標準必須特許(SEP)とは?
基本を分かりやすく解説!
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- この記事のまとめ
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NTTやSHARPなどの日本企業を含めた世界の通信関連企業48社が、Avanci(アバンシ)を通じて、トヨタ自動車、ホンダ及び日産という日本の自動車メーカーに対し、コネクテッドカー(つながる車)の部品に関する通信規格LTE(4G)のライセンス料1台当たり15ドルを請求しており、その金額が年数十億円~200億円近くなるであろうこと、自動車メーカー3社がこの支払に応じるかどうかはその時点で不明である旨の報道がありました(日本経済新聞「ノキアなど通信48社、車の特許料要求 トヨタなど3社に つながる車、技術戦略に転機」2022年2月2日朝刊)。
Avanciは、移動通信システムに関する標準必須特許の特許権者によって構成されたパテントプール(複数の企業等が、保有する特許権等を持ち寄り、構成員等が必要なライセンスを受けられるようにする仕組み)です。
Avanciは、モノ同士がつながるIoT時代における機器に必須となった無線移動通信システム関連特許のライセンスをまとめて提供することで、特許権者側と実施者側のライセンス交渉に関する摩擦を回避し、IoT分野の成長を促すことを目指しています(AvanciウェブサイトAvanciホワイトペーパー「IoTコネクティビティの加速に向けて」)。このAvanciの理念からすると、Avanciのサービスは、ライセンス料を請求されている自動車メーカーにとっても好ましいものと思えます。しかし、実際には、自動車メーカーが直ちにAvanciの請求を受け入れるわけではありません。ここには、標準必須特許の特許権者側と実施者側の相克があります。
IoT時代においては、無線通信技術があらゆる機器に搭載されます。そのため、これまで情報通信業界内で完結していた無線通信技術に関するライセンス交渉が、自動車業界をはじめとする他の業界との間で行われるようになるといわれており、標準必須特許に関する問題が脚光を浴びています。
2021(令和3)年には、知的財産推進計画2021では「標準必須特許の戦略的獲得・活用」が謳われ、経済産業省にも「標準必須特許のライセンスを巡る取引環境の在り方に関する研究会」が設置されるなど、我が国でも大きな動きがありました。そこで、本記事では、標準必須特許に関する問題を理解する前提として、そもそも標準必須特許とは何なのか、また、標準必須特許に関する最近の議論の状況について概観したいと思います。
(※この記事は、2022年4月13日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。)
目次
標準必須特許(SEP)とは
標準必須特許とは、その名のとおり、標準規格の実施に必要不可欠な特許のことです。標準規格(以下では、単に「標準」といいます。)は、互換性の確保や技術の普及といった経済効率の向上を目的として共通化された技術仕様のことをいいます。
例えば、色々な企業が出している携帯電話が違う技術で作られていて、その結果、相互に電話やメールができないことになると不便です。そこで、製品間の互換性や接続性を確保するために、技術を共通化することになり、これが標準になります。
その標準に必要な特許が標準必須特許であり、Standard Essential Patent、略してSEPと呼ばれます(以下では、標準必須特許権を保有する権利者を「SEP権者」といいます。)。
この標準は、特定の規格が徐々に普及して、その結果標準となるデファクト標準のほか、ある技術について特許権を有している団体等が集まり、協議して標準を設定していくものがあります。この標準を設定する団体を一般にStandard Setting Organization(SSO)といい、代表的なSSOとして、欧州電気通信標準化機構(ETSI)などがあります。
標準必須特許とFRAND条件
標準は、互換性を確保し、技術が普及することを目的としており、その標準を搭載した製品が普及すれば、やがては当該製品市場の拡大につながります。市場が拡大すれば、その標準を利用した製品を製造販売しようと、新規市場参入者が現れます。このとき、参入に当たっては、SEPの実施が必須となるので、新規市場参入者は、SEP権者からのライセンスを受ける必要があり、SEP権者はライセンス料の支払を受けることになります。
しかし、ライセンスを受けない状態で標準を搭載した製品を製造販売等すれば、特許権侵害に該当し、差止請求等の対象になります。このとき、各事業者が、互換性を前提とせずに、独自に製品を製造販売している場合には、差止請求を受けたとしても、差止請求を受けた事業者の関係者のみが影響を受けます。
標準を利用した製品が特許侵害品ということになれば、多くの標準利用者や消費者が侵害者となり、その使用が差し止められることによる影響の大きさは計り知れません。他方で、そのような侵害行為に対して、特許権行使が一切許されなければ、標準が普及した後にフリーライド的に参入した事業者は標準の恩恵を享受できる一方、標準が普及する前に多くの投資をしたSEP権者は投下資本を十分に回収できないことになりかねません。
このような特許権者側と実施者側の利害関係を調整するために、SSOでは、標準に関連する特許権の取扱方法に関するルール(IPRポリシー)の中で、SEP権者が、標準利用者に、公正(Fair)、妥当(Rational)かつ無差別的(Non-Discriminatory)な条件(FRAND条件)でライセンスすることを約束させることとしています(このときの約束の相手方はあくまでもSSOです。)。
このFRAND条件によるライセンスが行われることによって、特許権者側も実施者側も、標準から生まれる恩恵を享受できることが目指されています。
FRAND条件によるライセンスを巡る紛争
FRAND条件によるライセンス契約が締結されれば、FRAND条件が企図するSEP権者側と実施者側のバランスが図られるわけですが、現実には、このライセンス契約交渉がうまくいかないことがあります。スマートフォンが普及していった2010年以降、移動体通信(3G、4G)に係るライセンス交渉を巡り、SEP権者によって、実施者であるスマートフォンを製造販売する携帯電話メーカーに対する特許権侵害を理由とする差止請求訴訟がグローバルに提起されました。
これらの訴訟でフォーカスされた標準必須特許に関する主な問題は、ロイヤルティ・スタッキングとホールド・アウトです。
各国の裁判所において、これらの問題への対処が意識された結果、SEP権者の権利行使を制約する方向での判断が相次ぎました。
EUでは、FRAND条件でのライセンスを受ける意思のある実施者(willing licensee)に対する差止請求が、欧州連合の機能に関する条約102条の市場支配的地位の濫用を根拠に、一定の条件の下で制約されました(Huawei v. ZTE事件:Huawei Tech. Co. Ltd. v. ZTE Deutschland GmbH, Case C-170/13, July 16, 2015)。
米国では、特許権に基づく差止請求の要件を判示したいわゆるeBay判決を根拠に、差止請求が多く棄却され、我が国でも、著名なApple対Samsung事件知財高裁判決によって、民法上の権利濫用法理を根拠に、FRAND条件の標準必須特許権に基づく差止請求が否定されました。
また、FRAND条件を充たすロイヤルティ額の算定が行われたケースにおいては、ロイヤルティ・スタッキング問題を解決するため、当該製品に係るロイヤルティの上限を定めた上で、個々の必須特許にロイヤルティを割り当てていくというトップ・ダウンアプローチ(反対の見解は、比較可能な他のライセンス契約例等を参照し、当該標準必須特許の個々の価値を把握して個別のロイヤルティを算出して、それを積み上げるボトム・アップアプローチ)が多く採用されました。
なお、ロイヤルティ算定時のロイヤルティベースについて、最終製品をベースにするEMV(Entire Market Value)とすべきか、算定可能な最小の特許を単位とするSSPPU(Smallest Salable Patent Pricing Unit)とすべきか、という論点については、SSPPUが採用される傾向にありました。これにより、SEP権者側からすれば、極めて安価なロイヤルティを前提とした損害賠償額が判決をもって言い渡されることになりました。
このように、2010年代前半においては、SEP権者の権利を制約することが大きな潮流でした。
標準必須特許を巡る潮流の変化|プロパテントの流れ
近年、この流れに大きな変化が生じています。2010年代後半以降、技術の発展と普及により、無線通信技術は、携帯電話やスマートフォンにとどまらず、家電製品、自動車などあらゆるモノに利用され始めました。
第4次産業革命といわれるように、モノとモノがつながる時代が訪れたことで、これまで、情報通信機器にのみ利用され、その業界内でライセンス交渉が行われてきた無線通信技術に関するライセンス交渉が、異業種間で行われるようになりました。
異業種間では、ライセンス慣行が異なることから、ライセンス交渉が円滑に進まないことが懸念されています。直近では、電気通信事業者と自動車メーカーとの間でのライセンス契約が締結に至らない結果、電気通信事業者が自動車メーカーに対し、特許権に基づく差止請求訴訟が提起されています。
特に2020年は、EU及び米国において、重要な動きがありました。
本記事では、その詳細には立ち入りませんが、それまでの特許権者の権利行使を制限する方向から、特許権者の権利行使を認める判断や見解が相次いで出されたのです。
SISVELがHaierに対して、標準必須特許権に基づく差止請求をしたケースにおいて、ドイツ連邦最高裁は、上記Huawei v. ZTE事件で示された交渉フレームワークに従った上で、Sisvelの差止請求を認めました。
同判決では、交渉におけるSEP権者の提案がFRANDであるかどうかにかかわらず、実施者側は、FRANDな提案をし、ライセンス契約締結に向けた交渉を行わなければならないとされるなど、特許権行使を認めやすくなる判断がなされました。さらに、ドイツでは、NOKIAとSHARPがそれぞれ自動車メーカーであるDaimlerに対し、特許権侵害に基づく差止請求を行った事件において、マンハイム地裁及びミュンヘン地裁はいずれも差止請求を認容する判決を言い渡しました。
自動車メーカーとのライセンス交渉においては、SEP権者は、ライセンス管理の便宜から最終製品を販売する自動車メーカーにライセンスの提案をする一方で、自動車メーカーは、自動車に搭載される無線通信機器が、上流のサプライヤーが製造販売し、特許補償もすることから、サプライヤーがライセンシーになるべきであり、それがFRANDであると主張します。これはLicense to Allといい、SEP権者は、サプライチェーンにおける取引段階にかかわらず、ライセンスの取得を希望するすべての者に対してライセンスしなければならないという考え方です。ドイツの事例ではこの点も争点になりました。
また、米国では、司法省(DOJ)が、2020年7月、自動車に用いられる5G無線通信規格に関するAvanciの特許ライセンスプラットフォームが競争を阻害する可能性が低いとのビジネスレビューレターを公表するとともに、連邦取引委員会(FTC)がQualcommのライセンスに関するポリシー等が反トラスト法違反に当たることを主張した事案において、控訴裁判所は、Qualcommの主張を認め、反トラスト法違反を認定しませんでした。
このように、EU及び米国においては、2010年代前半にみられた標準必須特許権の行使を制約する方向から、標準必須特許権の行使を認める方向にシフトしていることが窺われます。その背景には、ホールド・アップではなく、(標準必須特許権に基づく差止請求が制約される流れを受けて)実施者がライセンス料をあえて支払わないことで、優位な立場に立つというホールド・アウト問題があると考えられています。
日本における議論の状況
以上のとおり、EUと米国における標準必須特許を巡る情勢は、大きく変化しています。日本では、このような世界的な潮流の変化を踏まえ、主にライセンス交渉のフレームにフォーカスした議論、検討が行われています。
まず、特許庁は、2018(平成30)年6月5日、「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」を公表しました。これは、標準必須特許に関するライセンス交渉が、従来の情報通信分野の企業間だけでなく、他の業界の企業との間で発生していくことを想定し、「内外の裁判例や競争当局の判断、ライセンス実務等の動向を踏まえ、ライセンス交渉を巡る論点をできるだけ客観的に整理して記述するよう努めた」ものとされています。この手引きを日本の企業が参照することにより、上手にライセンス交渉を行っていくことが期待されています。
また、経済産業省における動きとして、2020(令和2)年4月21日に、「マルチコンポーネント製品に係る標準必須特許のフェアバリューの算定に関する考え方」が公表されただけでなく、2021(令和3)年3月以降、「標準必須特許のライセンスを巡る取引環境の在り方に関する研究会」が開催され、同年7月12日には中間整理報告書が発表されました。
この中間整理報告書では、2020(令和2)年のEUや米国における変化を踏まえた上で、研究会で議論された各論点に関する今後の検討の方向性が示されました。そして、2021(令和3)年12月15日に開催された第6回会議において、「当面は、中間整理報告書において『迅速に検討し、対外的に発信していく』とされた『権利者・実施者双方が則るべき誠実交渉のルール』(『誠実交渉指針』)の策定に向けて検討を行う」ことが確認されています。
おわりに
標準必須特許を巡る問題は、様々なアクターが関わり、それぞれの利害が複雑に絡み合うため、今後も新しい問題が生まれ、考え方の変化が起こることが予想されます。法的な視点からみても、競争法(経済学)、知的財産法のほか、民法が絡む興味深い分野です。
今後、我が国では、EU及び米国など海外の状況に追随する形で、問題の整理が行われ、まずは、ライセンス交渉に関する何らかのルールの策定に向けた動きが進んでいくものと思われます。
本記事で言及させていただいた「標準必須特許のライセンスを巡る取引環境の在り方に関する研究会」は、本記事公表直前の2022(令和4)年3月31日、「誠実交渉指針の策定に関する報告書」を公表しました。
同報告書の公表と併せて、標準必須特許のライセンス交渉の透明性・予見可能性の向上を通じて適正な取引環境を実現するため、国内特許を含む標準必須特許のライセンス交渉に携わる権利者及び実施者が則るべき誠実交渉の我が国の規範を示すものとして、「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針」も公表されています。
この指針は、あくまで「立法措置に依らない指針」であるため、法的拘束力を持たず、交渉プロセスの法的評価は最終的に司法判断によることになります。
もっとも、国内特許を含むSEPライセンス交渉に携わる権利者及び実施者がライセンス交渉を行う際、「誠実な交渉」であると事後に評価されるための(日本における)一つの指針となり、実際にライセンス交渉が紛争化した場合にはこの指針が参照される可能性が十分にあるため、当該指針に則って対応することが望ましいと考えられます。
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