【民法改正(2020年4月施行)に対応】賃貸借契約のレビューポイントを解説!

この記事のまとめ

改正民法(2020年4月1日施行)に対応した賃貸借契約のレビューポイントを解説!!

賃貸借契約に関連する改正点は7つあります。

・ポイント1│借主が、賃貸物を返還する義務が明文化された
・ポイント2│借地借家法の適用のない賃貸借について、存続期間の上限が50年に延長された
・ポイント3│賃貸物の修繕に関するルールを見直した
・ポイント4│賃貸物が一部滅失したときの、賃料の減額と解除に関するルールを見直した
・ポイント5│賃貸借が終了したときに、原状回復・収去義務のルールが明文化された
・ポイント6│敷金のルールが明文化された
・ポイント7│賃貸不動産が譲渡されたときのルールが明文化された

この記事では、賃貸借契約に関する民法の改正点を解説したうえで、 賃貸借契約をレビューするときに、どのようなポイントに気を付けたらよいのかを解説します。 見直すべき条項は6つあります。

①賃貸物の存続期間に関する条項
②敷金に関する条項
③賃貸物の修繕に関する条項
④賃貸物の原状回復に関する条項
⑤賃貸物の一部滅失に伴う賃料減額に関する条項
⑥賃貸物の返還に関する条項

ヒー

先生、とうとう民法が改正されましたね。今までどおり賃貸借契約をレビューして大丈夫でしょうか?

ムートン

今回、改正された事項は、その性質に応じて、次の2つに分けることができます。
①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの
とくに、②の事項は、実務上、従来とは異なる運用がなされますので、しっかり理解しておく必要があります。 賃貸借契約のレビューにも影響しますよ。

※この記事は、2020年8月11日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

※この記事では、法令名を次のように記載しています。
・民法…2020年4月施行後の民法(明治29年法律第89号)
・旧民法…2020年4月施行前の民法(明治29年法律第89号)

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賃貸借契約とは

賃貸借契約は、 「当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、 相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引き渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約する」 ことによって、効力が生じます(民法601条)。

(賃貸借)
第601条 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。

民法 – e-Gov法令検索 – 電子政府の総合窓口e-Gov イーガブ

すなわち、賃貸借契約は、次の3つの要件をみたしたときに成立します。

要件3つ

①当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約する。
②相手方が①に対して賃料を支払うことを約する。
③相手方が引き渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約する。

改正前の民法では③が明文化されていませんでしたが、改正によって明文化されました。改正の詳細については後述します。

賃貸借契約に関する7つの主要改正ポイント

賃貸借契約に関する主な改正ポイントは次の7つです。

賃貸借契約に関する主な改正ポイント

・ポイント1│借主が、賃貸物を返還する義務が明文化された
・ポイント2│借地借家法の適用のない賃貸借について、存続期間の上限が50年に延長された
・ポイント3│賃貸物の修繕に関するルールを見直した
・ポイント4│賃貸物が一部滅失したときの、賃料の減額と解除に関するルールを見直した
・ポイント5│賃貸借が終了したときに、原状回復・収去義務のルールが明文化された
・ポイント6│敷金のルールが明文化された
・ポイント7│賃貸不動産が譲渡されたときのルールが明文化された

以下、それぞれ解説します。

今回、改正された事項は、その性質に応じて、次の2つに分けることができます。

①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの

すなわち、①は、実質的には、今までと同じ運用となるため、実務には大きな影響はないものと考えられます。そのため、従来の民法を理解されていた方にとっては、あまり気にされなくてもよい改正といえるでしょう。 他方で、②は、実務上、従来とは異なる運用がなされますので、しっかり理解しておく必要があります。 改正点とあわせて、①と②のいずれの性質の改正であるか(改正の性質)を記載します。

ポイント1│借主が、賃貸物を返還する義務が明文化された

【改正の性質】
 ①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの

旧民法では、借主が、賃貸物件を返還することを約束することによって、賃貸借契約が成立するということは、条文上、明らかではありませんでした。 しかしながら、賃貸借が終了したときに、借主が賃貸物件を返還することは、賃貸借契約の本質的要素です。そこで、改正により、この点が明文化されました。

ポイント2│借地借家法の適用のない賃貸借契約の期間の上限が20年から50年に延長された

【改正の性質】
 ②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの

借地借家法の適用のない賃貸借とは?

借地借家法は、次の2種類の賃貸借契約に適用される法律です。

  • 建物についての賃貸借契約
  • 借主が建物を所有することを目的とした土地の賃貸借契約

借地借家法のルールは、民法のルールよりも、借主の地位を手厚く保護するものとなっています。

他方で、これら以外の次のような賃貸借契約は、借地借家法の適用はありません。

  • 動産賃貸借契約……例)レンタカー契約
  • 建物を所有することを目的としない土地の賃貸借契約……駐車場契約・太陽光パネルの設置敷地の賃貸借契約等

存続期間の上限

旧民法では、借地借家法が適用されない賃貸借契約の期間は、最大20年までとされていました。つまり、契約で、期間を30年と定めても、民法のルールに従い20年に短縮されることになります。 なぜ、このようなルールが制定されたのかというと、賃貸借契約の期間が20年を超えると、賃貸物の損傷や劣化がひどく、貸主の利益に反するものと考えられたからです。すなわち、賃借物が返還されたときには、無価値となっていたり、高額な原状回復費用がかかったります。これによる貸主の不利益を考慮し、期間が制限されていたのです。

しかしながら、現代社会においては、借地借家法が適用されない賃貸借契約であっても、20年を超える賃貸借契約を締結するニーズが存在します。 このようなニーズがあるにもかかわらず、契約期間の上限が20年とされると、借主は、20年の契約期間経過後において、その賃貸契約を再締結または合意によって更新しなければなりません。 貸主からこれらを拒否されれば、当然ながら、賃貸物を使用・収益し続けることはできません。

たとえば、太陽光パネルの設置敷地の賃貸借契約を締結するケースでは、借主としては、長期にわたって借り続けることを望む場合があります。しかしながら、旧民法では、契約期間の上限が20年であったため、借主は、投資コストを回収する前にパネルを撤去しなければならないという不利益を被ることになりかねません。

そこで、今回の改正では、現代社会における長期の賃貸借契約締結のニーズに応えるため、 借地借家法が適用されない賃貸借契約においても、契約期間の上限を50年までに伸長しました(新604条1項)。

ポイント3│賃貸物の修繕に関するルールを見直した

【改正の性質】
 ②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの

貸主の修繕義務の見直し

今回の改正では、借主の帰責性(責任)によって修繕が必要となったときは、貸主は修繕義務を負わないことが明文化されました(民法606条1項但書)。

賃貸借契約中に、賃貸物が破損すれば、これを修繕する必要があります。このとき、貸主と借主のどちらが修繕する義務を負うのでしょうか? 旧民法の下でも、賃貸物の修繕は、原則として貸主の義務とされており、これは改正後も変わりません(民法606条1項、旧民法606条1項)。

もっとも、破損した原因が、借主が、賃貸物を不適切な方法で使用したことであるときにも、貸主に修繕義務を負わせることは酷といえます。 この場合、旧民法では、貸主は、損害賠償として、破損した分の修繕費を借主に請求できるにすぎませんでした。改正により、借主の帰責性(責任)によって修繕が必要となったときは、貸主は修繕義務を負わないことが明文化されました。

借主の修繕権の新設

基本的には、貸主が、賃貸物の修繕義務を負いますが、借主が自主的に賃貸物を修繕することは許されるのでしょうか? 今回の改正では、次の事情があるときは、借主が、賃貸物を修繕することができることが明文化されました(民法607条の2第1号)。

  • 借主が、修繕の必要性を貸主に通知したにもかかわらず、貸主が相当な期間内に修繕しないとき
  • 貸主による修繕を待っていられない「急迫な事情」があるとき

借主は、このルールに従って修繕したときは、賃貸人に対し、支出した費用を請求することができます(民法608条1項)。

旧民法には、借主による賃貸物の修繕を認める定めはありませんでした。 そのため、賃貸物を修繕する必要があるときであっても、貸主が、修繕してくれなければ、借主としては修繕をしてもよいのかどうか分からない状況におかれていました。このようなケースで、仮に、借主が修繕をしたことによって、賃貸物の性能や性質が変化してしまったときは、貸主から目的物の損害などを理由とする契約違反を指摘されるリスクもありました。 そこで、今回の改正では、借主による修繕権を明文化するに至ったのです。

ポイント4│賃貸物が一部滅失したときの、賃料の減額と解除に関するルールを見直した

【改正の性質】
 ②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの

賃料の減額

今回の改正では、賃貸物の一部滅失のみならず、「その他の事由により使用及び収益することができなくなった場合において」「使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて」減額されることとされました(民法611条1項)。 この場合、借主は、貸主に対して、賃料の減額を請求する必要はありません。減額される事由が生じた時点から、当然に減額されます。

旧民法でも、たとえば、一棟建物の事務所兼倉庫を賃借していたが、倉庫だけが焼失してしまったようなケースで、借主は、賃料の減額を請求することができました(旧民法611条1項)。 これは、賃貸物が一部滅失したときに、借主が使用・収益できる価値が小さくなるため、このような価値の対価である賃料も減額することが公平であるためです。 しかしながら、旧民法では、滅失以外の理由で、借主の使用・収益できる価値が小さくなったケースについては何も定めがありませんでした。 滅失以外の理由で、借主の使用・収益出来る価値が小さくなったときも、同じく、賃料を減額することが公平であることから、今回の改正に至りました。

解除

賃貸借契約の期間中に、賃借物の一部が滅失したときに、残りの賃借物だけでは、借主が契約の目的を達成することができないことがあります。今回の改正では、このようなケースにおいて、借主が、契約を解除することができることになりました(民法611条1項)。

たとえば、運送業者が、事務所兼倉庫を、運送事業を営むために借りていたところ、倉庫が滅失したとしましょう。このとき、借主である運送業者としては、運送物を保管できる屋根付きの倉庫がなければ事業ができないといった事態になりかねません。

このように、賃貸物の一部が滅失したことにより、残りの部分では契約の目的を達成することができないケースでは、借主に、契約を解除する権利を認める必要があります。これを認めなければ、借主は、借りた目的を達成することもできずに、契約期間中、ずっと賃料を支払い続けなければならなくなってしまいます。

旧民法では、借主は、賃借物の滅失について 過失(不注意)がないときに限って、契約を解除することができると定められていました(解除可能な場合を定めた旧民法611条2項が、旧民法611条1項の「賃借人の過失によらないで滅失したとき」を準用していました)。

もっとも、このような借主の過失(不注意)による滅失については、別途、貸主から借主に対して、損害賠償を請求することで解決すれば足りるのではないか、なにも、借主に借りた目的を達成できない契約を継続させる必要はないのではないか、という意見があがりました。 そこで、今回の改正では、このような意見をふまえて、借主の過失(不注意)を問わず、契約を解除することができるに至りました。

ポイント5│賃貸借が終了したときに、原状回復・収去義務のルールが明文化された

【改正の性質】
 ①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの

今回の改正では、これまで裁判例で確立されていた次のような解釈を明文化しました(民法621条)。

  • 賃借人は、原則、賃貸物の原状回復義務を負う。
  • ただし、通常損耗・賃借人の帰責性のない損傷については負わない。

原状回復義務とは

原状回復義務 とは、賃貸借契約が終了した後、借主が、貸主に賃貸物を、契約を締結した時の原状に戻して返還する義務のことです。 すなわち、借主は、賃貸物を返還するとき、

  • 損傷している部分があれば修復する
  • 賃貸物に付属させた動産などがあれば撤去する

という義務を負うことになります。

旧民法では、このような原状回復義務は、賃貸借契約の性質上、借主が、当然に負う義務と考えられており、明文化されていませんでした。ちなみに、「借主は、借用物を原状に復して、これに付属させたものを収去することができる」(旧民法616条、598条)という文言上は借主の権利として規定されていました。 今回の改正では、このような従来の解釈を明文化するに至りました。

ポイント6│敷金のルールが明文化された

【改正の性質】
 ①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの

改正前の民法には、 敷金についての定めがまったくありませんでしたが、今回の改正では、これまで裁判例で確立されていた敷金のルールを明文化しました(民法622条の2第1項)。 まず、敷金の定義について、次のように定義されました(同項)。

賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で賃借人から賃貸人に交付される金員

そのうえで、貸主は、次のいずれかの場合に、敷金から未払いとなっている賃料を控除した(差し引いた)額を、借主に返還しなければならない、と定めています(民法622条の2第1項)。

  • 賃貸借が終了し、賃貸物の返還を受けたとき、または、
  • 借主が適法に賃借権を譲り渡したとき

改正前から、賃貸借契約では、借主から貸主に、「敷金」が差し入れられることが多く見受けられました。 これは、契約期間中に、

・借主の不払い賃料
・契約終了時の原状回復義務の履行費用

を担保することを目的に差し入れられる金銭です。貸主は、賃貸借契約が終了したときに、上記のような不払い賃料や履行費用を敷金から差し引いて、余った額のみ借主に返金していました。 旧民法には、敷金について民法には定めがなく、解釈上、賃貸借契約とは別個の契約であると考えられていました。

なお、従前、借主が、貸主に金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で交付した金員につき、敷金以外に「保証金」といった名目で交付されることがあり、敷金と保証金とで適用されるルールが異なるのかが議論されたことがありました。 しかし、今回の改正により、借主が貸主に金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で交付した金員については、「いかなる名目によるかを問わず」、敷金のルールが適用されるものとされています。

ポイント7│賃貸不動産が譲渡されたときのルールが明文化された

【改正の性質】
 ①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの

賃貸借の契約期間中に、貸主が、賃貸不動産の所有権を第三者に譲渡することがあります。この場合、賃貸借契約における貸主たる地位も、所有権を譲り受けた第三者に移転するのでしょうか?

改正前の裁判例では、賃貸借の対抗要件(賃貸借契約の登記、賃貸物の引き渡し、貸地上に借主名義の登記がなされた建物が存在すること等)を備えた賃貸不動産が譲渡されたときは、原則として、「賃貸人たる地位」は譲渡人に移転するのが合理的である、という解釈が確立していました。 また、裁判例では、賃貸借の対抗要件(賃貸借契約の登記、賃貸物の引き渡し、貸地上に賃借人名義の登記がなされた建物が存在すること等)を備えた賃貸不動産が譲渡されたときは、その不動産について所有権の移転の登記をしなければ、借主に対抗することができないとしていました。

今回の改正では、これらの判例を踏まえて、その旨を明文化しました。

賃貸借契約のレビューで見直すべき6つの条項

上述の改正点をふまえて、賃貸借契約のレビューで見直すべき条項について解説します。 見直すべき条項は、以下の6つです。

賃貸借契約で見直すべき条項(6つ)

・賃貸物の存続期間に関する条項

・敷金に関する条項

・賃貸物の修繕に関する条項

・賃貸物の原状回復に関する条項

・賃貸物の一部滅失に伴う賃料減額に関する条項

・賃貸物の返還に関する条項

賃貸物の存続期間に関する条項

【関連する改正ポイント】
 ポイント2│借地借家法の適用のない賃貸借について、存続期間の上限が50年に延長された

貸主の立場でレビューする場合

貸主の立場でレビューするときは、借地借家法の適用がない土地の賃貸借契約を締結する場合には、50年という比較的長期にわたる賃貸をすることができるようになったことをふまえて、賃貸借契約の期間を決定する必要があります。

借主の立場でレビューする場合

借主の立場でレビューするときは、借地借家法の適用がない土地の賃貸借契約を締結する場合には、当該賃貸借契約の目的に照らし、自らが利益を得るに十分な期間を合意する必要があります。

記載例

(賃貸借期間)
賃貸借の期間は、●年●月●日から●年●月●日までとする。ただし、賃貸借の期間満了日の●か月前までに本契約を更新しない旨の書面又は電磁的記録による通知がなされない場合、本契約は、同一条件でさらに1年間更新され、以後も同様とする。

なお、建物賃貸借契約の期間については、改正前後で変更はありません。借地借家法の適用のある建物賃貸借契約について、契約期間を1年未満とすると、その賃貸借契約は期間の定めのないものとされますので、注意が必要です(借地借家法29条1項)。

敷金に関する条項

【関連する改正ポイント】
 ポイント6│敷金のルールが明文化された

今回の改正では、これまで「敷金」「保証金」といった名称が用いられてきた金員についてのルールが明文化されてました(民法622条の2)。 もっとも、従前の敷金に関する解釈を明文化したにすぎず、改正による影響は大きくありません。また、新設された敷金のルール(民法622条の2)は任意規定であるため、合意によりその内容を変更することができます。

貸主の立場でレビューする場合

今回の改正では、これまで「敷金」「保証金」といった名称が用いられてきた金員についてのルールが明文化されてました(民法622条の2)。 もっとも、従前の敷金に関する解釈を明文化したにすぎず、改正による影響は大きくありません。また、新設された敷金のルール(民法622条の2)は任意規定であるため、合意によりその内容を変更することができます。

記載例

(契約期間中の敷金充当)
賃借人が、契約期間中において、賃貸人に対し本契約上の債務を履行しなかったときは、賃貸人は、賃借人にその旨を通知することによって任意に敷金の一部または全部を賃料その他の債務に充当することができる。この場合において、賃借人は、賃貸人からの請求によって、本契約締結当初に合意された敷金額の不足分を、請求通知の到達から7日間以内に、賃貸人に追加預託しなければならない。

借主の立場でレビューする場合

上述のとおり、契約期間中の敷金充当に関する特約は、貸主に有利(借主に不利)な変更となります。そこで、借主の立場でレビューするときは、このような特約には合意しない(貸主による契約書ドラフト案に記載があった場合には削除を要請する)として交渉することが望ましいといえます。 あわせて、紛争予防の観点から、敷金の返還額・返還時期を確認的に定めるのが安全です。

記載例

(敷金)
1. 賃借人は、賃貸人に対し、本契約に関し生じる賃借人の一切の債務の担保として、賃料●か月分に相当する金●●円を敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の本契約に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下本契約において同じ)として預託するものとする。
2. 賃借人に、賃料の支払遅滞等、本契約に基づく賃借人の債務の不履行があるときは、賃貸人は、任意に敷金の一部又は全部を賃料その他の債務の弁済に充当できるものとする。
3. 本契約期間中、賃借人は、敷金をもって、賃料その他本契約に基づく賃借人の債務の弁済に充当することができない。
4. 本契約が終了し、賃借人が賃借物件を原状に復して賃貸人に明渡したときは、明渡しが完了したときから●か月経過した後に、賃貸人は、敷金を本契約に基づく賃借人の未払債務の弁済に充当し、その残額を賃借人に返還する。

賃貸物の修繕に関する条項

【関連する改正ポイント】
 ポイント3│賃貸物の修繕に関するルールを見直した

このような修繕に関する規定は任意規定と解されていることから、賃貸物の修繕につき、改正された民法と異なる定めをすることも可能です。

貸主の立場でレビューする場合

貸主としては、民法では、公平の観点から、賃借人の帰責性によって修繕が必要となったときは、このような修繕義務を負いません(民法606条1項)。もっとも、賃借人の帰責性によって修繕が必要となったときは、修繕しなければ賃借物件の価値が低下するおそれがあります。 賃貸人としては、修繕義務を免れるよりも、修繕したうえで、その費用負担を賃借人の負担とするのが有利です。

記載例

(貸主による修繕)
1.賃貸人は、賃借人が賃借物件を使用するために必要な修繕を行わなければならない。この場合の修繕に要する費用については、賃借人の責めに帰すべき事由により必要となったものは賃借人が負担するものとする。

また、貸主としては、修繕しようとしたところ、借主から拒否されることで、賃貸物件を修繕できないといった事態を防ぐために、次のような規定を定めることも考えられます。

記載例

(貸主による修繕)
1.(略)
2. 賃貸人が修繕を行う場合、賃借人は、正当な理由があるときを除き、当該修繕の拒否をすることができない。

借主の立場でレビューする場合

借主としては、改正によって、自ら修繕できる権利が認められたことから、これを契約でも確認的に定めるのが望ましいでしょう。 さらに、賃貸人に対して、このような修繕費用を求償できるように定めると有利です。

記載例

(借主による修繕)
1. 賃借物件の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。
⑴賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき
⑵急迫の事情があるとき
2. 賃借人は、前項の修繕が賃貸人の負担に属するものであるときは、その修繕をするために必要となる費用を事前に若しくは事後に賃貸人に請求することができる。

賃貸物の原状回復に関する条項

【関連する改正ポイント】
 ポイント3│賃貸物の修繕に関するルールを見直した

貸主と借主のいずれの立場にも共通する事項

借主が行うべき原状回復の範囲は、しばしば紛争になります。原状回復の範囲を明確にするためには、契約書に原状回復の対象となる物品を具体的に羅列した別紙を添付する等の方策が考えられます。その際、貸主が賃貸物に付属させた物(例えば空調設備)についても、原状回復範囲に含まれるか、明記することが望ましいといえます。

記載例

(原状回復)
賃借人が賃貸物返還時に原状回復すべき範囲は、別紙のとおりとする。

貸主の立場でレビューする場合

貸主の立場でレビューするときは、通常損耗についても、借主の原状回復義務の範囲に含める旨を定めるのが有利です。もっとも、この場合、通常損耗の具体的範囲について明確にしなければなりません(最判平成17年12月16日判例時報1921号61頁)。

記載例

(原状回復)
1. 賃借人は、本契約が終了したときは、賃借物件及び造作設備の破損及び故障を補修し、新たに床、壁紙の張替え、電球の交換を行った上、本契約締結当初の原状に復して賃貸人に明渡さなければならない。
2. 原状回復に伴う工事は、賃貸人が指定する者が行い、その費用は賃借人が負担する。
3. 賃借人が賃借物件を明け渡した後に、賃借物件内に賃借人が残置した物があるときは、賃借人は当該残置物に対する所有権を放棄したものとみなし、賃貸人は任意にこれを処分し、処分に要した費用を賃借人に請求することができる。

借主の立場でレビューする場合

借主としては、通常損耗についても原状回復する義務が定められているときは、民法に比して不利な定めとなっているため、修正するよう交渉することが望ましいといえます。また、借主の帰責性(責任)の有無を問わずに、原状回復義務を負う旨の定めも、民法に比して不利な内容です。 たとえば、次のように定めるとよいでしょう。

記載例

(原状回復)
賃借人は、賃借物件を引渡された後に、これに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物件の損耗及び賃貸物件の経年変化を除く。)がある場合において、本契約が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が、賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときはこの限りではない。

賃貸物の一部滅失に伴う賃料減額に関する条項

【関連する改正ポイント】
 ポイント4│賃貸物が一部滅失したときの、賃料の減額と解除に関するルールを見直した

貸主の立場でレビューする場合

貸主としては、当然に賃料が減額されることがないように、①賃料の減額について協議で決定する。 または、 ②当然に減額されるのではなく、借主の請求により減額されると定めるのが有利です。

記載例(①賃料の減額について協議で決定する)

(賃料の減額)
賃借物件の一部の滅失によって、使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃借人は、賃貸人に対して、賃料の減額について協議することを求めることができる。なお、民法611条第1項の規定は適用しない。

記載例(②当然に減額されるのではなく、借主の請求により減額される)

(賃料の減額)
賃借物件の一部の滅失によって、使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃借人の請求により、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額されるものとする。なお、民法611条第1項の規定は適用しない。

借主の立場でレビューする場合

借主としては、紛争予防の観点から、民法のルールを確認的に定めるのが安全です。

記載例

(賃料の減額)
賃借物件の一部の滅失その他の事由によって、使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、当然に減額されるものとする。

賃貸物の返還に関する条項

【関連する改正ポイント】
 ポイント4│賃貸物が一部滅失したときの、賃料の減額と解除に関するルールを見直した

改正前から、賃貸物の返還義務については、解釈上当然の義務とされていましたので、実務上のルールに変更はありません。 貸主と借主のいずれの立場からレビューする場合であっても、賃貸物の返還義務を契約で定めるのがよいでしょう。

記載例

(明渡し)
1. 期間の満了、解約、解除、その他の事由によって本契約が終了する場合、賃借人は、本契約終了日までに、賃借物件に付属させた物を収去した上で、賃借物件から退去し、賃貸人に賃借物件の鍵を返還するものとする。
2. 賃借人が、本契約終了と同時に賃借物件を明け渡さないときは、賃借人は、本契約終了日の翌日から明渡済みに至るまで、賃料及び共益費の合計額の倍額に相当する使用損害金、諸料金並びにそれらの消費税額等を賃貸人に支払い、かつ明渡遅延により賃貸人が損害を被ったときは、その損害を賠償しなければならない。

まとめ

民法改正(2020年4月1日施行)に対応した保証契約のレビューポイントは以上です。
実際の業務でお役立ちいただけると嬉しいです。

改正点について、解説つきの新旧対照表もご用意しました。

ムートン

ぜひ、業務のお供に!ご活用いただけると嬉しいです!

〈サンプル〉

参考文献

法務省『民法の一部を改正する法律(債権法改正)について

筒井健夫・松村秀樹編著『【一問一答】一問一答・民法(債権関係)改正』商事法務、2019