

この記事では、特許権が認められなかった場合の対応方法について分かりやすく解説します。

ヒー

特許を出願しましたが、ダメでした…。でも、発明の認定など審査官の指摘する内容に納得できない点があり、このまま諦めたくありません、今からでもできることはあるでしょうか?

ムートン

拒絶査定が出てしまった後にできることとして、拒絶査定不服審判があります。他にもとれる方法はありますので、以下で確認していきましょう。

※この記事は、2023年3月24日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

※この記事では、法令名等を次のように記載しています。
行訴法…行政事件訴訟法

特許権を取得するためには、特許庁の審査にパスする必要がある

特許とは、発明を公開する代わりに、特許権による保護(特許発明を独占的に実施できる権利)が与えられる制度です。

特許権を取得するためには、特許庁に対し、「特許出願」をし(特許法36条)、出願された発明が保護に値するかどうかの審査(特許法47条)にパスする必要があります。

審査の結果、「特許として認められない」と判断されると、拒絶査定が出されます(特許法49条)。この場合、特許権を取得することはできません。

しかし、審査において特許権が認められない場合でも、権利化することが完全にできなくなったわけではありません。拒絶査定不服審判を請求することにより、特許権が取得できる可能性があります。

拒絶査定不服審判とは

拒絶査定不服審判とは、拒絶査定に対し不服があるときに請求することができる審判手続き(特許法121条)です。

審判では、審理の慎重を期すため、3人または5人の審判官からなる合議体(特許法136条1項)によって、拒絶査定が妥当であるか審理されます。妥当でないと判断された場合は、特許権を取得するための要件を満たしているか、職権による調査が行われ、権利付与の可否が判断されます。

拒絶査定不服審判の流れ

拒絶査定不服審判では、審判請求と同時に、特許請求の範囲等の補正が行われている場合は、合議体による審理の前に、審査を担当した審査官が再審査を行います前置審査。特許法162条)。

ここで、審査官が特許可能と判断すると、審査官は拒絶査定を取り消して、特許査定をします(特許法163条3項で準用する51条)。一方、審査官が特許できないと判断した場合は、その審査結果も踏まえて、合議体が審理を行います。

特許庁「審判制度ハンドブック」

拒絶査定不服審判の請求の対象

拒絶査定不服審判の請求の対象は、「拒絶をすべき旨の査定」(拒絶査定)です。

拒絶査定不服審判の当事者

拒絶査定不服審判を請求できるのは、拒絶査定を受けた特許出願人です(特許法121条1項)。
なお、特許を共同で出願した場合は、出願した者全員が共同して請求しなければなりません(特許法132条3項)。

拒絶査定不服審判の請求ができる時期

拒絶査定の謄本の送達日から3月以内に審判請求をすることができます(特許法121条1項)。

拒絶査定不服審判の請求の手続き

審判請求をするためには、所定の方式要件(特許法131条)を満たした審判請求書を提出する必要があります。なお、審判請求手数料には、審査請求料や特許料に適用される減免制度はありません。

審判請求書の方式要件(特許法131条1項)

一般的事項:審判事件の表示、審判請求人および代理人の住所・氏名など。
請求の趣旨:「原査定を取り消す。本願の発明は特許すべきものである、との審決を求める。」(通常はこのように表示)
請求の理由:拒絶査定までの経緯および拒絶査定の理由、拒絶査定を取り消すべき理由などを記載します。
手数料:49,500円+(請求項の数×5,500円)

拒絶査定不服審判の請求時の補正

審判請求人(特許出願人)は、審判請求と同時にするときに限り、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面について、下記の要件を満たす補正をすることができます(特許法17条の2第1項4号)。

審判請求時の補正の要件

✅ 請求項の削除、特許請求の範囲の限定的減縮、誤記の訂正、明瞭でない記載の釈明を目的とするもの(特許法17条の2第5項)
✅ 独立特許要件を満たすもの(同条第6項で準用する126条7項)
✅ 新規事項の追加に当たらないもの(同条第3項)
✅ シフト補正(発明の特別な技術的特徴を変更する補正)に当たらないもの(同条第4項)

前置審査

上述したように、審判請求と同時に特許請求の範囲等について補正があったときは、合議体による審理の前に、審査官による再審査が行われます前置審査。特許法162条)。

前置審査を担当するのは、拒絶査定をした審査官です(異動等で審査できない場合は、当該技術分野の審査を担当する他の審査官が担当します)。出願内容をよく理解している審査官に再審査をさせることにより、処理の迅速化が図られています。

また、前置審査における審査の対象は、審判請求時の補正が適法か否かを含めて拒絶理由が解消されているか否かです。

審査官が特許可能(審判請求時の補正が適法であり、拒絶理由が解消されている)と判断すると、審査官は拒絶査定を取り消して、特許査定をします(特許法163条3項で準用する51条)。

一方、審査官が特許できないと判断した場合は、前置審査の結果を特許庁長官に報告します(前置報告。特許法164条3項)。合議体は、その報告も踏まえて、審理を行います。

拒絶査定不服審判の請求についての審理

審査においてした手続きは、拒絶査定不服審判においても、その効力を有します(続審主義。特許法158条)。つまり、拒絶査定不服審判では、審査内容に基づいた審理を続行し、審査で提出されていなかった新たな証拠を補充して、審査官の判断の妥当性が調査されます。

拒絶査定不服審判における審理の対象は、審判請求時に補正がなされていない出願、または、上述したように、審判請求時に補正がなされたが前置審査において審査官により報告書が作成された出願です。

審判合議体による本案審理の流れ

引用元|特許庁「審判制度の概要と運用」7.(1)拒絶査定不服審判

① 合議体が、拒絶査定の理由が妥当と判断した場合
合議体による審理においても、拒絶理由が解消せず、拒絶査定の理由が妥当と判断された場合は、審判の請求は成り立たない旨の審決(拒絶審決)がなされます。この場合は、依然として、特許権は認められません。

② 合議体が、拒絶理由がないと判断した場合
合議体による審理において、拒絶査定の拒絶理由によって、拒絶をすべきではないと判断された場合は、審判の請求を認める旨の審決(特許審決)がなされます(特許法159条3項で準用する51条)。この場合は、所定の手続きを経て、特許権が発生します(特許法66条)。

③ 合議体が、新たな拒絶理由を発見した場合
合議体による審理において、拒絶査定とは異なる、新たな拒絶理由が発見された場合は、発見された新たな拒絶理由が通知されます(特許法159条2項で準用する50条)。この場合、審判の請求人は、新たな拒絶理由に対する意見の主張や、明細書等の補正を行うことができます
この応答により、拒絶理由が解消すれば、特許審決がなされ、特許権が認められます。

拒絶審決後の手続き

拒絶査定不服審判で、特許権が認められなかった場合、後述するように、審決取消訴訟を提起することができます(特許法178条)。

審決取消訴訟とは

拒絶審決に不服がある場合、審判請求人は、知的財産高等裁判所に審決を取り消してもらうための訴訟(審決取消訴訟)を提起することができます(特許法178条1項)。
審決取消訴訟は、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟である抗告訴訟(行訴法3条1項)に属し、その中でも「処分の取消しの訴え」(同条2項)に該当します。

審決取消訴訟の流れ

審決取消訴訟は、審決の送達のあった日から30日以内に提起しなければなりません(特許法178条3項)。
なお、訴状の提出は、現実に到達した日に提出したとされる到達主義であり、発信主義(特許法19条)の適用はありません。

ムートン

発信主義が適用される特許庁に対する手続きとは異なりますので、注意しましょう。

特許庁「審判制度の概要と運用」7.(1)拒絶査定不服審判

審決取消訴訟を提起できる(原告となることができる)のは、審判請求人特許出願人)です。特許を共同で出願した場合は、出願した者全員が共同して出訴しなければなりません。

また、審決取消訴訟の審理の対象となるのは、審決に違法があったかどうかです。

拒絶査定不服審判では、権利付与の可否について判断されていましたが、審決取消訴訟では、権利付与については判断されません。取消訴訟は、違法な手続きや誤った判断を是正することを目的としているため、特許庁が行うべき権利の設定を代わりに行うことはありません。

ムートン

特許庁の審判(行政手続)と、知的財産高等裁判所の裁判(司法手続)とは、別個独立の手続きであり、裁判所は、あくまでも、審決を取り消すかどうかについて、必要な判断をします。

取消判決により、拒絶審決が取り消されれば、特許庁は審決を出していない状態に戻ります。この場合、特許庁の審判における審理を再開して、その出願について特許権を認めるかどうか再び審理することになります(特許法181条2項)。

一方、請求棄却判決により、拒絶審決が取り消されなかった場合、出願人が上訴しなければ判決は確定し、審決が確定します。すなわち、特許権は認められないとの特許庁の判断が確定することになります。

審決取消訴訟の提起に必要な書類、具体的な進行等は、知的財産高等裁判所ウェブサイトに詳しく解説されています。

知的財産高等裁判所ウェブサイト|訴状提出案内
知的財産高等裁判所ウェブサイト|審決取消訴訟(特許・実用新案)の進行について

その他の取り得る手段

拒絶査定への対応方法として、審判請求をする他にも、審査段階で取り得る方法があります。

分割出願をする方法

審査においては、特許請求の範囲に記載された複数の請求項のうち、一部の請求項に拒絶理由がある場合は、他の請求項に拒絶理由がない場合でも、出願は一括して拒絶され、特許権は認められません。このような場合は、分割出願(特許法44条)により拒絶理由がない請求項のみを分けて出願して、確実に権利化を図るという方法が考えられます。

また、明細書には記載されているものの、特許請求の範囲に記載されていない部分で特許性が高いと考えられる発明について、権利化を希望する場合についても、分割出願を利用するとよいでしょう。

拒絶査定の謄本送達後に分割出願ができる時期は、下記のとおりです。

✅ 拒絶査定不服審判の請求と同時(特許法44条1項1号・17条の2第1項4号)
✅ 拒絶査定の謄本送達日から3月以内(特許法44条1項3号)

出願変更をする方法

特許権を取得するのは難しそうなものの、特許から実用新案に出願変更すれば、登録要件を満たす場合は、実用新案登録出願への出願変更(実用新案法10条1項)をするという方法が考えられます。また、デザイン的な保護の可能性もある場合は、意匠登録出願への出願変更(意匠法13条1項)も考えられます。

なお、出願変更および拒絶査定不服審判の請求の両方を行うことはできません。出願変更を行うと、もとの出願は取り下げられたとみなされる(実用新案法10条5項、意匠法13条4項)ため、審判請求の対象がなくなってしまうからです。

国内優先権主張を伴う特許出願をする方法

補正による拒絶理由の解消が難しい場合、特許出願の日から1年以内であれば、国内優先権主張を伴う特許出願(特許法41条)をする方法が考えられます。

分割出願や出願変更では、出願当初の明細書等の範囲内でしか補正を行うことはできませんが、国内優先権主張制度を活用すれば、すでにされている特許出願を基礎として、新規事項を含んだ内容で新たな特許出願を行い、基礎とする特許出願の内容については優先的な取り扱いを受けることができます

実務的には、早期審査スーパー早期審査を利用して、審査結果が1年以内に分かる場合に検討される方法です。

ムートン

最新の記事に関する情報は、契約ウォッチのメルマガで配信しています。ぜひ、メルマガにご登録ください!

おすすめ資料を無料でダウンロードできます
知財担当者が押さえておきたい法令のまとめ

参考文献

特許庁ウェブサイト「審判便覧(第19版)」

特許庁「審判制度ハンドブック」

特許庁「審判制度の概要と運用」

特許庁「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説 特許法[第22版]」

知的財産高等裁判所ウェブサイト「審決取消訴訟Q&A」

中山信弘=小泉直樹編「新・注解 特許法(下)[第2版]」青林書院、2017年

山内康伸=山内伸著「裁判例に学ぶ特許権取得戦術」経済産業調査会、2021年