人的資本の情報開示とは?
いつから義務化されるか・
義務化の対象となる企業・
指針に定められた19項目を分かりやすく解説!

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三浦法律事務所弁護士
慶應義塾大学法科大学院法務研究科中退 2016年弁護士登録(東京弁護士会所属)、2016年~18年三宅・今井・池田法律事務所において倒産・事業再生や一般企業法務の経験を積み、2019年1月より現職。
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この記事のまとめ

人的資本とは、簡単にまとめると、人材のことを、「資本(付加価値を創造する源泉)」ととらえる考え方のことです。

これまで、人的資本への投資は、短期的には利益を押し下げ、資本効率を低下させるものとしてみなされがちであり、人的資本への投資は抑制されたり、後回しにされたりしやすい傾向にありました。

しかし、昨今は、持続的な企業価値向上のためには、人的資本などの無形資産への投資にあるとの認識が広がりつつあります。

この人的資本への投資が生み出すイノベーションによって社会の課題を解決し、それに見合った利益を実現することは、「新しい資本主義」が目指す成長と分配の好循環を実現する鍵となっています。

このような考えの下、内閣官房・非財務情報可視化研究会は、2022年8月30日、「人的資本可視化指針」(以下「本指針」といいます)を策定し、公表しました。本指針では、
・人的資本可視化の役割
・人的資本の可視化の方法
・開示項目
について、指針が定められています。

そこで、この記事では、人的資本の情報開示について、制度背景や具体的な内容について分かりやすく解説します。特に、上場会社においては、2023年3月決算期から人的資本の情報開示が義務化されますので、注意しましょう。

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資本って、そもそもどういう意味なんでしょうか。

ムートン

一般的には、「事業活動の元手となるお金」といった意味ですが、近年はお金以外にも、「人材」、「知的財産」なども会社の資本であるという見方が広まりつつあります。人的資本の情報開示の義務化は、その現れと考えられるでしょう。

※この記事は、2023年6月22日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

※この記事では、法令名等を次のように記載しています。

  • 本指針人的資本可視化指針
  • 開示府令…企業内容等の開示に関する内閣府令

人的資本とは|人的資源との違いを含め解説

人的資本の情報開示が義務付けられる企業(対象企業)

「人的資本」とは、簡単にまとめると、人材のことを「資本(付加価値を創造する源泉)」ととらえる考え方のことです。人材は、日々の、教育・研修・業務等を通じて自己の能力や経験等を向上・蓄積していきますが、このような人的資本に対して投資し、中長期的な企業価値向上につなげる経営を、人的資本経営といいます。

これに対して、「人的資源」という言葉があります。「人的資源」とは、「ヒト・モノ・カネ・情報」といった経営資源の中で、人を資源として捉えて、効率よく消費するという考え方のことです。このような考え方によれば、人材にかかる費用は、投資ではなくコストであると考えることになります。

近年では、人材を「資本」であると考えて、人材への効果的な投資が、企業が将来の成長・収益力を確保するために重要な要素であると考えるようになっています。

このような考え方の下、内閣官房・非財務情報可視化研究会が人的資本可視化指針を公表しました。また、上場会社に適用される開示府令も改正され、有価証券報告書において人的資本に係る「人材育成方針」、「社内環境整備方針」等を開示する義務が課されることになりました

「人的資本の情報開示」義務化の施行日

上場会社における人的資本の開示は、2023年3月期決算企業から適用されています。そのため、2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から、人的資本に係る開示を行う必要があります。

人的資本の情報開示が求められる背景・理由

人的資本の情報開示が求められるようになった背景として、まずESG投資への関心が高まっていることが挙げられます。「ESG」とは、

  • Environment(環境)
  • Social(社会)
  • Governance(企業統治)

のことを指します。「ESG投資」とは、この3点に着目して事業を行っている企業を選ぶ投資のことをいいます。

また、IT化デジタル化の発展もあります。IT化やデジタル化の発展に伴い、人材に求められるスキル・能力が急速に変化しています。このような現況の一方で、人の持つ技術や能力である「人的資本」に関心が高まっており、「人的資本」に投資することによって、企業のさらなる成長を目指すという考えが進んでいます。

その他、コロナにより、働くこと自体や働き方に対する人々の意識が大きく変化したことも一つの要因です。

このような状況の中で、多くの投資家が「人的資本」に関する経営者からの説明を期待するようになっています。そのため、経営者、投資家、そして従業員をはじめとする企業の関係者らが相互の理解を深めるために、人的資本の可視化が求められるようになりました。

人的資本の情報開示に向けたこれまでの動向

1|「人材版伊藤レポート」の公開

経済産業省は、持続的な企業価値の向上に向けて、経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するかという点について、2020年9月、「人材版伊藤レポート」を公表していました。同省は、2020年9月以降も、ますます人材に関する注目度が高まっていることを受けて、2022年5月には「人材版伊藤レポート2.0」を公表しています。

ムートン

同報告書は、「人的資本」の重要性を認識するとともに、人的資本経営という変革を、どう具体化し、実践に移していくかを主眼とし、それに有用となるアイディアを提示するものとなっています。

2|金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告の公表

金融庁の金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」は、2022年6月13日、企業情報の開示のあり方に関する検討および審議の結果として、「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ報告-中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて-」と題する報告書を公表しました。

この報告では、サステナビリティに関する企業の取り組みの開示として、以下の方針が示されました。

  • 有価証券報告書にサステナビリティ情報の「記載欄」を新設すること
  • 人的資本について「人材育成方針」、「社内環境整備方針」に関する開示項目を追加すること
  • 多様性について「男女賃金格差」、「女性管理職比率」、「男性育児休業取得率」に関する開示項目を追加すること

3|内閣官房・非財務情報可視化研究会より「人的資本可視化指針」の公表

内閣官房は、2022年2月から6月にかけて「非財務情報可視化研究会」を開催しています。同研究会では、人的資本についてモニタリングすべき関連指標の選定と目標設定、企業価値向上との関連付け等について具体的にどのように開示を進めていったらよいのか、企業側の参考となる指針の検討が行われ、「人的資本可視化指針」(案)が作成されていました。

指針案については、パブリックコメントが実施された後、同研究会が、2022年8月30日、「人的資本可視化指針」を策定・公表しています。

4|開示府令の施行

金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告を踏まえて、企業内容等の開示に関する内閣府令等が2023年1月31日に改正されました。

これによって、有価証券報告書等においてサステナビリティ情報の開示が求められることになったほか、多様性の指標に関する開示も求められることになりました

人的資本可視化指針に定められた7分野19項目とは|ISO30414との関連性も含め解説

開示項目の概要|ISO30414との関連性

本指針は、多くの投資家が人材戦略に関する経営者からの説明を期待している中で、企業・経営者に期待されること、および人的資本への投資・人材戦略の整理・開示の検討方針等を示すものです。この中では、人的資本に関する望ましい開示項目として、7分野19項目の要素が挙げられています

同様の指針として、ISO30414があります。ISO30414とは、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が公表した、人的資本に関する国際的な情報開示ガイドラインのことです。

人的資本可視化指針とISO30414では、概ね同様の開示項目が挙げられています。

【人的資本可視化指針】
7分野14項目
1|育成リーダーシップ/育成/スキル・経験
2|エンゲージメント従業員満足度
3|流動性採用/維持/サクセッション
4|ダイバーシティダイバーシティ/非差別/育児休業
5|健康・安全精神的健康/身体的健康/安全
6|労働慣行労働慣行/児童労働・強制労働/賃金の公正性/福利厚生/組合との関係
7|コンプライアンス/倫理法令順守
ムートン

以下、各項目について、詳しく解説していきます。

1|育成

本指針では、人材育成に関する開示として、「リーダーシップ」、「育成」、「スキル・経験」が挙げられています。

具体的には、従業員の育成やスキル向上のための研修・プログラム、優秀な人材の確保や定着に向けた取り組み等の情報などを記載することが考えられます。

2|エンゲージメント

本指針では、エンゲージメントに関する開示として、「従業員満足度」が挙げられています。

具体的には、従業員の福利厚生やマネジメント、職場環境、やりがい等に関する情報の開示が求められています。

3|流動性

本指針では、流動性に関する開示として、「採用」、「維持」、「サクセッション」が挙げられています。

具体的には、人材の確保や定着に関する取り組みや、離職率、採用・離職コスト等の情報の開示が求められています。

4|多様性

本指針では、多様性に関する開示として、「ダイバーシティ」、「非差別」、「育児休業」が挙げられています。

具体的には、

  • 性別や人種、国籍等といった属性別の従業員・経営性の比率
  • 育児休業等の取得率やその後の復職率
  • 男女間の給与差
  • 正社員と非正規社員等の福利厚生の違い

等の情報開示が求められています。

この多様性に関する情報については、有価証券報告書において開示が必要不可欠とされているため、特に検討を要する開示項目といえます。

5|健康・安全

本指針では、健康・安全分野に関する開示として、「精神的健康」、「身体的健康」、「安全」が挙げられています。

具体的には、労働災害の発生率や従業員の欠勤率など、企業が従業員の健康や安全に配慮した取組みを行っているかについて、情報の開示が求められています。

6|労働慣行

本指針では、労働慣行に関する開示として、「労働慣行」、「児童労働・強制労働」、「賃金の公正性」、「福利厚生」、「組合との関係」が挙げられています。

具体的には、

  • 賃金が適正であるか
  • 福利厚生の種類・内容
  • 人権を侵害する労働が行われていないか
  • 団体労働協約の対象者割合

等の情報開示が求められています。

7|コンプライアンス

本指針では、コンプライアンスに関する開示として、「法令順守」が挙げられています。

単に、法律を守って企業経営が行われているかというだけではなく、社会的な規範・倫理観にも即した企業経営が行われているかという情報についても開示が求められています

人的資本の可視化の方法|ポイントも含め解説

企業・経営者に期待されること

人的資本の可視化においては、企業や経営者に対して、以下の点につき対応することが期待されています。

可視化において企業・経営者に期待されること

① 経営層・中核人材に関する方針、人材育成方針、人的資本に関する社内環境整備方針などについて、
② 自社が直面する重要なリスクと機会、長期的な業績や競争力と関連付けながら、
③ 目指すべき姿(目標)やモニタリングすべき指標を検討し、
④ 取締役・経営層レベルで密な議論を行った上で、自ら明瞭かつロジカルに説明すること

他方で、投資家には、開示内容や取り組みへの質問、投資家としての問題意識の伝達などを通じて、企業・経営者に対して、当該企業の中長期的な企業価値の向上持続的成長を促す観点からのフィードバックが期待されています。

人的資本への投資と競争力のつながりの明確化

人的資本をどのように可視化すれば、人的資本への投資と企業価値向上や競争力強化との関連性を明瞭かつロジカルに説明でき、また、投資家との建設的な対話につながるのか検討する必要があります。

本指針では、企業・経営者において、投資家の関心が開示事項と長期的な業績や競争力との関連性にあることを踏まえて、まずは経営の各要素と業績や競争力のつながりを明確化するフレームワーク(価値協創ガイダンス、IIRCフレームワーク等)を活用し、自社の経営戦略と人的資本への投資や人材戦略の関係性(統合的なストーリー)を構築することが推奨されています。

4つの要素に沿った開示

次に、自社の統合的なストーリーをどのように開示内容へ落とし込むのか検討する必要があります。

現在、サステナビリティ関連情報開示の分野においては、

  • ガバナンス
  • 戦略
  • リスク管理
  • 指標と目標

の4つの要素に基づく説明が広く受け入れられつつあり、投資家にとって馴染みやすいものとなっています。

これらの要素は、有価証券報告書に新設されたサステナビリティ情報の記載欄においても採用されており、人的資本についても、この4つの要素に沿って検討することが効果的かつ効率的です。

企業・経営者においては、まずは自社の経営戦略と人的資本への投資や人材戦略の関係性(統合的なストーリー)を明確にしたうえで、4つの要素に沿った開示を検討することが期待されます。

開示事項の類型に応じた個別事項の具体的な検討

上述する4つの要素に沿って具体的な開示項目を検討するに当たっては、以下の2つの類型に整理して検討することが必要です。

なお、比較可能性を意識した開示項目は、国内外の開示基準を参考にして、可能な限り自社の戦略やリスクマネジメントと紐づけて開示することが期待されています。

具体的な開示項目の検討

① 自社固有の戦略やビジネスモデルに沿った独自性のある取り組み・指標・目標の開示(独自性)
② 比較可能性の観点から開示が期待される事項(比較可能性)

独自性のある取り組み・指標・目標

・ビジネスモデルや経営戦略との関連性
・当該事項を重要だと考える理由
・自社としての定義
・時系列での進捗・達成度

具体的な開示事項の検討に際しての留意点

開示事項の検討においては、

  • 「独自性」と「比較可能性」のバランスを確保すること
  • 「価値向上」と「リスクマネジメント」の2つの観点

を意識した整理を行うことが求められます。

具体的には、企業・経営者には、自社固有の人的資本への投資や人材戦略を表現し、モニターする上で必要となる独自性のある開示事項と、投資家が企業比較分析のために必要とする比較可能性のある開示事項を適切に組み合わせて、バランスよく開示する必要があります。

例えば、前述「開示項目の概要|ISO30414との関連性」にて解説した開示項目であれば、人材育成に関する開示は「価値向上」の軸に力点が置かれている一方で、健康・安全に関する開示は生産性といった「価値向上」に関する側面とともに、企業の社会的責任として「リスクマネジメント」に関する側面も持ち合わせています。

人的資本の可視化に向けたステップ(手順)

人的資本の可視化に向けた準備

人的資本の可視化に向けた準備として、企業・経営者は、①基盤・体制の確立を行うとともに、②可視化戦略を構築していくことが必要です。その上で、投資家との対話を踏まえて、より人材戦略の実効性の確保やその見直し、効果的な可視化を進めていくことができます。

①基盤・体制の確立

・経営トップが人材戦略およびその可視化に対してコミットすること
・取締役会・経営層レベルの議論
・従業員との対話
・人材戦略及びその可視化を担当する部局と関連部門が連携すること
・取組みの目標やその進捗をモニターする指標を設定すること、DXやテクノロジーの活用
・バリューチェーンにおける取引先等との連携

②可視化戦略の構築

・価値競争ガイダンスに沿った人的資本への投資・人材戦略の統合的ストーリーの検討
・人材版伊藤レポート、人材版伊藤レポート2.0と相互的な参照と戦略立案
・4つの要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)の検討
・企業価値向上とのつながりの分析

有価証券報告書における対応

開示府令の改正によって、有価証券報告書等において、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、サステナビリティ情報の開示が求められることになりました。また、有価証券報告書等の「従業員の状況」の記載において、女性活躍推進法に基づく女性管理職比率・男性の育児休業取得率・男女間賃金格差といった多様性の指標に関する開示も求められることになりました。

そのため、上場会社等においては、本指針での整理に基づき、以下の段取りにしたがって、自社の人材育成方針および社内環境整備方針、これと整合的で測定可能な指標やその目標、進捗状況を積極的に開示していく必要があります。

  1. 自社の経営戦略と人的資本への投資や人材戦略との関係性(統合的なストーリー)を描き出す
  2. 独自性と比較可能性のバランス、価値向上とリスクマネジメントの観点などを検討する
  3. 4つの要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)に沿って開示を行う

任意開示の戦略的活用

企業は、事業報告書やコーポレートガバナンス報告書、サステナビリティレポート、中期経営計画、IRウェブサイト等といったさまざまな媒体において、情報開示に取り組んでいます。

これらの媒体での情報開示においては、有価証券報告書と整合的かつ補完的な形で積極的に情報開示を進められ、さまざまなステークホルダーへの発信と対話の機会として戦略的に活用してくことが重要です。

人的資本の情報開示に関する今後の動向

人的資本への投資は、企業の持続的成長につながるものであり、近年世界的にも開示の要請が高まっています。このような情報開示に向けて取り組むためには、社内の体制確立とともに戦略の策定が重要になります。

この機会に今一度社内体制の見直しと人材戦略の練り直しを検討ください。

ムートン

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参考文献

内閣官房ウェブサイト「「人的資本可視化指針」(案)に対するパブリックコメントの結果の公示及び同指針の策定について」

経済産業省ウェブサイト「人材版伊藤レポート2.0」を取りまとめました」

金融庁ウェブサイト「金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告の公表について」