信義則(信義誠実の原則)とは?
民法や判例を踏まえ分かりやすく解説!

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弁護士法人大江橋法律事務所弁護士
2010年慶應義塾大学法学部卒業、2012年慶應義塾大学法科大学院修了。2014年裁判官任官。 2021年依願退官し、弁護士登録(第一東京弁護士会)。 訴訟・紛争解決、一般企業法務を中心として、倒産、保険等や、一般民事・家事事件を含め幅広い分野を取り扱う。
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この記事のまとめ

信義則(信義誠実の原則)」とは、社会の一員として、互いに相手方の信頼を裏切らないように、誠意をもって行動しなければならないという民法の基本原則のうちの一つです。

民法1条2項に規定されていますが、その具体的な内容は条文からは明らかではありません。

この記事では「信義則」について、その基本的な内容のほか、裁判例を参考とした具体的な効果、機能等を、分かりやすく解説します。

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※この記事は、2023年5月8日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。

※この記事では、法令名等を次のように記載しています。

  • 民訴法…民事訴訟法

※この記事において、条文番号のみの記載は民法の条文を指します。

信義則(信義誠実の原則)とは

信義則(信義誠実の原則)とは、社会の一員として、互いに相手方の信頼を裏切らないように、誠意をもって行動しなければならないという原則をいいます。

民法は基本原則の一つとして、信義則、すなわち「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」と定めています(1条2項)。ただ、条文上の規定はこれだけであり、その具体的な内容は明確に規定されていません。

なお、信義則以外の民法の基本原則は、公共の福祉(1条1項)と権利濫用の禁止(1条3項)です。

契約書に信義則を定める意義

信義則は民法の基本原則であり、基本的には、当然に信義則による制約等を受けることになります。そのため、あえて契約書に信義則の適用がある旨の規定を設ける実益は乏しいと思われます。

また、前記のとおり信義則の規定は抽象的なので、契約書上に、民法の規定と同様の信義則の規定を置くとか、民法1条2項の適用があると規定したとしても、具体的にどのような権利義務が生じるのか等が明確ではありません。

また、後記のとおり、裁判例上、信義則の機能・効果は種々認められていますが、単に信義則の適用があると規定したとしても、その規定から当然に、契約当事者が意図している、信義則に基づく具体的な権利義務等が生じることにはならないと考えられます。その意味でも、あえて信義則について規定する必要は高くありません。

契約当事者が意図している、信義則に基づく具体的な権利義務等がある場合には、上記のように抽象的に信義則の適用があると規定するのではなく、具体的な権利義務等そのものを規定しておくことが有用であると考えられます。

以上のとおり、信義則そのものを規定する実益は乏しいと考えられますが、信義則を根拠とする具体的な権利義務等として当事者双方が希望するものがあれば、それについて契約書に規定することで、当事者双方が想定するとおりの契約の効力が認められると考えられます。

信義則の機能

信義則の機能は後記のとおり多様ですが、基本的には次の4つに整理できます。

① 規範を具体化する機能
② 正義・衡平を図る機能
③ 規範を修正する機能
④ 規範を創造する機能

規範を具体化する機能とは、一般的・抽象的な文言で規定された法規範を、その制定法の枠内で具体化する機能をいいます。例えば、弁済・履行の提供の方法などが信義則により具体的に定められ、弁済として提供された金額がわずかに不足することを理由として受領を拒絶したことは信義則に反するとした例があります(弁済提供金がわずかに不足する場合の受領拒絶)。

正義・衡平を図る機能とは、制定法の枠外の根拠によって正義・衡平を実現する機能をいいます。例えば、消滅時効の完成後に債務を承認した債務者が、その後に時効を援用するのは信義則に反するとした例があります(1| 禁反言の原則)。

規範を修正する機能とは、社会の発展によって制定法をそのまま適用することが妥当でなくなった場合に、制定法を修正する機能をいいます。例えば、不動産賃貸借において賃料不払いがあったとしても、信頼関係を破壊する程度の事情があるとはいえないとして、賃貸借契約の解除が信義則に反し許されないとした判例があります(継続的契約関係における信頼関係法理)。

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これは、解除権の行使には、債務不履行の事実に加え、信義則上、信頼関係の破壊という要件を加えたものであり、規範を修正するものといえます。

規範を創造する機能とは、問題となっている状況に適合させるために、制定法に反して新たな法規範を創造する機能をいいます。例えば、事情変更の原則が挙げられます(4|事情変更の原則)。

信義則の判断基準

前記のとおり、信義則について定める民法1条2項は抽象的な規定にとどまり、具体的にどのような場合に信義則に反することになるのかは明らかではありません。信義則はあらゆる場合に適用され得るところですが、事案により考慮すべき要素が異なり得ることから、一義的にその判断基準を定めることは困難です。

着眼点として、

  • 「権利の行使」「義務の履行」に着目する方法
  • 前記の各機能に着目する方法
  • 信義則が適用される具体的法領域(契約法、親族法等)に着目する方法

などが挙げられますが、どの方法が最も適切・妥当かというものではなく、いずれも検討の際の切り口として参考になるものにとどまります。

実際の裁判例では、当事者双方の多岐にわたる事情を総合的に考慮して判断されることが多く、裁判例を比較検討しても決定的な基準を見いだすことは困難です。

もっとも、権利者・義務者の態度(不誠実な対応、先行行為との矛盾や長期間経過後の権利行使などを含む)、利益の内容(権利者がどのような権利を得て、義務者はどのような不利益を被るか)などは、多くの例で検討される要素といえます。

信義則違反の効果

信義則の規定は抽象的であり、信義則違反の場合の効果についても明記されていません。実際の裁判例でも、信義則が適用される個別具体的な場合に応じてその効果が異なり得ることから、一義的にこのような効果があると説明することは困難です。そこで、信義則違反の場合の効果として主だったものを説明します。

義務の履行の場合、その義務の履行は義務の不履行とされます。債務者の義務の不履行の場合は債務不履行になりますし、債権者の信義則違反によって債務履行が行えない場合には、債権者に受領遅滞の責任が生じることになります。

権利の行使の場合、その権利行使は効果を生じないとされます。例えば、解除権の行使が信義則違反とされる場合には、解除の効力は否定され、契約関係の変動が生じないことになります。

権利の不行使の場合、その権利行使が否定されることになります。長期間にわたり権利を行使しなかった場合に、その権利行使が許容されないことがこれに当たります。

信義則を根拠とする基本原則

ここまでは信義則の要件、効果の観点から説明をしてきました。以下では、信義則が実際に適用される場面を概観し、どのように信義則が適用され、機能しているのかをみていきます。

まず、信義則に基づく民法上の基本的な原則とされるものを説明します。

1|禁反言の原則

禁反言(きんはんげん)の原則とは、自らの行為(不作為も含む)と矛盾した態度をとることを許さないという原則のことです。相手方の信頼を保護することが主な目的です。

具体的な事例としては、消滅時効が完成した後に債務者が債務の承認をした場合に、その後に消滅時効を援用することが信義則に反するとして、その援用が制限された事例があります(最判昭和41年4月20日民集20巻4号702頁)。時効の完成後に債務者が債務の承認をすることは、時効による債務の消滅と相いれない行為であって、相手方(債権者)においても、債務者が時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうことが、時効の援用を制限する理由とされており、禁反言の原則に従ったものといえます。

また、無権代理行為をした者が、無権代理行為の本人の地位を単独で相続した場合に、無権代理行為についての追認拒絶を認めるのは信義則に反するとした判例があります(最判昭和37年4月20日民集16巻4号955頁)。

2|クリーンハンズの原則

クリーンハンズの原則とは、不誠実な行為により取得した権利等を主張することや、不誠実な行為によって相手方に有利な権利等が生じるのを妨げることを許容しないとする原則のことです。自己の権利を主張して裁判上の保護を受けようとする者は、誠実(正当)でなければならないという考えです。

民法上、不法な原因によって不当利得が生じた場合には利得の返還を認めないとされていますが(不法原因給付・708条)、これはクリーンハンズの原則の一つの現れといえます。

具体的な事例としては、労働金庫における員外貸付(会員以外の者に対して行う貸付)は無効とされますが、員外貸付を受けた者が、その貸付契約の無効を理由として、自ら設定した抵当権やその実行手続の無効を主張することが信義則上許されないとされた事例があります(最判昭和44年7月4日民集23巻8号1347頁)。

この事案では、自ら架空の従業員組合を結成して貸付を受け、自己の事業資金として利用したという事情がありました。不誠実な(不当な)行為により無効な貸付を受けた者が、抵当権者やその実行手続における不動産の競落人の権利を妨げることが許容されないとされたものであって、禁反言の原則の事例とも整理できますが、クリーンハンズの原則の事例の一つともいえます。

3|権利失効の原則

権利失効の原則とは、権利者が、長期間にわたりその権利を行使しなかった場合に、法律が定める制限期間内であっても権利の行使を許さないとする考えをいいます。相手方において、その権利が行使されないとの信頼を保護すべき場合に、権利者の権利行使を制限するものです。

判例も、一般論として、解除権者が、長期にわたり権利を行使せず、相手方において解除権がもはや行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至ったため、その後にこれを行使することが信義則に反すると認められるような特段の事由がある場合には、解除権の行使が許されないとしています(最判昭和30年11月22日民集9巻12号1781頁)。

4|事情変更の原則

事情変更の原則とは、契約締結時に当事者の予見し得なかった事実が契約締結後に生じたことによって、その契約の基礎となった事情が変更し、それにより当初の契約内容によって当事者を拘束することが著しく不合理となった場合に、契約内容の変更契約の解除を認めることをいいます。

最高裁判例で事情変更の原則によって契約の解除等を認めたものはありません。

一般論として上記の事情変更の原則を認めたものはありますが(最判昭和29年2月12日民集8巻2号448頁最判平成9年7月1日民集51巻6号2452頁等)、要件が充足されないとして、いずれも適用が否定されています。

信義則が適用される具体例

信義則を根拠とする基本原則を紹介しましたが、信義則が適用されるのはこのような場合に限られません。

そこで、以下で、信義則が適用された裁判例を紹介しつつ、どのような場合に信義則が適用され、どのように機能するのかを説明します。

権利の行使・義務の履行に関する適用例

弁済提供金がわずかに不足する場合の受領拒絶

ある不動産を買い戻す契約において、「529円8銭(代金517円+契約費用12円8銭)」必要であるところ、1円8銭だけ不足していたため、買戻しの効力は生じていないとして買戻しの効力を争ったという事案において、大審院は、極めてわずかな不足にすぎないにもかかわらず買戻しの効力が生じていないと主張することが信義則に反するとして、買戻しの効力を認めました(大判大正9年12月18日民録26輯1947頁)。

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このように、義務の履行がわずかに不完全であった場合に、その義務の履行の効果を否定することが信義則に反する場合があります。

継続的契約関係における信頼関係法理

建物の賃貸借契約において、催告期間内に延滞賃料が完全には弁済されなかったものの、ほぼ弁済が終わっていること・今回を除いて賃料の延滞がなかったことなどの事情に照らして、信頼関係を破壊する程度の事情があるとはいえないとして、賃貸借契約の解除が信義則に反し許されないとした判例があります(最判昭和39年7月28日民集18巻6号1220頁)。

また、下級審判例ですが、製造業者と販売業者との間の継続的供給契約において、契約期間が1年とされていたものの、申出がない限り当然更新されること・長期間の契約となることが予定されており、現実にも契約期間が長期に及んでいたという事情の下で、製造業者が、契約で定められた解除権を行使するためには、信義則上、取引関係を継続しがたいようなやむを得ない事由が必要であるとした裁判例があります(大阪高判平成9年3月28日判時1612号62頁)。

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このように、長期間の契約の存続が予定されている取引で、契約を解消する場合には、信義則上、信頼関係が破壊され、取引を継続できないというべきやむを得ない事由が必要とされる場合があります。

使用者責任に関する使用者・被用者間の求償の制限

従業員(被用者)が、会社(使用者)の事業の執行について不法行為責任を負う場合、会社も連帯責任を負うことがあります(使用者責任・715条1項)。この場合に、会社が損害を賠償したときは、会社は、従業員に対して求償を求めることができます(715条3項)。

この求償の範囲について、事業の性格・規模・被用者の業務の内容・労働条件等といった諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に限られるとした判例があります(最判昭和51年7月8日民集30巻7号689頁)。

反対に、従業員が損害を賠償したときは、会社に対して求償を求めることができますが(逆求償)、その求償の範囲についても同様に、信義則上相当と認められる限度に限られるとされています(最判令和2年2月28日民集74巻2号106頁)。

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このように、求償権などの権利が信義則上相当と認められる範囲に限られることがあります。

背信的悪意者排除論

物権変動があったことを知りながらその不動産について利害関係を持つに至った者において、その物権変動についての登記がないことを主張することが信義に反する場合には、登記がないことを主張するについて正当な利益を有しないものであって、民法177条にいう「第三者」にあたらないとした判例があります(最判昭和43年8月2日民集22巻8号1571頁)。

上記判例の事案は、すでに山林の売買がされたことを熟知する者が、その山林の所有権移転の登記がされていない状況を利用して、買主に権利証等を高値で売りつけるために、事情をよく把握していない売主(元所有者)からその山林を安値で購入したというもので、山林を購入した者同士の間で山林の所有権の帰属が争われました。

最高裁は、上記のような事情から、山林を後から購入した者が登記のないことを主張することは信義に反するとして、先に購入した者は、登記なしに、後から購入した者に対して山林の所有権を主張することができるとしました。

単に事情を知っていたにとどまらず、極端に悪質・背信的な事情がある場合、そのような者は保護されないとした判例といえます。

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このような、信義則を基礎とした「背信的悪意者排除論」と呼ばれる考え方が、判例実務において確立しています。

権利・義務の発生根拠として用いられた事例

説明義務・情報提供義務

商品先物取引において、一定の取引手法を用いている商品取引員が、専門知識のない顧客から先物取引を受託しようとする場合には、その商品取引員は、信義則上、受託前に、顧客に対し、取引手法の具体的内容や、顧客と商品取引員との間で利益相反関係が生じる可能性が高いことなどを十分説明する義務を負うとされた判例があります(最判平成21年12月18日集民232号833頁)。

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このように、情報格差や取引の際のリスクの大きさ等といった事情から、取引関係に立つ一方の当事者が、相手方に対し、信義則上、一定の内容を説明し、また相手方が取引を行う判断をするのに十分な情報を提供することが求められることがあります。

安全配慮義務

自衛隊員が勤務中に自動車事故によって死亡した事案において、最高裁は、以下のとおり示しました(最判昭和50年2月25日民集29巻2号143頁)。

  • 安全配慮義務は、法律関係の付随義務として当事者の一方(又は双方)が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものである
  • 国は、公務員に対し、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っている
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このように、契約関係等の一定の法律関係が認められる場合には、その法律関係そのものではないにしても、信義則を根拠として、付随的な義務が認められることがあります。

契約交渉段階における注意義務

ゲーム販売業者の意向に基づいて、機械メーカーが開発・製造するゲーム機を、中間業者を介して順次販売する旨の契約の締結を見据えて、機械メーカーがゲーム機の開発をしていましたが、販売業者が突如ゲーム機の改良要求をしたことによって頓挫して、結局、契約の締結に至りませんでした。

この際、中間業者は、契約のないまま開発等を継続することに難色を示す機械メーカーに対し、実際には具体的な見込みがないにもかかわらず、契約が確実に締結されるであろうとの期待を抱かせて、ゲーム機の開発・製造を行わせたという事情がありました。

上記の事案において、最高裁は、中間業者が機械メーカーに対して上記のように過大な期待を抱かせ、相応の費用を投じて開発・製造をさせたものであって、中間業者はそのことを十分に認識していたことを指摘して、信義則上の注意義務違反があるとして、機械メーカーに生じた損害を賠償すべき責任を負うとしました(最判平成19年2月27日集民223号343頁)。

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このように、相手方に一定の期待を抱かせるなどして、相手方の信頼を保護すべき事情がある場合には、契約が締結される前の段階であっても、信義則上の義務が認められることがあります。

契約解釈に用いられた事例

保険約款の解釈

生命保険契約において、「被保険者が、保険契約者又は保険金受取人の故意により死亡した場合には、上告人は死亡保険金を支払わない」との免責条項が規定されていたことにつき、その免責条項の趣旨を

「生命保険契約において、保険契約者又は保険金受取人が殺人という犯罪行為によって故意に保険事故を招致したときにも保険金を入手できるとすることは、公益に反し、信義誠実の原則にも反するものであるから、保険金の支払を制限すべきである」

とした上で、この免責条項は、

「保険契約者又は保険金受取人そのものが故意により保険事故を招致した場合のみならず、公益や信義誠実の原則という本件免責条項の趣旨に照らして、第三者の故意による保険事故の招致をもって保険契約者又は保険金受取人の行為と同一のものと評価することができる場合をも含む」

と解釈した判例があります(最判平成14年10月3日民集56巻8号1706頁)。

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このように、契約を文言どおりに適用した場合に不当な結論になる場合に、信義則を参照して契約解釈することで妥当な結論が導かれる場合があります。

民法以外における信義則に関する規定

ここまで、民法において信義則が機能する場面をみてきましたが、信義則は民法以外にも適用されます。以下では、民法以外において信義則が機能する例をいくつか説明します。

消費者契約法10条

消費者契約法10条は、消費者契約において、消費者の権利を制限し、または義務を加重する条項で、信義則に反するものは無効とする旨規定しています(消費者契約法10条)。

消費者契約法の制定以前は、民法の信義則違反や公序良俗違反(90条)などによって契約の無効を主張することで、消費者に不利益な契約条項の有効性が争われることがありましたが、認められる場合が多くありませんでした。

そこで、信義則を根拠として消費者に一方的に不利な条項の無効を主張できる場合を明文で定めて消費者保護が図られています。

特許法における包袋禁反言

特許出願の際に、出願人が、審査経過において補正を行ったり意見書を提出したりする場合があります。侵害訴訟において、権利者(出願人)が、審査経過において行った主張と矛盾する主張を主張することを許さないとするルールを包袋禁反言(審査経過禁反言)といいます。

これは「1|禁反言の原則」が特許訴訟において現れたもので、信義則を根拠とするものと考えられています。

行政法における信頼保護の原則

信義則は民法という私法上の規定ですが、行政法上も信義則が妥当します。特に、従前の行政活動の存続を期待する私人の信頼が保護されなければならないという考え方があり、信頼保護の原則といわれます。

例えば、自治体が工場誘致を積極的に進めてきたところ、首長の選挙により前職が落選し、工場誘致に反対する人が当選したことにより、工場事業者への協力を中止することとなり、その結果、事業者においてそれまで行ってきた投資が無駄になったという事案において、最高裁は、一定の信頼関係がある場合に、一方的な施策の変更によって社会通念上看過できない程度の損害が生じる場合に、地方公共団体が代償措置を講じることなく施策を変更することは、やむを得ない客観的な事情によるのでない限り、信頼関係を不当に破壊するものとして違法であると判断しており、信頼保護の原則を認めています(最判昭和56年1月27日民集35巻1号35頁)。

民事訴訟における訴訟上の信義則

民法は実体法の規定ですが、手続法である民事訴訟法(民訴法)にも信義則が妥当します。

民訴法は、「裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない」(民訴法2条)と定め、民事訴訟手続においても信義則が妥当することを明記しています。

例えば、証明妨害があった場合に挙証者の主張を真実と認めることができるとされていますが(民訴法224条など)、これは訴訟上の信義則の現れということができます。

また、買主から売買契約に基づく目的物の引渡しを求められた者が、売買契約の無効を主張して勝訴した後、買主から、売買契約の無効を理由として代金の返還を求められたのに対し、売買契約が無効であることを争う(有効であると主張する)ことは制限されるものと考えられます。

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これも、禁反言、矛盾挙動の禁止という信義則に基づく制限の一つといえます。

公共の福祉、権利濫用の禁止との関係

最後に、信義則とともに基本原則として規定されている公共の福祉(民法1条1項)や権利濫用の禁止(1条3項)と信義則がどのような関係にあるのかについて説明します。

これらはいずれも「一般条項(具体的な権利義務について規定するものではなく、抽象的な価値基準を規定するもの)」であり、「信義則の機能」と同様、制定法を補完するなどの役割をもちます。

これらの中でも信義則と権利濫用の禁止とがどのように使い分けられるのかについては種々の見解があります。契約関係など権利義務関係にある当事者間においては信義則が、そうでない者の間では権利濫用の禁止が妥当するという見解、債権関係については信義則が、物権関係については権利濫用の禁止が妥当するという見解などがあります

しかし、信義則と権利濫用の禁止の実際の使い分けをみると、必ずしも明確に整理できるものではなく、両者が併記される例もみられます。厳密に両者を使い分ける必要性が高いものでもないことから、上記のように整理し得るという程度の指針として理解するのがよいでしょう。

公共の福祉については、私権が公共の福祉に適合しなければならないという理念を規定したものであって、実際の問題の処理に用いられることはまずありません。そのため、公共の福祉と、信義則や権利濫用の禁止の関係が問題となることは通常想定されません。

この記事のまとめ

以上のとおり、信義則の意義、内容等について、判例の事案を交えて説明しました。

一般条項の一つである信義則は、主として、個別具体的な法規定や契約条項の適用では不都合が生じる場合に、その補充のために適用されるものです。信義則を適用しなければならない場合というのはそう多くはないと思われますが、あらゆる場合に広く適用されることが想定されます。

いかに契約書を詳細に詰めたところで、信義則違反により無効とされたり、権利行使を許容されなかったりすることがあれば、契約が機能しないこととなってしまいます。

そのため、いかなる場合にどのような効果を生じるのかについては、一般論のほか、裁判例の事案を参照しつつ、頭においておくことが有用です。契約条項の検討の際や信義則によって問題を解決する必要が生じた場合等に、本記事が何らかの参考になれば幸いです。

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参考文献

能見善久・加藤新太郎編『論点体系判例民法1 総則(第3版)』第一法規、2018年