競業避止義務とは?
適正な期間・誓約書作成のポイント
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- この記事のまとめ
-
「競業避止義務」とは、簡潔にまとめると、会社が行っている事業と競業する行為を行わない義務をいいます。主に、従業員や取引先に対して課されます。
競業避止義務は、
・会社が保有している機密情報などの流出を防止する
・商圏や顧客を確保する
ために重要なものですが、義務を課せられる者ごとに、法的根拠や競業避止義務に反した場合の効果が異なってきます。この記事では、競業避止義務を負う対象者やその根拠、有効性の判断ポイント、競業避止義務の内容、誓約書を作成する際の注意点などを解説していきます。
※この記事は、2023年5月18日に執筆され、同時点の法令等に基づいています。
※この記事では、法令名を次のように記載しています。
- 独禁法…私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律
目次
競業避止義務とは
「競業避止義務」とは、簡潔にまとめると、会社が行っている事業と競業する行為を行わない義務をいいます。
競業避止義務の具体的な内容は、競業避止義務を課される対象者や競業避止義務の根拠により異なりますが、大まかには以下のような義務をいいます。
【従業員・取締役・退職者(以下「従業員等」といいます)の競業避止義務】
所属している(していた)会社と競業する会社に就職したり、競業する事業や取引を行ったりしない義務
【企業間取引における競業避止義務】
取引相手と競業する事業を営んだり、取引相手の競業他社と同様の取引を行ったりしない義務
会社が従業員等や取引先に競業避止義務を課す目的は、会社が保有している機密情報や各種技術・営業ノウハウなどの流出を防止すること、商圏や顧客を確保することです。
競業避止義務契約とは
従業員・取締役・代理商・事業譲渡会社は、以下に記載するとおり、法律の規定に基づく競業避止義務を負っています。
しかしながら、従業員や取締役は、退職した後は、法律の規定による競業避止義務は負いません。また、代理商や事業譲渡会社以外の取引先も、法律上当然には競業避止義務を負いません。
そこで、これらの者に競業避止義務を課したい場合、契約により競業避止義務を課す必要があります。
このような、競業避止義務を課す契約を、「競業避止義務契約」といいます。競業避止義務契約では、
- 競業避止義務の具体的な内容
- 競業避止義務を負う期間
- 違反した場合の効果
などを定めます。
競業避止義務契約は、競業避止義務を課す者(会社)と課される者(従業員等・取引先)との間で競業避止についての合意があれば成立し、必ずしも独立した一つの契約である必要はありません。
例えば、以下のような方法でも、競業避止についての合意がありますので、競業避止義務を課すことができます。
- 従業員等から競業避止義務についての誓約書を徴収する方法
- 取引先との契約の中に競業避止義務条項を設ける方法
なお、就業規則に競業避止義務についての規定がある場合、競業避止義務契約そのものではありませんが、従業員は、就業規則に基づき競業避止義務を負います。
競業避止義務を負う者
従業員は労働契約法3条4項により、また、取締役は会社法365条1項により、法律上、所属会社に対し競業避止義務を負います(詳しい内容は後述します)。
また、代理商と事業譲渡会社は、法律上以下のような競業避止義務を負います。
【代理商に課される競業避止義務(商法28条、会社法17条)】
・代理商は、取引の代理または媒介をする会社の許可なく、その会社の営業の部類に属する取引をしてはならない。
・代理商は、取引の代理または媒介をする会社の許可なく、その会社と同種の事業を行う会社の取締役、執行役または業務を執行する社員となってはならない。
【事業譲渡会社に課される競業避止義務(会社法21条)】
・事業譲渡会社は、その事業を譲渡した日から20年間(特約をした場合には30年以内)、同一または隣接する市町村内で同一の事業を行ってはならない。
・事業譲渡会社は、不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない。
従業員や取締役を退職・退任した者(以下「退職者」といいます)や代理商・事業譲渡会社に該当しない取引先は、法律の規定による競業避止義務は負いませんから、所属していた会社や取引相手との間で競業避止義務契約がある場合に限り、競業避止義務を負います。
競業避止義務契約が「有効」と判断される基準・ポイント
退職者に対する競業避止義務契約が「有効」と判断される基準・ポイント
法律上、退職者に対する競業避止義務の規定はありませんが、競業避止義務契約を締結することにより、退職者に対し、競業避止義務を負わせることができます。
しかしながら、退職者には職業選択の自由や営業の自由があるため、競業避止義務契約に規定すればどのような内容の義務でも認められるというわけではなく、職業選択の自由や営業の自由を不当に制限する競業避止義務は無効となります。
この点、裁判例では、競業避止義務契約によって退職者に課される競業避止義務について、以下の6つのポイントを中心に、具体的な事情に照らして職業選択の自由や営業の自由を不当に制限していないかを総合的に検討して無効か否かを判断しています。
① 守るべき会社の利益があるかどうか
② 従業員・取締役の地位
③ 地域的な限定があるか
④ 競業避止義務の存続期間
⑤ 禁止される競業行為の範囲について必要な制限が掛けられているか
⑥ 代償措置が講じられているか
①守るべき会社の利益があるかどうか
退職者の競業避止義務が職業選択の自由や営業の自由を制限するものである以上、競業避止義務契約により守られる会社の利益は、退職者の自由を制限してでも保護に値すると具体的に認められるものでなければなりません。
裁判例では、
- 営業秘密の保護
- 営業上・技術上の情報の保護
- 独自のノウハウの保護
- 顧客との関係性の構築
などが、保護されるべき会社の利益として認められています。
保護されるべき会社の利益とその保護の程度は、具体的に判断され、さまざまな事情により、保護されるべき程度も異なります。
例えば、会社代表者が長期間の試行錯誤により確立した独自かつ有用性が高いノウハウの保護のように会社の利益を保護する必要性が高ければ、有効とされる競業避止義務の範囲が広がります。
他方で、退職者が自ら構築した人脈・交渉術・手法等、退職者の知見が大きく関与しており、一般的にみて、転職に伴い転職先でも通常使用されるであろうノウハウのように、保護されるべき必要性が低ければ、競業避止義務は無効と解されやすくなります。
②従業員・取締役の地位
上記のとおり、競業避止義務の有効性は、保護される会社の利益と密接な関係にあるため、企業秘密に触れる機会が多い者ほど、競業避止義務を課す必要性が高くなります。
そこで、企業秘密に触れる機会が多い者に課す競業避止義務については、有効性が広く認められやすくなります。
例えば、秘密情報に触れる機会が多い取締役などについては、比較的広い競業避止義務が認められやすいのに対し、秘密情報や顧客に接触することのない従業員に対しての競業避止義務は認められにくくなります。
なお、これらの必要性は、形式的な職名から判断されるのではなく、従業員・取締役の在職中の職務内容を実質的にみて判断されます。
そのため、このような実質的な職務内容を考慮せず、就業規則等で合理的な理由なく労働者全てを対象とした競業避止義務規定を設けた場合、無効とされやすいことに注意が必要です。
③地域的な限定があるか
地域的な限定(○○地域に限って競合避止義務を負うとすること)については、業務の性質等に照らして合理的な絞り込みがなされているかという点が重視されます。
地域的な限定がない場合には、不当な競業避止義務と判断され、無効となる例が多く見られます。
ただし、地域的な限定がなくとも、使用者の事業内容(特に事業展開地域)や、職業選択の自由に対する制約の程度を総合的に考慮して競業避止義務契約の有効性が認められている場合もあり、地域的な限定を設けないと必ず無効となるとまではいえません。
④競業避止義務の存続期間
競業避止義務の存続する期間についても、形式的に何年以内であれば認められるという訳ではなく、従業員等の不利益の程度を考慮した上で、業種の特徴や会社の守るべき利益を保護する手段としての合理性等が判断されますが、概ね、退職後1年以内の期間であれば有効とされる事例が多くなっています。
他方、特に近時の事案においては、2年の競業避止義務期間は、無効とされる例が見られます。
⑤禁止される競業行為の範囲について必要な制限が掛けられているか
禁止される競業行為の範囲についても、会社側の守るべき利益との整合性が判断されます。
競業企業への転職を一般的・抽象的に禁止するだけでは合理性が認められないことが多いのに対し、禁止対象となる活動内容(例えば在職中担当した顧客への営業活動)や従事する職種等が限定されている場合には、有効と判断される可能性が高くなります。
⑥代償措置が講じられているか
代償措置(競合避止義務を課す代わりに何らかの対価が支払われているか)の有無は、裁判所が重視している要素であり、代償措置と呼べるものが何も無い場合には、無効とされることが多くなっています。
代償措置は、必ずしも競業避止義務を課すことの対価であることが明確にされたものでなくても、例えば、高額な賃金が払われていたことで代償措置があると判断されているものもあります。
他方で、比較的高額な報酬を受け取っていた場合であっても、競業避止義務が課せられた前後で賃金の差がないことなどから競業避止義務に対しての代償措置があったとはいえないと判断している例もありますので、代償措置を定める際には注意が必要です。
なお、複数の要因を総合的に考慮する考え方が主流であり、代償措置の有無のみをもって有効性の判断が行われている訳ではありません。
考慮すべき基準・ポイントのまとめ
これらの点を踏まえ、経済産業省では、
- 競業避止義務契約締結に際して最初に考慮すべきポイント
- 競業避止義務契約の有効性が認められる可能性が高い規定のポイント
- 有効性が認められない可能性が高い規定のポイント
を次のとおりにまとめていますので、競業避止義務契約を締結する際には参考にするとよいでしょう。
競業避止義務契約締結に際して最初に考慮すべきポイント:
・会社側に営業秘密等の守るべき利益が存在する。
・上記守るべき利益に関係していた業務を行っていた従業員等特定の者が対象。競業避止義務契約の有効性が認められる可能性が高い規定のポイント:
・競業避止義務期間が1年以内となっている。
・禁止行為の範囲につき、業務内容や職種等によって限定を行っている。
・代償措置(高額な賃金など「みなし代償措置」といえるものを含む)が設定されている。有効性が認められない可能性が高い規定のポイント:
経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~」平成28年2月(最終改訂:令和4年5月)参考資料5「競業避止義務契約の有効性について」
・業務内容等から競業避止義務が不要である従業員と契約している。
・職業選択の自由を阻害するような広汎な地理的制限をかけている。
・競業避止義務期間が2年超となっている。
・禁止行為の範囲が、一般的・抽象的な文言となっている。
・代償措置が設定されていない。
企業間取引における競業避止義務契約が「有効」と判断される基準・ポイント
公序良俗(民法90条)違反による無効
法律上は競業避止義務を負わない取引先に対しても、競業避止義務契約を締結することにより、競業避止義務を負わせることができます。
企業同士は、会社と従業員等との関係とは異なり、基本的には力関係が平等ですから、企業間での競業避止義務契約は原則として有効です。
しかしながら、取引先にも営業の自由があるため、競業避止義務契約により、取引先に過度の競業避止義務を課した場合、その契約は公序良俗違反(民法90条)として無効とされる可能性があります。
公序良俗違反にあたるか否かは、禁止される業務の範囲・場所・期間等を考慮して、事案ごとに判断されます。
しかし、例えば、一定の営業について契約終了後も含め、期間も区域も限定することなく無条件に全ての競業を禁止するような競業避止義務条項は、特段の事情がない限り、公序良俗に反し無効とされます。
競業避止義務と独占禁止法
企業間取引で競業避止義務契約を結ぶ場合、義務の内容によっては相手の事業活動を不当に制限することとなり、企業間の公正・自由な競争が阻害されます。
そこで、企業間で競業避止義務契約を結ぶ場合、企業間の公正・自由な競争を保護するための法律である「独禁法」に違反した不当な制限とならないようにする必要があります。
具体的には、締結しようとする競業避止義務契約が独禁法の以下の規定に違反していないか、確認する必要があります。
- 私的独占(独禁法2条5項、3条)
- 不公正な取引方法(独禁法2条9項6号ニ、第19条)
「私的独占」とは、事業者が、他の事業者の事業活動を排除・支配することにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいいます。
会社が取引先との間で競業避止義務を締結すると、競業他社はその取引先と取引できなくなります。しかし、競業他社が取引先に代わる取引相手を見つけることが難しく、事業活動が困難になり市場競争に悪影響を及ぼす場合、独禁法で禁止される「排他的取引」となりえます。
- 商品にかかる市場全体の状況
- 競業避止義務を課す会社の市場における地位
- 競業他社の市場における地位
- 行為の期間および競業避止義務を課される取引先の数・シェア
- 行為の態様
また、「不公正な取引方法」とは、独禁法が禁止している公正な競争を阻害するおそれがある行為のことです。
不公正な取引方法には、
- 法律で規定された行為(法定類型)
- 公正取引委員会が指定した行為(指定類型)
があります。
例えば、市場における有力な事業者が、正当な理由なく、以下のような行為を行い、それにより市場閉鎖効果が生じた場合には、「不公正な取引方法」として独禁法違反となりえます。(一般指定2項(その他の取引拒絶)、11項(排他条件付取引)、12項(拘束条件付取引))
- 取引先に対し自己または自己と密接な関係にある事業者の競争者と取引しないよう拘束する条件を付けて取引する行為
- 取引先に対し自己または自己と密接な関係にある事業者の商品と競争関係にある商品の取扱いを制限するよう拘束する条件を付けて取引する行為
なお、競業避止義務契約が独禁法に違反している場合、独禁法に定める課徴金等が課せられる可能性があるほか、義務を課された取引先は義務を課した会社に対し差止請求や損害賠償請求が可能ですが、競業避止義務契約が直ちに無効となるわけではありません。
ただし、独占禁止法違反であることは、上で述べた公序良俗違反か否かを判断する要素となります。
従業員の競業避止義務
従業員の競業避止義務の根拠
従業員は、法律上、会社(使用者)に対し誠実に労務を提供する義務(誠実義務)を負っています(労働契約法3条4項)。
この誠実義務には、使用者の顧客を労働者自身の顧客としたり、勤務時間中に自己や第三者のために営業活動をするなど、使用者に不利益をもたらすような行為を行わないことも含まれます。
したがって、競業避止義務は、この誠実義務の一部として従業員が法律上当然に負う義務とされています。
また、従業員のうち商法上の「支配人」に該当するものは、上記に加え、以下の競業避止義務を負います(商法23条)。
支配人は、商人の許可を受けなければ、次に掲げる行為をしてはならない
① 自ら営業を行うこと
② 自己または第三者のためにその商人の営業の部類に属する取引をすること
③ 他の商人または会社もしくは外国会社の使用人となること
④ 会社の取締役、執行役または業務を執行する社員となること
このように、従業員は、法律により競業避止義務を負いますが、これに加え、競業避止義務契約や就業規則により競業避止義務を負わせることも可能であり、この場合、従業員は、競業避止義務契約や就業規則に定められた内容の義務もあわせて負うこととなります。
従業員の競業避止義務の内容と義務違反の具体例
従業員が法律上負う競業避止義務は、忠実義務の一種である「使用者に不利益をもたらすような競業行為を差し控える義務」であり、在職中に所属している会社と競業する会社に就職したり、自ら競業事業を起こしたりするような場合には、通常、競業避止義務違反が認められます。
従業員の競業避止義務違反が認められた例としては、以下のようなものがあります。
- 使用者の取引先となりうるような関係先から個人受注案件を受注・処理し報酬を得た場合
- 退職日前に競業他社の取締役となり、競業他社の営業行為に関与した場合
従業員の競業避止義務に違反した場合の効果
従業員に競業避止義務違反があった場合、その競業避止義務違反行為により会社が被った損害の賠償を従業員に請求できます。
なお、いくらの損害が生じたかを立証する責任は、原則として会社側にありますが、支配人が商法23条1項に定める義務に違反して競業取引をした場合、その競業取引によって支配人または第三者が得た利益の額が会社の損害額と推定されます(商法23条2項)。
また、就業規則に懲戒の規定があれば、その規定に従った懲戒処分(懲戒解雇、減給、退職金不支給など)が可能です。
ただし、懲戒処分が認められるためには
① 就業規則等に有効な懲戒処分規定があること
② 従業員が行った競業避止義務違反行為が懲戒事由に該当すること
③ 懲戒処分の内容が、競業避止義務違反行為の具体的な内容に照らし妥当であること
④ 懲戒手続きが相当であること
が必要です。
さらに、従業員の競業避止義務違反により会社が営業上の利益を侵害された場合・侵害されるおそれがある場合には、競業避止義務違反に基づく差し止めや差し止めの仮処分が認められる場合があります。
取締役の競業避止義務
取締役の競業避止義務の根拠
在任中の取締役は、会社法に基づき善管注意義務と忠実義務を負っています(会社法355条、330条、民法644条)
取締役は、これらの一部として、以下のような競業避止義務を負います。
自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、株主総会(取締役会設置会社の場合には、取締役会)においてその取引について重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。(会社法356条1項1号、365条1項)
取締役の競業避止義務の内容と義務違反の具体例
取締役が禁止されているのは、自己または第三者のために、承諾なく会社の事業の部類に属する取引(以下「競業取引」といいます)をする行為です。
競業取引とは、会社が実際に行っている取引と
- 目的物(商品・役務の種類)
- 市場(地域・流通段階等)
が競合する取引をいいます。
競業取引と認められた例としては、以下のようなものがあります。
- 既に会社が事業を行っている場所で、その事業と競合する取引を行ったり、同種の事業を営む行為
- 会社が製造する商品の原材料を購入する取引
- 既に会社が行っている事業について、現在会社が取引を行っていないが、会社が進出を企図して市場調査を進めていた地域でその事業と競合する取引を行ったり、同種の事業を営む行為
- 取締役が同業他社の取締役に就任し、会社の事業の部類に属する取引を行う行為
取締役の競業避止義務に違反した場合の効果
取締役に競業避止義務違反があった場合、その競業避止義務違反行為により会社が被った損害の賠償を取締役に請求できます。
取締役が、会社の承諾を得ることなく競業取引を行った場合には、その取引によって取締役または第三者が得た利益の額が損害額と推定されます(会社法423条2項)。
また、取締役の競業避止義務違反は解任事由となるので、解任手続きをとることにより、解任もできます。
さらに、取締役による競業行為により会社が営業上の利益を侵害された場合・侵害される具体的なおそれがある場合には、競業避止義務違反に基づく差し止めや差し止めの仮処分が認められる場合があります。
退職者の競業避止義務
退職者の競業避止義務の根拠
退職者・退任者は、法律上は競業避止義務を負っていません。
そこで、退職者に競業避止義務を負わせるには、競業避止義務契約を交わすか、就業規則に定め労働条件の一部とする必要があります。
退職者に競業避止義務を負わせる方法として、以下の3つの方法または、これらを重複して採る方法が多く見られます。
- 入社時に、誓約書により、退職後の競業避止義務を約束させる方法
- 就業規則に退職後の競業避止義務を規定し、労働条件の一部とする方法
- 退職時に、誓約書により、退職後の競業避止義務を約束させる方法
ただし、職業選択の自由や営業の自由を不当に制限する競業避止義務は無効です。「退職者に対する競業避止義務契約が「有効」と判断される基準・ポイント」に記載した6つのポイントに注意し、有効な内容の競業避止義務を課す必要があります。
なお、競業避止義務を負っていない退職者であっても、在職中の伝手を利用して顧客の大量奪取を行うなど、退職後の競業行為が正当な自由競争の範囲を逸脱するようなときには、その行為が不法行為(民法709条)にあたるとして会社から退職者に対する不法行為に基づく損害賠償請求が認められる場合があります。
退職者の競業避止義務の内容と義務違反の具体例
退職者は、会社と交わした競業避止義務契約や就業規則の規定に従った競業避止義務を負います。
ただし、その義務の内容は、上記の基準・ポイントに照らし、有効なものでなければならず、退職者が、有効な競業避止義務に反する行為を行った場合に、競業避止義務違反が生じます。
具体的には、有効な競業避止義務に反して、制限期間中に、
- 制限区域内で同業種の事業を起業する
- 制限区域内の同業他社に就職したり、取締役となったりする
- 制限区域内の他社から同様の業務を請け負う
といった場合が考えられます。
退職者の競業避止義務に違反した場合の効果
退職者に競業避止義務違反があった場合、その競業避止義務違反行為により会社が被った損害の賠償を退職者に請求できます。
また、退職者による競業行為により会社が営業上の利益を侵害された場合・侵害されるおそれがある場合には、差し止めや差し止めの仮処分が認められる場合があります。
なお、就業規則の中に、競業避止義務違反が生じた場合の退職金不支給や返還を定めている場合がありますが、退職金は、賃料の後払いや勤続したことに対する功労としての意味も持ちますので、このような規定は常に有効というわけではなく、競業避止義務違反行為が「永年の勤続の功労を抹消または減殺するほどの著しい不信行為」といえる場合にはじめて適用されます。
企業間の競合避止義務
企業間の競業避止義務の根拠
会社が他の会社に対して法律上の規定により競業避止義務を負うのは、前述のとおり、代理商の場合、または、事業を譲渡した場合です。
そこで、それ以外の場合に取引先に競業避止義務を負わせるためには、取引先との間で競業避止義務契約を締結する必要があります。
取引先企業に競業避止義務を負わせるのは、主に以下のような場合です。
・業務提携契約において、同業・類似業務の立ち上げや、同様の業務提携契約締結を禁止する
・業務委託契約や材料供給契約などの継続的取引契約において、一定期間、同業他社との間で同種の取引をすることを禁止する
・フランチャイズ契約において一定期間、同業他社とフランチャイズ契約を締結したり、自ら同業種を営むことを禁止する
企業間の競業避止義務の内容と義務違反の具体例
企業間の競業避止義務の内容は、代理商や事業譲渡会社などの法律上の義務を負う者でない限り、競業避止義務契約の規定により定められます。
しかし、その内容は、「企業間取引における競業避止義務契約が「有効」と判断される基準・ポイント」に記載の基準・ポイントに照らし有効なものでなければならず、有効な内容の競業避止義務に反する競業行為を行った場合に、競業避止義務違反が生じます。
具体的には、有効な競業避止義務に反して、制限期間中に、
- 同様の内容の業務提携契約を締結する
- 制限区域内で同業種の事業を起業する
- 制限区域内の他社から同様の業務を請け負う
といった場合が考えられます。
企業間の競業避止義務に違反した場合の効果
取引先が競業避止義務に違反した場合、その競業避止義務違反行為により会社が被った損害の賠償を取引先に請求できます。
また、競業避止義務により禁止されている競業行為により会社が営業上の利益を侵害された場合・侵害されるおそれがある場合には、競業避止義務違反に基づき競業行為の差し止めや差し止めの仮処分が認められる場合があります。
さらに、競業避止義務契約の中に、競業避止義務違反が生じた場合には違約金を支払う旨が定められている場合、当該規定が公序良俗違反でなければ、その規定に従った請求を行えます。
競業避止義務に関する誓約書を作成する際のポイント
誓約書作成の目的
競業避止義務の誓約書は、入社時・就任時や退職時に、在職中や退職後の競業避止義務を誓約させるものです。
前述のとおり、従業員・取締役は、法律上競業避止義務を負うものの、法律上の義務では不十分だったり、従業員・取締役がその義務をきちんと把握していなかったりする場合もありますし、退職者は法律上競業避止義務を負っていません。
誓約書作成時に注意すべきポイント
競業避止義務を定めた誓約書は、違法性がなく、有効なものでなければなりません。
前述のとおり、従業員等に対する競業避止義務契約の有効性は、具体的な事情に基づき6つの基準に照らして判断されます。
なお、労働契約法により、就業規則で定める基準に達しない労働契約はその部分については無効とされ、無効となった部分は就業規則で定める基準となります(労働契約法12条)。
そこで、
- 就業規則に競業避止義務の規定がない
- 誓約書による競業避止義務の内容が就業規則の規定よりも厳しい
といった場合、就業規則を超える部分は無効となり、従業員は就業規則で定めた範囲でのみ競業避止義務を負うので、注意が必要です。
このような事態を避けるため、就業規則に「ただし、会社が従業員と個別に競業避止義務について契約を締結した場合(従業員が誓約書を提出し、会社がこれを受領した場合を含む)には、当該契約によるものとする。」といった規定を設けるとよいでしょう。
誓約書に記載すべき事項
効果的な誓約書とするためには、競業避止義務の内容が具体的に記載されている必要があります。
誓約者が「どのような分野について」「どのような行為を」「どこで」「どの期間」行わないかを具体的に記載するとよいでしょう。
「平成24年度人材を通じた技術流出に関する調査研究」参考資料5「競業避止義務契約の有効性について」には、誓約書の記載例が載っていますので、参考にしてください。
個別合意の例(誓約書の例)
経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~」平成28年2月(最終改訂:令和4年5月)参考資料5「競業避止義務契約の有効性について」
貴社を退職するにあたり、退職後1年間、貴社からの許諾がない限り、次の行為をしないことを誓約いたします。
1)貴社で従事した○○の開発に係る職務を通じて得た経験や知見が貴社にとって重要な企業秘密ないしノウハウであることに鑑み、当該開発及びこれに類する開発に係る職務を、貴社の競合他社(競業する新会社を設立した場合にはこれを含む。以下、同じ。)において行いません。
2)貴社で従事した○○に係る開発及びこれに類する開発に係る職務を、貴社の競合他社から契約の形態を問わず、受注ないし請け負うことはいたしません。
おわりに
競業避止義務は、会社が保有している機密情報や各種技術、営業ノウハウなどの流出を防止したり、商圏や顧客を確保するために重要な義務ですが、対象者や根拠の違いにより、その内容が異なります。
また、対象者の職業選択の自由や営業の自由を制限するものであることから、競業避止義務契約や就業規則の内容によっては、無効とされる可能性もあります。
この記事を参考に、会社が現在結んでいる競業避止義務契約や就業規則、誓約書が会社の要望にそっているか、内容に問題はないか、また、今後どのような内容のものを用意すればよいかについて、検討してみてください。
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参考文献
経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~」平成28年2月(最終改訂:令和4年5月)
公正取引委員会「排除型私的独占に係る独占禁止法上の指針」平成21年10月28日
公正取引委員会「フランチャイズ・システムに関する独占禁止法上の考え方」平成14年4月24日(最終改正:令和3年4月28日)