【東京高判令和4年5月31日】
複数の女性職員に対して
セクハラ行為をした管理職の解雇が
有効と判断された事例
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- この記事のまとめ
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東京高等裁判所令和4年5月31日判決では、医療法人Y会に管理職として勤務していた元従業員Xが、複数の女性事務職員に対するセクハラ行為を理由に解雇された事案が問題になりました。
東京高裁は解雇を有効と判断し、Xの従業員としての地位確認請求や未払賃金請求などをいずれも棄却しました。
その理由として東京高裁は、セクハラ行為の常習性・悪質性に加えて、医療法人側による注意・指導が行われたことや、配置転換等の解雇を回避する措置を講じることが困難だったことなどを挙げています。本判決は具体的な事案に即した判断を行ったものであり、その判断枠組みがすべての事案に適用できるわけではありません。
しかし、企業が従業員を解雇する際には非違行為の証拠の確保が重要になること、配置転換等の代替措置の可能性を十分に考慮すべきことなどが示唆されている点は参考になります。
裁判例情報 東京高裁令和4年5月31日判決(労働判例1311号59頁) |
※この記事は、2025年6月25日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。
目次
事案の概要
本件は、医療法人Y会に管理職として勤務していた元従業員Xが、セクハラ行為を理由として解雇された事案です。Xは解雇が無効であると主張し、従業員としての地位の確認や、未払賃金および賞与の支払いなどを求めて訴訟を提起しました。
Xが解雇された理由は、複数の女性事務職員に対してセクハラ行為をしたというものです。管理職の立場にありながら、平成23年にセクハラに当たる言動をし、常勤事務職員の全員が退職するという事態を招いたことや、その後注意・指導を受けたにもかかわらず、改善することなくセクハラ行為を繰り返したことなどが指摘されました。
原審の横浜地裁は、Xのセクハラ行為が常態化しており、職場環境を著しく害するものであったことを理由に、解雇を有効と判断しました。
Xは以下の事情などを主張し、原審の判断を不服として東京高裁に控訴を提起しました。
- 自身のセクハラ行為に対して、Y会が指導を行った事実はない。
- 仮にセクハラ行為が認められるとしても、性的羞恥心を著しく害し、あるいは職場環境を害するものとはいえない。
- 厳しく再発防止を命じた上で、勤務を継続させることは十分に可能であった。
判決の要旨
東京高裁は原審の判断を是認し、解雇を有効と判断してXの請求をいずれも棄却しました。
控訴審においてXが新たに主張した内容につき、東京高裁は以下のとおり判示していずれも退けました。
医療法人がセクハラに関する注意・指導を行ったかどうか
Xは、自身のセクハラ行為に対して、Y会が指導を行った事実はないと主張しました。
これに対してY会は、Xに対して平成30年10月にヒアリングを行った際の録音とその反訳文を、東京高裁に提出しました。同録音には、平成23年と平成30年に起きたとされるセクハラに関する言及が記録されていました。
東京高裁は、録音の内容や録音がなされた状況などから、Y会代表者がXに対してセクハラ行為に関する注意・指導を行ったものと認定し、Xの主張を退けました。
セクハラ行為が職場環境を著しく害するものであったかどうか
Xは、仮にセクハラ行為が認められるとしても、性的羞恥心を著しく害し、あるいは職場環境を害するものとはいえないと主張しました。
しかし東京高裁は、女性職員ら6名がY会代表者に対してセクハラ行為を申告し、泣きながらその説明をしたり、退職を検討していると述べたりしたことを指摘しました。
東京高裁は上記の事情を考慮し、Xのセクハラ行為は常態化しており、職場の就業環境を著しく害するものであったと認定して、Xの主張を退けました。
解雇を避けて勤務を続けさせることは可能だったかどうか
Xは、Y会が自身に対してセクハラの再発防止を厳しく命じた上で、勤務を継続させることは十分に可能であったと主張しました。
しかし、東京高裁は以下の理由を挙げてXの主張を退け、解雇は合理的な理由があり社会通念上相当であるため有効と判示しました。
① 以下の事情になどに照らすと、Xの言動について改善を期待することは困難だった。
・Y会が指導を行ったにもかかわらず、Xのセクハラ行為は改善されずに常態化した。
・Xは加害の自覚に欠ける弁明を繰り返していた。
② 以下の事情などを考慮すると、配置転換等により解雇を回避する措置を講ずることも困難だった。
・Xは理事長および事務長に次ぐ管理職の立場にあり、その他の職員は医師、看護師および管理栄養士だった。
・Y会の各診療所の常勤事務職員は、全員が女性だった(Xは男性)。
判断のポイント
本判決では、複数の事情を総合的に考慮したうえで、医療法人の管理職であったXの解雇を有効と判示しました。
特に、Xに対するヒアリングの録音データや被害者の証言がきちんと機能したことや、配置転換等の可能性について具体的な検討がなされたことなどが注目されます。
録音データや被害者の証言
Xのセクハラ行為は、長期間にわたって常態化していたことが認定されました。その認定に当たっては、複数の女性事務職員が深刻な態度で被害を訴えたことが重視されています。
Y会がXに対して注意・指導を行ったかどうかも争点となりましたが、裁判所はY会が提出した録音の内容や状況などを考慮し、セクハラ行為に関する注意・指導がなされたことを認定しました。
指導を受けたにもかかわらずセクハラ行為を改善しようとしなかったことは、解雇を有効とする判断に大きく寄与しました。Y会側が提出した客観的証拠(録音)や、複数の被害者による証言がきちんと機能した好例といえます。
配置転換等の可能性|本人の立場や他の職員の状況
本件では、解雇を回避する可能性があったかどうかも争点の一つとなりました。
代替手段を講じることができるかどうかは、解雇の客観的合理性や社会的相当性の有無を判断するに当たって重要な要素の一つです。特に、配置転換によって勤務を続けさせることができた場合には、解雇を無効と判断する傾向が強くなります。
結論として最高裁は、配置転換等の解雇を回避する措置を講じることは困難だった旨を認定しました。その理由として最高裁は、Xの立場(理事長および事務長に次ぐ管理職)やその他の職員の状況などを挙げています。
一般的に、地位の低い従業員に比べて、地位の高い従業員の配置転換はポストが限られるため困難となる傾向にあります。
Xを理事長や事務長に昇格させることは(セクハラ行為をしたことを踏まえると)考えられませんが、それ以外の職員も資格職(医師・看護師・管理栄養士)や女性事務職員に限られていました。このような状況を踏まえて、Xの配置転換に適したポストはなかったと判断されました。
判決が実務に及ぼす影響
本判決は、セクハラ行為を理由とする解雇の有効性について、事案に即した判断を行ったものです。
本判決の判断枠組みがあらゆる事案に適用できるわけではありませんが、以下のような示唆を得られる点で参考になると思われます。
- セクハラ行為などの非違行為を理由に解雇する際には、その行為に関する証拠や証言を十分に確保することが重要である。
- 解雇を回避するための配置転換ができるかどうかは、本人が配置転換先の部署やポストにフィットするかどうか(職責や性別など)の観点も踏まえて判断する。
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