責任分界点とは?
目的・考え方・具体例・契約で定める場合の
注意点などを分かりやすく解説!
- この記事のまとめ
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「責任分界点」とは、取引の当事者間において、トラブル発生時にどちらが責任を負うかの分かれ目となるポイントをいいます。
責任分界点を契約に明記しておけば、万が一トラブルが発生しても解決の基準が明確化されているので、スムーズに処理できる可能性が高まります。各当事者が管理できる範囲で責任を負うというのが、責任分界点の基本的な考え方です。責任分界点は、電力網、マンションやビルの設備、クラウドサービスなどについてよく問題になります。
しかしそれだけでなく、一般的な契約でも責任分界点の考え方は重要です。特に損害賠償や危険負担の条項を作成する際には、責任分界点を意識する必要があります。契約で責任分界点を定める際には、明確な文言で条文を記載するとともに、自社の責任が過大になっていないかどうかをよく確認しましょう。
この記事では責任分界点について、目的・考え方・具体例・契約で定める場合の注意点などを解説します。
※この記事は、2025年3月17日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。
目次
責任分界点とは
「責任分界点」とは、取引の当事者間において、トラブル発生時にどちらが責任を負うかの分かれ目となるポイントをいいます。
責任分界点を定める目的
契約において責任分界点を定める主な目的は、当事者間の責任分担を明確化し、トラブルが発生した際の基準として用いることです。
責任分界点を契約に明記しておけば、万が一トラブルが発生しても、契約所定のルールに従って処理することができます。解決の基準が明確化されているので、スムーズにトラブルを解決できる可能性が高まります。
また、責任分界点を定めておけば、各当事者において管理すべき範囲が明確になります。その結果、どちらの当事者も管理をしていない領域が生じにくくなり、トラブルの未然防止につながることが期待されます。
責任分界点を定める際の考え方|管理が及ぶ範囲内の責任を負う
責任分界点を定める際には、各当事者が管理できる範囲で責任を負うというのが基本的な考え方です。
契約違反(債務不履行)に基づく損害賠償責任については、原則として故意または過失が要件とされています。十分な注意を尽くしてもなお回避できない損害についてまで、賠償責任を負わせるのは酷であり、不公平と考えられるためです。
責任分界点は契約によって自由に定めることができるので、過失責任の考え方を徹底することが必須ではありません。しかし、当事者間の公平を考慮して、各当事者が管理できる範囲で責任を分担するのが一般的です。
責任分界点の具体例|ビジネスごとの事例で解説
責任分界点は、電力網、マンションやビルの設備、クラウドサービスなどについてよく問題になります。
電力網の責任分界点
電力網については、電力会社と利用者の間での責任分界点が問題になります。
電力供給の停止や電線のショートによる火災など、何らかのトラブルが発生した際に、利用者が電力会社に対して損害賠償を請求できるのかどうかは、責任分界点によって決まります。
電力網に関する責任分界点は、各電力会社の約款において定められています。基本的には、以下のように責任が分担されているケースが多いです。
<電力会社側が責任を負う事項>
送電線、配電線、変圧器などの維持および管理
<利用者側が責任を負う事項>
屋内配線、電気機器などの維持および管理
家庭や小規模事業所では、引込線の接続点(=電柱から建物に引き込まれる線が接続される部分)が責任分界点とされるのが一般的です。
例えば、引込線が切れた場合は電力会社が修理しますが、家の中のブレーカーが故障したときは利用者の負担で修理しなければなりません。
これに対して、工場や大規模施設など高圧の電力を使用する場合は、設備の状況などに応じて個別に責任分界点が定められます。
マンションやビルの設備の責任分界点
マンションやビルなどにおいては、複数の入居者(テナント)や共用部分が存在するため、設備に関する責任分界点の考え方が複雑になります。特に、管理者と各入居者の間でどのように責任を分担するかは、マンションやビルに特有の論点といえます。
共用部分は管理者側、専有部分は入居者側が維持管理の責任を負うのが基本的な考え方です。したがって、責任分界点は共用部分と専有部分の境界となります。
ただし、共用部分に所在する設備についても、入居者側が独自に改修等を行った場合は、入居者の責任において維持管理や原状回復を行うべきとされるのが一般的です。
管理者と入居者の間の責任分界点とは別に、供給事業者側とマンション・ビル側の間の責任分界点も問題になり得ます。例えば電力網などが挙げられますが、電力網に関する責任分界点は前述のとおりです。
クラウドサービスの責任分界点
クラウドサービスについては、提供事業者と利用者の間での責任分界点が問題になります。
クラウドサービスは「Iaas」「PaaS」「SaaS」の3種類に分類されます。
① IaaS(Infrastructure as a Service)
IaaSの提供事業者は利用者に対し、インターネットを通じて、主にサーバー・ストレージ・ネットワーク機器などのハードウェアや仮想化ソフトウェアを提供します。
例えば、ウェブサイトを作りたい人がサーバーを利用できるサービスなどはIaaSに当たります。サーバーなどのハードウェア上でどのような作業をするかは、利用者に広く委ねられているのが特徴的です。
② PaaS(Platform as a Service)
PaaSの提供事業者は利用者に対し、IaaSの領域に加えて、オペレーティングシステム(OS)やミドルウェアも提供します。
PaaSのクラウドサービス上では、利用者は比較的簡単な操作でアプリケーションの開発などを行うことができます。IaaSよりも提供事業者のサポートが充実していますが、利用者においても依然として幅広い利用方法が考えられます。
③ SaaS(Software as a Service)
SaaSの提供事業者は利用者に対し、PaaSの領域に加えて、アプリケーションも提供します。例えばGoogleドキュメントなどの文書編集ソフト、Netflixなどの動画視聴ソフト、Dropboxなどのファイル共有ソフトなどが挙げられます。
SaaSは利用者にとっての手軽さや利便性に焦点を当てており、提供事業者側が豊富な機能やサポートを用意する反面、利用者においてできる操作は狭く限定されています。
クラウドサービスは、その種類によってそれぞれ責任分界点の考え方が異なっています。具体的には、下表のような形で責任分担の範囲が定められるのが一般的です。
IaaS | PaaS | SaaS | |
---|---|---|---|
データ | 利用者 | 利用者 | 利用者 |
アプリケーション | 利用者 | 利用者 | 提供事業者 |
ミドルウェア | 利用者 | 提供事業者 | 提供事業者 |
OS | 利用者 | 提供事業者 | 提供事業者 |
仮想化ソフトウェア | 提供事業者 | 提供事業者 | 提供事業者 |
ハードウェア | 提供事業者 | 提供事業者 | 提供事業者 |
クラウドサービス上で提供されている機能の維持管理は提供事業者が行う一方で、その機能上で行う具体的な活動や操作、使用するデータなどについては利用者が維持管理の責任を負うというのが基本的な考え方となります。
一般的な契約でも、責任分界点の考え方は重要
「責任分界点」の用語が一般に通用しているのは、電力網・インターネット回線・クラウドサービスなどの限られた領域です。
しかしそれだけでなく、一般的な契約でも責任分界点の考え方は当てはまります。特に契約書において損害賠償や危険負担の条項を作成する際には、責任分界点の考え方を意識することが大切です。
損害賠償条項による責任分界点の定め方
契約に違反した当事者は、相手方に生じた損害を賠償するのが原則です。ただし、損害賠償の範囲は契約の定めによって決まります。
具体的には、以下のような観点から損害賠償の範囲を調整します。基本的には民法の原則に従うのが公平と考えられますが、契約交渉によって民法とは異なる内容を合意するケースもあります。
- 損害賠償の範囲の定め方
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① 行為者の故意・過失の要否
以下のようなパターンが考えられます。責任範囲が広い順に(a)、(b)、(c)、(d)となります。
民法では(b)が原則とされています。(a) 故意も過失も必要としない(無過失責任)
(b) 故意または過失が必要
(c) 故意または重大な過失が必要
(d) 故意が必要② 賠償すべき損害の内容
以下のようなパターンが考えられます。責任範囲が広い順に(a)、(b)、(c)となります。
民法では(b)が原則とされています。(a) 一切の損害
(b) 通常損害と、予見可能な特別損害
(c) 通常損害のみ
- 損害賠償条項の例文
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<民法の原則に従う場合>
本契約に違反した当事者は、民法の規定に従い、当該違反によって相手方に生じた損害を賠償する責任を負う。<損害賠償責任の範囲を狭く限定する場合>
本契約に違反した当事者は、故意または重過失がある場合に限り、当該違反によって相手方に直接生じた損害(通常損害に限る)を賠償する責任を負う。<損害賠償責任の範囲を広く設定する場合>
本契約に違反した当事者は、故意または過失の有無にかかわらず、当該違反によって相手方に生じた一切の損害を賠償する責任を負う。
危険負担条項による責任分界点の定め方
契約において、損害賠償条項とともに責任分界点を定めるのが「危険負担条項」です。
「危険負担」とは、債務者の責めに帰すべき事由によらず債務が履行不能となった場合に、そのリスクを当事者のどちらが負担するのかという問題をいいます。
例えば自動車の売買契約を締結した後、売主が買主に対して引き渡す前に、災害などによって自動車が滅失したとします。この場合、滅失について売主の責任はないと思われるので、危険負担が問題となります。
滅失の時点において、売主が危険を負担していた場合は、買主は売主に対して売買代金を支払う義務を負いません。
買主が危険を負担していた場合は、自動車の引渡しを受けられなくても、買主は売主に対して売買代金を支払う義務を負います。
当事者双方に責任がない場合、危険負担は「債務者主義」が原則とされています(民法536条1項)。債務者主義は、履行できなくなった債務を負っていた側(=債務者)が危険を負担し、反対給付を受けられなくなるという考え方です。
ただし、契約によって「債権者主義」を定めることもできます。債権者主義は、債務の履行を受けられなくなった側(=債権者)が危険を負担し、反対給付を履行する義務を負うという考え方です。
また、債務者主義と債権者主義のほか、目的物の引渡し時に危険を移転させるという考え方もあります。「管理できる範囲で責任を負う」という観点からは、公平な考え方といえるでしょう。
- 危険負担条項の例文
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<債務者主義とする場合>※民法と同じ
当事者双方の責めに帰することができない事由によって、甲が乙に対し、本契約に基づく債務を履行することができなくなったときは、乙は、甲に対する反対給付の履行を拒むことができる。<債権者主義とする場合>
当事者双方の責めに帰することができない事由によって、甲が乙に対し、本契約に基づく債務を履行することができなくなったときでも、乙は、甲に対する反対給付の履行を拒むことができない。<目的物の引渡し時に危険を移転させる場合>
本件商品について生じた滅失、毀損その他の損害は、納入前に生じたものは買主の責めに帰すべき事由がある場合を除き売主の、納入後に生じたものは売主の責めに帰すべき事由がある場合を除き買主の負担とする。
契約で責任分界点を定める際の注意点
契約書において責任分界点を定める際には、特に以下の2点に注意してチェックを行いましょう。
① 責任分界点を明確な文言で記載する
② 自社の責任が過大でないかをよく確認する
責任分界点を明確な文言で記載する
責任分界点が曖昧だと、契約トラブルが発生した際に、どちらの当事者が責任を負うのか分からなくなってしまいます。特に係争額が大きい場合は、訴訟に発展して泥沼の争いになりかねません。
責任分界点を定める損害賠償条項や危険負担条項は、疑義のない明確な文言で記載することが大切です。
自社の責任が過大でないかをよく確認する
責任分界点に関する契約条項は、民法の原則に従って定めるのが公平と考えられます。
言い換えれば、民法の原則よりも自社の責任が加重されている場合は、不公平な内容である可能性が高いです。特段の事情がない限り、相手方に対して修正を求めましょう。