期限の利益喪失条項とは?
喪失事由や例文などを分かりやすく解説!
- この記事のまとめ
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「期限の利益」とは、一定の期日が到来するまでの間、債務を履行しなくてよい利益を意味します。
例えば、売買契約では、物を購入した側は代金を支払う義務を負い、通常は、物の引渡しと同時に代金を渡さないといけません。しかし、契約書で、月末にまとめて払うと定めることで、一定の期限の間、代金の支払いを待ってもらえるという利益(=期限の利益)が発生します。
そして、「期限の利益喪失条項」とは、債務者の契約違反などがあった場合に、この期限の利益を喪失させ、前倒しで全ての債務を履行させる旨を定めた条項です。
金銭消費貸借契約(ローン契約)のほか、取引基本契約や売買契約などにおいて期限の利益喪失条項が定められます。
今回は期限の利益喪失条項について、基本から分かりやすく解説します。
※この記事は、2022年9月2日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。
目次
期限の利益喪失条項とは
「期限の利益喪失条項」とは、債務者の契約違反などがあった場合に、本来の履行期限よりも前倒しで全ての債務を履行させる旨を定めた条項です。
- 債務と債権
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✅債務|相手方に対して負っている義務
例:代金を支払う義務・借金を返済する義務✅債務者|債務を負っている者
✅債権|相手方に対して請求できる権利
例:購入した物を受け取る権利・利息の支払いを求める権利✅債権者|債権を保有している者
✅履行|債務者が義務を果たすこと
<期限の利益喪失条項の例>
金銭消費貸借契約(ローン契約)のほか、取引基本契約や売買契約などにおいて期限の利益喪失条項が定められます。
「期限の利益」とは
「期限の利益」とは、一定の期日が到来するまでの間、債務(例:借金の返済/代金の支払い)を履行しなくてよい利益を意味します。
例えば金銭消費貸借契約(ローン契約)の場合、お金を借りた人は、お金を返す義務を負い、契約書でお金をいつまでに返すかという期限を定めます。これは逆にいえば、返済期日が来るまではお金を返す必要がないという利益を得ていると考えることができます。
期限の利益に関する民法上のルール
民法では、期限の利益について以下の条文が定められています。
(期限の到来の効果)
第135条 法律行為に始期を付したときは、その法律行為の履行は、期限が到来するまで、これを請求することができない。
2 法律行為に終期を付したときは、その法律行為の効力は、期限が到来した時に消滅する。
(期限の利益及びその放棄)
第136条 期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する。
2 期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。
(期限の利益の喪失)
第137条 次に掲げる場合には、債務者は、期限の利益を主張することができない。
⑴ 債務者が破産手続開始の決定を受けたとき。
⑵ 債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたとき。
⑶ 債務者が担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき。
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民法135条1項の「法律行為に始期を付したとき」には、例えば、お金を借りるという契約において、返済の期日を定めた場合などが該当します。返済の期日を定め、それに互いが合意した以上、お金を貸した側は、返済日がくるまで返済を請求することができない、ということが定められています。
民法136条2項では、期限の利益は放棄できることが定められています。例えばお金を借りた側(債務者)は、返済の期日がくる前にお金を返しても構わないということです。ただし相手方(債権者)の利益を害することはできませんので、前倒しで返済したとしても、本来の返済期日までの利息を全額支払う必要があります。
民法137条では、債務者が期限の利益を失う場合が定められています。この条文は、任意規定なので、これ以外にも、期限の利益を失う場合を追加することができます。
実務上も、民法137条各号の事由に加え、別の期限の利益喪失事由を定めることが一般的になっています。(具体的な例文は、「金銭消費貸借契約における主な当然喪失事由・例文」以降で、後述します。)
「期限の利益の喪失」とは
期限の利益の喪失とは、期限の利益が失われることです。返済が契約通りに実行されないなど、期限の利益の喪失事由に該当すると期限の利益は喪失し、債務者は債務の一括返済が求められるケースがあります。
期限の利益喪失をした場合、債権者は一括請求できるようになります。
期限の利益喪失条項が発動した場合の法的効果
期限の利益喪失条項が発動すると、債務者は期限の利益を失います。
つまり、将来履行すればよかった(現時点では履行しなくてもよかった)債務の弁済期が一挙に到来し、債務者は直ちに債務全額を支払う義務を負います。お金を借りていたならば、いますぐ借金全額を返済しなければならなくなるのです。
期限の利益喪失条項を定める主な目的
契約で期限の利益喪失条項を定める目的は、主に以下の2点です。
債務者が倒産する前に債権を回収できるようにするため
期限の利益喪失事由として定められるのは、債務者の信用に不安が生じ、将来的に倒産する可能性が高くなった場合です。
実際に債務者が倒産してしまうと、債権はほとんど回収できなくなってしまいます。そのため債権者としては、期限の利益喪失事由を定めることで、債務者が倒産する前に債権を回収できるようにしておく必要があるのです。
債務者にプレッシャーを与えて、債務の履行を促すため
期限の利益を喪失すると、債務者は将来払えばよかったものを含め、債務全額を直ちに支払わなければなりません。そうなれば、債務者が資金を集めることは事実上不可能であり、ほぼ確実に倒産に追い込まれてしまいます。
債務者としては、期限の利益を喪失して倒産することは何としても避けたいはずです。そのため、契約上のスケジュールに従った債務の履行に努めるようになるでしょう。
2種類の期限の利益喪失事由
期限の利益喪失条項では、
という2種類の期限の利益喪失事由が定められるのが一般的です。
当然喪失事由とは
当然喪失事由とは、事由が発生した時点で直ちに債務者が期限の利益を喪失する事由です。
何を当然喪失事由として、何を請求喪失事由とするかは、契約交渉で決めることになります。
しかし、債務者が破産手続開始の決定を受けた事実といった、取引の継続が不可能なことが明らかである重大な事由については、当然喪失事由とするべきです。そうすることで、迅速に債務者の期限の利益を失わせることができ、すぐに債権回収に移行できるからです。
請求喪失事由とは
請求喪失事由とは、事由発生後に債権者が債務者への請求を行った段階で、初めて債務者が期限の利益を喪失する事由です。
などが発生した場合、自動的に取引を打ち切ってしまうのは柔軟性に欠ける部分があります。
そのため、このような事由については請求喪失事由として、債権者に取引の継続の可否を判断する権利を与えるのが一般的です。
金銭消費貸借契約における主な当然喪失事由・例文
期限の利益喪失事由を定めるべき契約の代表例が、金銭消費貸借契約(ローン契約)です。以下では、金銭消費貸借契約における期限の利益喪失条項の主な内容・例文を紹介します。
まずは、当然喪失事由について見てみましょう。
- 金銭消費貸借契約における当然喪失事由の例文
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1. 借入人は、以下の各号のいずれかに該当する事由が発生した場合には、本契約に基づく一切の債務について当然に期限の利益を失い、貸付人に対して直ちに当該債務を弁済しなければならない。
(1)借入人が支払不能若しくは支払停止の状態に陥ったとき、又は手形若しくは小切手が不渡りとなったとき
(2)借入人について破産手続開始、再生手続開始、更生手続開始、特別清算開始その他の倒産手続開始の申立てがあったとき
(3)借入人が解散し、合併、会社分割、株式交換、株式移転若しくは株式交付その他の組織再編を行い、事業を譲渡し若しくは事業を譲り受け、又は組織変更を行ったとき
(4)借入人が貸付人に対して有する預金債権につき、仮差押え、仮処分、強制執行又は公租公課の滞納処分があったとき
(5)借入人が所在不明となったとき
支払不能・支払停止等
借入人(借りた側)が支払不能に陥った場合、その後に倒産することがほぼ確実なため、貸付人(貸した側)は早急に債権回収に動かなければなりません。また、支払停止や手形・小切手の不渡りが発生した場合も、倒産の確率がかなり高いため、迅速な債権回収が求められます。
そのため、支払不能・支払停止等については当然喪失事由に挙げておくべきです。
倒産手続開始の申立て
借入人が倒産手続開始の申立てを行った場合も、実際に倒産してしまう可能性が高いです。
この場合、個別の債権回収は法律上禁止されますが、倒産手続の中で円滑に債権を行使できるように、倒産手続開始の申立ては当然喪失事由に挙げておくべきでしょう。
解散等
借入人が解散すれば、取引を継続することは不可能です。
また、組織再編・事業譲渡・事業譲受け・組織変更は、借入人の組織・資産・事業を大幅に変更するため、金銭消費貸借契約に基づく取引の前提を覆す行為といえます。
そのため、解散・組織再編・事業譲渡・事業譲受け・組織変更も、当然喪失事由に挙げるのが一般的です。
預金債権の差押え等
貸付人が銀行である場合、借入人の預金口座が返済用口座として用いられます。
返済用口座について
が行われれば、債務の返済に支障を来すことが確実です。そのため、預金債権(口座)の差押え等については、当然喪失事由として定めておきましょう。
所在不明
借入人が個人の場合は、所在不明を当然喪失事由として定めることがあります。所在不明の借入人からは、債務の返済が期待できないためです。
金銭消費貸借契約における主な請求喪失事由・例文
次に、請求喪失事由の例文・内容を解説します。
- 金銭消費貸借契約における請求喪失事由の例文
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2. 借入人は、以下の各号のいずれかに該当する事由が発生した場合には、本契約に基づく一切の債務について、貸付人の請求により期限の利益を失い、貸付人に対して直ちに当該債務を弁済しなければならない。ただし、前項に定める事由が発生した場合には、前項の規定を適用する。
(1)借入人が貸付人に対して、本契約に基づく債務を弁済期において支払わずに3営業日が経過したとき
(2)借入人が本契約に基づく義務に違反したとき
(3)第〇条に規定する取引実行前提条件が、一つでも充足されていないことが判明したとき
(4)第〇条に基づく借入人の表明及び保証が真実でなく、又は不正確であることが判明したとき
(5)貸付人の借入人に対する担保権が失効したとき
(6)借入人の財産のうち、借入人が貸付人に対して有する預金債権以外のものにつき、仮差押え、仮処分、強制執行又は公租公課の滞納処分があったとき
返済遅延
弁済期が到来した債務を支払わないことは、金銭消費貸借契約における基本的な義務に違反する行為です。
しかし、単に債務者が支払を忘れていただけかもしれず、すぐに支払ってもらえれば取引を続けることに大きな支障はありません。そのため返済遅延は、猶予期間を設けた上で請求喪失事由とするのが一般的です。
契約上の義務違反
当然喪失事由に該当しない契約違反については、内容によって深刻度はさまざまです。また、借入人の努力によって解消できるならば、取引を続けても問題ない場合があります。
そのため契約上の義務違反については、貸付人に取引を続けるかどうかの判断を委ねる形で、請求喪失事由とすることが多いです。
取引実行前提条件の未充足
取引実行前提条件の未充足が判明した場合、貸付けの前提が崩れるため、基本的には資金を引きあげるべき場面です。
しかし、取引実行前提条件の重要度はさまざまであり、内容によっては免除してあげてもよい場合があります。そのため、取引実行前提条件の不充足は請求喪失事由とするのが一般的です。
表明保証違反
表明保証違反についても、取引実行前提条件と同様に、内容によって重要度が異なります。よって表明保証違反については、貸付人に取引継続可否の判断権を与えるため、請求喪失事由とすることが多いです。
担保権の失効
担保権の失効は、貸付人にとって債権回収に悪影響を与える重大な事態です。
しかし、借入人に代わりの担保を差し入れる余力があれば、取引を続けても問題ない場合があります。そのため、担保権の失効は請求喪失事由とするのが一般的です。
預金債権以外の財産の差押え等
返済用口座に対する場合とは異なり、その他の財産に対する保全処分・強制執行・滞納処分は、対象財産の種類や金額によって重要度が異なります。
したがって、預金債権以外の財産の差押え等については、貸付人に判断権を与えるために請求喪失事由としておくのがよいでしょう。
期限の利益喪失条項をレビューする際のポイント
金銭消費貸借契約における期限の利益喪失条項は、貸付人・借入人がそれぞれの立場で、以下の事項に留意してレビューを行いましょう。
貸付人側が注意すべきポイント
貸付人としては、借入人の信用不安を発生させる事由が、期限の利益喪失事由として漏れなく挙げられていることを確認する必要があります。取引の目的や借入人の属性などに応じて、どのような事由を定めるべきかをよく検討しましょう。
その一方で、当然喪失事由と請求喪失事由の振り分けにも注意が必要です。許容できる可能性がある事由については、貸付人の判断の余地なく期限の利益喪失となってしまわないように、請求喪失事由として位置付けましょう。
借入人側が注意すべきポイント
借入人としては、自社のミスによって予期せず期限の利益を喪失してしまうリスクを、最小限に抑えることがポイントになります。
弁済期をはじめとして、契約上のルールを遵守するよう努めるのは当然です。それに加えて、事務処理上のミスが発生しそうなケースについては請求喪失事由とした上で、可能であれば以下の2つを求めましょう。
治癒期間のうちに契約違反等を解消すれば期限の利益を喪失しないようにしておくことで、ミスによって予期せず全額返済を求められるリスクを防げます。
取引基本契約・売買契約における期限の利益喪失条項の例文
金銭消費貸借契約のほか、取引基本契約や売買契約でも、期限の利益喪失条項が規定される場合があります。
当然喪失事由・請求喪失事由の考え方は金銭消費貸借契約と同じですが、取引の内容に応じて加除修正を行いましょう。
取引基本契約における例文
継続的な発注・受注(委託・受託)を内容とする取引基本契約では、買掛金債務について期限の利益が発生するため、期限の利益喪失条項を定めることがあります。
- 取引基本契約における期限の利益喪失条項の例文
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1.委託者は、以下の各号のいずれかに該当する事由が発生した場合には、本契約に基づく一切の債務について当然に期限の利益を失い、受託者に対して直ちに当該債務を弁済しなければならない。
(1)委託者が支払不能若しくは支払停止の状態に陥ったとき、又は手形若しくは小切手が不渡りとなったとき
(2)委託者について破産手続開始、再生手続開始、更生手続開始、特別清算開始その他の倒産手続開始の申立てがあったとき
(3)委託者が解散し、合併、会社分割、株式交換、株式移転若しくは株式交付その他の組織再編を行い、事業を譲渡し若しくは事業を譲り受け、又は組織変更を行ったとき
(4)委託者が所在不明となったとき
2. 委託者は、以下の各号のいずれかに該当する事由が発生した場合には、本契約に基づく一切の債務について、受託者の請求により期限の利益を失い、受託者に対して直ちに当該債務を弁済しなければならない。ただし、前項に定める事由が発生した場合には、前項の規定を適用する。
(1)委託者が受託者に対して、本契約に基づく債務を弁済期において支払わずに3営業日が経過したとき
(2)委託者が本契約に基づく義務に違反したとき
(3)第〇条に基づく委託者の表明及び保証が真実でなく、又は不正確であることが判明したとき
(4)委託者の財産につき、仮差押え、仮処分、強制執行又は公租公課の滞納処分があったとき
売買契約における例文
売買契約において期限の利益喪失条項を定めるべきなのは、売買代金を後払い又は分割払いとする場合です。
- 売買契約における期限の利益喪失条項の例文
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1. 買主は、以下の各号のいずれかに該当する事由が発生した場合には、本契約に基づく一切の債務について当然に期限の利益を失い、売主に対して直ちに当該債務を弁済しなければならない。
(1)買主が支払不能若しくは支払停止の状態に陥ったとき、又は手形若しくは小切手が不渡りとなったとき
(2)買主について破産手続開始、再生手続開始、更生手続開始、特別清算開始その他の倒産手続開始の申立てがあったとき
(3)買主が解散し、合併、会社分割、株式交換、株式移転若しくは株式交付その他の組織再編を行い、事業を譲渡し若しくは事業を譲り受け、又は組織変更を行ったとき
(4)買主が所在不明となったとき
2. 買主は、以下の各号のいずれかに該当する事由が発生した場合には、本契約に基づく一切の債務について、売主の請求により期限の利益を失い、売主に対して直ちに当該債務を弁済しなければならない。ただし、前項に定める事由が発生した場合には、前項の規定を適用する。
(1)買主が売主に対して、本契約に基づく債務を弁済期において支払わずに3営業日が経過したとき
(2)買主が本契約に基づく義務に違反したとき
(3)第〇条に基づく買主の表明及び保証が真実でなく、又は不正確であることが判明したとき
(4)買主の財産につき、仮差押え、仮処分、強制執行又は公租公課の滞納処分があったとき
この記事のまとめ
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