取締役の善管注意義務とは?
違反事例や対応策などを分かりやすく解説!
- この記事のまとめ
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「善管注意義務」とは、その人の社会的な地位から一般的に要求される注意義務を意味します。
善管注意義務の内容や水準は、義務を負う者の地位や状況に応じて異なります。
株式会社の取締役は、善管注意義務を負う職責の典型例です。取締役が善管注意義務に違反した場合は、会社から責任を追及されるリスク、解任されるリスクなどを負います。
善管注意義務に関するトラブルを防ぐには、取締役自身が注意深く業務を行うことに加えて、会社の側でも内部統制システムやリスクマネジメント体制を構築するなど、予防策を講じることが大切です。
この記事では、善管注意義務に関する基礎知識や、取締役の善管注意義務に関する注意点などを解説します。
(※この記事は、2022年2月22日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。)
目次
取締役の善管注意義務とは?
取締役は、会社から経営を任され、会社のために職務を行う立場にあります。このような会社と取締役の関係性を、民法上「委任」と呼んでいます。
職務を会社から委任されている取締役は、会社に対して「善管注意義務(その人の社会的な地位から一般的に要求される注意義務)」を負っています(会社法330条、民法644条)。具体的には、取締役は経営者として払うべき注意を怠らずに、会社のために誠実に職務を行わなければなりません。
取締役以外に、善管注意義務を負う場合の例
取締役以外にも、善管注意義務を負うケースがあります。具体的に、どのような人が善管注意義務を負っているのかを見ていきましょう。
他人から物を預かっている場合
留置権者(民法298条1項)や有償寄託の受寄者(有料で物を預かって保管する者、民法400条)は、対象物の保管・管理などについて、所有者に対する善管注意義務を負います。他人の物を預かっている以上は、その物を無事に返すまでの間、壊したりしないように注意する必要があるからです。
ただし、無償寄託の受寄者(無償で物を預かって保管する者)については、「自己の財産と同一の注意義務」(「善管注意義務と『自己の財産と同一の注意義務』との違い」にて、後述)を負うにとどまります(民法659条)。
売買契約で引渡しが決まった物を、引渡しまで保管する場合
売買契約を締結した後、実際に物を買主に引き渡すまでの間、売主は物の保管・管理などについて、買主に対する善管注意義務を負います(民法400条)。
約束どおり売買を実行するために、きちんと目的物を管理する必要があるからです。
他人からなんらかの事務を委任された場合
株式会社の取締役を含め、他人から法律上又は事実上の事務を委任されている者は、委任者に対して善管注意義務を負います(民法644条、656条)。
信頼関係に基づいて委任を受けている以上は、委任者を裏切らないように、注意深く事務を処理する必要があるからです。
取締役以外の会社の役員・会計監査人や(会社法330条)、組合における業務執行組合員(民法671条)なども善管注意義務を負っています。
後見・保佐・補助に関する事務を行う場合
「成年後見制度」とは、判断能力の低下した本人が、適切に法律行為を行えるようにサポートする制度です。
サポート役となる後見人・保佐人・補助人や、サポート役を監督する後見監督人・保佐監督人・補助監督人は、それぞれ成年後見制度を利用する本人に対して善管注意義務を負います(民法869条、876条の5第2項、876条の10第1項、852条、876条の3第2項、876条の8第2項)。
その他
上記以外にも、事務管理を行う者は、本人に対する善管注意義務を負います(民法698条の反対解釈)。
また、配偶者居住権(民法1032条1項)又は配偶者短期居住権(民法1038条1項)に基づき建物に居住する者も、建物の所有者に対して善管注意義務を負います。
善管注意義務と「自己の財産と同一の注意義務」との違い
善管注意義務と対比される概念として、「自己の財産と同一の注意義務」があります。
善管注意義務を負う者は、故意又は過失(重過失・軽過失)により委任者(会社)に損害を与えた場合には、善管注意義務違反の責任を問われ、損害を賠償する義務を負います。
これに対して、「自己の財産と同一の注意義務」を負う者は、故意又は重過失がない限り、相手方に与えた損害を賠償する義務を負いません(=軽過失の場合は、損害賠償責任を負わない)。
このように、善管注意義務と「自己の財産と同一の注意義務」は、事務を行う者にどの程度の過失があれば違反に該当するかという点に違いがあります。
「自己の財産と同一の注意義務」を負う者の例は、以下のとおりです。
- 「自己の財産と同一の注意義務」を負う者の例
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✅ 特定物の引渡しについて、債権者による受領遅滞が発生した後の債務者(民法400条)
✅ 無報酬の寄託契約における受寄者(民法659条)
✅ 相続財産の管理をしている、相続放棄をした者(民法940条1項)
など
取締役の善管注意義務の内容・水準はどのように決まるのか?
善管注意義務の内容・水準は、義務を負う者の地位や置かれている状況などに応じて異なります。
例えば取締役の場合、以下に挙げる要素などを考慮して、善管注意義務の内容・水準が決まると考えられます。
- 取締役の善管注意義務の内容・水準を決定する主な要素
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✅ 過去の経験や実績
✅ 専門的知識の程度
✅ どのような役割を期待されて取締役に選任されたか
✅ 発生した問題が、担当領域の範囲内かどうか
など
取締役の善管注意義務違反等が問題になる主なパターン
取締役の善管注意義務が問題になるケースは、主に以下の5つのいずれかに分類できることが多いです。
取締役が自ら法令違反に加担した場合
取締役自身が違法行為を犯しているケースは、善管注意義務違反の中でも、最も悪質な違反に当たります。
会社資金の横領や粉飾決算などが、取締役の犯しがちな善管注意義務違反の典型例です。
担当エリアで発生した違法行為等を見逃した場合
取締役自身が積極的に違法行為をしていなくても、自らの担当エリアで違法行為等が発生し、取締役に監督上の過失が認められれば、善管注意義務違反の責任を負います。 取締役は、違法行為・不適切行為等が発生しないよう、内部統制システムやリスクマネジメント体制の構築・運用をする義務も負っているためです。
現場での違法行為等の発生を防ぐためには、取締役自身が従業員とコミュニケーションを取り、日頃から現場の状況を把握しておくことが重要になるでしょう。
経営判断ミスにより、会社に損害を発生させた場合
経営判断ミスによって、会社に損害が発生した場合にも、取締役は善管注意義務違反の責任を負う場合があります。
ただし、経営判断は不確定な要素があり、常に一定のリスクが存在するものです。経営判断に関して過大な責任を課すと、取締役が萎縮してしまい、適切なリスクを取る判断ができなくなってしまいかねません。そのため経営判断については、その決定の過程や内容に著しく不合理な点があった場合に限り、善管注意義務違反に当たると解されています(「経営判断の原則」。最高裁平成22年7月15日判決)。
競業取引・利益相反取引の開示・承認取得を怠った場合
取締役は、以下のいずれかに該当する取引を行う場合、株主総会に対して取引に関する重要な事実を開示し、その承認を受けなければなりません(会社法356条1項)。
①自己又は第三者のために行う、会社の事業の部類に属する取引(競業取引)
②自己又は第三者のために、会社と直接行う取引(直接取引)
③会社が取締役の債務を保証するなど、取締役以外の者との間で行う、会社と当該取締役の利益が相反する取引(間接取引)
※直接取引と間接取引を総称して「利益相反取引」という
競業取引・利益相反取引については、会社の利益となる場合もあるため、一律に禁止とはされていません。しかし、取締役が権限を利用して私腹を肥やす結果に繋がることも多いため、株主総会に対する開示と、株主総会決議による承認の取得が義務付けられています。
もし取締役が、株主総会への開示又は株主総会決議による承認の取得を怠ったまま競業取引・利益相反取引を行い、その結果として会社に損害を与えた場合は、善管注意義務違反の責任を問われることになります。
悪意・重過失により第三者に損害を与えた場合
会社に対する善管注意義務違反とは別に、取締役が職務執行について第三者に損害を与えた場合には、当該第三者に対する損害賠償責任を負うことがあります。
取締役は職務執行につき、悪意又は重大な過失によって第三者に損害を与えた場合、その損害を賠償しなければなりません(会社法429条1項)。「第三者」には、会社の取引先・債権者・株主などが含まれます。
なお、一般の不法行為責任(民法709条)とは異なり、取締役による経営上の意思決定への萎縮効果を防ぐため、軽過失によって与えた損害については免責されています。
第三者に対して与えた損害につき、取締役の悪意や重大な過失が認められるのは、例えば以下のような場合です。
- 取締役の悪意・重大な過失が認められるケースの例
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・取締役による会社資金の横領が発覚した結果、株価が暴落した。
・他の取締役による粉飾決算につき、財務諸表などを見れば簡単にわかるはずなのに、ほとんどチェックせずに見逃していた。その後、粉飾決算をした取締役が逮捕され、株価が暴落した。
また、取締役が以下の行為をした場合には、注意を怠らなかったことを証明しない限り、第三者に生じた損害を賠償する責任を負います(会社法429条2項)。
①株式・新株予約権・社債・新株予約権社債に係る募集事項等についての虚偽通知・記載・記録
②計算書類・事業報告及びこれらの付属明細書、臨時計算書類における重要な事項についての虚偽記載・記録
③虚偽の登記
④虚偽の公告
取締役が善管注意義務に違反したらどうなる?
取締役が善管注意義務に違反すると、会社や株主に対して損害賠償責任を負うほか、取締役を解任されるおそれがあります。
会社から任務懈怠による損害賠償責任を追及される
善管注意義務に違反した取締役は、会社から任務懈怠責任を追及される可能性があります(会社法423条1項)。売上・利益の減少分や、追徴課税・罰金などによって被った損害についても、すべて損害賠償の対象となるので要注意です。
ただし、総株主の同意があれば、取締役の損害賠償責任を免除することが認められます(会社法424条)。
また、株主総会決議(会社法425条)や責任限定契約(会社法427条)により、最低責任限度額を超える部分の損害賠償責任の免除が認められることもあります。
株主などに対しても責任を負う場合がある
善管注意義務違反について、取締役に悪意又は重大な過失が認められる場合には、株主や債権者など会社以外の第三者に対しても、損害賠償責任を負います(会社法429条1項)。
この場合、多数の者から集団訴訟を提起される可能性も高く、収集困難な事態といえるでしょう。
株主代表訴訟を提起される可能性がある
取締役は、株主代表訴訟を提起される可能性もあります。
株主代表訴訟とは、会社役員の経営判断により会社に損害を与えたにもかかわらず、会社がその責任を追及しない場合に、株主が損害を発生させた役員に対して訴訟を提起できる制度です(会社法847条)。
株主代表訴訟では、高額の損害賠償を請求される場合があり、数百億円もの損害賠償を命じる判決などもあります。株主が勝訴しても、損害賠償金を得るのは会社ですが、取締役個人にとっては、非常に大きなリスクといえます。
取締役を解任される可能性がある
善管注意義務に違反した取締役は、株主総会決議により、取締役の地位を解任される可能性があります(会社法339条1項、341条)。
不祥事を起こした取締役を追放し、会社のイメージを回復したいという思惑が働くケースが多いため、極めて高確率で解任が行われることになるでしょう。
取締役の善管注意義務違反が発生した場合の対応フロー
取締役の善管注意義務違反により、会社に損害が発生した場合、速やかに事態の収拾を図ることが大切です。具体的には、以下のフローに従って迅速な対応を行いましょう。
対応方針について経営陣・顧問弁護士の間で協議する
取締役の不祥事に関する対応は、会社の業務や評判に対するダメージを最小限に抑えるため、緊急を要します。
取締役の善管注意義務違反を把握した場合には、すぐに経営会議を招集して、その後の対応方針を話し合いましょう。
また、違反した取締役の責任追及や解任、株主等からのクレームなどについては、法的な観点からの対応が要求されます。そのため、経営陣の間で話し合うことに加えて、顧問弁護士にアドバイスを求めるのも効果的です。
プレスリリースなどを通じて、株主等に対する説明を行う
取締役の善管注意義務違反が発生した場合、同族会社を除けば、株主が会社に対して不信感を抱くことは間違いありません。株主からの信頼を失った状態では、会社経営は困難を極めますので、いち早く信頼回復に向けた取り組みを行いましょう。
株主からの信頼を回復するには、取締役の不祥事に関する対応方針を、公式なメッセージとして迅速に発信することが大切です。経営会議で事後対応を決定したら、プレスリリースなどを通じて、速やかにその内容を株主に伝えましょう。
違反した取締役を解任する
不祥事によって傷ついた会社のイメージを刷新するには、当事者となった取締役を解任することも有力な選択肢です。
会社にとって重要な役割を果たしていた取締役でも、会社の生まれ変わりをアピールするために、解任した方がよい場合もあります。
経営陣の間で解任がベストだと判断した場合には、臨時株主総会を招集して、株主に解任の可否を諮りましょう。
再発防止策を実施する
取締役による不祥事は、会社に対して大きなダメージを与えるため、同じ事態を二度と繰り返さないことが大切です。
次の項目で挙げる内容も参考にして、取締役による不祥事を効果的に防止できる体制の構築を目指しましょう。
取締役の善管注意義務違反を防ぐため、会社がとり得る対策
取締役の善管注意義務違反による不祥事は、未然に防げるに越したことはありません。
次の内容を含む対策を講じて、不祥事に強い会社を作り上げる必要があります。
取締役間の相互監視を強化する
各取締役の職務執行を監視することは、取締役会に課された重要な役割です(会社法362条2項2号)。
取締役会の構成員である取締役は、自分の担当エリアばかり注意を払うのではなく、他の取締役がなにをしているのかについても、常日頃から気を配っておきましょう。
取締役会の運営方法としても、各取締役に対して定期的に業務報告を求めるなど、取締役間の情報共有が十分に行われるようなやり方を検討する必要があります。
内部監査・外部監査を実施する
取締役同士の監視だけでは、細かい部分を見落とす可能性が高く、場合によってはなれ合いが生じてしまうおそれがあります。そこで、客観的な視点からの監査を定期的に実施することが、不祥事の予防策としては効果的です。
監査には大きく分けて、社内の監査部門による「内部監査」と、外部の監査法人などによる「外部監査」の2種類があります。大企業の場合は内部監査と外部監査を併用し、中小企業の場合は外部監査を依頼することが多いです。
監査には多額の費用がかかりますが、会社の健全性を維持するための必要経費ととらえることもできます。一定以上の規模の会社は、費用対効果も考慮しつつ、監査の実施をご検討ください。
社内全体のコンプライアンス意識を高める
社内で発生する違法行為を、取締役自ら阻止することには限界があります。
そのため、従業員それぞれに対してコンプライアンス意識を浸透させ、そもそも違法行為が発生しにくい環境を整えておくことが大切です。
具体的には、コンプライアンスに関する従業員研修を行ったり、各部署にコンプライアンス担当者を常駐させて啓蒙したりすることが考えられます。
トップダウンで従業員をコントロールするだけでなく、従業員側の自発的な姿勢・取組みにより、社内の不祥事を防止することを目指しましょう。
この記事のまとめ
取締役の善管注意義務の記事は以上です。最新の記事に関する情報は、契約ウォッチのメルマガで配信しています。ぜひ、メルマガにご登録ください!