権利濫用の禁止とは?
権利濫用法理の概要・裁判例・メリット・
問題点などを分かりやすく解説!
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- この記事のまとめ
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「権利濫用の禁止」とは、濫用的な権利行使を許さないとする、私法の一般条項の一つです。権利濫用が認定されると、債権者・債務者の間で権利行使の効果が否定されます。
このような権利濫用法理は、法律上の権利義務を画一的に適用したのでは不適切な結論となる場合に、妥当な解決を図る目的で用いられます。
事案に応じて結論の具体的妥当性を確保できる点はメリットである反面、どのような場合に適用されるかが不明確であるため、過度に適用すると法律関係が不安定になるおそれがあります。そのため、権利濫用法理は謙抑的に用いるべきというのが通説的な考え方です。この記事では「権利濫用の禁止」について、概要・裁判例・メリット・問題点などを解説します。
※この記事は、2023年5月15日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。
目次
権利濫用の禁止とは
「権利濫用の禁止」とは、濫用的な権利行使を許さないとする、私法の一般条項の一つです。権利濫用が認定されると、債権者・債務者の間で権利行使の効果が否定されます。
権利濫用の禁止=私法の一般条項の一つ
権利濫用の禁止は、民法1条3項に「基本原則」として定められています。
(基本原則)
民法 – e-Gov法令検索 – 電子政府の総合窓口e-Gov イーガブ
第1条
1・2 略
3 権利の濫用は、これを許さない。
契約や不法行為などについて定める条文に比べると、「権利の濫用」の定義も、その具体的な効果も明記されておらず、非常に抽象的な規定です。
抽象的な規定となっているのは、法律概念全般にわたって適用される基本的理念であるためです。このような規定を「(私法の)一般条項」といいます。
具体的にどのような場合が権利の濫用に当たるかについては、権利行使の背景事情などを踏まえた、完全に個別具体的な判断となります。濫用に当たる権利行使は、当事者間において無効であると解されています。
権利の濫用が禁止されている理由
権利の濫用が禁止されている理由は、具体的な事案の公平・妥当な解決を図るためです。
権利義務関係に関する法律のルールは、おおむね当事者間の公平を図ることができるように定められています。しかし、法律の規定が個別の事情を汲み取り切れず、法律をそのまま適用すると、かえって当事者間の公平を害してしまうような結果となる場合もあります。
このような場合には、私法の一般条項である権利濫用の禁止を適用して、社会通念上公平・妥当な解決が図られます。本来は有効であるはずの権利行使を、社会通念・常識・条理といった観点から無効とすることで、結論の妥当性を確保することが権利濫用法理(=権利濫用を禁止するルール)の役割です。
民法上のその他の一般条項
権利濫用の禁止のほか、民法には以下の一般条項が定められています。
① 公共の福祉(民法1条1項)
民法が広く社会公共の利益を図ることを目的とする旨を、冒頭において宣言した規定です。日本国憲法の規定を踏まえたスローガン的な規定で、具体的な法律関係に適用されることはまずありません。
② 信義則(民法1条2項)
権利の行使および義務の履行は、相手方との関係において、信義に従い誠実に行わなければならないとした規定です。「相手方の信頼を裏切るような行動は認めない」という意味で、典型的には「禁反言※」が問題となります。
※禁反言:自分が過去にした行動と矛盾した態度をとってはならないこと
③ 公序良俗(民法90条)
公の秩序(公序)または善良の風俗(良俗)に反する法律行為を無効とする規定です。反社会的な内容の契約を無効とするなどの形で適用されます。
(基本原則)
第1条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 略(公序良俗)
民法 – e-Gov法令検索 – 電子政府の総合窓口e-Gov イーガブ
第90条 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
「権利の濫用」とは
「権利の濫用」とは、形式的には権利の範囲内として認められる行為を、社会通念上許容できない方法ですることをいいます。
そもそも権利の範囲外である行為をする「権利の逸脱」とは異なる点に注意が必要です。
「逸脱」と「濫用」の違い
権利の「逸脱」と「濫用」は、以下のように区別されます。
① 権利の逸脱
何らかの権利を有する人が、当該権利の範囲を超えた行為をすることです。
② 権利の濫用
形式的には権利の範囲内として認められる行為を、社会通念上許容できない方法ですることです。
「逸脱」は権利の範囲外、「濫用」は権利の範囲内であるという違いがあります。どちらも権利行使が無効である点は共通です。
濫用に当たる可能性がある権利行使の例
濫用に当たる可能性がある権利行使としては、以下の例が挙げられます。
・私道の所有者が、他人の通行を妨げるため、私道内にバリケードを設置すること
・亡くなった内縁の夫が所有していた家屋に長年住んでいた内縁の妻に対して、相続人が何の予告もなく、所有権に基づき明渡しを請求すること
など
権利濫用が認定された裁判例
権利濫用が認定され、権利行使が無効であると判示された以下の裁判例を紹介します。
- 権利濫用が認定された裁判例
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① 大審院昭和10年10月5日判決(宇奈月温泉事件)
② 最高裁昭和47年6月27日判決
③ 福岡高裁令和4年3月25日判決
大審院昭和10年10月5日判決(宇奈月温泉事件)
温泉水の引湯管の一部が他人所有の土地の一部(面積は2坪ほど)の上を通っていたところ、その土地を買い取った原告が、温泉を運営する被告に対して引湯管の撤去を請求した事案です。
黒部渓谷の宇奈月温泉が舞台となったことから「宇奈月温泉事件」と呼ばれており、権利濫用法理に関するリーディングケースとして位置づけられています。
大審院は以下の各点を理由に挙げ、原告の所有権に基づく妨害排除請求を権利濫用として排斥しました。
- 引湯管は温泉にとって不可欠な設備であり、撤去には莫大な費用がかかるため、被告にとって負担が大きすぎること
- 引湯管が通っている土地は、原告にとって利用価値がなく、重要な部分ではないこと
- 原告は、被告が引湯管について利用権を得ていないことに着目して、法外な値段で被告に買い取らせようとして土地を購入したこと
本判決は、原告と被告の利害を比較衡量するとともに、原告による権利行使の意図にも着目して、権利濫用の有無を判断した点が注目されます。
最高裁昭和47年6月27日判決
被告による建物2階部分の増築により、住宅の日照・通風が違法に妨害されたとして、原告が被告に対し不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です(判決文はこちら)。
最高裁は、居宅の日照・通風が快適で健康な生活に必要な生活利益であり、権利の濫用にわたる行為によって日照・通風が妨害された場合には、不法行為に基づく損害賠償請求を認めるのが相当であると指摘しました。
そして、権利者の行為が社会的妥当性を欠き、これによって生じた損害が社会生活上一般的に被害者において忍容すべき程度を超えた場合には、権利の濫用として不法行為責任が生じるとしました。これは「受忍限度論」と呼ばれるもので、日照権等の侵害が問題となる事案ではスタンダードな考え方となっています。
上記の規範を前提として、最高裁は以下の各点を指摘し、被告による増築行為が権利の濫用にわたるものとして違法であると判示しました。
- 増築行為が建築基準法に違反しており、東京都知事から工事施行停止命令や違反建築物の除却命令が発せられたにもかかわらず、これらを無視して建築工事が強行されたこと
- 増築部分により、原告居住の家屋や庭への日照が著しく遮られ、日中ほとんど日光が差さなくなり、さらに南方からの通風も悪くなったこと
- 原告は、住宅地域にありながら日照や通風を大幅に奪われて不快な生活を余儀なくされ、最終的には転居を強いられたこと
本判決は、権利濫用法理を用いて結論を示した点に加えて、日照権侵害の基準を示した点でも重要判例として位置づけられています。
福岡高裁令和4年3月25日判決
諫早湾干拓に関する堤防排水門の開門につき、国の開門義務を認めた確定判決の強制執行を排除するため、国が原告として提起した請求異議訴訟の差戻し控訴審です(判決文はこちら)。
福岡高裁は、確定判決が暫定的・仮定的な利益衡量を前提としていることを指摘しつつ、開門義務の強制執行の可否については、確定判決に係る訴訟の基準時(口頭弁論終結時)後の事情の変動を踏まえて、改めて利益衡量を行った上で決すべきとしました。
その上で福岡高裁は、確定判決で認容された排水門の常時開放請求については、防災上やむを得ない場合を除き、それを認めるに足りる程度の違法性はないと判示し、強制執行は権利濫用(または信義則)に照らして許されないと判示しました。
本判決は、令和5年3月1日付の最高裁の上告棄却決定によって確定しています。
権利濫用を根拠として、確定した認容判決の強制執行を否定した点で異例の判決であり、国の対応・判決内容ともに各方面から批判を集めているところです。同判決の確定については、農林水産大臣が談話を発表しています。
権利濫用法理のメリットと問題点
権利濫用法理を適用すると、結論の具体的妥当性を図ることができるメリットがあります。その一方で、法律・契約上の具体的なルールを変更するものであるため、乱発的に適用すると取引の安全を害する可能性がある点に注意が必要です。
権利濫用法理のメリット
法律や契約のルールは、その内容のとおりに適用するのが原則です。
しかし、制定・締結の時点で将来発生し得るトラブルのすべてを予測できるわけではなく、実際に発生するトラブルの内容は千差万別です。そのため、法律や契約のルールを画一的に適用したのでは、社会通念上到底納得できないような結論になることもあります。
たとえば前述の宇奈月温泉事件判決では、温泉の運営会社は、引湯管が敷設されていた部分の敷地利用権等を得ていませんでした。
そのため本来であれば、引湯管を撤去するか、そうでなければ所有者に高額の金銭を支払い、土地を買い取らなければならないところでした。
土地所有者は、上記のような事情を見越して、温泉の運営会社を半ば脅すような形で高額の金銭を得ようとする意図を有していました。このような土地所有者に対して、温泉の運営会社を犠牲に高額の利益を得させることは、社会通念上許容し難いところでしょう。
しかし、権利濫用法理が適用されたことにより、所有権を画一的に適用した場合に想定される上記の結論は修正され、温泉の運営会社を守る形で妥当な解決が図られました。
このように、必ずしも法律・契約が想定しない事態が発生した場合には、権利濫用法理を適用することで、紛争解決の具体的妥当性を柔軟に確保できる可能性があります。
権利濫用法理の問題点
しかしながら、権利濫用の禁止を定めた民法の条文は非常に抽象的であり、どのような場合に適用されるのかが不明確と言わざるを得ません。取引などの当事者にとっては、権利濫用法理が乱発的に適用されると予測可能性が害され、健全な取引などが阻害されてしまうおそれがあります。
そのため、原則的には法律・契約のルールをそのまま適用すべきで、権利濫用法理は特段の事情がある場合に限って謙抑的に用いるべきと解されています。このような考え方を踏まえて、実際に権利濫用が認定されるケースが全体数に占める割合はごくわずかです。
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