人的資本開示とは?
義務化の理由・指針の7分野19項目・
開示方法・注意点などを分かりやすく解説!

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この記事のまとめ

人的資本開示」とは、従業員などの情報を投資家などのステークホルダーに対して開示することをいいます。
ESG投資への関心の高まりや、無形資産の中核要素である人的資本の重要性などに鑑み、2023年3月期決算以降、上場会社に人的資本開示が義務化されました。

上場会社の人的資本開示は、有価証券報告書に記載する方法で行います。内閣官房の研究会が公表した「人的資本可視化指針」では、7分野19項目に関する開示が推奨されています。

上場会社が人的資本開示を行うに当たっては、取締役・経営層が密な議論を行い、自ら明瞭かつロジカルに説明することが大切です。
また、人的資本への投資と競争力のつながりを明確化すること、ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標の4つの要素に沿った開示を行うこと、独自性と比較可能性のバランスを意識することなども重要になります。

この記事では人的資本開示について、上場会社に開示が義務化された理由・開示方法・開示に当たっての注意点などを解説します。

ヒー

わが社の人的資本開示について、株主やステークホルダーに向けてどう記載するか議論になっています。決まった項目などはあるのでしょうか?

ムートン

参考にすべき指針などが示されているので確認しましょう。その上で何を開示していくかは会社ごとに異なります。2023年にスタートした人的資本開示について解説します!

※この記事は、2024年6月17日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

※この記事では、法令名を次のように記載しています。

  • 開示府令…企業内容等の開示に関する内閣府令

人的資本開示とは

人的資本開示」とは、従業員などの情報を投資家などのステークホルダーに対して開示することをいいます。

人的資本とは

人的資本」とは、企業の構成員(従業員)、および構成員が持つ資質や能力などの総称です。

資本」とは、企業が事業活動を通じて付加価値を生み出す源泉となるものを意味します。
お金をはじめとする資産が資本の代表例ですが、従業員などの構成員も、企業が付加価値を生み出すために必要不可欠な「資本」といえます。

【2023年3月期決算以降】上場会社の人的資本開示が義務化

2023年3月期決算以降、上場会社に提出が義務付けられている有価証券報告書において、人的資本に関する情報開示を行うことが義務付けられました

上場会社は、人材育成および社内環境整備の方針、ならびに各方針に関する達成目標および実績を開示する必要があります。

上場会社に人的資本開示が義務付けられた理由

上場会社に人的資本開示が義務付けられたのは、主に以下の理由によります。

① ESG投資への関心の高まり
② 「無形資産」の中核要素である人的資本の重要性
③ 国際標準を意識した法整備|ISO30414の指標

ESG投資への関心の高まり

ESG投資」とは、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)に関する企業の取り組みに着目した投資をいいます。

近年では、投資家の間でESG投資を志向する動きが見られ、「ESG」に関する情報開示の要請が高まっています。
人的資本は主に「社会(Social)」に関係する重要な要素であるため、ESG投資の活況を踏まえて上場会社に情報開示が義務付けられました。

「無形資産」の中核要素である人的資本の重要性

内閣府に設置された非財務情報可視化研究会が公表している「人的資本可視化指針」では、人的資本への投資が「無形資産」の中核要素であることが指摘されています。

参考:非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針」

無形資産」とは物理的形状を持たない資産のことで、お金・不動産・設備などの有形資産と対比されます。
例えば知的財産権、従業員の技術・能力・経験、企業文化、および経営管理プロセスなどが無形資産に当たります。

情報テクノロジーの発展などを背景に、近年では企業の競争優位の源泉や企業価値向上の推進力は、その多くの割合が無形資産に由来すると考えられます。
従業員などの人的資本は、無形資産の中でも非常に重要な役割と貢献度を占めているため、新たに上場企業における情報開示の対象とされました。

国際標準を意識した法整備|ISO30414の指標

国際標準化機構(ISO)は、2018年12月にISO規格である「ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)」を公表しました。

ISO30414は、企業内外のステークホルダーに対する人的資本に関する報告のための指針です。
企業価値における人的資本の重要性がいっそう高まる状況において、人的資本に関する網羅的・体系的な情報開示のガイドラインとして策定されました。

日本においては、2021年6月に改訂版コーポレートガバナンスコードによって、人的資本に関する開示の補充原則が示されました。それに引き続いて、2023年3月期以降は有価証券報告書において人的資本開示を義務付け、国際的な潮流に沿った法整備を行った格好です。

上場会社による人的資本開示の方法

上場会社による人的資本開示は、有価証券報告書に開示内容を記載した上で、EDINETを通じて公衆縦覧に供する方法により行います。

有価証券報告書への記載・公衆縦覧による開示

有価証券報告書」とは、上場有価証券(上場株式など)の発行会社が、企業情報や経営情報などを投資家向けに開示するための書類です。上場会社には、事業年度ごとに有価証券報告書の提出・開示が義務付けられています(金融商品取引法24条1項)。

有価証券報告書は、「EDINET」を通じて5年間公衆縦覧の対象となります。
公衆縦覧」とは、社会一般の人々が誰でも自由に見ることができる状態にすることです。EDINETにアクセスすれば、過去5年間まで遡り、上場企業の有価証券報告書を誰でも確認できます。

2023年3月期以降は、有価証券報告書において人的資本に関する情報開示が義務付けられたので、EDINETを通じてその情報を確認できるようになりました。

人的資本開示の様式・記載要領

有価証券報告書は、開示府令に定められた様式に従って提出することが求められています(開示府令9条の3第2項など)。

上場会社の有価証券報告書は、基本的に開示府令の「第三号様式」に従って作成します。
第三号様式には「サステナビリティに関する考え方及び取組」の項目があり、その中で以下の要領による記載を行うことが求められています(第三号様式記載上の注意(10-2)、第二号様式記載上の注意(30-2)c)。

(a) 人材の多様性の確保を含む人材の育成に関する方針及び社内環境整備に関する方針(例えば、人材の採用及び維持並びに従業員の安全及び健康に関する方針等)を戦略において記載すること。

(b) (a)で記載した方針に関する指標の内容並びに当該指標を用いた目標及び実績を指標及び目標において記載すること。

参考:e-gov法令検索「企業内容等の開示に関する内閣府令」第三号様式

人的資本開示が求められる7分野19項目

内閣府に設置された非財務情報可視化研究会が公表している「人的資本可視化指針」では、人的資本開示を推奨する項目として、以下の7分野に分けて19項目を挙げています
これらの項目は法令上開示が義務付けられているものではありませんが、人的資本の状況に関する透明性を確保するため、できる限り開示することが求められます。

指針に示された7分野

分野1|育成
分野2|従業員エンゲージメント
分野3|流動性
分野4|ダイバーシティ
分野5|健康・安全
分野6|労働慣行
分野7|コンプライアンス/倫理

分野1|育成

従業員などの育成に関して、以下の3つの項目につき情報開示が求められます。

分野1|育成に関する開示項目

① リーダーシップ
② 育成
③ スキル/経験

育成に関する具体的な開示事項としては、以下の例が挙げられます。

【育成に関する開示事項の例】
・研修時間
・研修費用
・パフォーマンスとキャリア開発につき定期的なレビューを受けている従業員の割合
・研修参加率
・複数分野の研修受講率
・リーダーシップの育成
・研修と人材開発の効果
・人材確保・定着の取組の説明
・スキル向上プログラムの種類・対象等

分野2|従業員エンゲージメント

従業員エンゲージメント」とは、従業員が企業理念に共感して自発的に会社へ貢献しようとする意欲を意味し、人的資本に関する開示事項の一つとされています。

分野2|従業員エンゲージメントに関する開示項目

④ 従業員エンゲージメント

分野3|流動性

流動性」とは、従業員などの人材の入れ替わりを意味します。

流動性に関しては、以下の3項目につき情報開示が求められます。

分野3|流動性に関する開示項目

⑤ 採用
⑥ 維持
⑦ サクセッション(後継者育成)

流動性に関する具体的な開示事項としては、以下の例が挙げられます。

【流動性に関する開示事項の例】
・離職率
・定着率
・新規雇用の総数・比率
・離職の総数
・採用・離職コスト
・人材確保・定着の取組の説明
・移行支援プログラム・キャリア終了マネジメント
・後継者有効率
・後継者カバー率
・後継者準備率
・求人ポジションの採用充足に必要な期間

分野4|ダイバーシティ

ダイバーシティ」とは、従業員などの人材の多様性を意味します。

ダイバーシティに関しては、以下の3項目につき情報開示が求められます。

分野4|ダイバーシティに関する開示項目

⑧ ダイバーシティ
⑨ 非差別
⑩ 育児休業

ダイバーシティに関する具体的な開示事項としては、以下の例が挙げられます。

【ダイバーシティに関する開示事項の例】
・属性別の従業員・経営層の比率
・男女間の給与の差
・正社員・非正規社員等の福利厚生の差
・最高報酬額支給者が受け取る年間報酬額のシェア等
・育児休業等の後の復職率・定着率
・男女別家族関連休業取得従業員比率
・男女別育児休業取得従業員数
・男女間賃金格差を是正するために事業者が講じた措置

分野5|健康・安全

従業員などの健康および安全に関して、以下の3つの項目につき情報開示が求められます。

分野5|健康・安全に関する開示項目

⑪ 精神的健康
⑫ 身体的健康
⑬ 安全

健康・安全に関する具体的な開示事項としては、以下の例が挙げられます。

【健康・安全に関する開示事項の例】
・労働災害の発生件数・割合、死亡数等
・医療・ヘルスケアサービスの利用促進、その適用範囲の説明
・安全衛生マネジメントシステム等の導入の有無、対象となる従業員に関する説明
・健康・安全関連取組等の説明
・(労働災害関連の)死亡率
・ニアミス発生率
・労働災害による損失時間
・(安全衛生に関する)研修を受講した従業員の割合
・業務上のインシデントが組織に与えた金銭的影響額
・労働関連の危険性(ハザード)に関する説明

分野6・7|労働慣行・コンプライアンス/倫理

従業員の労働慣行に関して以下の⑭~⑱の5項目、さらにコンプライアンス/倫理に関する情報開示が求められます。

分野6|労働慣行に関する開示項目

⑭ 労働慣行
⑮ 児童労働/強制労働
⑯ 賃金の公正性
⑰ 福利厚生
⑱ 組合との関係

分野7|コンプライアンス/倫理に関する開示項目

⑲ コンプライアンス/倫理

労働慣行およびコンプライアンス/倫理に関する具体的な開示事項としては、以下の例が挙げられます。

【労働慣行・コンプライアンス/倫理に関する開示事項の例】
・人権レビュー等の対象となった事業(所)の総数・割合
・深刻な人権問題の件数
・差別事例の件数・対応措置
・団体労働協約の対象となる従業員の割合
・業務停止件数
・コンプライアンスや人権等の研修を受けた従業員割合
・苦情の件数
・児童労働・強制労働に関する説明
・結社の自由や団体交渉の権利等に関する説明
・懲戒処分の件数と種類
・サプライチェーンにおける社会的リスク等の説明

人的資本開示を行う際のポイント

上場会社が人的資本開示を行う際には、以下の各点に留意して開示内容を検討することが大切です。

① 取締役・経営層が密な議論を行い、自ら明瞭かつロジカルに説明する
② 4つの要素に沿った開示を行う
③ 独自性と比較可能性のバランスを意識した開示を行う

取締役・経営層が密な議論を行い、自ら明瞭かつロジカルに説明する

上場企業の経営トップは、人材戦略および可視化に対してコミットし、自ら積極的に発信・対話することが求められます。
なぜ人的資本への投資が重要なのか、どのような人材戦略の構築が長期的な企業価値向上につながるのかなどについて、自分自身の言葉で明瞭かつロジカルに説明することが大切です。

4つの要素に沿った開示を行う

人的資本開示を行うに当たっては、以下の4つの要素を意識して開示内容を検討することが大切です。

(a) ガバナンス
従業員に関する管理や評価の仕組み・管理の責任者、報告体制などを明瞭に説明することが求められます。

(b) 戦略
従業員をどのように会社へ貢献させるのかにつき、ビジネスモデルに関連付けた戦略を説明することが求められます。

(c) リスク管理
従業員に関するリスク(離職・紛争など)を特定・評価するシステムやプロセス、リスクを軽減するための方法などについて説明することが求められます。

(d) 指標と目標
従業員に関する達成目標(満足度・進歩など)や、目標の達成度を測るための指標について説明することが求められます。

独自性と比較可能性のバランスを意識した開示を行う

上場会社による企業情報の開示は、自社固有のビジネスモデルや競争優位の源泉に関して説明することを目的とする一方で、企業間比較の材料となる側面もあります。

そのため、人的資本開示においては「独自性のある開示事項」と「比較可能性のある開示事項」を適切に組み合わせ、両者のバランスを確保することが大切です。

(a) 独自性のある開示事項
研修やスキル向上のためのプログラムなど、各社のビジネスモデルや求める人材像などに応じて内容が異なる事項

(b) 比較可能性のある開示事項
人的資本への投資額・研修時間といった定量情報など、企業比較分析に役立つ情報

ムートン

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参考文献

非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針」