【民法改正(2020年4月施行)に対応】 危険負担条項のレビューポイントを解説!
改正民法(2020年4月1日施行)に対応した危険負担のレビューポイントを解説!!
売買などの目的物を引渡すことを予定している契約書には、危険負担の条項が定められていることが多くあります。 危険負担の条項に関係のある主な改正点は、3つあります。
・ポイント1│債権者主義を廃止した
・ポイント2│危険負担の効果として、反対給付債務の履行拒絶権が与えられた
・ポイント3│危険の移転時期が「引渡し時」となった
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※この記事では、法令名を次のように記載しています。
- 民法…2020年4月施行後の民法(明治29年法律第89号)
- 旧民法…2020年4月施行前の民法(明治29年法律第89号)


①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの
とくに、②の事項は、実務上、従来とは異なる運用がなされますので、しっかり理解しておく必要があります。 危険負担のレビューにも影響しますよ。
【目次】
危険負担とは
危険負担とは、双務契約(2つの債務が対価関係にある契約)において、 一方の債務が、債務者の帰責性(責任)なく履行できなくなった場合に、 他方の債務をどちらが負担するのかという問題のことをいいます。
たとえば、売主が、買主に、手作りの陶器を100万円で売ることになり、陶器(目的物)の引渡しと引き換えに、代金を支払うものとします。 このとき、引渡し前に、大地震により陶器(目的物)が粉々になってしまったとき、売主の引渡し債務は履行不能となり消滅します。 では、買主は、代金を支払う必要があるのでしょうか?
すなわち、消滅しなかった他方の債務(代金の支払い債務)も、消滅するのかどうか、というのが危険負担の問題です。
債権者主義とは?
このとき、 消滅しなかった他方の債務(代金の支払い債務)は消滅しない、という考え方を「債権者主義」といいます。 消滅した債務(目的物の引渡し債務)の債権者が危険を負担するという意味です。 この場合、買主は、陶器(目的物)を入手できないにもかかわらず、代金を支払わなければなりません。
債務者主義とは?
他方で、消滅しなかった他方の債務(代金の支払い債務)も消滅する、という考え方を「債務者主義」といいます。 消滅した債務(目的物の引渡し債務)の債務者が危険を負担するという意味です。 この場合、買主も、代金を支払う必要はありません。
まとめると、債権者主義と債務者主義は、それぞれ次のような意味となります。
債権者主義
消滅しなかった他方の債務は消滅せず、債権者が危険を負担する。
債務者主義
消滅しなかった他方の債務も消滅し、債務者が危険を負担する。
危険負担に関する主要改正ポイント
危険負担に関する主要な改正ポイントは以下3点です。
・ポイント1│債権者主義を廃止した
・ポイント2│危険負担の効果として、反対給付債務の履行拒絶権が与えられた
・ポイント3│危険の移転時期が「引渡し時」となった
以下、それぞれ解説します。
今回、改正された事項は、その性質に応じて、次の2つに分けることができます。
①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの
すなわち、①は、実質的には、今までと同じ運用となるため、実務には大きな影響はないものと考えられます。そのため、従来の民法を理解されていた方にとっては、あまり気にされなくてもよい改正といえるでしょう。 他方で、②は、実務上、従来とは異なる運用がなされますので、しっかり理解しておく必要があります。 改正点とあわせて、①と②のいずれの性質の改正であるか(改正の性質)を記載します。
ポイント1│債権者主義を廃止した
【改正の性質】
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの
旧民法は、債権者主義を採用していました(旧民法534条・535条)。 しかしながら、引渡し前に、債権者が危険を負担しなければならないという考え方に対しては、学説からの批判が多くありました。 すなわち、買主が、目的物の引き渡しを受けていない(=現実的な支配下に入っていない)うちから、目的物の滅失という大きなリスクを負わされるのは不公平だ、という考え方です。
そのため、実務では、当事者間の合意により、契約で、「引渡し時」や「代金の支払い時」といった基準時点を定めて、その基準時以降、売主から買主に意見が移転する、と定めて、民法のルールとは異なる運用が行われていました。 たとえば、「危険の移転時期は、目的物の引渡しまで売主に留保する」といったものです。
このような学説と実務の取扱いをふまえて、今回の改正では、債権者主義を廃止するに至りました。
ポイント2│危険負担の効果として、反対給付債務の履行拒絶権が与えられた
【改正の性質】
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの
旧民法は、債権者主義を採用していました(旧民法534条・535条)。 しかしながら、引渡し前に、債権者が危険を負担しなければならないという考え方に対しては、学説からの批判が多くありました。 すなわち、買主が、目的物の引き渡しを受けていない(=現実的な支配下に入っていない)うちから、目的物の滅失という大きなリスクを負わされるのは不公平だ、という考え方です。
そのため、実務では、当事者間の合意により、契約で、「引渡し時」や「代金の支払い時」といった基準時点を定めて、その基準時以降、売主から買主に意見が移転する、と定めて、民法のルールとは異なる運用が行われていました。 たとえば、「危険の移転時期は、目的物の引渡しまで売主に留保する」といったものです。
このような学説と実務の取扱いをふまえて、今回の改正では、債権者主義を廃止するに至りました。
(債務者の危険負担等)
第536条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2(略)
すなわち、消滅しなかった他方の債務(代金の支払い債務)は、 当然に消滅するわけではないのです。 しかしながら、 債権者(買主)は、代金の支払いを拒むことができる、と定められたのです。


つまり、債権者(買主)としては、代金の支払い債務を消滅させたいのであれば、契約を解除すればよいのです。
ポイント3│危険の移転時期が、「引渡し時」となった
【改正の性質】
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの
旧民法では、売買契約の締結後に、いつの時点で、危険(目的物の滅失から生じる責任)が移転するのかについて明文化されていませんでした。 すなわち、当事者双方の帰責性(責任)なく、目的物が滅失したときに、その滅失がいつの時点で生じたものであれば、買主は、目的物について履行追完請求権などの権利を行使できるのかといった点について明確ではありませんでした。
今回の改正では、危険の移転時期が「引渡し時」であることが明文化されました。
(目的物の滅失等についての危険の移転)
第567条 売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。
2(略)
危険負担条項のレビューで見直すべきポイント
上述の改正点をふまえて、危険負担条項のレビューで見直すべきポイントについて、売主と買主のそれぞれの立場から解説します。
売主の立場でレビューする場合
売主の立場でレビューする場合、旧民法のルールである「債権者主義」を維持した方が有利です。 しかしながら、「債権者主義」に対しては、学説から多くの批判がされており、買主側から強い抵抗を示されるでしょう。それをきっかけに契約が破断となる可能性もあります。 そのため、このような一方的に有利な条項を提示することは、慎重な検討が必要です。
そこで、売主としては、基本的には、「引渡しをもって危険が移転する」という民法の原則的なルールを採用するのがよいでしょう。 売主としては、目的物を納入した以上、代金を支払ってもらえなければ不利益であるため、「納入前に目的物が滅失・毀損したときは、買主は代金を支払わなくてもよいが、納入後に目的物が滅失・毀損したときは、買主は代金を支払うべき」と定めるのが安心でしょう
(危険負担)
本件商品について生じた滅失、毀損その他の損害は、納入前に生じたものは買主の責めに帰すべき事由がある場合を除き売主の、納入後に生じたものは売主の責めに帰すべき事由がある場合を除き買主の負担とする。
買主の立場でレビューするとき
買主の立場でレビューするときは、「債権者主義」が定められていないか、をよく注意しましょう。 基本的には、買主も、基本的には、「引渡しをもって危険が移転する」という民法の原則的なルールを採用するのがよいでしょう。
さらに、買主に有利に定める場合は、 「検査の合格時」を危険の移転時期とするのがよいでしょう。 すなわち、買主側で、納品後に検査を予定しているときは、検査を実施する前に、目的物が滅失・損傷してしまっては、滅失・損傷の原因が分からずに、買主が危険を負担することになりかねません。
そこで、次のように定めることで、危険の移転時期を「検査の合格時」に後ろ倒すことができます。
(危険負担)
本件商品について生じた滅失、毀損その他の危険は、引渡し前に生じたものは買主の責めに帰すべき事由がある場合を除き売主の、引渡し後に生じたものは売主の責めに帰すべき事由がある場合を除き買主の負担とする。なお、本件商品が買主による検査に合格した旨を買主が売主に対して通知した時点で、本件商品の引渡しが完了するものとする。
まとめ
民法改正(2020年4月1日施行)に対応した危険負担条項のレビューポイントは以上です。
実際の業務でお役立ちいただけると嬉しいです。
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