【最決令和4年2月25日】
証券会社従業員によるインサイダー情報の取得が
「その者の職務に関し知ったとき」
に当たるとされた事例

おすすめ資料を無料でダウンロードできます
インサイダー取引防止に関する研修資料をダウンロードする
この記事のまとめ

最高裁判所令和4年2月25日決定の事案では、公開買付けの担当部署に所属する証券会社の従業員によるインサイダー情報の伝達が問題になりました。

従業員は、自席にいる時に同僚と上司の通話を聞いて情報を得た後、自分でも共有フォルダや有価証券報告書を確認するなどして、公開買付けの対象となる会社を知りました。
インサイダー情報を知るまでの過程に、本人の職務とは直接関係がない事情が含まれているのが特徴的ですが、結論として最高裁は、従業員がインサイダー情報を「職務に関し」知ったものであると認定し、有罪判決を言い渡しました。

本決定は個別の事例に対する判断を示したものに過ぎませんが、インサイダー取引規制や情報伝達規制の一般的な要件について最高裁が判断を示したものとして注目されます。

裁判例情報
最高裁令和4年2月25日決定(刑集76巻2号139頁)

※この記事は、2025年4月30日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

事案の概要

本件は、公開買付けを担当する部署に所属する証券会社の従業員が、株式公開買付けの実施に関する事実を知人に伝えた行為につき、金融商品取引法で禁止されているインサイダー情報の伝達禁止に違反するかどうかが争われた刑事事件です。

証券会社であるA社の従業員Xは、公開買付けを担当する部署に所属していました。Xはある日、同じ部屋に勤務する同僚のBが、担当中の案件について上司と電話で話しているのを聞きました。
通話において具体的な社名は伏せられており、特定されないように「Infinity」というコードネームで呼ばれていました。

Xの所属部署では、上司が部下の繁忙状況を把握できるように、担当案件の概要を記載した一覧表が作成され、共有フォルダ内に保存されていました。共有フォルダは、同部署の従業員であればアクセスすることができました。
Xは共有フォルダ内の担当案件一覧表を確認したところ、Bが担当しているInfinity案件は、親会社が上場子会社の株式公開買付けを行い、完全子会社化するという内容であることを知りました。

この時点でまだXは、どの会社の株式が公開買付けの対象になるのかを知っていたわけではありませんでした。
しかしその後、Xが再びBと上司の通話を聞いた際、Bが不注意でC社の社名を口にしたため、XはInfinity案件の公開買付者がC社であると知るに至りました

XはC社の有価証券報告書を閲覧したところ、上場子会社はD社のみであると記載されていたため、公開買付け対象となるのがD社の株式であることを知りました。

Xは、株式を買わせて利益を得させる目的で、上記の過程で知った公開買付けの実施に関する事実を、公表前の段階で知人のEに伝えました。EはXから聞いた情報を基に、当該事実の公表前にD社株式合計5326万8100円分を買い付けました。

本件の争点

本件では、XがD社株式の公開買付けの実施に関する事実を「職務に関し知った」と言えるかどうかが問題になりました。

金融商品取引法では、公開買付けに関与する会社やその内部者など(=公開買付等関係者)に対して、当該公開買付けの実施に関する事実が公表される前に、その事実に基づいて株式などを売買することを禁止しています(同法167条1項)。これは「インサイダー取引規制」と呼ばれるものです。

また公開買付等関係者は、他人に利益を得させ、または他人の損失の発生を回避させる目的で、未公表の公開買付けの実施に関する事実を伝達し、または対象株式の売買を勧めてはなりません(同法167条の2第2項)。これは「情報伝達規制」と呼ばれるものです。

インサイダー取引規制と情報伝達規制は、いずれも抜け駆け的な取引を禁止し、市場の公正を確保する目的で定められています。

未公表の公開買付けの実施に関する事実(インサイダー情報)を知っていたからといって、全ての人がインサイダー取引規制や情報伝達規制の対象になるわけではありません。
本件のように、証券会社の従業員の場合は、当該事実を「その者の職務に関し知ったとき」に限り、インサイダー取引規制と情報伝達規制が適用されます。

本件では、Xは同僚であるBの通話から得た断片的な情報を基に、自ら調査を行って公開買付けの対象となる会社名(D社)を把握しました。このような事実関係の下でも、Xは公開買付けの実施に関する事実を「職務に関し知った」と言えるかどうかが争われました。

なお、第一審・控訴審ともに、Xは公開買付けの実施に関する事実を「職務に関し知った」と認定し、Xに対して有罪判決を言い渡しています。

判決の要旨

Xは、有罪判決を言い渡した控訴審判決につき、公開買付けの実施に関する事実の一部を職務に関し知った場合にもインサイダー取引規制や情報伝達規制を適用できると解したものであり、このような解釈をとれば処罰範囲が不明確になると批判しました。

しかし最高裁は、本件の事実関係の下では、XはD社株式の公開買付けの実施に関する事実を自らの職務に関し知ったことは明らかであると判示し、控訴審の有罪判決を支持しました。

F部に所属するA社の従業者であったXは、その立場の者がアクセスできる本件一覧表に社名が特定されないように記入された情報と、F部の担当業務に関するBの不注意による発言を組み合わせることにより、C社の業務執行を決定する機関がその上場子会社の株券の公開買付けを行うことについての決定をしたことまで知った上、C社の有価証券報告書を閲覧して上記子会社はD社であると特定し、本件公開買付けの実施に関する事実を知るに至ったものである。このような事実関係の下では、自らの調査により上記子会社を特定したとしても、証券市場の公正性、健全性に対する一般投資家の信頼を確保するという金融商品取引法の目的に照らし、Xにおいて本件公開買付けの実施に関する事実を知ったことが同法167条1項6号にいう「その者の職務に関し知つたとき」に当たるのは明らかである。

引用元|最高裁判所令和4年2月25日決定(刑集76巻2号139頁)

判断のポイント

公開買付けの実施に関する事実が「職務に関し」知ったものであるかどうかの判断基準については、学説によって見解が分かれていますが、職務行為自体によって知った場合に限定されないという点はどの学説も共通しています。

職務行為自体によって公開買付けの実施に関する事実を知った場合は、「職務に関し」知ったものであると認定することに大きな問題はありません。
他方で本件のように、同僚が不注意で口走ったのをたまたま聞いていた、アクセスできる資料を個人的に調査したなど、職務とは直接関係がない経緯が含まれている場合は、「職務に関し」知ったとは言えないと認定する方向に作用すると考えられます。

本件では、Xは自席にいる際に同僚の話から情報を得ており、その経緯は職務から大きく外れていません。最高裁はこの点に着目して、Xが公開買付けの実施に関する事実を「職務に関し」知ったと認定したものと考えられます。

判決が実務に及ぼす影響

本最高裁決定は、あくまでも個別の事例に対する判断を示したものに過ぎませんが、インサイダー取引規制や情報伝達規制の一般的な要件である「その者の職務に関し知ったとき」について判断を示した点で注目されます。

本件では、Xは自席にいた時に同部署の従業員から情報を得ていますが、状況が異なれば裁判所の判断も変わる可能性があります。
例えば自席以外の場所で情報を得た場合や、別部署の従業員から情報を得た場合などに本件と同様の結論となるかどうかは、今後の検討や裁判例の集積が待たれるところです。

ムートン

最新の記事に関する情報は、契約ウォッチのメルマガで配信しています。ぜひ、メルマガにご登録ください!

おすすめ資料を無料でダウンロードできます
インサイダー取引防止に関する研修資料をダウンロードする