【飲食業者必見!】
外食産業(飲食店等)等における迷惑行為
に関する法律問題と予防策を解説!

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三浦法律事務所弁護士
University of Pennsylvania Law School(LL.M. with Wharton Business & Law Certificate)修了。 2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)、中級食品表示診断士。長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月より現職。 危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG・SDGs、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。
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この記事のまとめ

昨今、外食産業(飲食店等)等における顧客による迷惑行為が大々的に報道されています。また、数年前にはアルバイト店員等による迷惑行為(いわゆる「バイトテロ」)が世間を騒がせたことは記憶に新しいと思います。
このような実情を踏まえ、飲食業者としては、自身の店舗で従業員または顧客の迷惑行為が発生した場合のリスクマネジメントを考える必要性が高まっています。

この記事では、迷惑行為が発生した場合に問題となり得る法律問題について概観した上で、そのような迷惑行為が発生するリスクを低減できるような予防策について解説します。

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飲食店等での迷惑行為の拡散が後を絶ちません。どれも非衛生的で食欲がなくなる行為で、これでは外食のイメージが落ちてしまいます…。

ムートン

事業者としては大きなリスクであり、飲食店等はこのような行為を予防する必要があります。その方法を以下で確認していきましょう。

※この記事は、2023年2月20日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

外食産業等における迷惑行為の具体的事例|いわゆる「炎上」の例

昨今、外食産業等における顧客による迷惑行為が大々的に報道されています。
飲食店や飲食物を取り扱う店舗(以下「飲食店等」といいます)における迷惑行為自体は、昔から存在していたと思われますが、SNS上での動画の公開・拡散が多くなされるようになり、迷惑行為が可視化されるケースが増加し、報道で大きく取り上げられるようになりました。
SNS上での急速な拡散が、いわゆる「炎上」状態を招き、行為者のみならず、被害者となった飲食店等も多くの非難や批判に晒されるケースも多く見られます。

数年前には、従業員アルバイト等(以下「従業員等」といいます)が自身の勤務先の飲食店で迷惑行為を行い、それを動画に撮影し、SNS等で拡散されたケースが、バイトテロなどと呼ばれ、社会問題化しました。

従業員等による迷惑行為の具体的事例

・カラオケチェーン店において、唐揚げを床に擦り付けた後に揚げる
・牛丼チェーン店において、動画上に「くびかくご」という文字を表示した上で、氷を投げたり、調理器具を下腹部に当てたりする
・回転寿司チェーン店において、ごみ箱に捨てた魚の切り身をまな板に戻す
・中華料理チェーン店において、中華鍋から上がる炎で、口にくわえたタバコに着火する
・コンビニエンスストアにおいて、おでんの鍋のしらたきを口に入れて外に吐き出す、アイスケースに入る
・和食チェーン店において、下半身を配膳用トレーで隠してふざける
・ホテルにおいて、調理場シンクに入る

また、2023年に入って、回転寿司やうどん等のチェーン店において、顧客迷惑行為を行い、当該行為を撮影した動画がSNS等で公開・拡散されたケースが大きく報じられています。

顧客による迷惑行為の具体的事例

・回転寿司チェーン店において、レーンを流れる寿司や卓上の醤油差しや湯呑みに唾液をつける、他の顧客の注文した寿司を横取りして食べる、他の顧客の注文した寿司にわさびを乗せる、共用のガリの容器にタバコの吸い殻を入れる
・うどんチェーン店で、卓上の天かすを共用スプーンで食べる
・ステーキチェーン店において、ソースの容器に直接口を付ける
・牛丼チェーン店において、卓上の紅しょうがを箸で食べる

なお、顧客等からの著しい迷惑行為については、いわゆる「カスタマーハラスメント」と呼ばれるものもあり、2022年2月25日に厚生労働省は、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表しました。
ここでは、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」を「カスタマーハラスメント」と捉えています。

この記事では、顧客等による悪質なクレームのようないわゆる「カスタマーハラスメント」ではなく、従業員等や顧客が飲食店等に対して非常識な言動を行う様子を撮影し、SNS等で公開する行為を「迷惑行為として念頭に置いて解説をしています。

迷惑行為の態様・種類

迷惑行為」、「不適切行為」などと報じられている行為は多種多様であり、厳密な定義があるわけではありません。
報道で取り上げられている飲食店等における従業員等や顧客による迷惑行為を態様・種類に応じて大別すると、以下のような分類が可能です。

✅ 商品・飲食物の不適切な取扱い
例:商品に爪楊枝を入れる、飲食物に素手で触れる、飲食物に唾を付ける、飲食物を床にこすり付ける、飲食物をごみ箱に入れて取り出す

✅ 店舗・設備の不適切な取扱い
例:冷凍庫・冷蔵庫に入る、中華鍋から上がる炎でタバコに着火する、調理器具を下半身に当てるなどしてふざける

✅ 他の顧客に直接不利益を与える行為
例:他の顧客の注文した飲食物を無断で食べる、他の顧客が注文した飲食物に無断でわさびを付ける、他の顧客の情報や映像を無断でSNS等に公開する

迷惑行為によって飲食店等の被る損害・不利益・リスク

従業員等や顧客による迷惑行為により、飲食店等はさまざまな損害・不利益・リスクを被ることになります。具体的には、以下のものが考えられます。

✅ 迷惑行為による積極損害
例:設備や備品の交換、消毒等

✅ 迷惑行為による逸失利益
例:風評被害による売上の減少等

✅ 従業員が迷惑行為を行った結果、飲食店等に法令違反状態が生じるリスク
例:従業員による汚損等により不衛生な状態になった飲食物を顧客に提供し、食品衛生法違反が発生してしまうケース等

✅ その他の不利益・リスク
例:株価の下落、飲食店等の社会的信頼・レピュテーションの低下等

迷惑行為が発生した場合の法律問題

民事上の責任|不法行為、債務不履行による損害賠償

従業員等や顧客の迷惑行為により飲食店等に損害が発生した場合、一般的には、迷惑行為の行為者が不法行為による損害賠償責任を負うケースが多いと考えられます(民法709条)。

民法
第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

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また、従業員等の迷惑行為については、雇用主たる飲食店等と従業員等との間の雇用契約の内容の精査が必要ですが、一般的には、迷惑行為を行った従業員等が雇用契約に違反しているとして、債務不履行による損害賠償責任を負うケースが多いと考えられます(民法415条1項本文)。

民法
第415条(債務不履行による損害賠償)
1 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一 債務の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。

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不法行為構成であっても、債務不履行責任構成であっても、損害賠償請求を行うに際しては、行為(不法行為/債務不履行)と損害との間に相当因果関係があることの立証が必要であり、迷惑行為により飲食店等が被った全損害の賠償が認められるわけではない点に注意が必要です。

また、たとえ民事訴訟において損害賠償請求が認容されたとしても(勝訴判決を得られたとしても)、直ちに迷惑行為の加害者から賠償金が支払われるわけではなく、加害者が賠償金を支払わない場合には、不動産、預金等の差押え等の強制執行を検討せざるを得ません。
さらに、加害者に当該賠償金を支払うだけの資力がない場合には、現実的に賠償金を回収できないリスク(無資力リスク)がある点にも注意が必要です。

このように、理論上は、飲食店等は加害者に対し、民事上の責任を追及することは可能ですが、実際上は、損害との相当因果関係の立証のハードルや、勝訴判決を得た後の賠償金回収ができないリスク等が存在する点は、押さえておく必要があります。
飲食店等としては、迷惑行為で損害を被ったとしても、後に民事訴訟を提起して損害を全額回収できない可能性があるということを念頭に置いて、いかに迷惑行為を予防するかを検討すべきと考えます。

刑事上の責任|信用毀損罪・偽計業務妨害罪、威力業務妨害罪・器物損壊罪、窃盗罪等

信用毀損罪・偽計業務妨害罪

従業員等や顧客の迷惑行為が、「偽計」を用いるものであり、これにより飲食店等の信用を毀損した場合には信用毀損罪飲食店等の業務を妨害した場合には偽計業務妨害罪が成立し得ることになります(刑法233条)。

刑法
第233条(信用毀損及び業務妨害)
虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

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信用毀損罪における「信用」には、人の支払能力又は支払意思に対する社会的な信頼のほか、販売する商品の品質等に対する社会的な信頼が含まれると解されています。
例えば、コンビニエンスストアで買った紙パック入りのジュースに家庭用洗剤を注入した上で、警察官に対して、当該コンビニエンスストアで買った紙パック入りジュースに異物が混入していたと虚偽の申告をし、警察職員からその旨の発表を受けた報道機関にその旨を報じさせた事案(最判平成15年3月11日刑集57巻3号293頁)につき、信用毀損罪の成立が認められました。

偽計業務妨害罪における「偽計」とは、「人を欺き(欺罔し)、あるいは、人の錯誤・不知を利用したり、人を誘惑したりするほか、計略や策略を講じるなど、威力以外の不正な手段を用いること」をいうと解されています(前田雅英編集代表『条解刑法[第4版]』弘文堂、2020年、713頁)。
例えば、中華料理屋に3カ月足らずの間に約970回にわたって無言電話をかけた事案(東京高判昭和48年8月7日高刑集26巻3号322頁)、SNSに「私はコロナだ」と投稿した上で飲食店において感染症に罹患した者が飲食をしているかのような虚偽の事実を表示させた事案(東京高判令和3年8月31日LLI/DB判例秘書登載)につき、偽計業務妨害罪の成立が認められました。

飲食店等において食器を舐めて元に戻す様子を撮影した動画を公開する行為は、飲食店等の衛生面等に疑義を生じさせることにより、飲食店等の業務を妨害したとして、偽計業務妨害罪に問われる可能性があります。

威力業務妨害罪

従業員等や顧客の迷惑行為が、「威力」を用いるものであり、これにより飲食店等の業務を妨害した場合には威力業務妨害罪が成立し得ることになります(刑法234条)。

刑法
第234条(威力業務妨害)
威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。

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※偽計業務妨害罪(刑法233条)同様、3年以下の懲役または50万円以下の罰金

ここでいう「威力」とは、「人の意思を制圧するような勢力」をいうと解されています(最判昭和32年2月21日刑集11巻2号877頁)。
例えば、多数の客が飲食中のデパートの食堂で「このデパートは詐欺行為をしている」などと大声で怒号した事案(大判昭和10年9月23日刑集14巻938頁)、デパートの食堂配膳部にヘビ20匹を撒き散らした事案(大判昭和7年10月10日刑集11巻1519頁)につき、威力業務妨害罪の成立が認められました。

器物損壊罪

従業員等や顧客の迷惑行為が、飲食店等や他の顧客等の「他人の物」を損壊するものであった場合には器物損壊罪が成立し得ることになります(刑法261条)。

刑法
第261条(器物損壊等)
前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。

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※「前三条」に規定された犯罪は、公用文書等毀棄罪(刑法258条)、私用文書等毀棄罪(刑法259条)、並びに建造物等損壊及び同致死傷(刑法260条)

ここでいう「損壊」とは、「財物の効用を侵害する一切の行為」をいうと解されています(判例・多数説。西田典之他編『注釈刑法 第4巻 各論(3)』有斐閣、2021年、615頁)。
例えば、飲食店の営業用の食器に放尿した事案(大判明治42年4月16日刑録15輯452頁)において、「損壊」とは、事実上・感情上その物を再び本来の目的の用に供する状態にさせる場合も含むとして、器物損壊罪の成立が認められました。
食器を割る、机に傷をつけるといった物理的な破壊行為のみならず、食品に大量のわさびを付ける、唾液を付けるといった行為も、器物損壊罪に問われる可能性があります。

窃盗罪

従業員等や顧客の迷惑行為が、飲食店等や他の顧客等の「他人の財物」を窃取するものであった場合には、窃盗罪が成立し得ることになります(刑法235条)。

刑法
第235条(窃盗)
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

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窃盗罪における「窃取」とは、「財物の占有者の意思に反して、その占有を侵害し、自己又は第三者の占有に移すこと」と解されており(前田雅英編集代表『条解刑法[第4版]』弘文堂、2020年、744頁)、いわゆる万引き行為が窃盗罪の典型例ですが、他人の注文した飲食物を無断で食べる行為等も窃盗罪に問われる可能性があります。

被害者として採り得る手段

被害者たる飲食店等としては、捜査機関に対し、「告訴」を行ったり(刑事訴訟法230条)、「被害届」を提出したりすることが考えられます。
告訴と被害届は捜査機関に対して犯罪事実を申告する点で共通していますが、告訴がさらに犯人の処罰を求める意思表示であるのに対し、被害届必ずしも処罰を求める意思表示を含まないところが相違点です。
迷惑行為を受けた飲食店等が告訴を行うことは、企業としての毅然とした態度を示すとともに、模倣犯を防止するという効果も期待できます。

なお、飲食店等が被害を受けた迷惑行為が上記犯罪事実に該当するとして告訴を行い、捜査機関が受理したとしても、検察官には起訴するか否かを決める裁量が認められており、犯人の性格、年齢および境遇、犯罪の軽重および情状ならびに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができるとされています(起訴便宜主義。刑事訴訟法248条)。そのため、告訴が受理されたとしても、必ず検察官が起訴し、刑事裁判に進むわけではないという点は理解しておく必要があります。

懲戒処分|戒告、けん責、減給、出勤停止、懲戒解雇など

従業員等が迷惑行為を行った場合には、当該従業員等に対して、懲戒処分を行うことが考えられます。
懲戒処分については、判例上、「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する」とされているため(最判平成15年10月10日労判861号5頁)、就業規則内に適切に懲戒の種別(戒告、けん責、減給、出勤停止、懲戒解雇等)と懲戒事由を規定しておく必要があります。

この点に関し、厚生労働省が公表しているモデル就業規則(令和4年11月版)では、以下の懲戒事由の条項が定められています。
従業員等による迷惑行為の懲戒事由該当性については個別具体的な検討を要しますが、一般的には、迷惑行為の態様に応じて、素行不良で社内秩序を乱す、服務規律の一部(モデル就業規則11条~15条)に違反する、故意に会社に重大な損害を与える、刑法その他刑罰法規の各規定に違反するといった懲戒事由に該当し得ると考えられます。

(懲戒の事由)
第68条 労働者が次のいずれかに該当するときは、情状に応じ、けん責、減給又は出勤停止とする。
① 正当な理由なく無断欠勤が 日以上に及ぶとき。
② 正当な理由なくしばしば欠勤、遅刻、早退をしたとき。
③ 過失により会社に損害を与えたとき。
素行不良で社内の秩序及び風紀を乱したとき。
第11条、第12条、第13条、第14条、第15条に違反したとき。
⑥ その他この規則に違反し又は前各号に準ずる不都合な行為があったとき。

2 労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第53条に定める普通解雇、前条に定める減給又は出勤停止とすることがある。
① 重要な経歴を詐称して雇用されたとき。
② 正当な理由なく無断欠勤が 日以上に及び、出勤の督促に応じなかったとき。
③ 正当な理由なく無断でしばしば遅刻、早退又は欠勤を繰り返し、 回にわたって注意を受けても改めなかったとき。
④ 正当な理由なく、しばしば業務上の指示・命令に従わなかったとき。
故意又は重大な過失により会社に重大な損害を与えたとき。
会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなったとき(当該行為が軽微な違反である場合を除く。)。
素行不良で著しく社内の秩序又は風紀を乱したとき。
⑧ 数回にわたり懲戒を受けたにもかかわらず、なお、勤務態度等に関し、改善の見込みがないとき。
第12条、第13条、第14条、第15条に違反し、その情状が悪質と認められるとき。
⑩ 許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用したとき。
⑪ 職務上の地位を利用して私利を図り、又は取引先等より不当な金品を受け、若しくは求め若しくは供応を受けたとき。
⑫ 私生活上の非違行為や会社に対する正当な理由のない誹謗中傷等であって、会社の名誉信用を損ない、業務に重大な悪影響を及ぼす行為をしたとき。
⑬ 正当な理由なく会社の業務上重要な秘密を外部に漏洩して会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき。
⑭ その他前各号に準ずる不適切な行為があったとき。

厚生労働省「モデル就業規則」(令和4年11月版)

※下線は筆者による

また、労働契約法15条において、懲戒権の行使が権利濫用となる場合には、懲戒処分が無効になる旨が定められているため、社会通念上の相当性を満たすことも必要です。
具体的には、「同じ規程に同じ程度に違反した場合には、これに対する懲戒は同じ程度たるべきであるという公平性の要請」や「手続的な相当性」を充足することが求められます(菅野和夫著『労働法[第12版]』弘文堂、2019年、717頁)。

労働契約法
第15条(懲戒)
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

労働契約法 – e-Gov法令検索 – 電子政府の総合窓口e-Gov イーガブ

迷惑行為の予防策

他社事例を集積して活かす

さまざまな飲食店等における迷惑行為が多く報じられている状況下において、他社事例の分析予防策を検討する上での出発点となります。
他社事例を参考にして、同種の迷惑行為が自社の飲食店等で発生する可能性がないかをできるだけ高い解像度で想像することにより、自社で迷惑行為が発生するリスクを確度高く分析し、有効な対策を講じられる確率を上げることができると考えられます。

一般的に、自社と類似の業種・業態の飲食店等で迷惑行為が発生した場合には、自社の飲食店等でも同種の迷惑行為が発生する可能性が高いといえます。
例えば、ある回転寿司店において、顧客が回転している寿司や卓上に置かれている箸や湯呑み等を汚損するという迷惑行為が発生した場合、他の回転寿司店は当然として、卓上に食器を置いている業態の飲食店等は、同種の迷惑行為が発生するリスクを分析する必要性が高いと考えられます。

予防策から脇道にそれますが、別の視点として、迷惑行為が発覚した後の他社の善後策を参考にして、自社で同様の迷惑行為が発生した場合の危機対応策を想定しておくことも重要です。迅速かつ適切な是正措置(社内点検・消毒等)や迷惑行為の加害者への毅然とした対応等、他社の好事例は、自社の危機対応策を立案する際、非常に参考になります。

迷惑行為をできない仕組みを構築する

他社事例が自社でも発生するリスクが高いと分析した場合には、次のステップとして、迷惑行為をできない仕組みを構築することが必要です。具体的には、類似手口の迷惑行為を防止できるような設備面マニュアル見直しを行うことが考えられます。

例えば、顧客が卓上に置かれた箸・爪楊枝や湯呑みを汚損するという迷惑行為を防ぐために、箸・爪楊枝を個包装のものに切り替える、そもそも卓上に食器を置かずに都度顧客に手渡すというワークフローに変更するといった対策が考えられます。
これは、迷惑行為が発生する原因となり得る客観的な状況をなくすという意味で、特定の種類の迷惑行為に限れば抜本的な予防策になり得ます。もっとも、飲食店等に追加コストが発生したり、従業員の作業を増やしたりすることになるため、費用対効果を適切に見極めることが重要です。

また、迷惑行為が報じられると、直後に模倣犯が出現したり、よりエスカレートした迷惑行為が後続したりするケースも考えられるところ、迷惑行為を防止できるような仕組みを構築する際の即時性という要素も重要です。

費用対効果の高い施策を迅速に決定・実行することで、自社の飲食店等が迷惑行為の被害を受けるリスクを低減できる確率を上げられます。

迷惑行為を発見できる仕組みにより牽制する

あらゆる迷惑行為を想定し、それを完全に阻止する仕組みを構築することは現実的に不可能と思われます。そのため、従業員等や顧客への心理的抑止力を働かせることを併せて検討する必要があります。

迷惑行為を行う者の中には、

「どうせばれない」
「ただのいたずらであり、大した問題ではない」

などと安易に考えてしまっている者もいると思われます。

そのような者に対し、

「迷惑行為を行ったことはすぐに発見・探知される」
「迷惑行為は深刻な事態を引き起こすものであり、その代償は大きい」

と自覚させ、迷惑行為を思いとどまるよう意識づけを行うことができれば、迷惑行為を阻止できる確率を上げることができます。

具体的には、監視カメラ設置とその旨の周知は、従業員等に対しても、顧客に対しても有効と考えられます。迷惑行為を思いとどまらせるという観点から、単なる監視カメラの設置にとどまらず、その旨の周知という部分も重要です(撮影されていることに気付かない場合には、心理的な抑止力につながりません)。

迷惑行為の深刻さ・重大さを周知させるという意味では、「迷惑行為を発見した場合に法的手段を講じる」といった警告文言を記載したポスター等を店内に掲示する方法も有効と考えられます。

別の視点として、従業員等による迷惑行為については、内部通報制度の整備・周知も有用です。迷惑行為の現場を目撃した従業員等がその旨を通報できる仕組みが整備・周知されることで、「迷惑行為を行ってもすぐに発見・探知される」と思わせることができ、その結果、迷惑行為を未然に防止できる確率を上げることができます。

従業員に対し、適切な周知・教育を行う

従業員等による迷惑行為の防止という観点からは、従業員等への適切な周知教育は非常に重要です。

周知に関しては、後述の教育・研修に加えて、入社時に迷惑行為を行わない旨の誓約書をきちんと内容を理解してもらった上で提出させる、従業員等が見やすい場所にポスターを掲示するといった方法が考えられます。

教育の内容に関しては、迷惑行為の深刻さ・重大さ、迷惑行為を行った者が負う民事上・刑事上の責任、就業規則における服務規律や懲戒事由等を分かりやすく伝えることで、迷惑行為の代償を十分に認識・理解させ、安易に迷惑行為を行ってしまう従業員等が出現するリスクを低減させることができると考えられます。

教育の方法に関しては、特に多数の従業員やアルバイトを抱える飲食店等では、全従業員等を一堂に集めて研修を実施することは困難と思われますので、オンラインでの研修を活用するなどの工夫が必要です。一般に、オンラインでの研修は対面での研修に比べて、双方向型のコミュニケーションが取れず、理解度のチェックが担保しにくいため、理解度をチェックするためのテストアンケートを付加することも一考に値します。研修内容の定着率・浸透率の向上のためには、継続的・定期的に粘り強く教育を実施するなど、地道かつ着実な努力が重要です。

終わりに

飲食業界の方々は、近時、コロナ禍による顧客の減少や原材料費の高騰等、さまざまな困難に直面する中で、美味しいメニューや魅力的なサービスを提供すべく創意工夫を凝らし、営業努力を重ねていることと思います。
そのような時代において、ごく一部の非常識な従業員等や顧客による心無い迷惑行為のせいで、被害に遭った飲食店等や飲食業界全体が深刻なダメージを受けてしまうのは非常に残念でなりません。
ありとあらゆる迷惑行為の発生リスクをゼロにすることは現実的に困難といわざるを得ませんが、さまざまな予防策を講じることにより、未然にリスクを低減することは可能です。この記事が、日々懸命に営業を続けている飲食業界の方々の一助になりましたら幸いです。

参考文献

前田雅英編集代表『条解刑法[第4版]』弘文堂、2020年

西田典之他編『注釈刑法 第4巻 各論(3)』有斐閣、2021年

菅野和夫著『労働法[第12版]』弘文堂、2019年