インターネット広告の取引基本契約の論点 (条項例あり)

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シティライツ法律事務所弁護士
慶應義塾大学大学院法務研究科修了 2012年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、2012~15年小松製作所(コマツ)の経営企画部門で主にクロスボーダーM&Aの法務を担当。2015~19年Baidu Japan(百度日本法人)にて法務部長と経営企画部長を兼任。百度の国際部門における法務責任者も兼務。その後現職。 2020年~株式会社ワンキャリア監査役。
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この記事のまとめ

インターネット広告は、2020年時点において広告費ベースで既に日本の広告市場の3分の1強を占めるに至っており、広告産業の重要な一角を占めるに至っています。(株式会社サイバー・コミュニケーションズほか「2020年 日本の広告費 インターネット広告媒体費 詳細分析」2021年3月10日

インターネット広告の特徴として、国境をまたいだ取引が多く、日本国内の広告主が、海外の広告プラットフォームと英文の取引基本契約を交わすことが日常茶飯事であるという点が挙げられます。

また、アドテクベンダ(インターネット広告を提供するプラットフォーム企業。以下単に「ベンダ」とも呼びます。)が提供する定型的な契約書のひな形に、広告主がほとんど修正を加えないまま締結するいわゆる“約款”による取引が日常的に行われていることも特徴です。

インターネット広告に携わる契約担当者としては、スピードを求められる日々の業務の中で、契約内容を吟味する時間を確保できず、否応なしにそれらの契約を締結せざるを得ないのが実情ではないかと思われます。

そこで本記事では、「インターネット広告の取引基本契約」(以下「広告取引基本契約」と呼びます。)をテーマに、代表的な契約上の論点を紹介するとともに、必要に応じて条項例を紹介しつつ、契約上注意すべき点を解説します。

※この記事では、法令名を次のように記載しています。

  • 不正アクセス禁止法…不正アクセス行為の禁止等に関する法律
  • 薬機法…医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律
  • 景品表示法…不当景品類及び不当表示防止法

(※この記事は、2022年1月24日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。)

「広告取引基本契約」とは

本記事で紹介する「広告取引基本契約」は、自社の広告をアドネットワークに出稿しようとする広告主が、アドテクベンダと直接取引する場合の、個々の広告取引に共通する条件を合意する契約です。

より専門的な分類では、本記事で扱うインターネット広告は「運用型広告」「プログラマティック広告」「アドネットワーク広告」等と呼ばれますが、ここでは単純化のために「インターネット広告」の語で統一します。

アドネットワークに出稿する場合、実際上は、アドテクベンダと広告主が直接取引するケースよりも、インターネット広告の知識が豊富な広告代理店を間に挟んで取引することのほうが多いと思われます。

しかし、広告主がインターネット上の広告枠を直接買い付けるというシンプルな構成はインターネット広告取引を理解するための基本型となることから、ここではアドテクベンダと広告主が直接取引する契約類型について順を追って解説します。

契約書に記載すべき事項と注意点

本記事で取り上げる広告取引基本契約書は、業務委託契約の一種であり、かつ、同一当事者間で多数回繰り返される契約に共通の事項を定める点で「基本契約といえます。

業務委託契約は、請負契約であるか、準委任契約であるか、というその法的性質がしばしば議論されますが、広告を掲載する業務委託契約の場合は、広告が掲載される、クリックされる、又はコンバージョン(成果)が提供される、等の成果が当事者間であらかじめ合意されているため、請負契約であると考えられる場合が多いです(印紙税法の専門家からは、インターネット広告の掲載を委託する契約書は印紙税法別表第1の第2号「請負に関する契約書」又は第7号「継続的取引の基本となる契約書」と捉えられているようです(佐藤明弘編著『令和3年7月改訂 印紙税実用便覧』14頁、法令出版、2021年)。

本記事でも広告掲載の業務委託は請負契約であることを前提に今後の議論を進めたいと思います。

インターネット広告において、基本契約締結後、どのように個別契約が締結されるのでしょうか。実務上は、キャンペーン(一連の広告出稿)ごとに、以下のような流れで個別契約が締結されることが多いようです。

このようなキャンペーンごとの合意が、広告取引基本契約に対する個別契約と位置づけられることが多いといえます。個別契約に共通する基本的事項を定めるのが、基本契約である、という整理です。

なお、分析的な目で見れば、キャンペーンごとではなく、広告主による1回の広告入札と、ベンダからのそれに応じた広告成果の合意があるごとに、契約が結ばれているという見方もできるでしょう。契約の取消しや解除の有効性を議論する場合には、そのような見方が有効である場合もあります。

インターネット広告に関する専門用語の定義条項

インターネット広告で用いられる専門用語は、業界の人間にとっては自明であっても、外部の者にとっては理解しにくいものも多いです。契約書は、契約を交渉した担当者のみならず、後任の担当者や、監査法人などの外部の者が目にすることもあります。

また、仮に訴訟において証拠として提出された場合には、裁判官にその用語の意味を説明しなければなりません。そこでインターネット広告に関係する契約書では、専門用語を定義条項で定義することは必須といえます。

特に正確な定義を要すると考えられるのは、以下に挙げるような、広告の成果及び対価に関する用語です。なじみのない方には全く理解できないため、きちんとした説明が必要でしょう。

また、上記CPAでいう遷移後のウェブページを「ランディングページ」といいますが、ランディングページのURLや成果指標(商品の購入、資料請求等)がきちんと定義できていないと、トラブルの元になります。

広告運用のためのアカウントの発行・管理に関する条項

インターネット広告の出稿管理は、ベンダ側が用意する管理画面を通じて、キャンペーンごとの予算上限(総額でかけられる広告費の合計)、入札上限額などを指定するほか、広告素材(バナー画像等。多くはサイズ指定があります。)とランディングページのURLなど広告の入稿作業自体も管理画面から行われることが多いです。

そもそも一般に、インターネット広告の「運用」と総称される作業の多くは、キャンペーン前、キャンペーン中に管理画面を操作して入札額や広告素材を柔軟に変更し、最大限の広告効果を発揮するようにする作業をいいます。

広告主が自分で運用を行う人的リソースをもたない場合には、広告代理店やベンダに代行してもらうのが一般的ですが、広告運用を代行してもらうことを「マネージド・サービス(managed service)」と呼び、広告主が自分で広告運用する「セルフ・サービス(self service)」とは区別されます。

そして、クラウドサービスの常として、インターネット広告の運用は、IDとパスワード(又は他のログイン情報)を用いてアカウントにログインすることによって行われます。ベンダは、アカウント情報によって広告主を把握しており、アカウントを操作しているのが誰(どの自然人)であるかを関知していないのが通常です。

そこで、多くのベンダが用意する取引約款では「広告主に付与されたアカウント情報を利用した本システムへのアクセスがあった場合、ベンダは、そのアクセスを広告主によるものとみなすことができる。」という趣旨の規定を設けています。

仮に広告主の従業員等で、しかるべき権限のない者がアカウント情報を利用して管理画面を操作し、個別契約の申込み等を行ったとしても、表見代理(民法109条、112条)の規定が適用される可能性を残したものといえますが、全くの無権限者が不正アクセス行為(不正アクセス禁止法2条4項)等により管理画面を操作した場合には適用されない場合があるので注意を要します。

広告素材の入稿・審査に関する条項

インターネット広告において、広告素材の入稿は管理画面を操作して行うことがほとんどです。その前提として、広告素材は広告主自ら(あるいは広告代理店その他の第三者に委託して)準備したものであり、ベンダが供給するものではないのが通常です。

つまり、広告素材が表示に関する各種の規制(景品表示法、薬機法等)に違反しないか、また、他社(他者)の著作権や肖像権を侵害しないか、という適法性の確保は、広告主が自らの責任で行うことになります(もちろん、広告主が代理店その他の第三者に委託して広告素材を準備する場合には、当該第三者が適法な広告素材を準備したことを、契約上表明し、保証させるなどする必要があります。)。

一方、ベンダ側も、広告主が入稿した広告素材をそのまま掲載することはほとんどありません。例えば薬機法の誇大広告規制(薬機法66条1項)や未承認医薬品等の広告規制(同68条)は「何人も…してはならない」という規定ぶりになっており、ベンダといえども違反の罪に問われる余地がないとはいえません。

一方、景品表示法5条の不当表示規制は、「事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、…表示をしてはならない」という規定になっていますが、この「事業者」とは「表示内容の決定に関与した事業者」をいうと解釈されています(「ベイクルーズ事件」東京高判平成20年5月23日審決集55巻842頁)。

インターネット広告においては、一般的には広告主を指すものと考えられます(なお、アフィリエイト広告においては、景品表示法5条の「事業者」を広告主と捉えるべきか、アフィリエイター(アフィリエイト記事の作成者)であると捉えるべきか、という論点が存在します。2021年3月3日付の株式会社T.Sコーポレーションに対する消費者庁の措置命令では、アフィリエイトサイトにおける表示内容を広告主が自ら決定したものと判断されていますが、その射程については検討を要します。)。

そこで、ベンダは、広告主から入稿のあった広告素材について、広告審査(広告掲載可否の審査)を行うのが通常です。広告審査は、広告素材そのもののみならず、遷移先のランディングページに対しても行われる場合が多いです。

広告審査は、景品表示法や薬機法など表示関連の法令遵守を確保するのはもちろんのこと、広告を掲載する媒体を閲覧するユーザーに不快感を与えないかなど、より多面的な観点から行われます。ベンダの中には広告審査基準を文書で公開している事業者もありますが、審査基準を公開することが取引の透明性を確保する上で望ましいのはいうまでもありません。

また、ベンダの広告審査は入稿時点で行われることが一般的ですが、ベンダ側の取引約款では、事後的に違法又は不適切な広告素材が発見されたケースに備えて、ベンダ側に掲載を停止する権利を留保しておくことが多いです(広告主側は、違法又は不適切な広告素材が発見された場合には掲載が停止されることを事前に承諾する形になります。)。

広告利用料の発生・計測に関する条項

インターネット広告にまつわる悩ましい問題のひとつが、広告成果の計測です。一般的な業務委託契約(請負契約)であれば、請負人は仕事の目的物(物理的な成果物であれ、情報成果物であれ)を注文者に引き渡すことにより仕事が完成します(ただし多くの契約では引渡し後に注文者による検収のプロセスを設け、検収の完了により仕事の完成とする場合が多いと思います。)。

これに対し、インターネット広告では、契約の目的である業務(出稿)が遂行されたことを、成果の「計測」というプロセスにより定義することが多いです。

「計測」とは、端的にいえば、以下のような成果が生じる度に、プログラムがその履歴を取得することをいいます。

クリックを例にとると、以下のようなデータが逐一、計測を行う電子計算機により、履歴として記録されます。

このようなデータの記録は、ウェブサイトにタグ(外部の処理プログラムを呼び出すためのごく短いコード)を入れるだけでも記録可能なので、広告成果の計測を、広告主側でも行うことがあります。そのような場合に利用可能な、第三者の立場から計測を行う計測ツールベンダが存在しており、広告主はこのような計測ツールベンダのタグを利用することが多いです。

計測が双方で行われる場合は、計測結果に差異が出た場合の処理が問題になりますが、これは契約で定めるべき問題といえます。

契約条項の一例として、ベンダ側の計測した成果指標に従うことを原則としつつ、広告主が独自に成果指標を計測し、かつ、乖離が一定割合以上大きくなった場合には、協議の上で成果を定める、とするやり方が考えられます。

アドフラウドへの対応に関する条項

広告利用料の計測の問題と密接に関連し、そしてそれ以上に深刻なのが、広告が掲載されたウェブサイトにおいて、いわゆるアドフラウドが発生した場合の対応です。

アドフラウドという言葉に決まった定義はありませんが、一般的には、不正な意図をもった広告媒体が広告料を詐取する行為全般を指すと理解されています。なかでも、プログラムが自動で広告を閲覧・クリックするアドフラウド(ボットネット、自動ブラウジング等と呼ばれます。)は、典型的な手法のひとつです。

アドフラウドの問題を深刻にしている原因のひとつは、不正行為の立証が極めて困難であることです。一般的には、広告主がアドフラウドの疑いを抱く端緒は、「クリック数に対して(CPC課金の場合)/インプレッション数に対して(CPM課金の場合)、成果の数が少なすぎる」というものです。

しかし「期待される成果と実際の成果が乖離している」ことが直ちに不正を意味するものではないのは当然です。また「期待される成果と実際の成果がどの程度乖離すれば不正といえるのか」も明らかではありません。

このため、アドフラウドへの対応に関して、前述の計測結果の乖離問題以上に厳格なルールを定めることは困難です。

ベンダにアドフラウド排除のための合理的な努力義務を課した上で、広告主にはアドフラウドの排除が困難であることの理解を求め、アドフラウドの疑いを抱いた場合の通報の仕組みと、不正と判断された場合の広告料返金の仕組みを備えておくことが、契約上とりうる措置ではないかと考えます。

ベンダ側でアドフラウドと判断した場合の返金等の取組みは実際に行われていますが、一方でベンダとしてアドフラウドの認定基準や返金基準を透明化することは、サイバーセキュリティの問題でもあり、困難であるとの指摘もあります。(「[座談会]デジタル広告と競争法・透明化法」ジュリスト1564号(2021年11月号)20頁(野口祐子発言))

なお、悪意がありかつ無効な(広告効果の伴わない)トラフィックはアドフラウドといえますが、無効なトラフィックにはアドフラウド以外にも、クローラ(検索エンジン等が情報収集のためにウェブブラウジングを行うためのプログラム)やデータセンターからの非人為的なトラフィックも存在しています。

これらは、自らをクローラであると宣言していたり、あるいはデータセンターのIPであることが既に知られていたりすることから、悪意のある無効なトラフィックとは区別され、一般的な無効なトラフィック(General Invalid Traffic:GIVT)と呼ばれます(なお、悪意のあるものとないものとを含めて、無効なトラフィック全般は「Invalid Traffic:IVT」と呼ばれます。)。

GIVTも広告効果がないという意味では、アドフラウド同様、広告主の立場からは成果として計測されるべきものではありません。

また、アドフラウド排除のための取組みの具体例としては、⼀般社団法⼈デジタル広告品質認証機構(JICDAQ)が2021年5月に制定した「無効トラフィック対策認証基準」が今後の対策の参考になると思います。

ブランドセーフティの確保に関する条項

インターネット広告の品質に関わる問題として、アドフラウドの排除と並んで重要なのが、ブランドセーフティの確保の問題です。

ブランドセーフティは、アドフラウド以上に決まった定義がない概念です。日本インタラクティブ広告協会(JIAA)とJICDAQはブランドセーフティを「広告掲載先の品質確保による広告主ブランドの安全性」と定義(JICDAQ「ブランドセーフティ認証基準」2021年5月)しています。

しかし、一般的には、広告掲載先のウェブメディアにより、広告主のブランド価値が毀損される現象、そのような毀損を回避するための措置やポリシー全般を指して「ブランドセーフティ(の問題)」と呼んでいると思われます。

JIAAは、ブランド毀損リスクのある広告掲載先の例として以下を挙げています。

・法令に違反、または違反するおそれのあるもの。
・犯罪を肯定したり、美化したりするもの。
・性に関する表現が露骨なもの。
・醜悪、残虐な表現で不快感を与えるもの。
・消費者等を騙したり、脅したり、欺もうしたり、惑わせたり、不安にさせたりするもの。
・他者を一方的に攻撃したり、差別したり、嘲笑するようなもの。
・その他、ブランドへの広告主の考え方によっては、リスクとなりうるもの。

JIAAウェブサイト「広告掲載先コントロールによる「ブランドセーフティ」確保に関するJIAAステートメント」2017年12月12日

しかし、そもそもブランド価値が毀損されるか否かはブランド価値と広告掲載先コンテンツとの関係によっても変わりうるため、何がブランドセーフティ上問題であるかの明確な線引きは困難です。

そこで、明らかに違法なウェブサイト(漫画の違法ダウンロードサイト等)や、一般的に有害・不快と捉えられるコンテンツはベンダ側が自主的に広告掲載先から排除することが考えられます。

また、それら以外の、個々の広告主に固有のブランド毀損リスクを伴うケース(例えば、交通事故に関するニュース記事の横に、自動車の広告が掲載される場合と、自動車保険の広告が掲載される場合とでは、媒体とブランド価値との関係性が異なります。)については、広告主側に特定のウェブサイトから広告掲載を取り下げる権利を与えることにより、調整を図ることが考えられます。

また、ブランドセーフティに対するベンダの取組みとしては、広告掲載価値のある質の高いウェブメディアを厳選してネットワーク化し、ブランド毀損リスクが低く、相対的に広告掲載単価の高い広告枠として提供する、いわゆるプライベート・マーケットプレイス(広告掲載媒体と広告主を限定した広告市場)の組成も挙げられます。

終わりに

インターネット広告は、技術的に日々進化し続けるとともに、その市場規模が急速に拡大していることから、以前には予見できなかった問題が顕在化するようになっています。上述したアドフラウドやブランドセーフティの問題は、そうした顕在化した問題の一例といえます。

本記事で論じきれなかった問題として、クッキーその他のターゲティング技術の進展に伴う広告閲覧者(オーディエンス)のプライバシー確保の問題がありますが、そちらは個人情報保護法制との関係で別途、論じられるべき問題かと思います。

また、巨大化するアドテクベンダによる市場支配力の問題は、別途競争法の観点から論じられるべき問題です。政府は、2022年1月現在、2020年に成立・公布された「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」(特定DPF取引透明化法)の対象分野について、最初に指定されたオンラインモール及びアプリストアの分野に加えて、デジタル広告市場を対象に加えることを検討しており(公正取引委員会「デジタル広告分野の取引実態に関する最終報告書」2021年2月17日デジタル市場競争会議「デジタル広告市場の競争評価 最終報告」2021年4月27日)、今後、デジタルプラットフォーム規制の観点からアドテクベンダにルールの透明化を求める動きが強まることが予想されます。

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