労働条件の不利益変更とは?
具体例・方法・要件・合理的な理由・
手続きなどを分かりやすく解説!
- この記事のまとめ
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「労働条件の不利益変更」とは、労働条件を労働者にとって不利益に変更することをいいます。
労働条件の不利益変更を行う場合は、労働者と使用者の合意によるのが原則です。
ただし例外的に、就業規則の変更による労働条件の不利益変更が認められることがあります。変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ変更内容が合理的なものであることなどが必要とされています。就業規則の変更によって労働条件の不利益変更を行う際には、労働者に配慮する措置を講じることが望ましいです。具体的には、労働者側に対して十分な説明を尽くすことや、代償措置を講じることなどが考えられます。
慎重に準備を整えたうえで、労働基準法所定の手続きに従って就業規則を変更し、その内容を労働者に周知させましょう。この記事では労働条件の不利益変更について、具体例・方法・要件・手続きなどを解説します。
※この記事は、2025年3月17日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。
目次
労働条件の不利益変更とは
「労働条件の不利益変更」とは、労働条件を労働者にとって不利益に変更することをいいます。例えば以下のような変更が労働条件の不利益変更に当たります。
✅ 賃金を減額すること
✅ 休暇の日数を減らすこと
✅ 福利厚生を廃止すること など
労働条件の不利益変更については、労働契約法などの法令によってルールや手続きが定められています。使用者による一方的な労働条件の不利益変更は、違法となるケースも多いので注意が必要です。
労働条件の不利益変更の具体例
労働条件の不利益変更に当たるものとしては、以下の例が挙げられます。
・賃金を減額した。
・定期昇給を廃止した。
・基本給の額を据え置きつつ、その中に固定残業代を含めることとした。
・所定労働時間を延長した。
・所定休日を減らした。
・夏季休暇や年末年始休暇を、有給休暇扱いにした。
・無期雇用契約から有期雇用契約に転換した。
・懲戒事由を追加した。
・福利厚生の内容を、労働者にとって不利益に変更した。
など
労働条件の不利益変更の方法
労働条件の不利益変更は、労働者と使用者の合意によって行うのが原則です。ただし例外的に、就業規則の変更によって労働条件の不利益変更を行うことができるケースがあります。
労働者と使用者の合意
労働者と使用者が合意すれば、労働契約の内容である労働条件を変更することができます(労働契約法8条)。労働条件の不利益変更についても、労使の合意によって行うことができます。
ただし、労働者に対して同意を強制してはいけません。使用者が圧力をかけて無理やり労働者に同意させた場合は、労働条件の不利益変更が無効と判断されるおそれがあるのでご注意ください。
就業規則の変更|ただし制限あり
使用者は原則として、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできません(労働契約法9条本文)。
ただし例外的に、一定の要件を満たす場合には、就業規則の変更による労働条件の不利益変更が認められています(同条但し書き)。どのような場合に認められるのかについては、次の項目で解説します。
就業規則の変更によって、労働条件の不利益変更をするための要件
使用者が労働者と合意することなく、就業規則の変更によって労働条件の不利益変更をするためには、以下の要件を全て満たしていなければなりません(労働契約法10条)。
変更後の就業規則を労働者に周知させること
就業規則による労働条件の不利益変更の効力を生じさせるには、変更後の就業規則を労働者に周知させなければなりません。
就業規則の労働者に対する周知は、以下のいずれかの方法で行う必要があります(労働基準法施行規則52条の2)。
- 就業規則の周知方法
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① 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、または備え付ける。
② 書面を労働者に交付する。
③ 使用者が用いる電子計算機(PCなど)に備えられたファイル、または電磁的記録媒体(HDD、SSD、USBメモリ、CD-Rなど)をもって調製するファイルに記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置する。
就業規則の変更が合理的なものであること
就業規則の変更による労働条件の不利益変更が認められるのは、その変更が合理的なものであるときに限られます。
就業規則の変更が合理的なものであるかどうかは、以下の事情に照らして判断されます。
- 合理性の判断基準(例)
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・労働者の受ける不利益の程度
・労働条件の変更の必要性
・変更後の就業規則の内容の相当性
・労働組合等との交渉の状況
・その他の就業規則の変更に係る事情
特に、賃金などの重要な労働条件を労働者の不利益に変更する場合は、高度の経営不振などのやむを得ない事情があることが求められます。
それだけでなく、労働者本人や労働組合に対して十分な説明を尽くすなど、慎重な準備を経なければなりません。
労働契約によって変更の対象外とされていないこと
労働契約において、労働者と使用者が就業規則の変更によっては変更されないものとして合意していた労働条件については、就業規則の変更によって労働者の不利益に変更することはできません。
例えば労働契約において、最低週3日のリモートワークを認めることと、就業規則の変更によってその条件を変更しない旨が定められているとします。この場合は、就業規則の変更によってリモートワークを廃止したり、リモートワークの日数を減らしたりすることはできません。
労働条件の不利益変更が問題になった最高裁判例
最高裁平成9年2月28日判決の事案では、銀行における労働条件の不利益変更の有効性が争われました。
本事案の銀行では従来、定年が55歳とされていた一方で、58歳までの定年後在職制度が運用されていました。定年後在職制度の運用上、54歳時の賃金水準等を下回ることがない労働条件で、58歳まで働けることが確実でした。
しかし銀行は、就業規則を変更して定年を55歳から60歳へと延長するとともに、賃金の支給に関する運用も変更しました。
その結果、55歳以降の年間賃金が54歳時の63~67%に減少し、58歳まで勤務すれば得られると期待できた賃金等の額を、60歳定年近くまで勤務しなければ得ることができないようになりました。
最高裁は、上記の変更が実質的に労働条件の不利益変更に当たると指摘しました。
さらに、賃金という労働者にとって重要な労働条件に関するものであることに鑑み、受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に限って、不利益変更が効力を生ずるとしました。
本事案について最高裁は、労働者にとっての不利益がかなり大きなものであるとした一方で、以下の事情を理由に挙げて、就業規則の変更による労働条件の不利益変更を有効と判示しました。
・当時において、60歳定年制の実現は国家的な政策課題とされており、銀行側においても早急に解決する必要性が高い課題となっていた。また、定年延長に伴う人件費の増大や人事の停滞等を抑えることは、経営上必要なことといわざるを得なかった。
・従前の55歳以降の労働条件は既得の権利とまではいえず、変更後の就業規則に基づく55歳以降の労働条件の内容は、55歳定年を60歳に延長した多くの地方銀行とほぼ同様で、その賃金水準も、他行の賃金水準や社会一般の賃金水準と比較してかなり高いものだった。
・定年が55歳から60歳まで延長されたことは、女子行員や健康上支障のある男子行員にとっては、明らかな労働条件の改善である。
・福利厚生制度の適用延長や拡充、特別融資制度の新設等の措置が採られており、年間賃金の減額による不利益は緩和されている。
・就業規則の変更は、行員の約90%で組織されている労働組合との交渉と合意を経て、労働協約を締結したうえで行われたものである。
など
就業規則の変更によって、労働条件の不利益変更をする際の手続き
就業規則の変更によって、労働条件の不利益変更を行う際の手続きの流れは、以下のとおりです。
① 労働条件の変更内容を検討する
② 労働者側に意見書を提出してもらう
③ 就業規則の変更を決定する
④ 労働基準監督署に就業規則の変更を届け出る
⑤ 変更後の就業規則を労働者に周知させる
労働条件の変更内容を検討する
まずは、労働条件をどのように変更するかを検討します。
変更内容の検討に当たっては、労働者の受ける不利益の程度や、変更の必要性および相当性を考慮しなければなりません。
使用者にとって一方的に都合が良く、労働者にとって酷な変更は、無効と判断されるリスクが高いので注意を要します。特に労働者の受ける不利益が大きい場合は、何らかの代償措置を講じるなど、労働者に対する配慮を行いましょう。
労働者側に意見書を提出してもらう
常時10人以上の労働者を使用している事業場では、就業規則の変更に当たり、労働者側の意見を聞かなければなりません(労働基準法90条1項)。
労働者の過半数で組織する労働組合があればその労働組合、なければ労働者の過半数代表者の意見を聞く必要があります。
労働者側の意見は、意見書にまとめて提出してもらいましょう。労働者側の意見書は、就業規則の変更を労働基準監督署へ届け出る際に添付書類として提出します。
使用者は、労働者側の意見に従う義務を負いません。就業規則の変更の要否や内容は、あくまでも使用者の判断によって決定します。
ただし前述のとおり、使用者にとって一方的に都合が良く、労働者にとって酷な変更は無効となるリスクがあります。労働者の反発がどの程度予想されるのか、使用者側が見落としている事情はないかなどを、労働者側の意見を参考にしつつよく検討しましょう。
なお、常時使用している労働者が9人以下の事業場では、就業規則の変更に当たり、労働者側の意見を聞く必要はありません。意見書の提出を求めることも不要です。
ただし、労働者側がどのような考えを持っているかを把握することは大切なので、意見を聞くことが望ましいでしょう。
就業規則の変更を決定する
労働者側の意見を考慮したうえで、権限のある機関において就業規則の変更を決定します。
取締役会設置会社では取締役会決議、取締役会非設置会社では取締役の過半数の賛成によって決定するのが一般的です。
労働条件の不利益変更を含む就業規則の変更を決定する際には、改めて前述の要件を踏まえ、不利益変更が認められるかどうかを慎重に検討することが大切です。不利益変更の有効性に疑義がある場合は、変更内容の見直しを行いましょう。
就業規則の変更に関する議論の経緯や決定については、取締役会議事録や取締役決定書に記録しておきましょう。
労働基準監督署に就業規則の変更を届け出る
常時10人以上の労働者を使用している事業場では、就業規則を変更した場合は、その旨を労働基準監督署に届け出る必要があります(労働基準法89条)。
労働基準監督署への届出に当たっては、労働者側の意見書を添付しなければなりません(同法90条2項)。
労働基準監督署への届出に期限は設けられていませんが、あまりにも届出が遅れると是正勧告などを受けるおそれがあります。就業規則を変更したら、速やかに労働基準監督署へ届け出ましょう。
なお、常時使用している労働者が9人以下の事業場では、就業規則の変更に関する労働基準監督署への届出は不要です。
変更後の就業規則を労働者に周知させる
就業規則を変更したら、その内容を以下のいずれかの方法で労働者に周知させる必要があります(労働基準法106条1項、労働基準法施行規則52条の2)。
- 変更した就業規則の周知の方法
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① 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、または備え付ける。
② 書面を労働者に交付する。
③ 使用者が用いる電子計算機(PCなど)に備えられたファイル、または電磁的記録媒体(HDD、SSD、USBメモリ、CD-Rなど)をもって調製するファイルに記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置する。
労働者に対する周知は、就業規則の変更による労働条件の不利益変更の要件でもあります(労働契約法10条)。就業規則が適用される全ての労働者に対して、変更内容の周知を確実に行いましょう。