【東京地判令和5年6月9日】
管理職から非管理職への降格に伴う
基本給の減額が無効とされた事例

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この記事のまとめ

東京地方裁判所令和5年6月9日判決では、外資系企業の日本法人であるY社の従業員Xが管理職から非管理職に降格させられ、それに伴い基本給を減額された事案が問題になりました。

東京地裁は、降格に伴う基本給の減額を無効と判断し、Y社に対して未払賃金の支払いなどを命じました。その理由として東京地裁は、Y社が定めた社内資料が就業規則労働契約の一部とは認められないことなどを挙げています。

各企業においては、賃金などの重要な労働条件を変更する処分については、労働基準監督署に届け出ている就業規則に明記するなどの対応が求められます。

裁判例情報
東京地裁令和5年6月9日判決(労働判例1306号42頁)

※この記事は、2025年6月25日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

事案の概要

パソコンやプリンターの製造販売などを行う外資系企業の日本法人であるY社が、従業員Xを管理職から非管理職に降格させたうえで、基本給を減額した事案です。Xは基本給の減額が無効であると主張して、減額分相当の未払賃金などの支払いを請求する訴訟を提起しました。

Y社は管理職であったXに対し、職務レベルを「Specialist(非管理職)」に変更する旨と、それに伴って以下のとおり給与を変更する旨を通知しました。
基本給が半分程度に減って収入の安定性が低下するとともに、想定年収も100万円程度減少しているため、Xにとって不利益な変更といえます。

(変更前)(変更後)
基本給(月額)85万0680円43万7493円
みなし手当(月額)10万9373円
固定賞与(年額)262万4958円
想定年収1020万8160円918万7353円

Y社は、就業規則やその一部である「管理職の降給に関する規程」(以下「降給規程」といいます。)において降格やそれに伴う降給の定めがあること、およびその内容がイントラネット上の資料やメール、説明会などによって従業員に周知されていることを理由に、従業員の降格・降給に関する定めが労働契約の内容となっている旨を主張しました。

そのうえでY社は、Xに対する降格処分について、管理職としてのパフォーマンスが低く改善も見られないことを理由に、業務上の必要性があったため有効であると主張しました。

これに対してXは、従業員の同意なく労働条件の不利益変更を行うためには、少なくとも降給基準・降給後の金額・降給額の限界等の定めが必要であるところ、Y社の社内規程にはこれらの定めが全くないことを指摘しました。

また、Y社の社内資料は労働基準監督署に届け出られておらず、就業規則に該当しないため、労働契約の内容になっていないことを主張しました。

判決の要旨

東京地裁は、会社が賃金を労働者にとって不利益に変更するには、会社と労働者との合意、または就業規則等の明確な根拠に基づくことが必要であると指摘しました。

そのうえで、社内資料が就業規則の一部または降給規程の細則であるとは認められないことや、従業員への周知等によって労働契約の内容にはなっていないことを理由に、Xの降給に伴う賃金の減額は無効であると判示しました。
降給が無効であることを踏まえ、東京地裁はY社に対し、減額分に相当する未払賃金等の支払いを命じました。

社内資料は、就業規則の一部または降給規程の細則とは認められない

Y社の降給規程では、職務等の変更に伴い降給があり得る旨が記載されていましたが、職務または職務レベルの具体的内容や、給与レンジの額、職務の異動の基準は、降給規程や就業規則の一部である社員給与規程において全く定められていませんでした。

Y社のイントラネット上に掲載された社内資料では、職務等の変更に伴う降給額の計算方法などが記載されていました。
しかし、東京地裁は以下の理由を挙げ、社内資料が就業規則の一部または降給規程の細則であるとは認められないと判示しました。

  • 社員給与規程と降給規程には、社内資料への委任規定がない。
  • 社内資料は、管理職と一般社員の間、営業職と非営業職の間で職務が変更された場合の給与の変更について定めるものであり、降給規程の適用に関する基準を定めたものではない。
  • 社内資料の記載された変換式は、変更前の基本給に応じた単一の解を示すものであって、給与レンジ内で新給与を決定するとの降給規程の定めとは必ずしも整合しない。
  • Y社も、社内資料は人事制度を従業員向けに分かりやすく整理した資料だと説明している。
  • 社内資料は、Y社の就業規則として所轄の労働基準監督署に届け出られていない。

社内資料は、労働契約の内容になっていない

Y社は、職務等の変更に伴う降給額の計算方法などを記載した社内資料が、労働契約の内容となっている旨を主張しました。その理由としてY社は、社内資料の内容を従業員に周知したことや、社内資料について従業員や労働組合から指摘を受けたことがなかったことを挙げました。

しかし東京地裁は、職務や職務レベルの変更に伴う具体的な賃金の増減や、残業代としてのみなし手当の支払の有無を定めていることを踏まえて、社内資料が従業員に与える影響は大きいものであることを指摘しました。
そのうえで東京地裁は、Y社が社内資料の内容を従業員に周知し、従業員や労働組合から指摘を受けたことがなかったとしても、社内資料の内容を労働契約の内容とする旨の合意が、Y社とXの間にされていたとは認められないと判示しました。

判断のポイント

本判決の事案において、Y社は職務等の変更に伴う降給額の計算方法を社内資料に記載し、イントラネット等によって従業員に周知していました。
従業員や労働組合から特段の指摘もなかった状況において、このような方法で従業員に周知した降給規定を、実際の降給処分に適用できるかどうかが争われました。

東京地裁は、会社が一方的に賃金の不利益変更を行う場合は以下のいずれかが必要であると述べ、その枠組みに従って判断を行いました。

① 会社と労働者との合意
② 就業規則等の明確な根拠

東京地裁は上記②に関して、就業規則に該当する社員給与規程や降給規程と、社内資料の整合性を具体的に検討しました。
その結果、各規程に社内資料への委任規定がないことや、各規程と社内資料の内容が必ずしも整合していないことなどを理由に、社内資料は就業規則の一部やその細則に当たらず、降給処分の根拠とすることはできないと判断しました。
仮に、社内資料が社員給与規程や降給規程の委任に基づいて作成されており、その内容も各規程と整合していたとすれば、本件とは異なる判断がなされた可能性があります。

また、東京地裁は上記①に関して、社内資料の内容が従業員に与える影響の大きさを重視した判断を行いました。
Y社の社内資料には、具体的な賃金の増減や残業代としてのみなし手当の支払の有無など、従業員に大きな影響を与える内容が含まれていました。
このような重要な内容については、周知を行ったうえで異議申立て等がなされていないとしても、従業員側の消極的同意があるとして労働契約へ組み込むことはできないとした判断が注目されます。

判決が実務に及ぼす影響

従業員に対する降格や降給などの処分に関する基準を、就業規則ではなく簡易な社内資料によって定めている企業は少なくないと思われます。

本判決の枠組みによれば、就業規則に当たらない社内資料の定めは、労働者に対する処分に関して適用できないと判断される可能性があります。
各企業においては、賃金などの重要な労働条件を変更する処分については、労働基準監督署に届け出ている就業規則に明記するなどの対応が求められます。

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