固定残業代とは?
計算例・メリット・デメリット・
明示事項・注意点などを分かりやすく解説!
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- この記事のまとめ
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「固定残業代」とは、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ決められた金額が支払われる残業代です。
固定残業代制では、労使の間で「固定残業時間」が定められます。
固定残業時間に達するまでは、実際の労働時間にかかわらず、残業代の額は変わりません。固定残業時間を超過した場合は、超過時間について追加残業代が発生します。固定残業代制を導入すると、企業側にとっては残業代の計算がシンプルになります。また、労働者側において残業時間を減らすインセンティブが働くため、業務の効率化が促されます。
その反面、実際の残業時間に比べると、より多くの残業代の支払いが生じ得る点が企業側にとってのデメリットです。追加残業代が発生し得ることを踏まえて、固定残業代制の労働者についても、労働時間の管理は通常どおり行いましょう。
この記事では固定残業代制について、メリット・デメリット・労働者に明示すべき事項・運用上の注意点などを解説します。
※この記事は、2024年12月10日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。
目次
固定残業代とは
「固定残業代」とは、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ決められた金額が支払われる残業代です。
固定残業代制の仕組み
固定残業代制では、労使の間で「固定残業時間」が定められます。
固定残業時間に達するまでは、実際の労働時間にかかわらず、残業代の額は変わりません。固定残業時間を超過した場合は、超過時間について追加残業代が発生します。
例えば、固定残業時間が月20時間で、実際の残業は月10時間だったとします。この場合、20時間分の固定残業代が支払われます。
これに対して、実際の残業は月30時間だったとすると、20時間分の固定残業代に加えて、10時間分の追加残業代が支払われます。
固定残業代制とみなし労働時間制の違い
固定残業代制とみなし労働時間制は、混同されることがあるものの、異なる制度です。
「みなし労働時間制」は、実際の労働時間にかかわらず、一定時間労働したものとみなす制度をいいます。労働基準法では、以下の3つのみなし労働時間制が認められています。
- みなし労働時間制の種類
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・事業場外みなし労働時間制(労働基準法38条の2)
・専門業務型裁量労働制(同法38条の3)
・企画業務型裁量労働制(同法38条の4)
みなし労働時間制では、労働者の残業時間にかかわらず、追加残業代は一切発生しません(深夜手当を除く)。
これに対して固定残業代制では、労働者が固定残業時間を超えて働いた場合は、追加残業代が発生します。
固定残業代制は、手当(残業代)の種類ごとに導入する
固定残業代制の対象となる手当(残業代)は、「時間外手当」「休日手当」「深夜手当」の3種類です。
- 固定残業代制の対象となる手当(残業代)
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・時間外手当
→法定労働時間を超える労働(=時間外労働)に対して支払われる手当・休日手当
→法定休日の労働(=休日労働)に対して支払われる手当・深夜手当
→午後10時から午前5時までの労働(=深夜労働)に対して支払われる手当
固定残業代制は、対象となる手当を明示した上で個別に導入します。固定残業時間も、手当の種類ごとに定めます。
実務上よく見られるのは、時間外手当についてのみ固定残業代制を導入するパターンです。
このパターンで労働者が休日や深夜に働いた場合は、固定残業時間に関係なく、追加の休日手当・深夜手当が発生します。
これに対して、時間外手当につき固定残業時間月20時間、休日手当につき固定残業時間月10時間、深夜手当につき固定残業時間月5時間というように、全ての手当について固定残業代制を導入することもできます。
固定残業代制における残業代の計算例
<設例1>
1時間当たりの基礎賃金:2000円
固定残業代(時間外手当):5万円
固定残業時間(時間外手当):月20時間
実際の時間外労働の時間数:月10時間
設例1では、実際の時間外労働(10時間)が固定残業時間(20時間)を下回っています。
この場合、追加残業代は発生しませんが、固定残業代(5万円)は満額支払われます。したがって、トータルの残業代は5万円です。
<設例2>
1時間当たりの基礎賃金:2000円
固定残業代(時間外手当):5万円
固定残業時間(時間外手当):月20時間
実際の時間外労働の時間数:月30時間
設例2では、実際の時間外労働(30時間)が固定残業時間(20時間)を10時間超過しています。
時間外手当の割増率は、通常の賃金に対して25%です。したがってこの場合、固定残業代5万円に加えて、追加残業代2万5000円(=2000円×125%×10時間)が発生します。
その結果、トータルの残業代は7万5000円となります。
固定残業代制を導入する企業側のメリット・デメリット
固定残業代制を導入すると、企業側にとっては残業代の計算がシンプルになります。また、労働者側において残業時間を減らすインセンティブが働くため、業務の効率化が促されます。
その反面、実際の残業時間に比べると、より多くの残業代の支払いが生じ得る点が企業側にとってのデメリットです。
メリット1|残業代の計算がシンプルになる
固定残業代制の場合、実際の残業時間が固定残業時間以下である労働者に対しては、固定残業代を満額支給することになります。
実際の残業時間が固定残業時間以下であることさえ把握できていれば、細かい残業代の計算を行う必要がありません。
特に多数の労働者を雇用する企業では、労働者ごとに残業代の詳細な計算を行うのはかなり大変です。固定残業代制を導入すると、残業代の計算がシンプルになり、事務負担を軽減できるメリットがあります。
メリット2|業務の効率化が促される
固定残業代制では、残業の時間が少なければ少ないほど、労働者の時給が上がります。
労働者としては、業務を効率化して労働時間を少なくすることで、ワークライフバランスを改善しようとするモチベーションが生じると考えられます。
業務が効率化されることは、コストの削減や労働災害の防止などの観点から、使用者側にとっても大きなメリットとなります。労働者による自主的な業務の効率化を促すためには、固定残業代制を導入することも有力な選択肢の一つです。
デメリット|実際の残業時間よりも多くの残業代が発生し得る
固定残業代制で働く労働者に対しては、実際の残業時間が固定残業時間を下回った場合でも、固定残業代を満額支払わなければなりません。
その結果、固定残業代を採用していない場合に比べると、使用者はより多くの残業代を支払うことになります。
固定残業時間が長すぎると、使用者にとっては人件費のロスが多くなってしまいます。実際の残業時間の見通しを立てた上で、固定残業時間を適切に設定することが大切です。
固定残業代制を適用する労働者に対して明示すべき事項
使用者は、固定残業代制を適用する労働者に対して、以下の3つの事項を明示しなければなりません。
① 固定残業代を除いた基本給の額
② 固定残業時間と固定残業代の計算方法
③ 固定残業時間を超える労働に対して、割増賃金を追加で支払う旨
固定残業代を除いた基本給の額
基本給と固定残業代が区別できない形で示されると、労働者としては、賃金が適正に計算されているのかどうか、実際の待遇は高いのか低いのかなどが判断しにくくなります。
そのため、使用者は労働者に対し、固定残業代を除いた基本給の額を明示しなければなりません。
- 固定残業代を除いた基本給の額の記載例
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<OK例>
基本給:25万円
固定残業代:5万円(20時間分)
※固定残業代を別途記載する<NG例>
給与:30万円(基本給と固定残業代を含む)
固定残業時間と固定残業代の計算方法
固定残業代は、固定残業時間に対応しています。固定残業時間を超えた場合には、追加残業代が発生します。
追加残業代が発生するボーダーラインとして、固定残業時間を定めることは必須であり、労働者に対しても固定残業時間を明示しなければなりません。
また、固定残業代の総額を示しただけでは、労働者としては、固定残業代が適切な額に設定されているのかどうかが分かりにくいです。
そのため、使用者は労働者に対し、固定残業代の計算方法を明示する必要があります。
- 固定残業時間と固定残業代の計算方法の記載例
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<OK例>
固定残業代5万円(時間外労働の有無にかかわらず、25時間分の時間外手当として支給する。)<NG例>
固定残業代5万円
※固定残業時間と固定残業代の計算方法が示されていないのでNG
固定残業時間を超える労働に対して、割増賃金を追加で支払う旨
「固定残業代制」と聞くと、「どんなに働いても残業代は同じ」「働かせ放題」などと勘違いする労働者もいます。
このような勘違いを防ぐため、使用者は労働者に対し、固定残業時間を超える労働に対しては割増賃金を追加で支払う旨を明示しなければなりません。
- 固定残業時間を超える労働に対して、割増賃金を追加で支払う旨の記載例
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<OK例>
月25時間を超える時間外労働に対しては、通常の賃金に対して25%(月60時間を超える部分については50%)の割増賃金を追加で支払います。<NG例>
記載なし
or
実際の残業時間にかかわらず、固定残業代を支給します。
固定残業代を導入する際の注意点
企業が固定残業代制を導入する際には、特に以下の2点に注意しましょう。
① 労働時間の管理は通常どおり行うべき
② 固定残業時間が長すぎると、固定残業代制が無効になるおそれがある
労働時間の管理は通常どおり行うべき
固定残業代制を導入すると、賃金の計算はシンプルに済ませられるケースが多くなりますが、労働時間の管理は通常どおり行うべきです。
固定残業代制の労働者についても、労働時間の管理を通常どおり行った方がよい理由は、主に以下の2点です。
- 労働時間の管理を行った方がよい理由
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(a) 追加残業代を正しく計算し、支払うため
固定残業時間を超えて残業をした労働者に対しては、追加残業代を支払わなければなりません。追加残業代を正しく計算するためには、労働時間を正確に把握する必要があります。(b) 労働者から未払い残業代を請求された際に、適切に反論するため
固定残業代制で働く労働者との間でも、残業代の未払いに関するトラブルが発生することはあり得ます。
労働者から未払い残業代を請求された場合には、使用者が把握している労働時間の状況を示しながら反論する必要があります。
「どうせ固定残業時間を超えることはないから」などと安易に考えて、固定残業代制の労働者について労働時間の管理を怠ると、思わぬトラブルに見舞われるリスクが高くなります。
通常の労働者と同様に、勤怠管理システムなどを活用して、労働時間を1分単位で正確に記録しましょう。
固定残業時間が長すぎると、固定残業代制が無効になるおそれがある
追加残業代を一切発生させないように、固定残業時間を非常に長く設定する企業が稀に見られます。しかし、固定残業時間が長すぎる場合は、固定残業代制が公序良俗違反(民法90条)によって無効になるおそれがあるので注意が必要です。
東京高裁平成30年10月4日判決の事案では、固定残業時間を80時間とする定めの有効性が問題となりました。
東京高裁は以下のように判示し、固定残業時間を80時間とする定めを無効としました。
「実際には、長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情が認められる場合はさておき、通常は、基本給のうちの一定額を月間80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることは、公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当である。
東京高裁平成30年10月4日判決
……本件固定残業代の定めは、労働者の健康を損なう危険のあるものであり、公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当であり、この結論を左右するに足りる特段の事情は見当たらない」
固定残業時間が無効となるボーダーラインは一概に言えませんが、労働基準法の原則的な上限である45時間を大幅に超える固定残業時間は、無効と判断されるリスクが高いと考えられます。
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