スラップ訴訟とは?
目的・具体例・違法性・
嫌がらせへの対抗手段などを分かりやすく解説!

この記事のまとめ

スラップ訴訟」(SLAPP訴訟)とは、勝訴の見込みがないにもかかわらず、相手方に対する嫌がらせや第三者への萎縮効果などを狙って起こす訴訟です。

スラップ訴訟を起こした原告は、被告に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負うことがあります。ただし、憲法で裁判を受ける権利が保障されていることに鑑み、スラップ訴訟について不法行為が成立するかどうかは慎重に判断される傾向にあります。
最高裁判例では、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限り、スラップ訴訟について不法行為が成立するとの立場をとっています。

スラップ訴訟を起こされたら、どんなに理不尽な内容でも、訴状を無視せず訴訟期日に出席する必要があります。状況次第では、プレスリリースなどで抗議のメッセージを発信することも検討しましょう。

この記事ではスラップ訴訟について、目的・具体例・違法性・対抗手段などを解説します。

ヒー

悪質なクレーマーから言いがかりのような訴訟を起こされました。スラップ訴訟と言うらしいですが、こんなの無視してもいいですよね?

ムートン

民事訴訟は無視してしまうと、相手方の言い分が全て認められてしまいます。手間も費用もかかりますが、しっかり対応をする必要があるため、解説していきます!

※この記事は、2025年3月14日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

スラップ訴訟とは

スラップ訴訟」(SLAPP訴訟)とは、勝訴の見込みがないにもかかわらず、相手方に対する嫌がらせや第三者への萎縮効果などを狙って起こす訴訟です。

日本国憲法32条では、裁判を受ける権利が保障されています。
その一環として、日本では裁判所において所定の手続きを行えば、誰も「民事訴訟」を提起できるようになっています。民事訴訟は、個人や法人の間で発生した紛争(トラブル)を解決する裁判手続きです。

民事訴訟の目的は、中立である裁判所を通じて「紛争を解決する」ことにあります。
ところが、誰でも民事訴訟を提起できるという特徴を悪用して、紛争解決以外の不当な目的でスラップ訴訟を提起する例が散見されます。

スラップ訴訟の目的

スラップ訴訟の目的はさまざまで、事案によって異なりますが、特に以下のようなパターンが見受けられます。

  • 相手方に対応のコストをかけさせる
  • 相手方を精神的に苦しめる
  • 当事者でない人も萎縮させる

相手方に対応のコストをかけさせる

民事訴訟を起こされた側は、訴訟期日に出席しなければなりません。どのように反論するかを考え、その内容をまとめた書面を裁判所に提出するのも時間と手間がかかります。

また、民事訴訟の手続きは専門的なので、弁護士に対応を依頼するのが一般的です。弁護士費用の負担も、民事訴訟を起こされた側にとっては無視できません。
特に、経済的に余裕がない個人や小規模な会社にとっては、民事訴訟のコストはたいへん重いものとなります。

スラップ訴訟は、裕福な人芸能人著名人なども含む)や比較的規模の大きい企業が、自らよりも経済的に弱い立場にある者に対して提起することがよくあります。このような場合には、相手方に対応のコストをかけさせることがスラップ訴訟の主要目的の一つであると考えられます。

相手方を精神的に苦しめる

ほとんどの人にとって、民事訴訟は不慣れな手続きであり、その対応に当たっては大きな精神的負担がかかります。民事訴訟の場で自分を責められるような主張をされると、それだけで非常に辛い思いをする人もいるでしょう。

特に個人を相手方とするスラップ訴訟は、精神的に苦しめることが目的と思われるケースがよく見られます。単なる嫌がらせの場合もある一方で、相手方にプレッシャーをかけて、本来であれば全く認められないような請求の一部を認めさせようとするケースも見受けられます。

当事者でない人も萎縮させる

民事訴訟を起こしたことをSNSなどで発信すると、直接の相手方でない別の人にも萎縮効果を及ぼすことがあります。

典型例として挙げられるのは、SNS上で自分の言動が批判された際に、批判した人に対して高額の損害賠償を請求するようなケースです。
名誉毀損や侮辱に当たる誹謗中傷は問題であるものの、正当な批判は自由に行えることが「表現の自由」として保障されています。しかし、批判者に対して次から次へと訴訟を提起するような人に対しては、「面倒になりそうだから何も言わずにおこう……」という気持ちが働いてしまうでしょう。

スラップ訴訟の事例・具体例

スラップ訴訟に当たるものとしては、以下のような例が挙げられます。

スラップ訴訟の事例・具体例

・自分(自社)に対して正当な批判をした人や出版社などの企業を相手に、名誉毀損を理由に高額の損害賠償を請求する訴訟を提起した。

・仲の悪い隣人に対して、何気ない些細な言動の揚げ足をとる形で、高額の損害賠償を請求する訴訟を提起した。

・特定の会社を廃業に追い込むために、明らかに認められる見込みがない損害賠償を請求する訴訟を複数回にわたって提起した。

など

スラップ訴訟と同じ目的で用いられる手口

スラップ訴訟と同様に、相手方に対する嫌がらせや第三者への萎縮効果などを狙い、本来の制度趣旨とは異なる目的で行われるものとして、不当な刑事告訴懲戒請求などが挙げられます。

不当な刑事告訴

犯罪によって害を被った者は、警察官や検察官に対して刑事告訴をすることができます(刑事訴訟法230条)。

特に警察官には、刑事告訴があったときは受理する義務が課されています(犯罪捜査規範63条1項)。
刑事告訴があった段階では、本当に犯罪被害を受けたかどうか分からないので、警察官はとりあえず受理するほかありません。しかし実際に捜査を始めてみると、犯罪被害にあったという申告が全くのでっち上げだったということがあるようです。

犯罪行為をしていなければ、ごく一部の冤罪事案を除き、逮捕や起訴に発展することはありません。しかし、警察や検察での取調べを求められるなど、捜査の対象になった人には精神的にも時間的にも大きな負担がかかります。

不当な懲戒請求

何人も、弁護士または弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、所属弁護士会に対して懲戒請求をすることができます(弁護士法58条1項)。

懲戒請求が行われた場合、所属弁護士会はその事案を懲戒の手続きに付し、綱紀委員会に調査をさせなければなりません(同条2項)。しかし実際には、弁護士が懲戒相当の行為をした事実は全く認められず、言いがかりや虚言に過ぎなかったというケースが非常に多くの割合を占めています。

このような不当な懲戒請求は、対象とされた弁護士や弁護士法人はもちろんのこと、審査を行う所属弁護士会にも大きな負担をかけるものです。

スラップ訴訟を起こした者が負う法的責任

スラップ訴訟を起こした者は、相手方に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。

スラップ訴訟は不法行為に当たり得る

故意または過失によって、他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、不法行為に基づき、被害者に生じた損害を賠償する責任を負います(民法709条)。
スラップ訴訟も、上記の不法行為の要件を満たすことがあり、その場合は原告が被告に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負います。

ただし、憲法で裁判を受ける権利が保障されていることに鑑み、スラップ訴訟について不法行為が成立するかどうかは慎重に判断される傾向にあります。
次の項目で紹介するように、最高裁判例では、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限り、スラップ訴訟について不法行為が成立するとの立場をとっています。

スラップ訴訟による損害賠償請求が認められた判例

最高裁昭和53年7月10日判決の事案では、有限会社の元オーナー経営者が、経営不振が原因で第三者に社員持分を譲渡し、その約3年後に当該譲渡を承認した社員総会決議の不存在確認を求めて訴訟を提起しました。

最高裁は以下の理由などを指摘したうえで、元オーナー経営者(原告、被上告人)の訴えは訴権の濫用に当たると判示し、原判決を破棄して訴えを却下しました。

  • 被上告人は相当の代償を受けて、自ら社員持分を譲渡する旨の意思表示をしたこと
  • 譲渡に対する社員総会の承認を受けるよう努めることは、被上告人として当然果たすべき義務であるところ、当時一族の中心となって会社を支配していた被上告人にとって、その承認を受けることはきわめて容易であったと考えられること
  • 経営権が移動してから相当に長い年月を経た後に訴えを提起したこと

本最高裁判決では、特に訴権の濫用が認定されたことが注目されます。

国民には裁判を受ける権利が保障されていますが、その権利を濫用することは認められません(民法1条3項、民事訴訟法2条参照)。訴訟を提起した経緯があまりにも不適切、不誠実である場合は、裁判所が門前払いをするケースがあることを明確に示した判例といえます。

参考:裁判所ウェブサイト「最高裁昭和53年7月10日判決」

スラップ訴訟による損害賠償請求が認められなかった判例

最高裁昭和63年1月26日判決の事案では、前訴において損害賠償を請求されたものの勝訴した被上告人(=前訴の被告)が、上告人(=前訴の原告)に対して不当訴訟を理由に損害賠償を請求しました。

最高裁は、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならないことを前提として、法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは原則として正当な行為であり、提訴者が敗訴の確定判決を受けたことのみによって、直ちに訴えの提起が違法ということはできないとしました。
その一方で、応訴者に不当な負担を強いる結果を招くような訴えの提起は、違法とされることがある旨を指摘しました。

上記の各点を踏まえて最高裁は、敗訴が確定した訴えの提起が違法となるのは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られると判示しました。
その具体例として、提訴者の主張した権利または法律関係が事実的・法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者がそのことを知りながら、または通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて訴えを提起した場合が挙げられています。

本件について最高裁は、上告人が被上告人に対して損害賠償請求権を有しないことを知っていたとは言えず、また通常人であれば容易にそのことを知り得たともいえないとして、原判決を破棄して損害賠償請求を棄却しました。

本最高裁判決の要点は「敗訴したからといって、必ず不当訴訟とは限らない」ということです。結果的に敗訴しても、裁判所の判断を受ける権利は尊重されなければならないという考え方が強く反映された判例と言えます。

参考:裁判所ウェブサイト「最高裁昭和63年1月26日判決」

スラップ訴訟を起こされた場合の対処法

企業がスラップ訴訟を起こされた場合は、以下のポイントを押さえて対処しましょう。

  • 訴状を無視せず、訴訟期日に出席する
  • プレスリリースなどで抗議のメッセージを発信する
  • 弁護士と協力して対応する

訴状を無視せず、訴訟期日に出席する

相手方の請求を不当であると考えていても、訴状を無視して訴訟期日に出席しないと、相手方の主張に沿った判決が言い渡されてしまいます

訴状が届いたら、訴訟期日には必ず出席しましょう。代理人弁護士に代わりに出席してもらうこともできます。

ヒー

どう見ても嫌がらせ目的なら、何もしなくても裁判所が門前払いしてくれるものだと思っていました…。

ムートン

民事訴訟は、反論しないと「相手の言い分を全部認めた」ことになります、注意しましょう!

プレスリリースなどで抗議のメッセージを発信する

相手方がスラップ訴訟を提起するとともに、自社に対する批判的なメッセージSNS報道などで発信している場合は、自社においても反論することを検討しましょう。例えば、プレスリリースなどで抗議のメッセージを発信することなどが考えられます。

ただし、発信内容が不適切だと世間の強い批判を浴びるおそれがあるので、事前に慎重な検討を行うことが求められます。

弁護士と協力して対応する

訴訟を提起されたら、弁護士に代理人を依頼するのが一般的です。専門的な訴訟手続きにも適切に対応してもらうことができ、労力が大幅に軽減されます。

弁護士に依頼する場合は費用がかかりますが、相手方の請求が明らかに不当である場合は、反訴として弁護士費用相当額の損害賠償を請求することも考えられます。
ただし前述のとおり、訴訟の提起が違法と判断されるハードルは高くなっています。不当訴訟を理由とする損害賠償請求が認められるかどうかは、依頼先の弁護士に相談しながら慎重に検討しましょう。

ムートン

最新の記事に関する情報は、契約ウォッチのメルマガで配信しています。ぜひ、メルマガにご登録ください!