【2020年4月施行】特許法改正とは?改正ポイントを分かりやすく解説!(新旧対照表つき)
- この記事のまとめ
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改正特許法(2020年4月1日施行)のポイントを解説!!
「特許法等の一部を改正する法律」(2019年5月17日公布)では、次の2点について、特許法が改正されました。
1.査証制度の創設(2020年10月1日施行)
2.損害賠償額の算定方法の見直し(2020年4月1日施行)この記事では、2020年4月1日に施行される「損賠賠償の算定方法の見直し」について解説します。 改正ポイントは、2つです。
ポイント1
特許権侵害の被害者(特許権者)は、自らの生産・販売能力を超えた部分を賠償請求できる(102条1項改正)ポイント2
特許権侵害の被害者(特許権者)は、特許権侵害があったことを前提とした「ライセンス料」の相当額を賠償請求できる(102条4項新設)それぞれのポイントを分かりやすく解説します。
この記事では、改正の目的や改正された条文(特許法102条)についても解説しています。 改正点のみ知りたい方は、 「改正のポイント」からお読みください。
法改正に対応した「特許ライセンス契約」のレビューポイントは、こちらの記事をご覧ください。
特許を出願する方法については以下の記事で解説しているため、気になる方はぜひご参考になさってください。
※この記事は、2020年6月23日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。
※この記事では、法令名を次のように記載しています。
・特許法…2020年4月施行後の特許法(昭和34年法律第121号)
・旧特許法……2020年4月施行前の特許法(昭和34年法律第121号)
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目次
2020年の改正特許法とは?
改正の目的
今回の法改正の目的について、特許庁の立法担当者は次のように述べています。
デジタル革命により業種の垣根が崩れ、オープンイノベーションが進む中、中小・ベンチャー企業が優れた技術を生かして飛躍するチャンスが拡大している。せっかく取得した特許で大切な技術を守れるよう、訴訟制度を改善する。
特許庁「令和元年度特許法等改正説明会テキスト」(URL)
昨今、大企業に限らず、中小企業やスタートアップ企業も、独自の技術を活かし、イノベーションの担い手として活躍しています。 特許法は、このようなイノベーションを支えるため、優れた技術を保護し、特許権として権利を行使しやすいものである必要があります。
しかしながら、従来の特許法には、次のような課題がありました。
- 改正前の課題
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・証拠収集の困難性
製造方法、BtoBなど市場で手に入らないもの、ソフトウェア製品の特許権侵害については、証拠を収集することが難しく、相手方の特許権侵害を立証するのが困難でした。・損害賠償の算定をめぐる不満
損害賠償額の認定については、平成27年度に特許庁が調査したところ、主に、特許権者から不満の意見が寄せられていました。参考│ 平成27年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書「知財紛争処理システムの活性化に資する特許制度・運用に関する調査研究」
また、特許法102条(損害賠償額の推定等)の解釈をめぐって、裁判例と学説との間で見解の対立がありました。 そのため、損害賠償額の認定プロセスと基準について、もっと明確に定めてほしい、といった意見もありました。
そこで、今回の改正では、特許訴訟の制度を改善するため、次の2点が改正されます。
- 改正ポイント(2つ)
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・査証制度の創設
・損害賠償額の算定方法の見直し
公布日・施行日
改正の根拠となる法令名は、「特許法等の一部を改正する法律」(令和元年5月17日法律第3号)です。 この法令によって、特許法だけでなく、実用新案法・意匠法・商標法も改正がなされました。 施行日は、改正点によって、異なりますので注意しなければなりません。
特許法の「損害賠償額の算定方法の見直し」の公布日と施行日は、次のとおりです。
- 公布日・施行日
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・公布日|2019年5月17日
・施行日|2020年4月1日
その他の改正点の施行日は、それぞれ次のとおりです。
改正される法令 | 改正点 | 施行日 |
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商標法 | ・公益著名商標に係る通常使用権の許諾制限の撤廃 | 2019年5月27日 |
特許法 | ・損害賠償算定方法の見直し | 2020年4月1日 |
実用新案法 | ||
意匠法 | ||
商標法 | ||
意匠法 | ・保護対象の拡充 ・組物の意匠の拡充 ・関連意匠制度の見直し ・意匠権の存続期間の延長 ・間接侵害の拡充 | |
商標法 | ・国際商標登録出願手続きに係る手続き補正書の提出期間の見直し | |
特許法 | ・査証制度の創設 | 2020年10月1日 |
意匠法 | ・意匠登録出願手続の簡素化 ・手続救済規定の整備 | 2021年1月1日 |
特許法改正の概要
今回の特許法改正により、特許権侵害の被害者(特許権者)は、 より広い範囲で損害賠償額を請求できるようになりました。 概要は、大きく2つのポイントとなります。
- 改正のポイント(5つ)
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・ポイント1
特許権侵害の被害者(特許権者)は、自らの生産・販売能力を超えた部分を賠償請求できる(102条1項の改正)・ポイント2
特許権侵害の被害者(特許権者)は、特許権侵害があったことを前提とした「ライセンス料」の相当額を賠償請求できる(102条4項の新設)
特許法102条(損害賠償額の推定等)とは?
今回改正されたのは、 特許法102条(損害賠償額の推定等)の第1項と第4項です。
特許法102条(損害賠償額の推定等)とは、民法の不法行為の制度(民法709条)の特則として位置づけられているものです。 今回の改正前から定められている条文です。
なぜ、このような「民法の不法行為制度の特則」が定められたのでしょうか?
被害者は、特許権侵害について、民法上の「不法行為」として損害賠償を請求することができるため、 充分救済を受けられるようにも思われます。 しかしながら、民法の不法行為制度(民法709条)に従うと、 特許権侵害の被害者(特許権者)は、侵害行為と損害との「因果関係」を立証しなければ救済されません。 特許権侵害訴訟では、侵害者側が「証拠」をもっていることが多く、 特許権侵害の被害者(特許権者)にとって、「因果関係」を立証することは、なかなか容易なことではありません。
そこで、特許権侵害の被害者(特許権者)を保護するために、逸失利益の賠償額について特別なルールが定められました。 特許法102条では、次の①~③について、「損害額」とみなしたり、推定したりすることで、 特許権侵害の被害者(特許権者)の立証を容易にしています。
- 被害者の逸失利益
- 侵害者が得た利益
- ライセンス料相当額
改正のポイント
ポイント1│特許権侵害の被害者(特許権者)は、自らの生産・販売能力を超えた部分を賠償請求できる(特許法102条1項改正)
まず、特許法102条1項の改正点について解説します。
改正により、 特許権侵害の被害者(特許権者)は、自らの生産・販売能力を超えた部分を賠償請求できることになりました。
旧特許法102条第1項は、 「被害者の逸失利益(侵害されていなければ得られたであろう利益)」 を「損害額」とみなしていました。 ところが、①特許権者の実施能力を超えていることか、②特許権者が販売できなかった事情のいずれかの要件があれば、 推定された損害(逸失利益)を減額(覆滅)することができる旨が定められていました。
- 推定された損害を減額(覆滅)させる事由
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① 特許権者の実施能力を超えること
例)「請求額には、特許権者の生産能力を超える額が含まれている。」② 特許権者が販売することができなかった事情
例)「侵害者の営業努力、競業品の存在、特許権者の特許が侵害品の一部にすぎないことから、特許権者は販売することが不可能であった。」
特許権侵害の被害者(特許権者)と侵害者では、 モノの生産・販売能力 が異なることがあります。 侵害者のほうが、特許権侵害の被害者(特許権者)よりも、多くのモノを生産・販売することができる場合、 侵害者が得た利益は、ある意味、侵害者の努力によって生み出されたとも評価できます。 そのため、旧法は、特許権侵害の被害者(特許権者)の生産・販売能力を超えた部分についてまで、 特許権侵害の被害者(特許権者)を救済するものではありませんでした。
しかしながら、侵害者の努力によるものとはいえ、特許権を侵害して得た利益を是認することは不合理です。
また、特許権侵害の被害者(特許権者)は、無断で特許権を利用されたため、他人にライセンスを与える機会を奪われたといえます。
そこで、侵害者が得た利益のうち、特許権侵害の被害者(特許権者)の生産・販売能力を超えた部分については、 ライセンス料相当額の逸失利益として損害賠償を求めることができることになります(特許法102条1項2号)。
改正点は、次のハイライトの部分です。
(損害の額の推定等)
特許法 – e-Gov法令検索 – 電子政府の総合窓口e-Gov イーガブ
第102条 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し その侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、 次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。
⑴ 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、 自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は 専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する 数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量 (同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額
⑵ 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(特許権者又は専用実施権者が、 当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての 通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の 実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額
新特許法102条1項では、 同項1号と2号の合計額を、特許権者が受けた損害額とすること を定めています。
同項1号は、侵害者が1個あたりに得た利益に、特許権侵害の被害者(特許権者)が、実際に生産・販売することができる数量を乗じた額です。 同項2号は、特許権侵害の被害者(特許権者)が1個あたりに得ることができる利益(実施相応料)に、 特許権の侵害者が販売した数量のうち、特許権侵害の被害者(特許権者)の生産・販売能力を超える量 を乗じた額です。
改正前は、1号の範囲でしか、損害を求めることができなかったところ、 改正により、2号の範囲まで、損害を求めることができるようになりました。
1号は、 侵害者が得た利益に、特許権侵害の被害者(特許権者)が、実際に生産・販売することができる数量を乗じた額です。
計算式は、次のとおりです。
1号は、 侵害者が得た利益に、特許権侵害の被害者(特許権者)が、実際に生産・販売することができる数量を乗じた額です。
計算式は、次のとおりです。
2号は、 特許権侵害の被害者(特許権者)が1個あたりに得ることができる利益(実施相応料)に、特許権の侵害者が販売した数量のうち、 特許権侵害の被害者(特許権者)の生産・販売能力を超える量を乗じた額です。
計算式は次のとおりです。
すなわち、1号と2号の合計額は、次のとおりです。
もっとも、実際に、どの範囲で賠償請求が認められるかどうかは、
今後の裁判例の動向をウォッチする必要があります。
ポイント2│特許権侵害の被害者(特許権者)は、特許権侵害があったことを前提とした「ライセンス料」の相当額を賠償請求できる
次に、特許法102条4項の新設について解説します。
改正により、特許権侵害の被害者(特許権者)は、特許権侵害があったことを前提とした「ライセンス料」の相当額を賠償請求できることになりました。
旧特許法102条3項は、「ライセンス料相当額」を損害額と推定しています。 「ライセンス料相当額」の算定にあたっては、当事者間の具体的な事情を考慮した妥当な額とすべきと考えられていました。 これまでの裁判例や学説では、次のような要素が考慮されていました。
- ライセンス料相当額の算定にあたって考慮すべき事項(裁判例・学説)
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・過去の実施許諾例
・業界相場
・特許発明の内容
・損侵害品の販売価格・販売数量・販売期間
・市場における当事者の地位
しかしながら、これらの要素に加えて、次のような要素も考慮して算定する損害賠償額を増額するべきではないか、という意見があがりました。
- 追加で考慮すべきという意見があった事項
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① 有効な特許が侵害されたこと
理由)一般的なライセンス料の算定においては、有効な特許権であるかどうかが影響するため② 特許権者によるライセンス付与の判断機会が喪失されたこと
理由)通常、ライセンスの際は、特許権者には、相手方にライセンスを付与するか否かの判断の機会があるところ、特許権侵害を受けた特許権者には、そのような判断の機会が失われているため③ 侵害者に契約上に制約がないこと
理由)通常、ライセンスの際には、特許権者は、相手方と契約を締結して、何らかの制約を負わせるところ、特許権の侵害者は、そのような制約を負っていないため
実際の裁判例では、上記3つの要素をふまえて判断されているのかどうかが判然としない状況にありました。 そのため、特許権の侵害の事実があった場合、実際には、もっとライセンス料が高くなるにもかかわらず、 そのような事実を考慮されていないのではないか、という懸念があったのです。
そこで、改正によって、特許権侵害の被害者(特許権者)は、特許権侵害があったことを前提とした「ライセンス料」の相当額を賠償請求できることが明らかになりました。
【解説つき】改正前と改正後の特許法の条文を新旧対照表で比較
それでは、改正点について、条文を確認しましょう。解説つきの新旧対照表をご用意しました。 以下のページからダウンロードできます。
〈サンプル〉
実務への影響
今回の改正により、特許権の侵害訴訟をより積極的に提起する方向に進むのではないか、と期待されます。 また、特許ライセンス契約をレビューするときには、損害賠償の条項についてより慎重な検討が必要になることでしょう。
法改正に対応した「特許ライセンス契約」のレビューポイントは、こちらの記事をご覧ください。
参考文献
平成27年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書「知財紛争処理システムの活性化に資する特許制度・運用に関する調査研究」