【最判令和6年7月8日】
退任取締役の退職慰労金を減額する
取締役会決議に裁量権の逸脱・濫用が
あるとはいえないとされた事例

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この記事のまとめ

最高裁判所令和6年7月8日判決では、テレビ局を運営するY社の代表取締役Xが、退職慰労金を大幅に減額された事案が問題になりました。

最高裁は、退職慰労金の減額について取締役会の広い裁量権を認めたうえで、その逸脱・濫用があったとはいえないとして、Xの損害賠償請求を棄却しました。その理由として最高裁は、内規に減額の範囲等が具体的に定められていなかったことや、適切に調査・審議が行われたことなどを挙げています。

各企業においては、退任取締役の退職慰労金の内規の定め方や、実際に退職慰労金を支給する際の調査・審議の在り方などを再検討することが求められます。

裁判例情報
最高裁令和6年7月8日判決(民集78巻3号839頁)

※この記事は、2025年6月25日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

事案の概要

テレビ局を運営するY社代表取締役Xが、退職慰労金を大幅に減額された事案です。

退職慰労金減額の背景

Y社は、退任取締役の退職慰労金の算定基準等を定めた内規において、「在任中特に重大な損害を与えた」退任取締役につき、退職慰労金を減額できる旨を定めていました。同内規では、減額の範囲や限度は定められていませんでした。

Xは代表取締役の在任中、平成24年から平成27年までの間、Y社所定の上限額を超過する宿泊費等を受領していました。税務調査でそのことが発覚し、超過分に当たる約1610万円がXの報酬と認定されたため、Y社は源泉所得税を追徴されました。Y社が納付した源泉所得税相当額は、Xが負担することになりました。

Xは、自ら納付することになった源泉所得税相当額の負担をY社へ転嫁するとともに、社内規程に違反する宿泊費等の支給を実質的に永続化する目的で、平成28年度の報酬を前年比で2308万円増額し、退任するまで増額された報酬を受領しました。

上記の一連の過程は新聞等で取り上げられ、社会一般に知れ渡りました。

さらにXは、代表取締役在任中の平成25年度から平成28年度までにかけて、多額の交際費をY社に支出させました。平成24年度のXの交際費は約4925万円でしたが、平成25年度から平成28年度まではその額を大幅に超過しており、超過額の合計は約1億79万円に及びました。

加えて、XはY社の海外旅費規程を改定させ、平成24年から平成28年までの間、出張に伴う支度金として、改定前の規程上の金額よりも約545万円多い額をY社に支出させました。

Xは体調不良を理由に、平成29年6月に開催される定時株主総会をもって代表取締役を辞任する意向を表明しました。

退職慰労金減額の根拠

Xの退職慰労金については、定時株主総会において、取締役会に一任する旨の決議がなされました。
取締役会は、Xと利害関係のない弁護士3名・公認会計士1名・常勤監査役1名で構成される調査委員会を設置し、Xの退職慰労金に関する事実関係の調査を行わせました。

調査委員会は最終報告書において、Xによる以下の不適切な行為を指摘したうえで、Y社に合計約3億5551万円の損害が生じた旨を認定しました。

  • 上限額を超過する宿泊費等の受領や、不正な目的による報酬の増額は、特別背任罪の成立を否定しきれない悪質な行為である。
  • 合理的な手続きによらず、明らかに過剰な額の交際費をY社に支出させた。
  • 合理的な理由に基づかず、海外旅費規程を改定させた。
  • 平成26年度から平成28年度までの間、Y社に支出させた文化芸術活動の支援事業等の費用のうち、約2億558万円は明らかに過剰なものだった。

取締役会は調査委員会の報告内容を踏まえて、内規に基づく基準額である3億7720万円から、XがY社に与えた損害約3億5551万円の約90%相当額を控除した5700万円を、退職慰労金としてXに支給する旨を決議しました。

Xは、Y社とY社の代表取締役を被告として、不法行為等に基づく損害賠償を求める訴訟を提起しました。

判決の要旨

本判決の原審である福岡高裁宮崎支部は、XがY社に文化芸術活動の支援事業等の費用を支出させたことについては、Y社に特に重大な損害を与えた行為とはいえない旨を指摘しました。
そのうえで、当該支出を考慮して退職慰労金を減額したことは、Y社の内規における減額規定の解釈適用を誤ったものであり、取締役会決議には裁量権の範囲の逸脱または濫用がある旨を認定して、Xの損害賠償請求を認めました。

しかし最高裁は、福岡高裁宮崎支部の上記判断を否定し、原審判決を破棄しました。

最高裁は、Y社の内規における減額規定の趣旨に鑑み、取締役会は取締役の職務の執行を監督する見地から、以下の要素を総合考慮して退職慰労金の減額の可否や金額を判断すべきであると指摘しました。

・退任取締役が会社に特に重大な損害を与えたという評価の基礎となった行為の内容や性質
・当該行為によって会社が受けた影響
・退任取締役の会社における地位
など

これらの事情はいずれも会社の業務執行の決定や取締役の職務執行の監督を行う取締役会が判断するのに適した事項であること、さらに、Y社の内規が退職慰労金の減額の範囲等について何らの定めも置いていないことを踏まえて、最高裁は取締役会の広い裁量権を認めました。

最高裁は、取締役会に広い裁量権があることを前提として、退職慰労金を減額する取締役会決議に裁量権の範囲の逸脱・濫用が認められるのは、その判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理である場合に限られると判示しました。

本件について最高裁は、文化芸術活動の支援事業等の費用を支出させた行為がY社に損害を与えるものであったか否かにかかわらず、その他のXの行為だけを考慮しても、Xの退職慰労金の額を5700万円とした取締役会の判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理であるとはいえないとしました。

結論として最高裁は、原審判決を破棄したうえで自ら判断を行い、Xの損害賠償請求を棄却しました。

判断のポイント

本件において、取締役会に退職慰労金の減額に関する広い裁量権が認められたのは、主に以下の2点が考慮されたためです。

  • 退職慰労金の減額に当たって考慮すべき事情は、いずれも取締役会が判断するのに適した事項であること
  • 退職慰労金の減額の範囲等が定められていなかったこと

取締役会は、会社の業務執行を決定し、取締役の職務執行の監督を行う役割を担っています。
取締役の不適切な行為による影響等を評価するのに、取締役会が適任の機関であることは、どの会社でも共通しているところです。したがって、どのようなケースであっても、退職慰労金の減額について取締役会に一定の裁量権が認められることは確実と言えるでしょう。

取締役会の裁量権の範囲については、退職慰労金に関する内規の定め方によることが示唆されています。
本件では減額の範囲等が全く定められていなかったため、取締役会の広い裁量が認められる結果となりました。これに対して、減額の範囲等が具体的に定められている場合は、取締役会の裁量もその範囲内に限定されると考えられます。

また最高裁は本件につき、調査委員会が十分な調査を行い、取締役会においても実質的な審議が行われたことを指摘し、そのことを判断に当たって考慮した要素の一つに挙げています。
取締役会に幅広い裁量権が認められるとしても、後に減額の有効性を争われることを想定して、横着せずにきちんと調査と検討を行うことが大切です。

判決が実務に及ぼす影響

本判決は、株式会社における役員の退職慰労金の減額が認められるかどうかにつき、一定の基準を示したものといえます。

退職慰労金の減額に関する判断には、取締役会に一定の裁量権が認められる一方で、その範囲は退職慰労金に関する内規の定め方によって異なることが示唆されました。
減額等の範囲を具体的に定めるか、それとも具体的な定めを置かずに取締役会の広い裁量を確保するかは、各社の判断となります。もっとも、代表者が不当に介入して退職慰労金規程を変更させるような事態は警戒しなければなりません。

また本判決では、広い裁量権が認められるとしても、退職慰労金の減額に関してきちんと調査と検討を行うことの重要性が確認されました。
本件においては、代表者と利害関係のない弁護士3名・公認会計士1名・常勤監査役1名による調査委員会が設置された点が参考になります。

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